番外編 来なかった夜8《限定公開》
「ブラント先生ー、飯ー」
ドロイは素寒貧になる度、食事をたかるローテーションの一角である墓地脇のお屋敷を訪れていた。
もっとも、遠慮を知るドロイはぶしつけに正面玄関を叩いたりしない。
裏に回って勝手口を開ければ大抵の場合は老爺がおり、なんらかの残り物を分けてくれる。
そうすれば別にブラント本人に会う必要も無いし手っ取り早い。
「いやあ、賭場が渋くてさ……」
忙しいブラントの手を煩わせないという気遣いも見せつつ、ドロイが勝手口をまさしく勝手に開けると、そこには予想外にブラントが立っていた。
ブラントはチラリとドロイを見やって咳払いをする。
その胸には縋り付いて涙を流す女が一人。
泣いている女も突然の闖入者に驚いたのか、目を見開いてドロイを見つめていた。
しかし、呆けていたのは一呼吸ほどの間で、女は目を擦るとブラントから身を離す。
「ブラント先生、また来ます」
「うん、いつでもおいで」
いつも通りのなにを考えているのか解らない笑みを浮かべると、ブラントは軽く答える。
「お父上によろしく」
ズカズカと歩み去る女を見送りながら、ドロイは若いなと思った。
ブラントとは親子ほども年齢が離れているのではあるまいか。
なので、思ったままを素直に言う。
「気品にうるさい大先生が若い子に手を出して泣かすんすか」
「あの子は昔から知っている子でね。もう随分と長い間、家庭教師の様な事をしてきたのさ。あの子がもっと特別な関係を望み、私が断った。ふふふ、昔から知っている子をそういう目で見たりは出来ないのでね。それで泣かせてしまったとなれば申し訳ない話だよ」
苦笑を浮かべながらブラントは髭を撫でる。
「ああ、もちろん君も一切そういう対象として見たことがないし今後も見ることはないから安心したまえよ」
それはまあ、ドロイとしてもブラントをそういう対象に見たりはしないので別にいいのだが、わざわざ言われるとそれはそれで腹が立つ。
つまりはブラントによる意趣返しなのだろう。
「君の友人二人も同様だがね」
重ねて無礼なことを言う。
確かにゼタは暗いし口も悪い。ワデットは明るいが酒癖が悪くて外見も田舎くさい。
しかし、自分はどうだ。
きちんと女を主張する体つきと優しげな顔立ちをしている。
持って行くところに持って行けばそれなりの人気が……などと考えてドロイは止めた。
そんなことを主張してブラントの気が変わるのも、面倒なのだ。
さらに言えばちょっとだけ忘れていた腹の虫が再び空腹を訴え始めた。
「とにかく、飯を食わせてくださいよ」
ブラントは深く息を吐いて、懐から財布を取り出した。
「あの子は父親の商売がら、私と付き合いがあったのさ」
「棺桶屋の親方かなんかですか?」
墓守と商売柄付き合いあると言えば他にあるまい。
ドロイの回答に、ブラントは頷く。
「まあ、そんなところさ。ともかく、彼女やその父親は私に対していろんなものを与えてくれるものだから、ついつい距離感を誤ってしまったようだね。その点、私に何ももたらさない君とは距離感を過ち様もないので大安心だが……」
「失礼な。あーしも先生には沢山与えているじゃないっすか!」
流石に、ブラントは首を傾げて怪訝な表情を浮かべる。
腹が減れば傍若無人に屋敷を訪れ、今また、ブラントが財布を取り出してから素早く差し出した手を引っ込めようともしないドロイがいったい、何を与えてくれているのか、少し興味が出て来たらしい。
「その回答が納得いかないものだったら、今日のところは追い出しておこうか」
ブラントの言葉に、しかしドロイは笑う。
「持てる者が持たざる者に施しを与える機会を沢山与えてるじゃないですか。うら寂しい筈の独身中年が気高くいられるのも、いってみればあーしのおかげですね!」
痛快な程に堂々としたふてぶてしさ。
ブラントは我慢できず、口角を上げて笑ってしまった。
財布から食事代というには少し多めの金額を出すと、ドロイに与える。
「なるほど、上手い事をいう。しかし残念だ。君がもう少し腕が立って、常識的で博打狂いでなくて使い物になりそうなら仕事を手伝ってもらったのに」
「それ、褒めてます? ま、なんだっていいんだけどね。ありがとうございます!」
ドロイはさっさと小遣いを懐にしまい込み、にっこりと笑った。
「あーしが人間に化けて地上を見回る天使だったら、ブラント先生は天国行きですね!」
「だとすれば、君みたいな天使を送り込む天国はロクでもなくて楽しいかもしれないね」
ブラントの嫌味も効かず、ホクホク顔でドロイは屋敷を辞した。
腹の虫など再びどこかへ行ってしまった。思わず貰った小遣いでもう一勝負できる。
これでこれまでの負けを全て取り戻す。いや、地平にあまねく財宝を全て勝ち取ってやる!
ドロイの足は賭場に向かい、腹の中では狂熱が胃を満たしているのだった。
迷宮クソたわけ イワトオ @doboku
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