36 薄暗い舞台の上に、その女の白い肌だけが淡く浮かび上がっていた。 恵・・・・・・。 作務衣(さむい)の衣装を着た男の目配せに、波多野が赤いロウソクに火を着ける。 そして それをソファーの横 左右2箇所の床に置く。 目の前に幻想的な世界が広がった。 「恵----!」 私の叫びと同時に、目の前 鼻先にムチが打ち付けられた。 「お客様、お静かに願います」 作務衣の男の冷たい目が、舞台の上から見下ろしてきた。 私の釣り上がった目が男達を睨み、そして恵に向く。 その時 初めて気が付いた。 波多野が全裸でソファーにうな垂れていた人影の首を掴む。 その女の顔は、黒いマスクでスッポリ包まれていた。 (け・・・い・・・) 女が促されヨロヨロと立ち上がる。 私は息を呑む。 さ迷うように、よろめく女。 ロウソクの炎に、女の姿が陽炎のように波立つ。 細い腰、その下から見事な曲線を描く下半身、そして その上には、果実のような大きな2つの膨らみ。 黒いマスクの唯一開いた穴。 波多野が、徐(おもむろ)に女の口に己の指を入れた。 女がそれを待っていたかのように、それをしゃぶるように舐めまわす、まるで心細さから逃げるように。 「この女・・熱く・・・潤(うるお)ってます・・」 波多野の落ち着いた声が、不気味に響く。 役者がかった声。 妖しい淫靡な空気が、この空間を覆(おお)った。 止め! ・・・ が掛からなければ、いつまでも続くのではないか。 女が男の指をしゃぶり続けてる、腿(もも)と腿を擦り合わせ、腰を微かに動かしながら。 ようやく作務衣の男が、波多野と交代するように縄を取り、女体をそれで絡み取っていく。 細い縄が所々で確実に女の急所を捉えていた、なぜだか それが分かるような気がした。 私は自分が不自由な格好でいる事を早くも忘れていた、いや 忘れさせられているのかもしれない。 そして 目の前に、見事な縄化粧が出来上がった。 「フフフ 美しい女には縄がよく似合う・・・」 男の吐いた言葉に、息を飲み込んだ。 「そうなると・・・このマスクは邪魔ですね」 男が横目でチラリと私を見た・・・・気がした。 波多野がゆっくり女に近づき、マスクに手をかけた。 そしてマスクを抜き取った。 (!・・・・) 女の顔が晒される。 ロウソクの炎に炙(あぶ)られるように・・・幻想的な空間の中で・・・・。 薄い半開きの瞳がさ迷っている。 黒い髪がべったり顔にへばりついている。 口元には涎(よだれ)の痕がついている・・・・のではないか。 (けい・・・) 「け 恵ーーーー!」 私は叫んだ。 しかし その叫びを鎮めるように、強烈なムチが目の前に打ち付けられた。 女が・・・恵が音の方向・・・私の方を向く。 (・・・・・) その表情は・・・・。 さ迷っている・・・まるで痴呆の様な・・・。 今 自分が裸でいる事も・・・その美しい肌が縄に絡み取られている事も・・・自由を奪われている事も・・・何も感じないのではないか・・・。 そんな表情だった。 「フフフ この女は恵ではありません。・・・この女は人妻M恵(えむ え)です」 (・・・・) 「M恵は昔 私の元でモデルをした事がありました。 ・・・ご覧のようなモデルです。・・・・父親の事業を助ける為の仕事でした。最初は嫌々だった仕事ですが、女はある時 気づくのです。自分が持って生まれたMの血に・・・」 (・・・・・) 「M恵は “親の為に” と自分に言い聞かせていた言葉が、いつしか “己の為” に変わるのです・・・“自分の欲求の為” にと・・・。 やがて女は夫と死別して、しばらくMの血を封印します。・・そして新しい伴侶を得ます」 (・・・・・) 「普通の女として、普通の幸せが尊い物だと思うようになります。・・・しかし 女はある出来事、ある人物との再会で、いつか見た性の深淵を思い出すのです。・・・・・そして又 私の元へこのように戻って来たのです。・・・さあ この女は、縄に縛られた時点でもう潤っているはずです」 作務衣の男の口元がニヤリと歪(ゆが)み、歯が覗く。 いつか聞いた時と同じ男の口上の中 私までが観客の一人になっていた・・・この空間で唯一の観客・・・。 「さあ それでは、女のココがどうなっているか? さあ 確かめてみましょうか」 ゴクリ・・・私は再びツバを飲み込んだ。 |