会社のために、患者さんのために──今必要なものは「グローバル開発」
田辺三菱製薬の育薬本部に在籍する植田は、日々新しい薬の開発に余念がありません。
植田 「研究所で新しい化合物が本当に効くのかを実験し、使えそうだと判断された化合物を、今度は私の部署で治験をして有効性と安全性を確かめます。それらすべてが認められたものを厚生労働省に申請、承認を得ることが大きな役割です。
さらに、承認後も本当に患者さんにとって適した製品となっているか確かめ、改良することも大切なミッションです。たとえば注射剤であれば『毎回病院に行って注射をするのは大変だから経口薬にならないか』とか、経口薬であれば『子どもが飲みやすいように、小さな形状や甘い味にできないか』なども検討します」
つまり、新薬の承認がゴールではなく、その先の価値を最大限にすることまでが植田の重要な役割。それらのプロセスすべてを含めて「育薬」という言葉を用います。植田は2022年現在、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の経口薬のグローバル開発に取り組んでいます。
植田 「日本だけでなく世界で同時に発売できるように、という目的のもと、アメリカをはじめ世界各国と協力して新薬の開発を進めています。グローバル開発の場合は、日本の規制を守りつつ、各国それぞれの規制、国際基準として定められているルールも守りながら開発を進めなくてはいけません」
国内の開発よりもかなりハードルが高いグローバル開発。なぜ、力を注いでいるのでしょうか。
植田 「第一に、ALSのような指定難病の場合、患者さんの人数が少ない分、この薬が効くのかどうかという、データを出すのが難しい現状があります。
たとえば、その薬を待ち望んでいる患者さんは世界中にいらっしゃるので、日本で苦しんでいる患者さんが1万人だとすると、世界中には10万人いる。そうすると、グローバル開発をしたほうが、日本国内だけで開発するよりも10倍早く調べることができますよね。
そしてもうひとつ、ビジネス的に見ても、薬の販売市場が大きくなるというメリットがあります。ビジネスのためという理由もありますが、何より世界中の患者さんのために、グローバル開発を進めています」
「患者ファースト」の精神が自らのモチベーションアップにもつながる
植田は、薬の開発がやりたくて薬学部に入り、現在の田辺三菱製薬への入社を決めました。それは、「患者さんに良い薬を届けたい」という想いがあったからです。
植田 「現在、患者さんの声を取り入れて薬の開発に活かすさまざまなプロジェクトを進めています。というのも、これまで私たち製薬会社は、医師の意見を聞いて開発を進めることが多かった。
でも、薬を必要としている患者さんたちの意見に耳を傾けることこそ、重要なことだと思うんです。食品や自動車など、他の製造業では顧客へのアンケート調査を当たり前に行っているように、医薬品だって顧客のニーズに合った薬の開発をすることが大切です。
最近、治験を実施するにあたり、国際基準で患者さんの意見を治験の計画に反映しましょうと言われ始めています。また、行政でも患者さんの意見を取り入れることが検討され始めているようですので、ようやく、願っていた患者ファーストの動きになってきたと感じますね」
患者ファーストで開発を進めていくメリットはいくつもあります。
植田 「患者さんによって望む生き方は異なります。『長く生きることで子どもの結婚式に立ち会いたい』という方もいれば『長く生きることより、元気に充実した生活を送りたい』という希望をお持ちの方もいます。患者さんの意見を聞くことで、治験でそれぞれのニーズに合った効果を上げることもできるかもしれません」
また、実際の意見を聞くことが、植田自らのモチベーションアップにもつながっているといいます。
植田 「患者さんの生の声を聞くことで、早く開発を成し遂げて患者さんに届けたい、というモチベーションアップにつながります。それは私だけではなく、工場で働く方々など臨床の現場から遠い方たちにとっても、患者さんの声を知ることで『今自分が作っている薬が、こんなにすばらしい結果につながっている』と思えるのではないでしょうか。
患者さんが望む結果をもたらす薬を開発し、届けることで、患者さん自身の生き方をより輝かせることができる。すばらしいことだなと思いますし、非常にやりがいを感じています」
社内外での多様なコミュニケーションすべてが、仕事への布石にもなる
2016年、植田は日本製薬工業協会(以下、製薬協)が行っている、患者の声を新薬開発に取り入れるタスクフォース(重要課題を遂行する臨時のチーム)に参画。以降、社内でも患者参画タスクフォースを立ち上げました。また、個人的にも休日などに多くの患者・市民参画プロジェクトや会合に参加しています。
植田 「製薬協や業界の団体に入り、社内外でいろいろな活動をしていく中で、入社して15年以上が経って忘れかけていた、入社当初の熱い想いが蘇ってきた感覚があります。
また、土日にいろいろと個人的な活動をすることもありますが、仕事以外の場でもさまざまな疾患を持った患者さんや病院の先生たちと接することで、貴重な意見が聴けるんですね。公私問わずコミュニティを作ったり参加したりすることは、もはや私のライフワークになっています」
社内外でたくさんの人と触れ合うことで、新たな情報や価値観も得ることができる、このことを植田はあらためて実感しています。
植田 「患者さんが参加するプロジェクトでは、どんな薬を開発すればいいかが明確になりますし、医療関係者の方が集まるプロジェクトであれば、どうすれば開発が効率的にできるかをシェアしたり、次々変わる規制要件などの情報交換をしたりできます。
また、私はテニスが趣味なのですが、製薬会社が十数社集まったテニス活動などもあるんですよ。そういった場でグループ会社や他社の方と知り合うことも多く、それぞれが持つ課題なども伝え合ったりして……。
仕事に結びつけるつもりでやっているわけではないのですが、結果的に何かしら関係性ができることが多いです。趣味を満喫しつつ、仕事にも活かしていける。常に新しい刺激が受けられて、とても楽しいですね」
1人でも多く救うため──大切なのは「患者さんの声」と「楽しむマインド」
社内だけではなく外の世界にも積極的に触れ、さまざまなインプットを得ている植田は、どのような世界観を抱いているのでしょうか。植田の根底にあるのは「患者さんのために」という想いです。
植田 「日本はまだまだ遅れてはいますが、ようやく患者ファーストの流れが起こり始めました。今後はさらに盛り上げていきたいですね。
それから、まだまだ社外に出てプロジェクトに参加している者が少ないと感じているので、興味がありそうな人には声をかけつつ、各自が積極的に外の新しい情報を取りにいくような雰囲気を社内で作り上げていければと思っています」
ともすれば、新薬の開発には何十年という月日が必要になり、苦労することも少なくありません。けれど、「とにかく、仕事が楽しい」という植田。その前向きな心持ちを、どのように保っているのでしょうか。
植田 「人生の半分くらいは仕事をしている時間ですよね。だったら、楽しく過ごさないと損だと思うんですよ。もちろん、四六時中楽しいことばかりではありません。ときには、辛いこともあります。そんなときは、これを見るんです。
かつてアメリカで、ALSの患者さんと一緒に歩いて活動したイベントの際にもらったバンドなのですが……。いつも外さずに腕につけています。何かうまくいかないことがあっても、このバンドを見ると『患者さんのために働いているんだ』と意識できて、すっと切り替えができるんですよね」
常に患者さんの視点を大切にし、人とのコミュニケーションを糧に楽しみながら育薬の仕事に取り組む植田。その想いは確実に周囲にも伝播しています。世界中で難病に苦しむ人々を1人でも多く救うために──植田はこれからもまい進していきます。