28 私は一旦駅に引き返し、電車に乗った。 メモには都内のある住所が記されている。 『京子さんが自宅に来て欲しいそうや、それもお前一人だけで』 塩田の電話を思い出し、心の中でその住所を復唱した。 電車に揺られる頭の中に、先程の管理人が言った言葉が浮かび上がる。 波多野のマンションに何度と通っていた中年女性・・・。 どうしても恵の姿が浮かんでしまう・・・。 今・・・どこで・・・何をしているのか?・・・そして 誰と・・・。 良からぬ情景を振り払うように、頭を2、3度振る。 隣で吊革(つりかわ)を握る女性が、私を訝(いぶか)しげに見ていた。 ある駅に着いた私は、メモを頼りに一つのマンションへたどり着く。 波多野のマンションよりも立派でお洒落な建物を見上げて見る。 エントランスに入った私は、これまたお洒落な集合ポストにその名前を探す。 道尾京子・・・・。 京子は道尾圭介と離婚後も苗字を戻していない・・。 この豪華なマンション、道尾から受け取った慰謝料がこれらに変ったのか。 そんな事を考えながら、頭の片隅に残っていた京子の輪郭を思い出す。 私は、集合ポストの部屋番号を確認してインタフォンに向かった。 それから数分後。 部屋に通された私の前に、ふくよかなマダムが姿を現した。 「お久し振りね 山本さん」 ソファーに腰を降ろした50近い婦人の口が開く。 あの時と同じハスキー掛かった声。 しかし 見た目の雰囲気があの時とは、少し違っている。 夜の顔に昼の顔、あの時よりも幾分か優しく老いた顔・・・そして どことなく誰かに似ている? 「京子さん、・・早速ですが・・ 波多野・・・・さんの居場所を・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・ふふ 慌てないで」 あの夜と同じ妖しい微笑が口を挟む。 京子の微笑に力が抜け、息を吐きながらソファーから一旦部屋の中を眺めて見る。 まるで一流ホテルのスウィートルームのようなリビング。 『京子さんは一人暮らしだ』 たしか塩田はそう言っていた。 「ねえ 山本さん、落ち着いて聞いてくれる?」 「・・・・・・・」 「塩田さんが、凄い勢いで聞いてきたわ、 『山本が 波多野君の居場所を捜してる・・・京子さん知らないか?』 って」 (・・・・・・・) 「まるで彼の居場所を教えたら、あなたが彼を殺しにでも行きそうな勢いだったわ」 塩田の慌てぶりが、手に取るようにわかる。 「わかるはよね、そんな状態ですんなり波多野君の事は教えられないわよ」 「・・・・・・」 「・・・・・教えて頂戴、 波多野君を捜してる理由は?」 イタズラっぽい響を持った声だった。 「実は妻が・・・」 京子が白いスカートの中で足を組み替える。 「妻が・・・波多野・・・・さん・・と居るんじゃないかと思いまして・・」 「・・・・・」 「それで 波多野・・さんを・・・」 京子の目がまっすぐ私を見据える。 「でも なぜ 波多野君と奥さんが一緒に居ると思ったの?」 「それは・・・」 「・・・・・」 「先日・・・2人が逢ってる所を・・・・“偶然”見て・・・」 「ふ~ん 偶然ねえ・・」 京子の紅い唇が歪(ゆが)む。 「それは 奥さんが “浮気”してるって事、波多野君と?」 「いっ いえ・・そうと決まったわけじゃ・・」 「ふふ でも2人が逢ってたって可笑しくないわよね・・・・2人とも元々は“道尾”の所にいたんですから」 「そっ それは・・そうなんですが」 「久し振りに道尾の思い出話でもしたくなったんじゃないの・・・・あなたには “気分の良い話”じゃないけど。。だから あなたに黙って波多野君と逢ってたんじゃない?」 恵の “書き置き” の事を知られたくない私は、次の言葉を捜した。 |