6 しばらく壁から浮かび上がる5枚の絵をシゲシゲと見直してみる。 「恵ちゃんに似てるやろ」 「似てる?・・似てるって・・」 「俺も最初見た時はビックリしたで、それでお前にも見てもらおうと思って連れて来た訳や」 (・・・・・・・・) 私は息がかかる位その絵に顔を近づけてみた。 そして その女性の身体の線をなぞるように、腫れ物を摩(さす)るように触ってみた。 「・・違うのか・・別人なのか・・」 隣では塩田の太い指が恵の・・いや 恵らしき女性の身体を撫でるように触っている。 「どうや・・自分の嫁さんによく似た女の絵が衆人に晒(さら)されてるんやで・・、そんな事考えたら興奮してこないか?」 塩田の顔が仄暗い光に炙(あぶ)られ、嫌らしく浮かび上がっている。 (・・・・・) 私の口が潤いを欲していた。 唇を一舐め、二舐めして、やっと唾を飲み込んだ。 「へへ 山本、この絵の出何処・・・後で聞かせてもらえるかもよ」 「なにっ!」 「さあ 次に行こか、もうそろそろショーが始まる時間やろ」 「ショー? この扉の向こうは画廊じゃないのか」 私の問いに答える事無く、塩田は怪しい素振りで黙ったまま首を振った。 そしてくるりと振り向き、ドアに近づき トン・トン・トンと3度ノックをする。 扉の目の高さの場所がパカっと開き、そのわずかな隙間から人の目が覗く。 塩田がチケットのような物をかざすと、その目が妖しく微笑んだ・・・・ように見えた。 4年ぶりに足を踏み入れた空間。 記憶の中に残っていた黒を基調とした世界。 時間の流れと音までをコントロールするかのように、あの時と同じ淫靡(いんび)な空気が漂よっている。 ススっと寄り添ってきたダークスーツに身を包んだ男が、狂いのない動作で私達をテーブルの一つへと案内する。 腰を降ろした私の視線の先に “その舞台” はあった。 「もうまもなく 開演です」 黒い男の声の余韻が消えると直ぐに、舞台に月明かりのような淡いスポットの光線が下りて来た。 そしてショーが始まった・・・・・。 ショーを見ながらも私の心は先程の画廊にあった。 あの暗い壁に閉じ込めらていたのは・・・・・。 あの1m四方の絵の中で “女の顔”を晒されていたのは・・・・・ 羞恥の様を覗かれていたのは・・・・・・。 舞台では、あの絵のように一人の女が縛られている。 作務衣(さむい)のような衣装を着た男が、淡々と女の肌に縄を掛けていく。 黒い目隠しをされた女の表情が時折ゆがむ。 男の無骨な指に力が入るたびに、女の口からはくぐもった声が響く。 ある者には背徳の響き、ある者には艶(いろ)のある響き、そんな声が乾いた空気の中を届いてくる。 やがて女の声が、又一つ高く響き渡った。 頭の上で両手首を拘束され、両膝はMの字に太腿と一緒に縛られ、身体は竹の棒のようなものに結ばれ、そして滑車で持ち上げられ宙に浮かび上がる。 股間からは幼子のように翳りをなくした一本線が哀しげに覗いている。 そして その成熟さを失った股間とは対照的な熟れた乳房が、縄と縄の間から苦しそうに顔を覗かせている・・・・・あの5枚目にあった絵のように。 「皆様!」 作務衣の男がようやく口を開いた。 「こちらの女性、M子・・・とでもしておきましょうか・・、 このM子は人妻です。年齢は40を少し過ぎた辺り・・・、 若い頃 このM子は私の元で好奇心と金の為にモデルの仕事をした事がありました」 「・・・・・・・・・・・・」 「もちろんご覧の様なモデルです。そしてその時 己の身体の中にMの血が流れている事に気づいたのです。M子はやがて金の為ではなく、己の血を鎮める為に私の元に通うようになります」 男が徐(おもむろ)に女の膝に手をかけ、それを突き飛ばすように力を加える。 ロープが回り女の背中がこちらを向く。 重力に逆らうように引き締まった巨尻と、その横から蛙の足のように惨(みじ)めに開かれた両足が目に映る。 私の気持ちが舞台へと吸い込まれていく。 「時がたち、M子は人並みの恋愛をして結婚をします。・・そして子供を産み妻から母となります。・・良識、常識、そんなあたり前の体裁を背中に背負いながら生きていきます。・・しかし 女はいつか覗いた性の深淵を思い出します」 「・・・・・・・・・・・・」 「そうです・・M子のその名の通りの、己の中に流れていたMの血が騒ぎ始めるのです。・・・・・・そして又 私の元へ戻ってきたのです」 空間の中を男の口からシドシドと語られる言葉が、脳みそに蛭(ひる)のように吸い付いてくる。 吊るされた女の口が先程からワナ泣き、声にならない泣き声が聞えてくるようだ。 |