13 東京駅は人ごみでごった返していた。 特急列車から降り立った瞬間、この1泊2日の素晴らしかった時間が一気に現実へと引き戻されていく。 「あ~ 明日から又仕事か」 ホームで大きく伸びをする私の横で恵が微笑む。 「あなた お疲れ様です。明日からもお仕事がんばって下さいね」 私はその微笑に大きく頷く。 左手に旅行鞄を持ちながら右手でスッと恵の手を握った。 黒目がちの瞳が、困ったように下を向く。 「さあ 行こうか」 手を繋ぎながら改札口へと歩き出す。 私鉄への乗換えに向っていた私は、スッと恵の左手を離した。 「ごめん、ちょっとトイレに行って来る」 旅行カバンを床に置き、辺りを見回しながら人の波を逆に歩き出す。 休日の夕方のこの場所は、想像以上の人の数で溢れかえっている。 トイレの場所さえ簡単に見つける事が出来ず、迷路のようなターミナルに 元の場所に戻るのに、結構な時間がかかってしまった。 やっと人込みの向こうに、恵の背中を見ることが出来た。 フッと自然に笑みが浮かび、目の前の人込みを掻き分ける。 少し進んだ私の視界に、恵と話す一人の男の姿が入ってきた。 だれ? 近づくにつれ、その男の様子が鮮明になる。 短髪に浅黒い肌。 私と変わらないほどの身長に、細身の身体。 薄い青とグレーのペイズリー柄の派手なジャケットが、年齢を若く見せている。 30半ば位か? 私の視線を感じ取ったのか。 男が顔を上げ、私を見た・・・・ような気がした。 俯(うつむ)く恵の背中が一回り小さく見える。 小刻みに動いていた男の口が止まり、最後にニヤッと笑った・・・・ように思えた。 私が恵の背中を半歩追い越した時には、男は人込みの中に消えていた。 「知り合いかい?」 男の向った方角を、しばらく見つめながら声をかけた。 返事のない様子に気づき、振り返る。 恵の青白い顔があった。 「・・・・・・どうかしたのかい? 恵」 「・・・・・・・・」 「顔が真っ青だよ」 「えっ!?」 ソコに私が居る事に、初めて気づいたような表情(かお)があった。 私達は電車に揺られていた。 土産物の紙袋を膝に乗せる私の横で、恵が肩に頭を乗せている。 眠っているのだろうか・・・・先程の死人のような顔が、薄く赤身を取り戻している。 疲れている筈の身体と頭が、異様に冴えている。 さっきの男は誰なんだ・・・。 そして私に気づいた時の恵のあの表情。 見られた! 見られてしまった! ・・・・・青白い顔の中で、瞳がそう言ってなかったか? 『なんだか人波に酔ったみたい』 そう言ったきり恵は黙ったままだ。 マンションに戻った私達。 着替えて簡単な夕食の準備に掛かる恵。 いつもの休日の夜がやって来る頃、恵の表情(かお)はやっといつものものになった。 そんなテキパキと家事をこなす姿を目で追いながら、私の胸には何かが引っ掛かっている。 「恵・・・・駅にいた・・・あの男の人・・・・・だれ?」 風呂から上がり、寝床に入ってきた恵に掛けた言葉。 「えっ 誰ですか?」 声の調子を無意識に気にしている私。 「ほら、僕がトイレから戻ってきた時・・・・」 一瞬恵が視線をずらした。 「あっ ・・あの人は・・・・・・」 「・・・・・・うん」 「あの人は主人の・・・・・・あっ すいません・・前の主人の・・・・道尾の知り合いの人です」 「あっ」 私の口から、なぜだかその音が小さく漏れた。 「そ そうなんだ・・・・・ふ~ん」 「・・・・・・・・・・」 「はは ナンパでもされてるのかと思ったよ」 私には似合わない “冗談” が口をつく。 「ちなみに名前はなんて言うの?」 私の言葉にその愛らしい唇が、一旦ギュッと結ばった。 「・・・・・・波多野さん・・です・・」 うっ! ・・・ 私は小さく息を飲み込んだ。 |