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月明かり










42
 私は看護士が腰を掛けていた椅子に座った。
 そして恵に顔を向ける。
 手を伸ばせば、柔らかそうなその肌に触れる事が出来る、そんな距離にいる。
 恵は俯き、その距離を強張っているように見えた。


 「昨日の舞台・・・・・あれは 脅(おど)されてたんだよね・・・・・それに “薬”も使われていたんだろ?」
 私の諭(さと)すような声も幾分か震えている。


 「・・・・・・・は い・・」


 「そうか・・・・」
 (・・・・・・・・・・・・・・・)


 「・・・・・・・織田という男が、この何日間・・・・恵を・・・・その・・・」
 (・・・・・・・・・・・・・・・)

 
 「・・・・調教したと言ってた・・・・それは・・・・・本当なのかい・・」
 ノドに引っ掛かった言葉を何とか吐き出す。


 「・・・・・・・は い・・」


 「・・・・・・そうか・・・・・・それも・・脅されての事だよね・・」


 「・・・・・・・は い・・」
 そして3度目の“はい” に、2人の距離を沈黙が支配する。
 

 (・・・・・・・・・)
 しばらくして一つ咳払いをする。


 「・・・・一体何を・・・・何を脅されていたんだい?・・」
 私の弱々しい言葉に、恵が目を瞑(つむ)る。


 「・・・・・・・私は・・恥知ら×な・・お×な・・で ×・・」
 切れ切れの言葉が耳に付く。


 「恥知らず・・・それは 昔の事かい?」
 (・・・・・・・・・・・)


 「・・・・・・・・・・・」


 恵の唇が震えながら開く。
 「は い・・・昔も・・・・今も・・で す」
 (・・・・・・・・)


 自分のため息が胸に引っ掛かる。
 一人きりじゃ淋しいはずの病室は、今は息さえ就けない部屋だった。


 俯く恵の目元から、涙の雫がいくつも落ちて行く。
 私は涙腺を噛み締める。
 恵の口から嗚咽が洩れている。
 私は更に涙腺を噛み締めた。


 「・・・ごめ・・・ん  な  さ い・・・・」
 嗚咽の間にその言葉が滲み出た。


 初めて見る恵の姿・・。
 痛々しい・・・。


 「恵・・・・・君は・・太陽の様な人だったじゃないか・・・・・・高校3年生の時 君の朗(あかる)さに救われた・・」
 「・・・・・・・・・・・」


 「いつも 遠くから眺めてるだけだったけど・・・僕は嬉しかった・・君を見てるだけで・・・・」
 恵の嗚咽が激しさを増す。


 「ある時 恵も僕の事を見てくれてる気がして・・・・その微笑を僕に向けてくれてる気がした・・・・」
 私の目尻もブルブル細かく震えていた。


 「・・・・恵と再会した時 嬉しさの反面、後悔もしたよ ・・なぜ20年前に声を掛けなかったんだろう・・・って」
 「  ×××××× 」


 「 たぶん 僕が臆病だったからだろうね・・・・」
 「  ×××・・・×××××× 」


 「だから 何より嬉しかったのは、恵の笑顔を独り占めできた事だよ・・・」
 最後の言葉に、涙腺が爆発の一歩手前だった。
 その爆発を抑えるように、恵の嗚咽が一段と激しくなり、それは大雨のように続いた。


 恵の涙はどの位続くのか・・・。


 「・・・・又 ・・・・来る・・・」
 何とかそう言うと、私はスッと立ち上がった。










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