5 雲ひとつ無い夜空から満月がこうこうと淡い光を射して来る。 その光に照らされ、隣で目を閉じている塩田の赤味を帯びた横顔が目に映る。 『六本木ちゅう街は知らん間に隣の人の顔が変ってたりするんやな。恵(けい)ちゃんと再会したあのクラブも、今は又 面白い所に変わってるんやで』 『それで “そこ” が俺達夫婦に “どう” 刺激を与えてくれるって言うんだよ』 『へへへ まあまあ それは行ってからのお楽しみや』 先程 小料理屋で塩田の言った言葉がフワフワ浮かび上がってくる。 私達を乗せたタクシーは光の道を滑るようにスピードを上げていく。 「お客さん 着きましたよ」 運転手の声に塩田が薄目を開け遠慮なしに伸びをした。 いつか見たバブルの名残のコンクリートの塊を見上げてみる。 4年前にはあった地下の店を示す看板は見つける事が出来ない。 今度のそこはどうやら “隠れ家”のようだ。 「さあ 行こか」 塩田の髭がピクリと動き、ニヤリと笑う。 地下に続く階段を2、3段降りた時だった。 パチパチっと目の前で、淡い光が瞬いた。 「センサーや」 その声の中 片側の壁から何かが、緩い光に包まれるように浮かび上がった。 「こ・・これは?」 「へへ・・」 私の目に階段の下まで続く、額縁が映る。 「・・これは絵?・・写真?」 「ふふ “絵” や・・・よう見てみ」 縦、横およそ1m位のそれに触れてみる。 妖しげな光が、暗い壁からその絵を押し上げるように浮かび上がらせている。 一人の女性が湖のほとり、星のシャワーを浴びながら全裸で立っている。 スッと閉じられた瞳と唇が微かに上を向き、何かに身を委(ゆだ)ねようとしているようだ。 ピンと尖った2つの膨らみの先が、首筋から流れ落ちる光のシャワーの雫(しずく)を弾き飛ばしている。 (恵?・・・・) 私の目の片隅で塩田の口元がニヤリと動くのがわかった。 「この階段がちょっとした画廊みたいなもんや」 塩田の声に黙って頷き隣の絵に目を向けてみる。 全裸の女性が背中を向けている。 いや・・尻を向けている。 細い腰とは対照的な大きな双璧が、壁の中から飛び出そうとしている。 しかし 俯きかげんにこちらを振り向こうとする羞恥の横顔が、それを何とかくい止めようとしているように見える。 (恵だ・・・・) わずかに覗く横顔の、そのピンと伸びた鼻筋と愛らしい唇、それに下顎のライン・・・夕べ月明かりの元で私に見せた妻の横顔・・。 「へへ 次のはどうや」 その声に返事をする事無く、又一段と階段を降りていく。 女性が・・恵がこちらを向いている。 今にも官能の声が聞こえてきそうなその表情。 閉じられた瞳に開いた口。 相手こそ見えないが、背中から “それ”を受入れているような表情・・・。 その絵に見つめられながら、又ゆっくり階段を降りる。 私の酔いはいつの間にか冷めてしまっている。 ベットの女性・・恵を天井から見下ろす構図。 乱れた髪、眉間に皺(しわ)を寄せる顔、シーツを握り締める細い指、そして蛙(カエル)のように開かれた両足・・・。 相手こそいないが、大きな胸の膨(ふく)らみを押しつぶされながら上から迎え入れてる姿。 (・・・・・・・・・・) 口元が忙(せわ)しなく動き、唾を飲み込む。 そして又 階段を降りる。 涙を浮かべ何かに哀願する瞳。 しかし 口には猿轡(さるぐつわ)。 両手は後ろ、身体には縦横に走る細い縄。 縄と縄の間からはち切れ様としている2つの胸の膨らみ。 そして、悲しげに私に訴えかけるような2つの瞳・・・・。 |