ヒアリングを通して、従業員の本音を引き出す
三菱ケミカルグループでは2022年の4月に働き方改革グループを発足しました。組織が刷新されたことで課題となっていたのが社員のエンゲージメントの向上。社員一人ひとりが会社に愛着を感じ、やりがいを持って仕事に取り組んでいくための素地を築く目的で立ち上げられたのが、働き方改革プロジェクト“プロジェクト Forging the work style”でした。
働き方改革グループでは社内で実施したアンケートをもとに、“テーマ1:One Companyでの新たな社風をつくりあげたい(縦割り文化と仕事のサイロ化の解消)”と、“テーマ2:会社が好きな人を増やしたい(帰属意識を高めたい)”というふたつのテーマを抽出。チームD、チームEではこのうちのテーマ2に取り組んできました。
両チームは社員のグループ全体への帰属意識の向上の必要性に着目。この半年間、課題の解決に向けた施策の立案に励んできました。“従業員心理”という目に見えないものを相手に、主に対面のヒアリングを通じて、課題を具体化していったと言います。
小林 「私がリーダーを務めるチームDのテーマは、“One Company, One Team”の考えを現場に浸透させるため、発信情報を整えること。トップメッセージを最前線の従業員にまで行き渡らせるために何をすればいいかを主に検討しています。
まずは、現状把握のために従業員への対面ヒアリングを実施し、トップメッセージの浸透度の確認や課題の抽出を行いました。
はじめに、MCGグループ内で偏りなく現場目線も取り込めるようにヒアリング対象とすべき代表ペルソナ=人物像を絞り込む作業をしました。その後、メンバーで手分けをして各ペルソナに万遍なくお話を聞いていきました。ヒアリングは約2週間で終わりましたが、その前準備なども含めると2カ月ほどの期間を要しました。時間はかかりましたが、従業員の貴重な生の声が抽出できたと考えています」
大橋 「私がリーダーを務めるチームEの課題は、情報を受け取る従業員側の心理を整えること。トップメッセージが下りてきたとき、自ら積極的に受け取りに行けるような従業員心理を整えることが、私たちのテーマでした。
最初に取り組んだのは、トップメッセージに対する従業員の心理状態を分析することです。三菱ケミカルグループは多数の従業員を抱えており、心理状態は人によってさまざま。漏れなく、幅広く、そして深く分析することに、しっかり着手すべきだと思っていました。
限られたPJ期間から比較的多くの時間を割いて、多くの従業員の声を収集しました。そこから枠組みを決めて阻害要因を絞り、今はどうやって改善していくのかアイデア出しをしている段階です」
チームEが最も悩んだのは、いかに従業員の本音を引き出すか。それが、現場の帰属意識の低さの本質的な原因のヒントとなるからです。
大橋 「会社はこれまでもアンケート調査や意識調査を行ってきましたが、『誰に見られているかもわからないし、どういう所に影響するかもわからない』という心理が働いてしまうケースがありました。また自分も経験がありますが、忙しくて十分に意見を記入せず適当に答えてしまったりすることもあります。ですから、単なるアンケートでは正確な心理は測定できないと思っていました」
そこで大橋らが重視したのが“会話”です。当事者同士の会話からより本音に近い所へアプローチできる座談会や、face-to-faceでの聴取を行うように設計しました。
大橋 「幅広く多様な意見を取り入れるためには、人選が重要なカギとなります。そこで今回対象としたのは、“プロジェクト Forging the work style”のコミュニティメンバー。働き方改革グループ事務局に確認したところ、このプロジェクトには職種、部署、性別、年齢などさまざまなプロファイルの人たちがバランスよく採用されているとのこと。全社の縮図という点でも、最適だと考えました」
プロジェクトに参加した理由、そしてメンバーそれぞれの想い
自ら挙手してプロジェクトに参加したふたり。その理由をこう説明します。
小林 「一番は業務改革の方法論や会議のファシリテーション技術を学びたいと思ったからです。課題解決を通じて本来業務に活かせる実践的なスキルを習得でき、今後のキャリア形成のためにもとても有用なプロジェクトだと感じました。
また、MCGグループが進める働き方改革に興味があり自ら参加してみたいと感じたからです。私はキャリアの大半を製造畑で過ごしてきました。本社のみでなく現場第一線の従業員の声もしっかり取り入れて、みながOne Compnay, One Teamを実感できるような施策提案ができればと考えています。
それと、周りの後押しも大きかったですね。上司は『ぜひ行ってこい』と背中を押してくれましたし、同僚も理解を示してくれたので、心おきなくプロジェクトに従事できています」
大橋 「私は、『この会社で働き続けたいと思う社員を増やしたい』という気持ちからです。というのもここ数年、自分のまわりで中堅から若手の離職が散見されるようになり、危機感を抱いていました。これは私だけじゃなく、おそらく全社のみんなが感じていることだと思います。
会社から下りてくるメッセージが、意識の高いごく一部の人にしか届いておらず、残りの人の中に『やらされている』という感情が生まれてしまっている現状があるのではと思ったのです。こうしたエンゲージメントや帰属意識の低下といった問題を、少しでも解決できないかという想いがありました。
このプロジェクトの募集が始まったとき、私が課題と感じていた“帰属意識を高める”といった言葉も出ていたので、なんらかの足がかりになればと思ったのがきっかけです」
小林と大橋をはじめ、さまざまな想いを持ったメンバーが集まった“プロジェクト Forging the Work Style”。部署や職種、さらには会社の壁も超えたコラボワークが日々繰り広げられています。
小林 「チームDですと、5名のメンバーのうちふたりが三菱ケミカルに在籍しています。あとは田辺三菱製薬から営業職の方と、秘書の方。そして子会社である日本ポリプロの研究職の方という風に、じつに多様な顔ぶれです。特に田辺三菱製薬の方と話すのはこれが初めてなので、使っているシステムや考え方の一つひとつがまったく違うことに、日々新鮮さを感じています。
大橋 「チームEは、私以外の全員が三菱ケミカルに在籍しています。職種も多様で、本社勤務の人、製造部門の事業所でマネジメントをしている人、ITやシステム領域の業務をしている人、物流に携われている人といったかたちで、それぞれ普段は全国の別々の地域で仕事も交わることなく働いているメンバーです」
チーム自体が、小さな“One Company, One Team”を体現
従来行っていた社内アンケートよりも踏み込んだかたちで、かつ多様な視点で社員の声を拾い上げるために奮闘していると話す小林と大橋。グループ全体で約7万名を抱える巨大な組織を相手にした、まるで雲をつかむような取り組みですが、確かな手ごたえを感じていると言います。
大橋 「座談会に参加してくれたメンバーからは、『今までこういうかたちでの意見聴取はされたことがなかったし、とても良かった』という感想をもらっています。ときには会社に対する不満や危機感まで幅広い声をもらいますし、本音を出してくれていると感じます」
小林 「チームDとチームEの課題はそれぞれスタート地点こそ違うものの、課題を深堀りしていくと同じような本質に行きつくことがあります。われわれチームDは情報発信の方法がテーマですが、チームEが扱う心理の問題がよく出てくるんです。そんなときはチームEの解析結果を活用させてもらっています」
そうやってときにチーム間で連携しながら、リーダーという立場でプロジェクトに取り組んでいるふたり。自分自身のパーソナルな成長実感も、プロジェクトへのモチベーションにつながっています。
小林 「“One Company, One Team”を浸透させることをテーマに検討していますが、まずチームD自体で小さな“One Company, One Team”を体現できていると感じます。
たとえば、私が『こうだろう』と思った考えに対し、ほかの4人がそれぞれの価値観やバックボーンから意見をくれることで、本当に貴重な気づきを得られています。モノカルチャーの中では凝り固まった考えしか出てきませんので、多様な視点を取り入れて意思決定していくことは今後会社が生き抜いていくために必要なことです。このプロジェクトで学んだ多様な視点や意思決定のプロセスは、今後の業務にもとても役立つと考えています」
大橋 「このプロジェクトには、“本務のうちの10%のリソースを割く”という決めごとがあるんです。その10%を使って半年のあいだ課題に向き合うのですが、逆に言えば、グループ全体の大規模な課題に立ち向かうにあたって、それだけのリソースしか使えないわけです。
限られた時間で、参加しているチームメンバーの合意を得ながら意思決定していかなければなりません。かなり高いハードルですが、ファシリテーションをはじめとするさまざまな研修やコーチングを通していろいろな方法論が身についてきました。短い時間で決断するノウハウなど、かなり深くまで学べていると思います」
短い時間で抽象度の高い議論をまとめることは、容易ではありません。チームEでは、スタート当初からチーム全体のマインドセットの統一に取り組み、心理的安全性の向上を図ったことが大きかったと大橋は振り返ります。
大橋 「最初にコーチングしてくれた方が、チーム内のメンバー間の役割分担を促してくれました。みんなが自分ごとになるようなマインドセットをスタート時点で整えてもらったことで、短い期間で一丸となれたと考えています。
周囲からもよく言われるんです。『この業務が評価に影響するわけでもないのに、なぜそんなに積極的になれるのか』と。誰かが取り組まなければならない課題だからだと思っています。第一世代が評価に影響なくとも、ここでしっかり成果を残すことで次世代以降この活動が評価されるようになればと私は思っています」
半年間のプロジェクトを通して芽生えた、つながりと感謝
“プロジェクト Forging the work style”は世代交代制のプロジェクトです。メンバーの任期は半年間。現状は課題の分析が終わり、これから具体的な施策を検討する大詰めの段階を迎えています。
小林 「今は施策検討の段階に入っていますが、われわれ“プロジェクト Forging the work style”のメンバーが『ああしたい、こうしたい』と発言するだけでなく、ちゃんと形にして継続させていくためには、将来的に施策を引き継いでもらう所管部署としっかり想いを共有して連携していく必要があると考えました。そうしないと、せっかく良い検討をしてもプロジェクトで一時的に盛り上がっただけで終わってしまう。
このため、施策検討の段階から所管部署とコミュニケーションを取り、今何をすべきで何をすべきでないかなど一緒に頭を悩ませながら検討を進めています」
大橋 「われわれのように従業員の生の声を聞いて、熱い想いをじかに受け止めたチームでなければ施策を展開できないようではダメ。Eチームとしても、今後施策を全社展開できるように成果物を残していくことが重要だと思っています。
この想いや意図を全社に引き継ぐかたちとし、どの部署が展開しても実現できるようにしなければなりません。ですから第一世代が任期を終える2023年3月末には、次の世代のメンバーが熱い想いや施策意図まで受け継いでいる状態まで持っていくことをめざしています」
自身も会社の現状に対して課題感や危機感を抱いていた大橋。プロジェクトに参加する以前と比べ、胸中に大きな変化があったと言います。
大橋 「プロジェクトメンバーと意見交換する中で、みんなも同じような気持ちや危機感を抱いていることがわかりました。『自分だけじゃないんだ』と共感し合えたことはとても大きかったです」
小林 「同じ釜の飯を食った仲間ではないですが、同じ課題・難敵に立ち向かった仲間として、私もプロジェクトメンバーとの間に強固なつながりを感じています。今後仕事で悩んだときや、柔軟なアイデアが欲しいときなど、またきっと相談できる機会もあるでしょう」
そして語り合いの最後、小林と大橋が強調したのは、働き方改革グループ事務局や外部コンサル・講師、サポーター、アドバイザーへの感謝の気持ちでした。
小林 「チームメンバーもそうですが、支えてくれる方々の想いが本当に熱いんです。かつて仕事をしてきた中で、ここまで手厚くフォローしてもらったことはないと思うくらい、面倒を見ていただいています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。みなさんの期待に応えるためにも、残りの期間を走り切って、良い成果が出せるように頑張っていきたいですね」
大橋 「このプロジェクトには本務と兼務するかたちで携わっているので、メンバーたちは今期とても忙しいはず。ところがみなさん、嫌な顔ひとつせず、とても楽しみながらやっているんですよ。
追われながらも楽しい要素を見出したり、わくわくしたりしながら取り組んでいるのを見ていると、『こうして忙しくとも、誰もが楽しく働けることが真の働き方改革なのではないか』と思うんです。そういう意味でも、今このプロジェクトではすでに“One Company, One Team”が体現されていると言えるのではないでしょうか。この想いが全社に広がれば良いなと思います」