43 『・・又 来る・・・』 唇を噛み締め一人頷き、私は部屋を出る。 ドアを閉めた瞬間、目から大粒の涙が零(こぼ)れ落ちた。 恵の泣き声が、いつまでも背中に残っている。 私はどうしようもない臆病者なのだ。 泣き顔を見られたくなかった・・・。 所詮 ちっぽけなプライドしか持ち合わせてない男なのだ。 なあ 塩田。 妻の過去を受け入れられないのは、情けない事か? 妻の不貞を責めれないのは、情けない事か? 妻の“性癖” を認められないのは・・・・。 私は宛も無く彷徨(さまよ)い続けた。 電車に乗り、タクシーに乗り、又 電車に乗った。 適当な所で酒を飲み、管(くだ)を巻いた。 フラフラ歩く私の目に、ショッキングピンクの光が届く。 何処かの繁華街。 男を誘う看板。 淫靡な裏通り。 怪しい人種の誘う声。 そして一軒の潰れそうな店に導かれるように足を踏み入れた。 ポルノショップ・・・・・・ 浅黒いムチ・・・歪な形をしたバイブレーター・・・それに真っ赤なロウソク。 その瞬間 頭の中に光が瞬いた。 ページを捲(めく)るように、あの5枚の絵が浮かび上がる。 足元から湧き上がる真っ赤な陽炎。 白い肌を絡み取る真っ赤なロープ。 背中から臀部に打ち付けられたムチの痕。 胸の膨らみの先を虐(いじめ)られ、涎(よだれ)を流す女・・・。 恵・・・・。 私は突然その店を飛び出した。 頭の中でサイレンが鳴り続けていた。 その後の事はよく覚えていない。 そしていつしか記憶が・・・・。 鼻の奥にプ~ンと味噌汁の匂いが伝わった。 こめかみがピクリと震え、ゆっくり目を開く。 「おっ! 起きたか」 苦しそうに顔を上げた私の目に、見覚えのあるヒゲが揺れて見えた。 (しおた・・・・) 「あら 起きたのね、丁度 鮭が焼けたところだわ」 聞き覚えのある声だった。 「ここは?」 「夕べは大変だったのよ。店を閉めようとしたら、いきなり山本さんが酔っ払って倒れ込みうように入ってきたんだもの」 (女将・・・・・) 「でもカウンターに座った途端、うつ伏せたまま眠っちゃうんだものね」 その時 肩から掛けられていた毛布に気が付いた。 「やれやれ お前 何も覚えてへんみたいやな」 「・・・塩田・・・なんで?」 「へへ 朝起きたら、女将から留守電が入ってたんや、 『山本さんが店で寝てるから来てくれ』 って」 久し振りに見る塩田の笑みだった。 (・・・・・・) 「はは まだ夢心地のようやな。もうすぐ10時やで、忙しい俺をココに呼び着けるんやから お前も大したもんや」 女将が塩田の声に頷き、茶碗に湯気の上がるご飯を盛っていた。 私は塩田と向かい合いながら、箸を口に運んだ。 時折 塩田が政治、経済の話題を出し、私はそれに相槌を打った。 「なんや 結構 食欲はあるんやな」 (・・・・) こいつが “その事”に触れないのが何だか嬉しかった。 「山本、メシ食ったら銭湯でも行くか? この近くに朝からやってる所があるんや」 「・・・・・ああ」 小さく頷く私がいた。 |