31 部屋の中に電話の音が鳴り響いた。 それと同時に私の身体は跳ね上がるように飛び上がった。 京子が一瞬その目に冷たい色を浮かべ、髪を振る。 そして 小さく舌打ちしてゆっくり立ち上がり、携帯電話を手に取った。 それを見た私は頭を大きく振り、京子を横目で見ながらキッチンに行き、そして思いっきり顔を洗った。 「・・あなた間が悪いわね・・・・うん 大丈夫よ・・・・・ここに来られてるわ・・・・・ハイハイ・・ちゃんと言っときますから・・・・・ハイ・・・」 (・・・・・・) 京子が携帯電話を畳み、私の方を振り返った。 「ふふ あなたの関西弁のお友達は、心配性ね」 京子の顔は怪しいマダムから、少しだけ普通のセレブに戻ろうとしていた。 「山本さん あなた意気地なしね・・・私の素敵な身体を堪能させてあげたのに・・」 「・・・・・・・・・」 私は居間に戻り、小さく息を吐いた。 「磨き続けてきたこの身体を味あわせてあげようと思ったのにね」 そう言いながら京子が床に落ちていたスカートをそっと拾い上げる。 「・・・・・・勘弁してくれませんか 京子さん!」 部屋の中に小さな沈黙が戻る。 京子がスカートを穿きながら私を見つめ返す。 しばらく見つめあいが続き、やがて京子の口からフッとため息が漏れる。 「・・・京子さん、波多野は何処にいるんですか? 恵は・・・」 京子の紅い唇が微かに歪(ゆが)む。 そして・・・。 「ふふ。。わかったわよ、とにかくそこに座って。。。。もう誘惑しないから」 京子がソファーに腰を降ろしたのを見て、私もゆっくり腰を降ろす。 私は黙ったままの京子を正面から睨みつけた。 「一体 何を考えてるんですか!」 一呼吸おいて京子がテーブルの上のタバコに手をやる。 初めて会った時と同じ、ピアニッシモのメンソール。 「ふふ 貴方と佳恵さんを離婚(わかれ)させてやろうと思ってね」 「なんだと!」 低く暗い声。 「・・・私から大事な男を奪った憎いあの女にも、私が味わった気持ちを思い知らせてやろうと思ったのよ」 「何!・・・大事な男を奪っただと?」 「・・・・・・・・」 「ど どういう事だ・・・京子・・・さん」 京子の顔がグニャッと歪(ゆが)み、そして唇を噛み締める。 目尻がピクリと痙攣する。 右手の火のないタバコを灰皿に置く。 「ふふ 貴方一人だけが幸せを感じて、周りが見えてなかったのよ」 京子のため息交じりの透き通る声。 「教えてあげましょうか」 「・・・・・・・・」 「私と圭介は若くして結婚したわ・・」 京子が遠くを見るような目で、喋り始めた。 「道尾(かれ)は一応作家という事だったけど、全然売れなかったわ。お金が無くて食べるのに必死で・・私はいい加減に他の仕事をしてくれって頼んだわ」 「・・・・・・・・」 「でも 全然聞いてくれなった。・・私達に子供がいれば心を入れ替えて別の仕事に就いてくれると思ったけど・・結局 子供は授からなかった」 京子の瞳に一瞬哀しい色がよぎる。 「そのうち私も、道尾(かれ)に掛けてみようと思うようになった・・・そして私も働き口を捜したわ、道尾(かれ)を食わすために」 フッとその瞳を窓の外に向ける。 「でも なかなか割りの良い仕事はなかったわ・・それで “ある人”の紹介でモデルをするようになったの」 「ある人?」 「そう、小説の挿絵(さしえ)なんかを描いてた人よ」 (・・・・・) 「初めはその人が描く絵のモデルをしたわ。結構いいギャラをもらえて・・・私にも才能があったみたい。・・・そしてヌードにもなったわ、ギャラに釣られてね」 京子の瞳の奥に暗い光が輝く。 正面に座る京子の顔が、ある映像とダブってくる。 顔の輪郭、アゴのライン、鼻筋。 私は知らずに何度か頷いていた。 |