私選:マイルス・デイヴィスのアルバム20枚 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

 年の瀬にマイルス・デイヴィスのアルバムで私の好きな作品を20枚選びます。
 今年は1991年の9月28日にマイルスが亡くなって30年目で、なにか特集をしたいと思いながら、年末になってしまいました。これはいかんとCDラックの前に立ったものの、枚数が多くて20枚をすぐには選べません。
 そこで、歴史的な価値よりも自分の嗜好を前に出すことで手を打ちました。それでも名盤ぞろいだし、それでも泣く泣く外すしかないアルバムもありました。
 でも、これでいいことにします。
 ジャンルを超えた信奉者の多いアーティストだし、ファンそれぞれの20枚、10枚、5枚、3枚があって当然。私の場合はこうです。
 なお、ランキング形式ではなく、原則として発表年の古い順から挙げていくことにしますが、いくつかの例外もあります。

Dig (1956)


 1951年の10月にレコーディングされた音源が、まず1954年に10インチ盤でリリースされ、そこに曲を追加して1956年にLPとして発売されたようです。
 私が本作を買ったのは『カインド・オヴ・ブルー』や『ビッチェズ・ブリュー』などの名盤をひと通り聴いてからずっと後でした。で、聴いてビックリ。1曲目のDigからアート・ブレイキーのドラムが煽り立てる溌溂としたハード・バップが繰り広げられます。
 It's Only A Paper Moonではメロディーを大切にしたマイルスの歌心がにじみ出ており、しかもムダなく引き締まっているし、ソニー・ロリンズのテナーもジャッキー・マクリーンのアルトもイキイキとしていて気持ちがいい。
 ブレイキーがMVPですが、全体が粗野なまでに若々しくエネルギッシュな前進力を感じさせます。タフなスウィングに溢れるアルバムです。


 

Miles Davis And Milt Jackson Quintet/ Sextet (1956)


 同じミルト・ジャクソンとの共演盤の『バグズ・グルーヴ』や、『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』といった傑作に挟まれた地味なアルバムです。初めてマイルスを聴く人には真っ先にお薦めはしません。後回しでいいと思います。
 でも、好きなんですよ。ジワッとくる佳さがあります。じつにオーソドックスな演奏で、パーシー・ヒースのベースとアート・テイラーのドラムは堅実なリズムを築いているし、とりたててスリリングな箇所があるというわけではないんです。
 だけど、この堅実さに溶け込んでいるマイルスのトランペットが良いし、ミルト・ジャクソンのヴィブラフォンの響きとも調和しています。かと言ってユルユルではありません。リラックスできる中に一筋のピリッとした緊張感が入っていて、心地よく耳を傾けさせます。


Miles Ahead (1957)


 これもマイルスを聴きはじめてから随分と後になって聴いたアルバムです。「イージー・リスニング」っぽいという評価を見聞きしていたので、大したことはないだろうと高をくくっていたのです。そしたら、とても良かった。
 『クールの誕生』以来となるギル・エヴァンスとのコラボレーション作。ギルの指揮する約20名のオーケストラでマイルスがフリューゲルホーンのソロイストを務めています。
 マイルスとギルとのコラボは『スケッチズ・オヴ・スペイン』も『ポーギーとベス』も『クワイエット・ナイツ』もどれも良いのですが、この『マイルス・アヘッド』が私はいちばん好きです。
 各楽器の音色にまで気を配ったサウンド・デザインの中をマイルスが泳ぐように演奏しています。後年のように刺激的ではないけれど、ソフトなトーンをここまで吹けるプレイヤーが、やがてああいうファンキーかつプログレッシヴな音を追求するようになるのは、面白いし納得のゆくことです。
 白人女性が写ったジャケットにマイルスがクレームをつけたそうですが、アルバムの内容にはこの爽やかな潮風が似合います。ただ、マイルス自身はこの音楽をブルース表現のひとつの在り方だと考えていたんじゃないでしょうか。


Milestones (1958)


 ジョン・コルトレーンとキャノンボール・アダレイをサックスに擁したノリノリの快作です。
 1曲目のDr. Jackleのアタマから、すごい疾走感で飛ばします。初めて聴いたときに、なんてカッコいい音楽なんだ!と夜中に叫んでしまいました。
 リズムの立ちまくったマイルスのトランペットにノックアウトされるオープニングですが、Sid's Aheadの3管でのブルースもギラギラした黒さで迫ってきます。
Two Bass Hitの曲名に引っかけて言うと、「いてまえ打線」が続くアルバムです。タイトル曲のMilestonesでは、その猛牛突進の手綱をコントロールしたクールさにシビれます。
 今回の記事でバカみたいに繰り返すことになる言葉ですが、ホントにカッコいい。どこをどう聴いても、カッコよさしかないアルバムです。


Kind Of Blue (1959)

 マイルスの代表的傑作のひとつであり、ジャズの名盤として挙げられることも多いようです。

 私は『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』と『E.S.P.』の次くらいに聴いたのですが、静的かつ洗練された美しさに魅了されました。

 1曲目にして歴史的な名曲であるSo Whatなどは、ゴスペルやブルースやワーク・ソングにも似たテーマが印象的です。しかし、熱を内に向けるような思索的な温度を伴っています。つまり、クールな質感があるのだけど、それは「ヒンヤリした」という意味でのクールネスではなく、スタイリッシュに整った「カッコいい」という意味でのクールネスなのです。

 白熱のバトルといった生々しさは感じません。Freddie FreeloaderもBlue In GreenもAll BluesもFlamenco Sketchesも、抑制と間合いが重んじられています。でありながら、知的な艶となまめかしさが潜んでいる音楽です。この感覚にはロックやファンクとも、この時点ですでに、やがて共鳴するものがあるように思えます。金字塔です。


Steamin' With The Miles Davis Quintet (1961)


 1956年におこなわれた「マラソン・セッション」からアルバム化されたうちの1枚です。
 ほかの『ワーキン』も『リラクシン』も『クッキン』も素晴らしいのですが、私にはこの『スティーミン』が一番。「マラソン・セッション」から何か聴きたいとき、このアルバムに手がのびます。
 4作中、もっとも小品佳作集の趣きがあるように思えます。看板となる曲は乏しいのだけど、1曲目の「飾りのついた四輪馬車」がサラリとした導入部の役割をはたし、Salt Peanutsは集中力が高いし、Something I Dreamed Last Lightの哀感も小粒でいい。Dianeでのトランペットはこれぞ「リラクシン」な表情で、モンクのWell You Needn'tはマイルスのトーンに曲を引き寄せています。
 そして、ラストのWhen I Fall In Loveがクロージング・ナンバーとして最高。ナット・キング・コールの歌唱で知られるこの曲の歌詞を知らなくとも、トランペットが独自に伝えてくるのです。心洗われるような名演です。


At Newport 1958 (2001)


 元は1964年にリリースされたMiles & Monk At New Portで、そちらは片面にマイルス、もう片面にセロニアス・モンクの1958年のニューポート公演が収録されていました。そのマイルスのステージの完全版が1999年に真っ赤な装丁の『マイルス&コルトレーンBOX』に収録された後、2001年に単独のCDとして発表されたのがこれです。

 メンバーは約半年後に『カインド・オヴ・ブルー』をレコーディングする6人(ピアノはビル・エヴァンス)。セットリストは『E.S.P.』と『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』からの曲を中心にしており、コルトレーンもアダレイも、そしてマイルスも、このメンツから『カインド・オヴ・ブルー』が生み出されるのがウソみたいな、動的でパワフルな演奏を繰り広げています。いや、この演奏をモノにする6人だからこそ、対極にある『カインド・オヴ・ブルー』へと振り切ることも可能だったのでしょう。

 マイルスのリズミックな切れ味と歌心が炸裂する熱いライヴ・アルバムです。ぜひ聴いてください。カッコいいなぁ、もう。


E.S.P. (1965)


 20歳の頃にセロニアス・モンクからジャズを聴くようになって、次にツタヤで借りたのがこの『E.S.P.』と『ラウンド・ミッドナイト』でした。どちらも良かったんですが、とくに『E.S.P.』には参りました。なんてカッコいい音楽なんだ、と(また言ってる・・・)。誰に教えられるまでもなく、また、ジャズのアルバムを2、3枚しか聴いていなかったにもかかわらず、「黄金のクインテットや!」と確信しました。
 「これはブルースについての音楽なのだな」と思ったこともおぼえています。「ブルースなのだな」ではなく、「ブルースについての音楽」。私の好きな音楽は、つまりそういうものなのかもしれません。
 また、人肌の温もりがあるのに、どこか美しいアンドロイドの姿かたちに見とれているような気分にさせました。私の感覚が変なのでしょうが。
 烈しいとか穏やかとか、そういった言葉では形容しきれない、優美な気高さや機能美を感じさせるアルバムです。今回の20枚で、どれか1枚をベストワンに選ばなければ殺すと脅されたら、この『E.S.P.』を選びます。


The Complete Live At The Plugged Nickel 1965 (1995)


 1995年にリリースされた7枚組のボックスですが、初手からこれを頑張って聴く必要はありません。私も最初はCookin' At The Plugged Nickelのタイトルで出ていた1枚ものを1990年に買って、それでも充分に度肝を抜かれました。
 トニー・ウィリアムズがドラム、ロン・カーターがベース、ハービー・ハンコックがピアノ、ウェイン・ショーターがテナー・サックスの黄金のクインテットが、すさまじいバトルを繰り広げる1965年のライヴです。7枚ぶっ通しで聴いたら性格が狂暴化します。
 やたらとオンマイクで録られているトランペットが耳に突き刺さってきます。バックで薄っすらと聞こえるピアノも変なコードを弾いているし、テナーもウネウネしたフレーズをぶつけてきます。ドラムは無情なまでにアグレッシヴです。バンドが一丸になると言うより、ギザギザとトゲトゲが衝突しあったまま進んでいきます。
 ロックでいうと、MC5の『キック・アウト・ザ・ジャムス』に相当するのではないでしょうか。

 

Miles Smiles (1967)

 ウェイン・ショーターの作ったOrbits、Footprints、Doloresの3曲が良くて、とくにFootprintsが眩暈がするほどの名曲です。若きトニー・ウィリアムズの卓越したドラミングや、それに対応しつつもボトムを守るロン・カーターのベースにも驚嘆しますが、曲自体が素晴らしい。

 インストゥルメンタル・ジャズの「作曲」というのも、どこまでを範囲と捉えていいのか、わかるようでわからない面があります。

 「マイルス、微笑む」なるタイトルがつけられた本作は、収録曲のクォリティがすべて高いアルバムです。これを聴けば、感覚的にでもジャズにおける「曲が良い」の基準がわかるのではないでしょうか。

 このアルバムの魅力は、そうした曲の良さもさることながら、ジャケットの色が表すようなウォームな感触がクールな名曲からも伝わるところにあります。ホットと言うよりもウォーム。その温度調節の手腕が抜群にいいのです。

 アルバム・タイトルもその湯加減に合っています。ぬるいのでもなく、思わずFootprintsのテーマを♪パ~パ~パ、パ~パ~パ♪と鼻唄を口ずさみたくなる湯加減です。私は本作を初めて聴いたときから今にいたるまで、ずっと愛聴しております。


Nefertiti (1968)


 アコースティック時代の有終の美を飾る傑作で、一つ前の『ソーサラー』とも色合いを共有しています。あちらも秀作で、私は日によっては『ソーサラー』を推すのですが、今日はこちらの『ネフェルティティ』を挙げます。

 黄金のクインテットにはウェイン・ショーターとハービー・ハンコック、それにトニー・ウィリアムズという優れたコンポーザーが揃っており、『ソーサラー』にも『ネフェルティティ』にもマイルスの自作曲は入っていません。しかも、タイトル曲のNefertitiにはソロ・パートが存在しません。

 しかし、マイルスの統(す)べる力が全編に働いています。グループの鳴らす音の端々までがマイルス・デイヴィス・ミュージックの表情を持っているのです。

 どの曲もテーマ部が輪郭をハッキリと提示しながら、そのテーマのフレーズは曖昧で抽象的。それでいて測ったように均整がとれています。その均整の中で、トニー・ウィリアムズのドラムが焚きつける炎の動きが内側から曲全体を照らし、ミステリアスな美しさの濃度を高めています。

 聴いていると悪酔いしそうなくらいに、なまめかしい音楽です。


Filles de Killimanjaro (1969)


 『マイルス・イン・ザ・スカイ』とこの『キリマンジャロの娘』からは、マイルスが次のフェーズ、つまり『イン・ア・サイレント・ウェイ』に到達するまでの中間報告みたいな印象を受けます。そして、どちらも冗長な部分があるし、未完成でもある。
 私は両作とも好きなのですが、選ぶとしたら『キリマンジャロの娘』。曲が長いわりに変化に欠ける面もあるけれど、ジャケットも含めてアルバム全体から放たれる匂いが好みなのです。

 黄金のクインテットからハービー・ハンコックとロン・カーターを抜いて、チック・コリアとデイヴ・ホランドを加えた新しい編成。これが『イン・ア・サイレント・ウェイ』の布陣の母体となります。

 ただし、ハービーとロンが参加した曲も入っていて、そのへんが本作に過渡期的な印象を与えたりもするのですが、私はその「突き抜けていない」ところが『キリマンジャロの娘』の魅力でもあると思います。

 たしかにもっと振り切れていて、曲もシェイプアップしていれば、と言いたくなる部分もあるのだけれど、近過去と近未来がここで交わって嵩(かさ)を増した水流の重みに、抗しがたいものを感じるのです。


In A Silent Way (1969)


 レコーディングの日付で言うと、前作の『キリマンジャロの娘』から半年と少ししか経ってないのに、この変わりよう!

 演奏の展開から叙述的なベクトルを大胆に薄めて志向しているのは、アンビエントともミニマルとも呼べるサウンド。トニー・ウィリアムズの人力テクノ的なドラミング。エレクトリック・ピアノとオルガンが織りなすプログレッシヴな音の膜。

 さらにテオ・マセロの編集で曲に構成をつけて、その加工がもたらす効果を作品の性格に深く関わらせる姿勢。

 『イン・ア・サイレント・ウェイ』は、催眠的でありながら聴き手の集中力を促進させるマジカルなアルバムです。

 透徹した水をじっと見つめているうちに意識がクリアになっていくような、妖しくも醒めた感覚を引き起こす音楽。しかもクールに刻まれるビートが想像力を刺激して止みません。マイルスのカッコよさの頂点のひとつです。


Bitches Brew (1970)


 このアルバムを初めて聴いた時のことはおぼえています。21歳か22歳の頃、ジャズの入門書に「フュージョンの先駆的アルバム」と書かれてあったので、フュージョンなら聴きやすいだろうと踏んで買ったのです。ジャケットから察しろよ、というハナシですが。

 で、家に帰って再生して目が点に。「なんやこれ」「全然聴きやすくね~!!」そして、「カッコええやん!!」。

 このジャケットに描かれたアフリカンのカップルが海の向こうを眺める姿を見るたびに、その視線の先には何があるんだろうと想像したくなりました。

 本作の内容は彼らの側から見たロックだと考えることもできます。つまり、マイルスがロックを遠景に置いて自分の足場で音楽をやっているのです。

 「マイルスがロックに走った」という賛否両方の評価にしても、私はこれをR&Bとファンクに近いと感じたのでですが、このアルバムの隣にジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの『エレクトリック・レディランド』を並べると、なるほど、そういう意味では「ロック」だと言えるのではないでしょうか(ジミはロックの足場で音楽をクリエイトしていたという違いはありますが)。

 もう30年以上も聴き続けているけれど、いまだに飽きません。すごいアルバムです。

 

Jack Johnson (1971)

 私がマイルスの音楽を聴き始めた1980年代の後半に、このアルバムはあまり紹介されていなかったと思います。だから、どういう内容なのかを知らずに1990年代に入ってから聴き、跳び上がって喜びました。

 映画のサントラではあるのですが、1970年にレコーディングされていた音源をテオ・マセロに仕上げを任せた経緯があるようです。

 アルバムは全52分で全2曲。1曲目のRight Offにはジョン・マクラフリンのハードなギターが大々的にフィーチャーされており、マイルスのトランペットもその烈しさと渡り合うかのように攻撃的です。ジャズ・ロック、もしくはブルース・ロック~ハード・ロックと呼んでもよいでしょう。

 いわゆる「エレクトリック・マイルス」のサウンドとも異なっていて、もっと型がわかりやすいし、エンターテインメントの度合いも強く感じさせます。有無を言わさぬ迫力で押しきって進む、堂々たる曲です。

 2曲目のYesternowはそれよりは混沌としていて、『イン・ア・サイレント・ウェイ』の一部が使われたりしています。やや唐突な感を受けるとはいえ、プログレッシヴ・ロック風でもあって、なによりも自分の表現にサンプリング的な編集を許してゴー・サインを出す姿勢はロック的だなと思います。

 

Get Up With It (1974)


 1970年から1974年までの未発表音源を収録したコンピレーション・アルバムです。しかし、これはオリジナル・アルバムと同等の内容を誇る傑作です。

 デューク・エリントンを追悼した30分以上のHe Loved Him Madlyで幕を開けます。ブライアン・イーノがアンビエント・ミュージックの参考にしたと述べるこの曲は、直接的にエリントンやマイルスを象徴する音楽的な語法では作られていません。寂寥感に満ちた幽玄の世界です。

 けれども、一度でもこの2枚組を通して聴くと、本作のトップにはこの曲が来なければ意味をなさないとさえ思えてきます。

 他の曲はファンクを基調とした、カリビアンやブルースやアフリカンです。どの曲もそれまでに音盤化されていなかったのが理解できないくらいに秀逸なのですが、この『ゲット・アップ・ウィズ・イット』でHe Loved Him Madlyとともに収録されるのが運命であったかのような必然性を感じさせます。

 不思議なアルバムです。でも、全然不思議じゃない。マイルスの深部が凝縮された作品集だからです。


Water Babies (1976)


 1970年代後半にマイルスが音楽シーンから遠ざかっていた頃、未発表音源集として発売されたコンピレーションです。そんなことを知らなかった私は、オリジナル作だと勘違いして中古盤で買い、そこそこ楽しんで聴きました。

 この「そこそこ」というのが、自分の中に根を張る場合と張らない場合に分かれます。『ウォーター・ベイビーズ』は根を張ったのでした。

 収録曲は『ネフェルティティ』や『キリマンジャロの娘』あたりの音源で、つまり黄金のクインテットの末期から次の編成に移る時期です。

内容は未発表だったものなので不足も多いです。大半がウェイン・ショーターの作曲で、頭の3つは彼のリーダー・アルバム『スーパー・ノヴァ』で完成形を聴くことが出来ます。比べてみると、ここから発展する途中だったのだろうと推測できます。

 しかし、この時期の演奏は独特の艶を放っていて、『ソーサラー』や『ネフェルティティ』や『キリマンジャロの娘』を気に入っている私の琴線にふれるものが大きいのです。どちらかと言うとウェイン・ショーターへの関心が本作を贔屓にさせるのですが、好きであることに変わりはないので20選に入れました。


Dark Magus (1977)


 今回の20枚に『オン・ザ・コーナー』は入れていません。同様に『アガルタ』も『パンゲア』も、さんざん迷ったすえに省くことにしました。

 いや、個人的にもそれらのアルバムは好きだし、「絶対に聴いてほしい20枚」だったら、間違いなく入れていたはずです。『オン・ザ・コーナー』は1990年に聴いて衝撃を受けた思い出もあります。JBやP-FUNKのCDがドッとリイシューされた年に、あれはジャストな内容でした。
 しかし、今回の選出基準はもうちょっと軟弱な楽しみ方のできるアルバムを重視していまして、革新性や歴史的な価値はわりと二の次にしております。
 でも、それだと格好がつかない気持ちも残るので、どうですか、『ダーク・メイガス』で。ダメですか。
 この無茶苦茶にイカれた鬼畜大宴会なアルバムはプログレッシヴ・ファンクのライヴ盤です。2枚組に8曲が1時間40分にわたって収められています。通して聴くとクタクタに疲れます。
 やりすぎです。グッチャグチャのドロドロ。なのに、演奏のところどころには整然とした美意識を感じさせるのが、また怖い。

 若い頃より感性の体力が落ちているからオールはシンドイです。でも、しばらく離れていると聴きたくなるんです。ってことで、好き。


We Want Miles (1982)


 1980年代にカムバックしてからのマイルスが、私は長いこと苦手でした。カムバック作の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』に対しても、「なんだ、こんなの。単なるフュージョンじゃないか」、誇張して言うとそんな感想しか持てなかったんです。とくに私はフュージョン系のミュージシャンが演奏するファンク調の曲やギターの速弾きが嫌いだったので、カムバック後のマイルスの音楽にはなるべく近寄らないようにしていました。

 その偏見を修正するきっかけとなったアルバムがこの『ウィ・ウォント・マイルス』というライヴ盤でした。

 1曲目のJean Pierreは評判の悪かった新宿西口広場での音源で、マイルスも不安定なのですが、2曲目のBack Seat Bettyから急激に音の磁場が固まります。そこからはマイク・スターンのギター、アル・フォスターのドラム、ミノ・シネルのパーカッション、マーカス・ミラーのベース、ビル・エヴァンスのサックスと、若いメンバーの活躍もあって、スタイリッシュかつ軽快な80年代マイルスのファンクネスが広がっていきます。

 これを聴かなければ『TUTU』も『アマンドラ』にも食指が動かなかったし、『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』と向き合い直すこともなかったでしょう。


Star People (1983)


 え、え~!!これを20枚に入れるために『オン・ザ・コーナー』を落としたのかよ、オレは。
 『オン・ザ・コーナー』さんのプライドは・・・。なんでアタシが『スター・ピープル』なんかに負けなきゃなんないのよ!あの子、事務所どこよ!と怒っているでしょうね。
 『スター・ピープル』だってプレッシャーが大変ですよ。なに、この『エースをねらえ!』みたいな展開。

 1983年のアルバムでして、このあとポップな『ユア・アンダー・アレスト』や練り上げた『TUTU』を作るのですが、『スター・ピープル』はそうしたアルバムのようなコンセプトには欠けます。「うりゃ〜!」と『アガルタ』『パンゲア』の縮小版みたいな演奏をやって騒いだり、「うわ~、面白い音が出るぞ~」とシンセを弾いたり、「イェ~イ、ノリノリだぜ!」とファンクをやったり、わりと場当たり的にハシャいでるアルバムなのです。

 そこがいいんです。マイク・スターンもジョン・スコフィールドもベストではないけれどマイルスと楽しそうに付き合っているし、マイルスも機嫌よさそうです。軽くて気持ちいいアルバムなので、リピートする回数も増えて、今では愛着をおぼえております。

 私にとって、80年代マイルスは70年代エルヴィスと似ています。とんがってはいないけれど、離れられない音楽になりました。『スター・ピープル』は『エルヴィス・トゥデイ』(1975年)ならぬ、1983年の『マイルス・トゥデイ』として楽しめます。

 

 以上で20選を終えますが、『オン・ザ・コーナー』さん、『アガルタ』『パンゲア』さん、『アット・フィルモア』さん、『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』さんに『TUTU』さんほかの傑作・名盤各位、今回はご縁がなかったとはいえ、選ばなくてすみませんでした!

 

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