46 これが覚悟を決めた女の表情なのだろうか。 真っ直ぐな視線から逃げる訳にはいかない。 「あなた・・聞いてください・・・・・・・かなり昔からの話になります」 (・・・・・・・・・・・・) 「あなたも知っての通り、私の実家は、私が物心が付いた頃からとても貧しいものでした。中学、高校の頃は、その貧しさを隠す為 あえて明るく振舞う私がいました」 (・・・・・・・・・) 「高校3年生の冬には父の借金が膨れ上がり、家にまで“取立て”が来るようになりました。私はその頃から家の世話にならず、自分で働きながらでも短大に行こうと決めてました・・・・・・・あなたにも 進学した時の様子は話した事があったと思います」 コクリ・・・私は小さく頷く。 「短大では2年間 寮生活でした。どこかで実家に近づきたくない と言う正直な気持ちがありました。時折 掛かってくる電話口の母の声に申し訳ない気持ちになりながら、就職したら逆に仕送りしてあげようと思っていました」 (・・・・・・・・・・) 「ご存知の通り 私は東京の大きな会社に就職する事が出来、親にも僅(わず)かながら仕送りが出来るようになりました・・・・・でも」 声が詰まり、僅かに下を向く。 しかし・・・直ぐに顔を上げ、私の目を見て 又 喋り始める。 「でも、そんな仕送りを何年か続けてきたある日、当時の一人暮らしのアパートに “取立て”が来るようになったんです。今でこそ借金の取り立ても法律に制限されるところがあるようですが、当時のそれは酷(ひど)いものでした・・・まるで映画のワンシーンのようでした・・・」 何とも例え様の無い自虐的な笑みがこぼれ、瞳の中に暗い糸が線を引く。 「取立ての人が言うには 『親の借金の保証人に成れ』 と言う様な事でした。私は安易に返事をしませんでしたが、その人達は私の勤務先にも電話をしてくるようになったんです・・・・ 当時 恋人もいましたが、そのデートの現場でもその人達と遭遇する事がありました」 (・・・・・・) 「・・・・恋人は黙ったまま私の前から消えて行ってしまいました・・・」 淡々とそこまで話した恵が、一つ息をつく。 「私は実家の両親と話をして、保証人にこそ成らないが、仕送りとは別にお給料の中から毎月金融会社にもいくらかを払う事を約束しました・・・・・。私は少しでも早く実家の借金を減らしたいと思い、会社に内緒でアルバイトもするようになりました・・・・クラブのホステスです」 (・・・・・・・・・・・) 「2つの仕事の掛け持ちは何年か続いて、きつい事もありましが でも楽しい事もありました・・・男の人を見る目が少しだけ養えたと思います。それと あなたがよく言うこの丁寧な語尾も、その頃 身に付いたのだと思います」 恵の瞳にほんの一瞬 悪戯っぽい色が浮かぶ。 「でも・・・・」 「・・・・・でも?」 「でも ある時、クラブのバイトが当時の上司に分かってしまったのです・・・その上司(ひと)は、会社に内緒にする代わりにセクハラまがいの事を求めてきました」 「・・・なんだって・・・・」 「はい ・・・ 私はノイローゼ気味になって仕事もミスが目立つようになりました・・・・。そんな時 お店にその取立ての人が偶然客として来たんです。私は定期的に支払いを続けてましたから、その人達が店で嫌がらせをするような事はありませんでした・・・・でもその人が」 「・・・・・・・その人が?」 「はい・・・ある日 その人が連れてきた知人の方が私に、別の仕事を紹介したんです」 小さな口元を見ながら、私は頷いた。 「はい。あなたもお察しの通り、モデルの仕事でした。その方は自分の知り合いに腕の良い“絵描き”がいる事、そして私にモデルの才能がある事をクドクドと言いました。私はギャラが良い事もあったのですが、それまで借金の事をいつも気にしながら、オシャレや身だしなみに これと言った興味の持てなかった自分が褒(ほ)められた事が嬉しかったんですね・・・。丁度 OLの仕事もセクハラなどで嫌になってる時で・・・そんな浮いた話に飛び乗ってしまったんです」 (・・・・・・・・・・・) 「・・・・・女って 弱いですよね・・・」 恵の瞳に寂しげな色が浮かぶ・・・。 恵の噛み締めるような優しい声に私の涙腺が緩み、そして胸がキリキリと締め付けられる。 思春期の頃の朗(あか)るい笑顔の裏にあったもの・・・・。 あの 凛々しさと美しさ・・その背中合わせにあったもの・・・・。 「私はどこかで “やけ”になってたのかもしれません。恋人が去り、店では色物みたいに見られる事もありました・・・・。“その人”に初めて絵を描いてもらってそれを見た時、驚きを覚えました・・・これが私? ・・・こんな綺麗なのが・・・」 「・・・・・・・・」 「それから・・・・・・・・それから すぐにヌードにもなりました・・・・・・。あなた ・・・ごめんなさい・・・・」 「い・・いや・・・・・続けてくれ・・」 驚くほど落ち着いた私の声だった・・・・・。 |