番外編 来なかった夜7《限定公開》
「これ、焼いて食べようよ」
約束の時間に現れたドロイは、一羽の野鳥を手にぶら下げていた。
胸から背中に背負うようにしていた弓を外すと、野鳥と共にテーブルに置く。
場所は夜の墓地で、たまに三人で集まっては酒盛りをしている石のテーブルであった。
ここはとても寒いが、墓守をしている男を恐れてか女衒の連中も嫌がらせにはやってこないので都合がよかったのだ。
「わ、すごいね。ドロイちゃん」
ドロイを待たず酒に手を伸ばしていたワデットが眼を丸くしてドロイを讃える。
ドロイの方も満更じゃないようで胸を張って誇らしげであった。
※
迷宮に入る冒険者の中で、盗賊が弓を持つのは珍しく無い。
前衛には立てない貧弱な盗賊であるが、魔法使いの様にここぞという時の火力を持てるワケでもない。回復魔法を唱えるワケでもないので、基本的に戦闘中は手持ち無沙汰で立ち尽くす事になる
しかし、魔法使いよりも器用でほんの少し、力が優れるのは事実である。
命がけの冒険者たちが、戦力とならない盗賊に僅かでも戦闘能力を持たせられないか。そんな検討の結果、ごく弱い弓と短い矢を携え、戦闘の援護をするという姿勢に落ち着きやすいのだ。
もちろん、非力な盗賊が引ける弓だ。弦の反発力は弱く、射程距離もそれほど求められないので矢も短い。
迷宮の怪物どもを相手にどれ程の威力を発揮するものか。
せいぜいが地下一階の魔物に、当たればほんの少し効果があるかというところである。
その上で、荷物として手を塞ぎ、冒険の戦利品を一つ分くらい圧迫する弓をあえて運用するか。それはパーティごとの判断になろう。
そうして、そんな弓を手にしてはしゃいでいるのがドロイなのだ。
※
「あーしもね、なかなか筋がいいなって自分で思ってた所。四回くらい打てば、まあ一回くらいは当たるもんね」
ゼタは矢傷で死んだ鳥を見て思う。
迷宮の魔物は堅く、早く、打たれ強い。矢を弾かれることも、避けられる事もあるだろうし、急所に突き刺さったとてものともしない魔物もいる。
そこへ行くと地上の鳥は少なくとも当たれば死ぬ。
気配を消して奇襲する事も芸の内と呼ばれる盗賊だ。
近づけるだけ近づき、矢を射る。それなりに当たるだろう。
ゼタはその腕前を否定したりはしない。
仮にも友人だ。自信を持つ方が生存率を高めるのなら、それはそれでいい。
しかし……
「アンタ、この鳥はどこで獲ったの?」
ゼタの問いに、ドロイの視線がゆっくり逃げる。
「一応、聞いておくけどちゃんと許可区域で狩猟許可証を買ってから、獲ったのよね」
「あっ……当ったり前じゃん」
迷宮都市には冒険者という特殊な人種が大勢いる。
彼らはひとえに迷宮内での探索および有価物の獲得を東邦領主から許された者たちだ。
だから冒険者が迷宮に入り、いくら財を成そうとも誰も文句は言えない。
それが制度だ。
だが同時に、人の社会にはまた別の制度も存在しているものである。
冒険者はどれだけいたって、消費者である。本質的には食料や生活物資を生産したりしない。
地下で掻き集めた財貨を地上で支払いに充てる。そうしてこの都市の経済は成長しながら回っているのだ。
地上のルールは地下ほど単純ではない。
生活物資それぞれに問屋があり、取扱いの許可がある。
よほど数の不足している飲食店や宿屋を除けば大抵の商売には新参者を排斥し、運営を独占するための組織があるものだ。
冒険者は数が多いほどいいので、希望者を幅広く迎える組合制を取っているが、限られた市場を分け合う場合には、親方株を持つ者で合議するギルド制になる。
皮革職人、運送業者、石工など、その職に就きたいものは適当な親方に雇用され職人となることは出来るが、自らが配下を抱えて直接営業することは許されない。
翻って、狩猟だ。
古来より狩猟の権利は土地の所有者に帰属する。この場合は領主府だ。
領主府は狩猟権の一部を猟師ギルドに貸与し、見返りとして権利金を受け取っている。
猟師ギルドは都市内と周辺で獲物を獲りながら食肉を都市で販売しているが、一種の娯楽として小さな森を都市住民に解放し、一日ごとの狩猟権を販売しているのだ。
もちろん、狩猟許可証は安くない。獲れたのが小鳥では無く、大鹿でも市場で買った方が安い程に。
自らの権利を侵す者に厳しいのが人間の常なのだから、当たり前だが狩猟ギルドは密猟に厳しい。
冒険者などという、夜目が利き超人的な能力を身に付けた連中がその辺に大勢いるのだ。彼らを放置し問題をなぁなぁに済ませればギルドは早晩破綻する。
その為に猟師ギルドは冒険者上がりのものを雇い入れ、追跡官として調査を行っていた。
密猟が発覚した者には狩猟許可証の数倍する罰則金が請求され、支払われないとこれも冒険者崩れを多く抱え、暴力も含めた交渉事を請け負う債権回収ギルドが出張ってくる。
いずれにせよ、ろくな事にはならない。
たかが野鳥一羽の為にゴタゴタに巻き込まれたくは無かった。
が、横から伸びた手がドロイの手と腰から野鳥とナイフを抜き取る。
「まあ、まあ。私はドロイちゃんを信じるよ。なんせ友達だもの」
少し酒が入って上機嫌になったのか、ワデットはケラケラと笑いながら手際よく野鳥を解体していく。
最後に血を酒で洗い、その上から塩気の強い豆菓子を砕いて振りかけると、あっという間に下拵えを済ませてしまった。
「鳥肉なんてね、実家ではよくさばいていたのよ。ほら、ゼタ。これ埋めといてね」
ワデットは鳥肉から剥いだ皮に、羽や骨、残した内臓などを包んでゼタに押しやる。
ふて腐れて頬を膨らすドロイと、どこから取り出したものか木串に肉を刺していくワデット。
ゼタは思わず首を傾げた。何故だか、断ると自分が悪者みたいに見える気がする。
いや、自分は常識を説いただけでなにもおかしくは無いはずだ。それが何故、証拠隠滅の片棒みたいなことをせねばならぬのか。
「え、嫌だけど」
自分を信じて断ったゼタに、二人の信じられないと言うような視線が突き刺さる。
「え、え、ちょっと待ってよゼタ。ドロイちゃんが持って来た鳥を私がさばいたんだよ。片付けくらいしてくれてもよくない?」
「あーしが信じられないから、持って来た鳥なんか食べられないって言いたいんだよね?」
息を合わせるような二人の態度に圧され、ゼタは負けてしまった。
「わかった、わかった。ちゃんとした鳥だって信じればいいんでしょう。はいはい、埋めてくるわよ!」
ゼタは怒りながらも鳥の残渣を掴んで立ち上がった。
そうして墓穴の埋め戻し用に積んである土の山の側に小さな穴を掘って埋めた。
管理墓地なのだから動物に掘り返されたりもしないだろう。
土を踏み固め、大きめの石をその上に積むと、ゼタは井戸で水を汲んで手を洗った。
自分は一体、この夜中になにをやっているのか。
バカバカしくなって戻ると、地面に焚き火を起こしたドロイとワデットが肉を焼きながら楽しそうに談笑しているではないか。
薪代わりにしているのは、古くなって廃棄された木製の墓標だ。
墓地の隅で朽ちるに任せていた木片とはいえ、勝手に燃やしていいものでは無かろう。
「アンタたちって本当に……」
呆れて声が出ないとはこういうことか。
ゼタは友人二人を眺めながら深いため息を吐くのだった。
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