41 3人の姿が消えるのを確認して私はエレベーターに乗り込む。 恵・・・・。 そう・・・全ては恵の口から・・・・。 その白いドアの横には小さなプレート。 “山本佳恵” そうなんだ、私の妻だ。 私は涙腺を閉める。 そして大きく深呼吸した。 白いドアノブから冷んやりとした感触が伝わった。 私は静かにドアを開ける。 ベットの横に座る一人の女性がこちらを向く。 「まだ 眠ってらっしゃいます」 中年の看護士の優しそうな小さな声。 私は黙って頭を下げた。 私の目には、ベットに横になり点滴の管(くだ)に繋がれた人形のような顔立ちが映る。 痛々しいその姿・・・綺麗だ。 その言葉が頭をよぎり、涙腺が緩んだ。 「もうそろそろ目を覚ます頃だと思いますよ」 「・・・・・・・・」 黙ったまま頭を下げる私。 「夕べは大変でした」 「え!?」 「魘(うな)されてました。・・・それで ご主人の名前をうわ言の様に、何度も何度も呼んでました。・・・・それと 『ごめんなさい ごめんなさい』 って」 「・・・・・・・そうですか」 恵の目元がピクリと痙攣して、続いて小さな声が上がる。 私はその顔を覗き込む。 「私 席を外しています。何かありましたら、枕もとのブザーを押して下さい」 看護士が優しい笑みで会釈して部屋を後にする。 恵の目尻の震えに合わせるように、私の涙腺が更に痙攣した。 泣いちゃあいけない・・・・。 唇を噛み締めた。 恵が目を開ける。 「け・・・い・・」 「・・・・あ・・・あな・・た・・・」 日本女性的な黒髪。 アーモンド形の瞳。 ピッと延びた鼻筋。 私の大好きな顔立ち・・・。 しかし・・・蒼白くこけた頬(ほお)。 恵が苦しそうに身体を起こす。 そして悲しげに私を見つめる・・・。 「・・・・あなた ・・・ごめ・・・んな・・さ・・」 その瞬間 パラパラと大粒の雫(しずく)が零(こぼ)れ落ちた。 私が涙腺を噛み締めると、沈黙がやって来た。 僅(わず)か2年と少しの夫婦生活、その中でこんな長い沈黙があっただろうか。 涙ぐむ恵の横で、私は唇を噛み締め、唾を飲み込み、そして又 唇を噛み締めていた。 「けい・・・・」 弱々しい言葉だった。 その言葉に、恵が真っ赤になった瞳を向ける。 「恵・・・教えて欲しいんだ・・・・。全てを・・・・過去の事も・・・・」 (・・・・・・・・・・・・・) (・・・・・・・・・・・・・) 静まり返った寝室に、エアコンから吹き出る風の音だけが規則正しく聞こえてくる。 涙を拭(ぬぐ)った恵が、こちらを向く。 弱々しく唇を噛み締めて、恵が頷いた。 「全てを知らなければ・・・俺は前に進めない・・・・ような気がするんだ・・・」 「・・・・あ な た ・・・私を・・××××××××××・・・・」 恵の唇が震え、言葉が消えていく。 私を・・許してくれるのですか ・・・ そんな風に聞こえた。 許す? 私自身がどうなるかも分からないのに・・・・。 だけど・・・。 私はゆっくり口を開いた。 「恵・・・話してくれるね」 |