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月明かり










32
 京子がピアニッシモに火を着けた。
 「その “挿絵”を描いてた男は、道尾の知り合いだったのか?」
 「ええそうよ、作家仲間の紹介だったわ」


 「・・・・・・」
 「それからモデルの仕事はエスカレートしていったわ。ある時 その人に怪しげな所へ連れて行かれて全裸で縛られたの・・その人は絵描きでありながら “縄師”でもあったのよ・・。そして私を縛り上げた後、舐めまわすように見るの、そして絵を描くの」


 「道尾・・・道尾は、京子さんのそんな“仕事” を知っていたのか?」
 「・・・・・・・・ふふ」
 小さく妖しい笑いだった。


 「“知ってた” どころじゃなかったわ」
 「なに!?」


 「道尾は私が縛られている所をずっと影から覗いていたのよ」
 「なんだって!」


 「最初から道尾と“その人”が仕組んでたの。そして道尾は、私が縛られ、打たれ、吊るされ、バイブレーターまで使われ・・・涙と涎(よだれ)を流す様を見ながら小説のアイデアを探ったの」
 「・・・・・・」


 「ある頃から道尾の作品が、文学っぽいものから官能小説っぽいものに変わっていったわ・・・・切っ掛けはアタシよ」
 京子の言葉が、タバコの煙と一緒に舞い上がる。


 「でもね山本さん、・・・アタシMじゃなかったのよ」
 「え?」


 「縛られたり、打たれながらもね、私は自分の性癖に気づいていたわ。私は“いじめる側の人間”なんだって」
 私を見つめる京子の目に妖しい光が戻り始め、その輝きに背筋がゾクっとする。


 「その人は、そんなアタシの事を見抜いていたわ。ある時 その人が言ったの 『京子ちゃん モデルの仕事はもう終わりだ。君にはもっと金になる仕事を紹介してあげるよ』 って」
 「・・・・そ それは」


 「・・・・SMクラブ、そこの女王様よ。・・・うふふ 普通はね 女の子は誰しも“M女” から始めるらしいんだけど、私だけは最初からSの女王様だったわ」
 京子の瞳と甘い声に、私のノドが欲していた。
 そんな私を甚振るかのように、京子は話し続ける。


 「快感だったわ。・・・色んな男や女を甚振るのは、・・・色々やったわ 人様に言えないような破廉恥な事もたくさんね・・・でも」
 「・・・・でも?」


 「でも その頃から道尾(かれ)との間が可笑しくなっていったの。道尾(かれ)がある小説で小さな賞を取って、それから売れ始めたの・・・お金が入るようになってきて、色んな人間が道尾に近づいて来て・・・“先生” なんて呼ばれるもんだから良い気分になっちゃって・・・」
 「・・・・・・・」


 「波多野君を雇ったのもその頃よ。世間には 『僕の弟子なんだ』って言ってたけど目的は別にあったの」
 「?」


 「ふふ 波多野君に私と寝るように嗾(けしか)けたのよ」
 「何だって!」


 「その様子を又 覗いて小説を考えるのよ・・・アタシも夫婦仲が可笑しくなってたから、当て付けるように波多野君とセックスしたわ」
 「・・・・・・・・」


 「でもその内我慢の限界が来て、家を飛び出したわ。その時 何回か塩田さんにも相談しようと電話した事もあったけど、さすがに私達の異常な世界の事は話せなかったわ」
 (塩田・・・)


 「アタシはその後も女王様の仕事をしながらクラブの雇われママもしたわ、一人で食べていく為にね」
 「い 慰藉料は・・・」


 「正式に離婚をしたのはそれから大分先よ。結果的に道尾は有名小説家になってお金持ちになったけどね・・・・このマンションも道尾にもらった慰謝料で買ったのよ」
 「恵が・・・恵が道尾と死別した時は・・・道尾(やつ)は一文無しどころか借金を背負い込んでいた・・・」
 私の重く冷たい声だった。
 なぜだか瞼の裏に熱いものが湧いてくる。
 

 「道尾と佳恵・・いえ 恵さんとの事も教えてあげましょうか・・」
 私はその声に改めてゴクリと唾を飲み込んだ。


 『私は病んでいた』
 恵が言ったあの言葉。
 その事実に一歩近づこうとしていた。
 フッと私は小さく息を吐き出した。










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