45 塩田の話が一旦途切れると、私は奴の顔を覗き込んだ。 塩田も私にどう気を使えばよいのかわからない・・・そんな困った顔をしている。 「塩田・・・・じゃあ お前は恵の事も・・・・・・恵の事も京子と同じ様に見てたんだな? 恵も波多野と・・そして道尾がそれを・・・・・そうだよな・・・そうなんだろ?」 (・・・・・・・・・) (・・・・・・・・・・) 「俺は・・・・・部下のその話しは・・・そいつの作り話だと思ってた・・・まさかそんな“けったいな”夫婦がいるやなんて・・・でも どこかで・・・俺も妄想を膨らませて楽しんでた・・・」 (・・・・・・・・・・) 「せやから 道尾が再婚して初めて恵さんを見た時・・・・京子さんの若い頃を思い出して・・・恵さんの あられもない姿を想像して・・・この夫婦もやっぱり って・・・・・すまん!」 私は大きく息を吐き出した。 (・・・・・・・) (・・・・・・・) (・・・・・・・・・) 「山本・・・ お前の口から恵さんが高校の時の同級生で、お前の初恋の女(ひと)だったって聞いた時、俺も複雑な気持ちやった・・・」 「・・・・・・・・」 「道尾(せんせい)が癌で亡くなって、少しして会社に電話があったんや」 「・・・・・・・・・・」 「お前も知っての通り恵さんからの電話やったわ・・・。パーティーの2次会と葬式、お前と一緒に俺が居たのを覚えてたんやろ・・・」 「・・・・・・・」 「俺がお前の携帯電話の番号を恵さんに教えて・・・・、それから お前らの中が進んでいくのを横目で見ながら、正直 複雑な想いがあったわ・・・けど お前の幸せそうな顔を見てたら・・・」 「・・・恵の 過去の“疑惑”の部分か・・」 自分に言い聞かせるような、私の小さな声だった。 「でも山本、これだけは信じてくれ! 俺はお前が恵ちゃんと上手くいく事を願ってた・・・・今も」 塩田の泣き出しそうな、まるで小動物のような可愛らしい瞳だった。 フッ ・・・ その可愛らしい瞳に、思わず笑みがこぼれた。 しばらくして声を掛ける。 「そろそろ出ようか・・・・のぼせてしまう」 そして私達は銭湯を後にした。 「これから何処へいくんや?」 歩きながら聞く塩田の声に、黙ったまま携帯電話を開いて見せた。 メール・・・・。 《あなた 今日も病院に来てください。 恵》 いつしか届いていた恵からのメッセージ。 僅か一行のその文字の中に、恵の強いものを感じた。 「塩田、ちょっと行って来るわ。・・・・正直に話してくれて、お前には感謝してるで」 その言葉に塩田のヒゲがピクリと揺れる。 「へっ へへ 変な関西弁 使いおって」 その声に踵(きびす)を返した。 うん・・・もう泣かない・・・・。 私は一人そんな事を思い駅への道を歩いた。 医者は退院まで2,3日と言っていた。 そんな事を思い出し、病院の受付に顔を出す。 見舞いの手続きを終え、エレベーターホールへ向う。 すれ違う人々の顔に、なぜだか恵の母親の顔を思い出す。 『娘をお願いしますよ・・・慶彦さん』 病室の扉を開けた私の目に、恵の後ろ姿が映る。 「寝てなくてもいいのかい?」 私の声にすっと振り向く。 そして私を見つめ、確かめるように小さく “はい”と返事をする。 2人しばらく見つめあい、私は静かに椅子に腰を降ろした。 恵は私に促され、ゆっくりベットに入る。 そして 上半身を起こしたまま私を見つめた。 「明日には退院出来そうです」 「そうか・・・それは良かった」 その言葉の後 一つ大きなクシャミをする。 「寒いですか?」 「い いや・・・実は さっきまで塩田と銭湯に行ってたんだ」 へっ? ・・・ そんな恵の顔に頬が緩む。 そしてわずかな沈黙が流れる。 見合いじゃあるまいし・・・。 「恵・・・・色々知りたい事がある」 「はい・・・・私もお話ししなければいけない事があります」 凛(りん)とした瞳の奥に光が見えた・・・・強い覚悟の・・・・・。 |