50 永遠に続くのではないか。 そんな恵の嗚咽だった。 私の前でうな垂れ、白いシーツいっぱいに涙の雫を貯めていた恵が、やっと ゆっくり顔を上げる。 私を見つめるその瞳は、まだ何かを訴えようとしていた。 「あなた・・・あなたと結婚できて嬉しかった・・・です・・・」 「・・・・・・・」 「道尾が死んで・・・あなたに・・・電話するとき・・・・救ってもらい・・たいと・・・思ってました・・・」 「・・・・・・・・・・」 「あなたから・・・プ プロポーズされた時・・・・過去を忘れて・・・生まれ・・・変りたいと思い・・・まし・・た。・・・・・本当なんです・・・信じて・・くださ・・い」 「・・・・・・・・・・」 「でも・・・波多野・・・・さんが、 私の前に・・・・現われた時・・・・」 「あの・・・東京・・駅」 「・・・はい。波多野(かれ)は・・・・お金をくれ と言いました・・・。金をくれないと・・あなたに私がどう言う女かを教えてやる と言ったんです・・・・」 (・・・・・・・・・・・) 「Y駅で お金を渡して・・・色々昔の事を言われました・・・でも・・・結局 立ち去っていく波多野(かれ)を見て・・・何とか幸せを守れたと ホッとしました・・・・」 (・・・・・・・・・・・) 「でも・・・あなたが京子さんのお店で、波多野と会った夜・・・・波多野(かれ)から・・電話があったんです・・・」 (!・・・・・) 「・・・・『さっきまで、旦那と会ってた』って・・・・『優しそうな旦那さんですね』って・・・・『満足してないんでしょ』って・・・・『佳恵さんの秘密をおしえてやろうかな』って・・・・まるで地獄の声・・でした・・・」 「ウッ ウグ・・・・」 恵が涙を拭き、唇を噛み締める。 「目の前が真っ暗になりました・・。私はもっとお金を払うから と言いましたが・・・『ダメだ 取り合えず一週間ほど僕に付き合ってくれ』って・・・・」 「クッ クソ・・・・・・」 「その後は あなたの想像通り・・です。 昼間 六本木の店に呼び出されて・・・そこで初めて京子さんと会って・・・・『道尾を私から奪った』 と詰(なじ)られて・・・」 「・・・・・・・・・・」 「く 薬のような物を飲まされて・・・・・それから何日間は、ずっと・・・夢の中に いるようでした・・・」 「・・う・・ん・・・」 「次の日も呼び出され・・・そしたら織田さんがいて・・・織田さんは、私が道尾の時のように“あなたの為”に、舞台に上がる練習に来た程度にしか思ってなくて・・・・。私は、言い訳する事もできずに・・・ただ 縄をかけられた瞬間 む 昔を・・・思い出してしまったんです・・・・・あなた すいません・・・・すいません・・・・あなた・・・」 再び恵の嗚咽が激しくなった。 私は掛ける言葉も見当たらず・・・・ただ・・・・。 ただ 見つめるだけだった・・・。 何とか手を伸ばそうと試みた。 だけど・・・。 身体が動かなかった・・・・。 なぜだか頭の中に 恵の顔、道尾の顔、京子の顔、波多野の顔、そして又 恵の顔・・・それらが順番に回り始めた。 夫の為にと他人に裸を晒し、男に抱かれた妻・・・恵。 自分の妻を他の男に調教させ、又 抱かせて慶ぶ男・・・道尾圭介。 夫を愛してると言いながら離婚して、離婚した後も夫を愛していると言いながら他の男を誘惑する女・・・京子。 金の為なのか、性欲の為なのか夫の依頼でその妻を抱いた男・・波多野。 頭の中で光が弾け、ページを捲(めく)るように5枚の絵が走り抜けた。 舞台の上で背中に首筋、それに尻にムチを打ち付けられ悦(よろこ)ぶ恵の顔。 蛙(かえる)のように足を大きく拡げ男に跨り腰を振る女・・・恵。 光の中を今までのいろんな場面が一気に走り去る・・・。 私の身体が震え始めていた。 まるで瞳孔を開いたように大きく目を見開き、壁の一点を見つめたまま震え出していた。 歯がカチカチと震えに併せる様に鳴り始めていた。 恵が顔を上げ、私を見つめる。 赤く腫れた瞳の奥に驚きの色が浮か上がり、ゆっくりそれが大きくなっていく。 恵の口が小さく開き、一気にそれが大きく広がった。 「あ・・・あなたーーーーー」 恵がベットから飛び出すように私に抱きついてきた・・・ように思う。 恵に抱きしめられながらも、私の身体はまだ痙攣していた・・・・と思う。 懐かしい匂いが鼻の奥に広がった。 昔 嗅いだ事のある匂いのようだった・・・・。 |