15 1泊2日の小旅行から1週間が過ぎていた。 その日 私の体調は、思わしくなかった。 急激な気候の変化からか、昼過ぎ頃から悪寒を感じていた。 (ダメだ・・・早退しよう・・・) 部下に仕事の指示を出し、事務所を後にする私。 駅に近づき、恵に連絡をしようと携帯電話を手に取る。 しかし・・・なぜだか無言の帰宅を選択した・・・・私。 留守か・・・? マンションのエントランスでインタフォンの返事がないのを確認して鍵束を取り出す。 鍵を開けた私は、ゆっくりエレベーターホールへと向かった。 恵は結婚後、大した仕事に就く事はなかった。 2、3度期間限定の短期のパートに出た事があった位だった。 私も妻には、なるべく家に居てもらいたいと思っていた。 道尾と結婚するまでは、ある大手メーカーでOLをしていたが、色々嫌な思いもしたらしい。 どこかで恵には働く事でのストレスを感じてもらいたくないと思っていたのだ。 玄関に入った私は、そこに最近買った恵のお気に入りの靴を確認する。 居るのか? ゾクゾクする身体を引きずるように、居間へと向う。 「恵・・・」 痛い喉に妻の名が小さく響く。 返事のない様子に、寝室に足を向ける。 時間はまだ、昼の3時ごろ。 寝室のドアを開けた私の目に、ベットでうたた寝をする恵の横顔が映る。 規則正しいその寝息、ピタっと閉じられた瞳、それはまるで綺麗な日本人形のように見える。 恵も疲れているのだろうか。 私の風邪をうつしてはいけない、そんな事を考えながら寝室を後にしようとして、あるものに気づく。 枕元に無造作に置かた携帯電話に、蒼く点滅する光。 小さく唾を飲み込み、その喉の痛みに首をすくめる。 見てはいけない・・・・・そんな当たり前の事を何故 改まって思いついたのか。 妻に何か疑惑でもあるのか? “波多野” “あの絵画”・・・・いや、あれが疑惑なのか? そんな問答が頭の中で繰り返される。 私の熱を帯びた手が、ブルブル震えながら、無機質なそれを掴(つか)んでいた。 私は喉の痛みを我慢して、もう一度唾を飲み込んだ。 そして、恵の寝顔を確認すると、ゆっくり音をたてないようにそれを開いた。 メール・・・。 新しい着信を1件表示していた。 未開封で分かる事・・・。 送信者 不明。 メッセージは一言。 《○月○日 PM2:00 Y駅東口》 身体がポカポカそれ以上に熱を持って来たのが分かっていた。 メールの送信履歴、着信履歴を見る。 続けて通話のそれぞれの履歴を見た。 怪しいものはない・・・・。 いや・・消したのか? 一瞬 そんな疑心が生まれた。 ○月○日は次ぎの金曜日。 その日にちと曜日、それに時間をもう一度頭の中で繰り返し、携帯を畳む。 恵の寝顔を再び見つめ、部屋を後にする。 居間のソファーに腰を降ろした瞬間、激しい悪寒が襲ってきた。 恵が私の帰宅に気づいたのは、それから数時間後だった。 ソファーで毛布に包(くる)まりながら眠る私に驚き、寝床の準備をしてくれる。 薬を飲んだ私は、その日 朝まで一人で寝室のベットで過ごす。 少し開いたカーテンの隙間から夜空を眺め、頭に浮かんでくるのは、恵と再会してからこれまでの数々の事。 結婚の約束をして、新居の用意、そしてアパートを引き払う準備、心がワクワク踊った時間だった。 その頃 恵はパート勤めをしながら、小さなアパートに住んでいた。 『私は一文無しの女なんですよ・・・・そんな女でも良いんですか』 『僕は・・・財産が有るとか無いとかで、その人を好きになったり嫌いになったりする事は無い』 涙を浮かべる恵がいた。 売れっ子作家の未亡人、世間は大そうな財産を相続したと思っていたかも知れない。 道尾は小説の印税、テレビ出演の報酬で財を成した。 しかし 金持ちになったその瞬間、色んな輩(やから)が言い寄ってきた。 株や投資に不動産といった類(たぐい)の話に心を惑わされ、儲けと損を繰り返し、やがて全ての財産を失った。 私が恵と再会したパーティーの2次会も、精一杯の見栄だったらしい。 道尾が死んだ時 恵は相続放棄をする事によって、道尾の借金の肩代わりを逃れたのだった。 |