ある贋作師の告白 芸術に私たちが求めるもの

ある贋作師の告白 芸術に私たちが求めるもの
「たとえ贋作でも絵を見て感動したならそれでいいではないか」

私たちを前にそう語ったのは、世界的に有名な“贋作師”ヴォルフガング・ベルトラッキ氏。

徳島や高知の美術館で発覚した贋作疑惑に関与したとされ、多くの美術関係者を翻弄し続けてきたベルトラッキ氏だが、彼の発言は、ある問いを私たちに突きつけているようにも思える。

「芸術に私たちが求めているのはいったい何なのか」と。

彼はなぜ贋作を作り続け、そしてなぜ私たちはそれに気づくことができなかったのか。ベルトラッキ氏の“告白”を元にその答えに迫る。

(贋作問題取材班:徳島局記者 能智春花/高知局記者 竹村知真/松山局記者 伊藤憲哉・ディレクター 御巫清英)

徳島で贋作疑惑が浮上

ことの発端は、徳島県立近代美術館が所蔵する作品に「贋作ではないか」という疑惑が持ち上がったことにあった。
1990年に開館したこの美術館では、地元徳島出身の洋画家・伊原宇三郎がキュビズムの手法を日本に広めたことから、所蔵品としてピカソなどの作品を探し求めていた。

その中で学芸員の目にとまったのが、フランスのキュビズム画家として知られるジャン・メッツァンジェが描いたとされる「自転車乗り」だったという。
1998年度、美術館は「メッツァンジェの初期の頂点を飾る代表作だ」と評価し、6720万円で大阪の画廊から購入。常設で展示したり、ほかの美術館に貸し出したりすることもあった。

しかし、ことし6月、美術館の関係者に衝撃が走った。

アメリカのメディアの記事で「自転車乗り」が贋作として紹介されていたのだ。
近代美術館 竹内利夫課長
「この絵を初めて見たときには、キュビズムを紹介するコレクションにふさわしい作品だと期待や興奮を感じたのを覚えています。きちんとした手順を踏んで収集したので、贋作だという記事を見て、頭が真っ白になり、本当にびっくりしました」
美術館の竹内利夫課長は、当時を振り返りそう語った。

高知県の美術館でも発覚

贋作疑惑は、高知県の美術館にも飛び火する。

アメリカのメディアの記事には、徳島だけでなく、高知県立美術館が所蔵する絵画についても触れられていたのだ。

6月下旬、徳島県立近代美術館からの連絡で、高知県立美術館はこの事実を把握したという。
贋作として紹介されていたのは、20世紀初頭に活躍したドイツ表現主義を代表する画家、ハインリヒ・カンペンドンクが1919年に描いたとされる「少女と白鳥」。美術館はこの絵画を名古屋市の画廊から1800万円で購入したという。

28年前、購入を担当した奥野克仁学芸課長は、初めて絵画を見たときの感動をいまでも覚えていると話す。
高知県立美術館 奥野克仁学芸課長
「カンペンドンクの大型の作品が手に入るかもしれないと心が踊った記憶があります。1億円を超えることもあるカンペンドンクの作品の中では、破格の安値でした。購入の際、専門家のお墨付きの文書も付いていたものですし、『贋作かもしれない』という連絡があったときも、それはあり得ないと思いました」

自分が描いたと話す“贋作師”を直撃

この2つの作品を描いたと話すのが、世界的に有名な“贋作師”として知られる、ドイツ出身のヴォルフガング・ベルトラッキ氏だ。過去に数々の贋作を描き、10億円以上をだまし取った罪などで、2011年に懲役6年の判決を受けている。

なんとしても直接、彼から話を聞きたい。メールで取材を申し込むと、2日後、「インタビューを受ける」という返信が届いた。彼が指定してきた場所はスイスにあるアトリエ。私たちは早速現地へと向かった。

ベルトラッキ氏のアトリエは、スイス・チューリヒから南に50キロほど車で行った山あいにある。訪ねたのは11月中旬だったが、あたり一面には雪景色が広がっていた。

たどりついた建物の扉をたたくと、そこにベルトラッキ氏本人が立っていた。
お気に入りのハットに、長年愛用してきたというエプロン姿が、彼が今も現役の画家であることを示している。

服役を終えたあとに、移住してきたというベルトラッキ氏は、今は贋作ではなく、自分の名前でオリジナルの絵画を描いているという。

まず、問題となっている徳島、高知の絵画を描いたのはあなたなのかと問いただすと…。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「ああ、これは私が描いたものだよ。1980年代に多くの日本人が絵画を買う動きがあった。日本には自分の作品がほかにもあると思う」

贋作のきっかけは絵画の修復

ベルトラッキ氏の父親は絵画の修復などを仕事にしていたという。

生計を立てるため自身も絵画の修復を仕事とするようになったベルトラッキ氏。

その際に少しだけ自分が作った偽物を混ぜるようになったのが贋作作りのきっかけだったと話す。
ベルトラッキ氏
「あらゆる画家の作風を識別し、吸収する、つまり受け入れられることに気づいたんだ。そしてある日思ったんだ。『くそ、俺の方が、そもそもずっとましに描けるじゃないか』と。私が描くのはただのコピーではない、新しい絵を生み出しているんだ」

贋作の手口は

彼はどのように贋作を描いていたのか。その手法についても私たちに次々と語り始めた。

まず彼は、画家の作品史における“空白”を探し出すのだという。

20世紀前半に活躍したヨーロッパの画家の中には、作品総目録にタイトルは紹介されているものの、戦争の混乱で行方がわからなくなっている作品も少なくない。描かれた事実はわかっているものの、まだ見つかっていない絵を想像して、画家になりきって生み出すというのだ。

そのために、美術館で本物の作品を見て技法を調べるだけでなく、画家の生まれ育った土地なども訪れ、その人物像まで知ろうと調べ尽くす。いわばみずからに画家を憑依させるようにして、贋作を描くのだという。
ベルトラッキ氏
「画家が住んでいた場所に身をおくと、より親密さを感じられる。街を見ると、彼がそこに住んでいたことをとてもよく想像できる。1人の画家を長いときで半年くらいは研究した」
さらに画材にもこだわるという。

絵の具の成分から贋作が発覚するのを免れるため、元の作品を描いた画家と同じ年代の絵の具を求めて、ヨーロッパ各地ののみの市やアンティークショップを探し回っていたという。
ベルトラッキ氏
「私はとても早い時期に自分の芸術で成功した。いずれにせよ大金を儲けただろう。ただ自分自身の絵を自分のスタイルを変えずに繰り返し描くことは、あまりに退屈すぎた。贋作を描く際、私と妻は旅に出て、画家が絵を描いた場所や美術館を見て回った。それが楽しかった。もちろん金のためにやったことは否定しない。金も必要だった。恍惚(こうこつ)感がたまらなかった。描き終えたときのことを想像してみてほしい。すべての人が本物だとうなずき、感激し、“これはとてもすばらしい”と。それを楽しんだんだ」
ベルトラッキ氏は自身が行ってきたことについて、悪びれることはなかった。

贋作を描いたことで多くの被害を生み出し、美術界に混乱を招いたことをどう受け止めているのか追及すると…。
ベルトラッキ氏
「芸術における“本物”とは、特定の画家によって作られるものではない。誰がそれを描いたかは全くどうでもよいことだ。人は美しいと思ったものを買うべきだ。たとえ贋作でも絵を見て感動したならそれでいいではないか」

世界初のリストをドイツの警察が公開

私たちはスイスだけでなく、ドイツにも取材を広げた。ベルトラッキ氏をかつて逮捕したベルリン州警察が取材に応じるというのだ。

警察では、捜査を指揮した美術犯罪捜査班のルネ・アロンジュ主任捜査官が出迎えてくれた。
アロンジュ主任捜査官たちは、2010年8月、当時では最大規模の捜査をドイツ全土で実施。その過程でベルトラッキ氏による数十作品の贋作を発見したという。

しかしその多くが10年以上たち、時効が過ぎていたことなどから、裁判で罪に問えたのは、わずか14作品だった。

警察では、捜査が終わったあとも、被害の拡大を防ぐためベルトラッキ氏の贋作の疑いリストの更新を続けている。

今回、その最新のリストが世界のメディアで初めてNHKに公開された。
それによると、ベルトラッキ氏による贋作の疑いがある絵画は世界で89点。

贋作の対象となった画家は、18世紀から20世紀にかけてフランスやドイツなどで活躍したハインリヒ・カンペンドンク、オーギュスト・エルバン、マックス・エルンストなど40人以上にのぼる。

また、この89点の中には、絵の写真があるものの所在が分かっていない作品が32点含まれている。
たとえば、「色彩の魔術師」と言われるフランス人画家、ラウル・デュフィの贋作とされる絵画は、2007年以降にシンガポールの商社が購入した記録が確認されているが、その後、行方が分かっていない。
ベルリン州警察 ルネ・アロンジュ主任捜査官
「この2年間だけでもスイスやフランスなど世界中で4、5点の贋作が新たに見つかりました。現在もアジアのマーケットで贋作が売買されている可能性があります。社会に贋作が出回らないよう深い信念で行動しています」

東京にも贋作疑いの絵画が

ベルリン州警察のリストには、徳島、高知以外に、国内でもう1つ贋作の疑いがある作品が載っていた。
東京にあるマリー・ローランサン美術館が所蔵する「アルフレッド・フレヒトハイムの肖像」だ。

20世紀前半にフランスで活躍したマリー・ローランサンの作品とされている。
この美術館では、マリー・ローランサンの油絵や水彩画など600点以上を所蔵している。
この絵画については、歴代の所有者を記した来歴に不審点がないことや購入元が信頼できる画廊だったこと、さらにマリー・ローランサンの研究者として世界的な権威とされるフランス人の“お墨付き”もあったことから美術館では本物だと判断。

1989年、フランスの画廊から約3000万円で購入したという。

本当に贋作なのか?注目される“AI鑑定”

果たしてこの絵画の真贋はどうなのか。

NHKでは美術館の吉澤公寿館長の許可を得たうえで、独自に絵画の鑑定を試みた。
依頼したのは「Art Recognition」というAIを使った鑑定システムを独自に開発したスイスの会社だ。大量の絵画の画像データをAIに学習させて解析し、絵画の真贋を鑑定する。

大学の研究機関や個人所有者の依頼を受けこれまで500件以上を鑑定。最近ではスイスのオークションハウスで、専門家ではなくAIの鑑定を証明書として作品が出品されるなど、注目を集めているという。
鑑定にあたっては、マリー・ローランサンの絵画470点のほか、別の画家の作品など合わせて2695点をAIに学習させた。

そしてこの絵画について、色合いや筆づかい、構図などをAIが分析した結果、72.5%の確率で「本物ではない」という判断が出された。

この会社では、60%を超えると贋作の可能性が高いと判断しているという。

鑑定書には「ローランサンは繊細で流れるような筆づかいが特徴であるものの、この絵はよりスケッチに近い質感だ」と書かれていた。
「Art Recognition」 カリーナ・ポポヴィッチCEO
「非常に精巧に描かれた贋作と言えます。ただ、制作者は顔を中心に人物像を慎重に描いていましたが、背景についてはあまり注意しておらず、AIが強く反応して贋作だと判断しました」
この結果について美術館の館長に伝えると返ってきたのが次のような反応だった。
吉澤公寿館長
「AIの評価は受け止めますが、最終的に絵画の真贋を決めるのは人間だと信じています。真作だろうが贋作だろうが、この絵が美しい絵であることは変わりません。この『美』の感性はAIには判断できないでしょう」

私たちが芸術に求めているものとは

取材を進める中で、あらためて高知の美術館を訪れた人たちにも話を聞いた。その中で印象に残ったのが次のことばだった。

「いい意味でも悪い意味でもただ者ではない人物の絵だし、贋作だったとしても展示してもらい、贋作の力というものを見てみたい気がする」

ここであらためてベルトラッキ氏の発言を振り返りたい。

「たとえ贋作でも絵を見て感動したならそれでいいではないか」

そしてマリー・ローランサン美術館の館長のことば。

「真作だろうが贋作だろうが、この絵が美しい絵であることは変わりない」

それぞれの発言には多くの共通点があるように思う。そして、そこに今回の問題の“答え”があるのではないか。

芸術が本物かどうかを私たちが見極めることは極めて難しいことだ。では、何を持ってその作品の美しさは、価値は決まるのか。

それを考えるヒントになるようなことを、ドイツ最古の大学「ハイデルベルク大学」で長年、贋作を研究するヘンリ・キーゾル教授が語ってくれた。
ハイデルベルク大学 ヘンリ・キーゾル教授
「人が絵を観賞するとき、絵そのものよりも、絵にまつわる物語などに価値を求めて、より魅力的に思うことがある。芸術鑑賞を通して本当は何を求めているのかを自問することが大切だ」
ベルトラッキ氏の贋作によって、多くの人たちが翻弄され、莫大な被害が発生したのは間違いない。

そして今もどこかに彼が手がけた贋作が、そうとはわからず展示されている可能性もあり、彼の行った行為は深刻な影響を与え続けている。

ただ一方で、この問題は、絵画に、ひいては芸術に私たちが求めている“美しさ”とは何なのかという問いもまた突きつけている。

“絵にまつわる物語”を追い求め続けるかぎり、第2、第3のベルトラッキ氏がまた現れるかもしれない、そんな風に感じた。

(12月11日「クローズアップ現代」で放送)
徳島局記者
能智春花
2012年入局
大分局、長崎局、国際放送局、国際部を経て現所属
高知局記者
竹村知真
2018年入局
旭川局、札幌局を経て、2023年から高知局で県政や選挙取材を担当
松山局記者
伊藤憲哉
2019年入局
津局を経て、2024年から松山局で国際的なテーマを中心に取材
松山局ディレクター
御巫清英
2010年入局
2022年から松山局
ある贋作師の告白 芸術に私たちが求めるもの

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ある贋作師の告白 芸術に私たちが求めるもの

「たとえ贋作でも絵を見て感動したならそれでいいではないか」

私たちを前にそう語ったのは、世界的に有名な“贋作師”ヴォルフガング・ベルトラッキ氏。

徳島や高知の美術館で発覚した贋作疑惑に関与したとされ、多くの美術関係者を翻弄し続けてきたベルトラッキ氏だが、彼の発言は、ある問いを私たちに突きつけているようにも思える。

「芸術に私たちが求めているのはいったい何なのか」と。

彼はなぜ贋作を作り続け、そしてなぜ私たちはそれに気づくことができなかったのか。ベルトラッキ氏の“告白”を元にその答えに迫る。

(贋作問題取材班:徳島局記者 能智春花/高知局記者 竹村知真/松山局記者 伊藤憲哉・ディレクター 御巫清英)

徳島で贋作疑惑が浮上

ことの発端は、徳島県立近代美術館が所蔵する作品に「贋作ではないか」という疑惑が持ち上がったことにあった。
1990年に開館したこの美術館では、地元徳島出身の洋画家・伊原宇三郎がキュビズムの手法を日本に広めたことから、所蔵品としてピカソなどの作品を探し求めていた。

その中で学芸員の目にとまったのが、フランスのキュビズム画家として知られるジャン・メッツァンジェが描いたとされる「自転車乗り」だったという。
1998年度、美術館は「メッツァンジェの初期の頂点を飾る代表作だ」と評価し、6720万円で大阪の画廊から購入。常設で展示したり、ほかの美術館に貸し出したりすることもあった。

しかし、ことし6月、美術館の関係者に衝撃が走った。

アメリカのメディアの記事で「自転車乗り」が贋作として紹介されていたのだ。
近代美術館 竹内利夫課長
「この絵を初めて見たときには、キュビズムを紹介するコレクションにふさわしい作品だと期待や興奮を感じたのを覚えています。きちんとした手順を踏んで収集したので、贋作だという記事を見て、頭が真っ白になり、本当にびっくりしました」
美術館の竹内利夫課長は、当時を振り返りそう語った。

高知県の美術館でも発覚

高知県の美術館でも発覚
贋作疑惑は、高知県の美術館にも飛び火する。

アメリカのメディアの記事には、徳島だけでなく、高知県立美術館が所蔵する絵画についても触れられていたのだ。

6月下旬、徳島県立近代美術館からの連絡で、高知県立美術館はこの事実を把握したという。
贋作として紹介されていたのは、20世紀初頭に活躍したドイツ表現主義を代表する画家、ハインリヒ・カンペンドンクが1919年に描いたとされる「少女と白鳥」。美術館はこの絵画を名古屋市の画廊から1800万円で購入したという。

28年前、購入を担当した奥野克仁学芸課長は、初めて絵画を見たときの感動をいまでも覚えていると話す。
高知県立美術館 奥野克仁学芸課長
「カンペンドンクの大型の作品が手に入るかもしれないと心が踊った記憶があります。1億円を超えることもあるカンペンドンクの作品の中では、破格の安値でした。購入の際、専門家のお墨付きの文書も付いていたものですし、『贋作かもしれない』という連絡があったときも、それはあり得ないと思いました」

自分が描いたと話す“贋作師”を直撃

自分が描いたと話す“贋作師”を直撃
この2つの作品を描いたと話すのが、世界的に有名な“贋作師”として知られる、ドイツ出身のヴォルフガング・ベルトラッキ氏だ。過去に数々の贋作を描き、10億円以上をだまし取った罪などで、2011年に懲役6年の判決を受けている。

なんとしても直接、彼から話を聞きたい。メールで取材を申し込むと、2日後、「インタビューを受ける」という返信が届いた。彼が指定してきた場所はスイスにあるアトリエ。私たちは早速現地へと向かった。

ベルトラッキ氏のアトリエは、スイス・チューリヒから南に50キロほど車で行った山あいにある。訪ねたのは11月中旬だったが、あたり一面には雪景色が広がっていた。

たどりついた建物の扉をたたくと、そこにベルトラッキ氏本人が立っていた。
お気に入りのハットに、長年愛用してきたというエプロン姿が、彼が今も現役の画家であることを示している。

服役を終えたあとに、移住してきたというベルトラッキ氏は、今は贋作ではなく、自分の名前でオリジナルの絵画を描いているという。

まず、問題となっている徳島、高知の絵画を描いたのはあなたなのかと問いただすと…。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「ああ、これは私が描いたものだよ。1980年代に多くの日本人が絵画を買う動きがあった。日本には自分の作品がほかにもあると思う」

贋作のきっかけは絵画の修復

ベルトラッキ氏の父親は絵画の修復などを仕事にしていたという。

生計を立てるため自身も絵画の修復を仕事とするようになったベルトラッキ氏。

その際に少しだけ自分が作った偽物を混ぜるようになったのが贋作作りのきっかけだったと話す。
ベルトラッキ氏
「あらゆる画家の作風を識別し、吸収する、つまり受け入れられることに気づいたんだ。そしてある日思ったんだ。『くそ、俺の方が、そもそもずっとましに描けるじゃないか』と。私が描くのはただのコピーではない、新しい絵を生み出しているんだ」

贋作の手口は

彼はどのように贋作を描いていたのか。その手法についても私たちに次々と語り始めた。

まず彼は、画家の作品史における“空白”を探し出すのだという。

20世紀前半に活躍したヨーロッパの画家の中には、作品総目録にタイトルは紹介されているものの、戦争の混乱で行方がわからなくなっている作品も少なくない。描かれた事実はわかっているものの、まだ見つかっていない絵を想像して、画家になりきって生み出すというのだ。

そのために、美術館で本物の作品を見て技法を調べるだけでなく、画家の生まれ育った土地なども訪れ、その人物像まで知ろうと調べ尽くす。いわばみずからに画家を憑依させるようにして、贋作を描くのだという。
ベルトラッキ氏
「画家が住んでいた場所に身をおくと、より親密さを感じられる。街を見ると、彼がそこに住んでいたことをとてもよく想像できる。1人の画家を長いときで半年くらいは研究した」
さらに画材にもこだわるという。

絵の具の成分から贋作が発覚するのを免れるため、元の作品を描いた画家と同じ年代の絵の具を求めて、ヨーロッパ各地ののみの市やアンティークショップを探し回っていたという。
ベルトラッキ氏
「私はとても早い時期に自分の芸術で成功した。いずれにせよ大金を儲けただろう。ただ自分自身の絵を自分のスタイルを変えずに繰り返し描くことは、あまりに退屈すぎた。贋作を描く際、私と妻は旅に出て、画家が絵を描いた場所や美術館を見て回った。それが楽しかった。もちろん金のためにやったことは否定しない。金も必要だった。恍惚(こうこつ)感がたまらなかった。描き終えたときのことを想像してみてほしい。すべての人が本物だとうなずき、感激し、“これはとてもすばらしい”と。それを楽しんだんだ」
ベルトラッキ氏は自身が行ってきたことについて、悪びれることはなかった。

贋作を描いたことで多くの被害を生み出し、美術界に混乱を招いたことをどう受け止めているのか追及すると…。
ベルトラッキ氏
「芸術における“本物”とは、特定の画家によって作られるものではない。誰がそれを描いたかは全くどうでもよいことだ。人は美しいと思ったものを買うべきだ。たとえ贋作でも絵を見て感動したならそれでいいではないか」

世界初のリストをドイツの警察が公開

私たちはスイスだけでなく、ドイツにも取材を広げた。ベルトラッキ氏をかつて逮捕したベルリン州警察が取材に応じるというのだ。

警察では、捜査を指揮した美術犯罪捜査班のルネ・アロンジュ主任捜査官が出迎えてくれた。
アロンジュ主任捜査官たちは、2010年8月、当時では最大規模の捜査をドイツ全土で実施。その過程でベルトラッキ氏による数十作品の贋作を発見したという。

しかしその多くが10年以上たち、時効が過ぎていたことなどから、裁判で罪に問えたのは、わずか14作品だった。

警察では、捜査が終わったあとも、被害の拡大を防ぐためベルトラッキ氏の贋作の疑いリストの更新を続けている。

今回、その最新のリストが世界のメディアで初めてNHKに公開された。
それによると、ベルトラッキ氏による贋作の疑いがある絵画は世界で89点。

贋作の対象となった画家は、18世紀から20世紀にかけてフランスやドイツなどで活躍したハインリヒ・カンペンドンク、オーギュスト・エルバン、マックス・エルンストなど40人以上にのぼる。

また、この89点の中には、絵の写真があるものの所在が分かっていない作品が32点含まれている。
たとえば、「色彩の魔術師」と言われるフランス人画家、ラウル・デュフィの贋作とされる絵画は、2007年以降にシンガポールの商社が購入した記録が確認されているが、その後、行方が分かっていない。
ベルリン州警察 ルネ・アロンジュ主任捜査官
「この2年間だけでもスイスやフランスなど世界中で4、5点の贋作が新たに見つかりました。現在もアジアのマーケットで贋作が売買されている可能性があります。社会に贋作が出回らないよう深い信念で行動しています」

東京にも贋作疑いの絵画が

ベルリン州警察のリストには、徳島、高知以外に、国内でもう1つ贋作の疑いがある作品が載っていた。
東京にあるマリー・ローランサン美術館が所蔵する「アルフレッド・フレヒトハイムの肖像」だ。

20世紀前半にフランスで活躍したマリー・ローランサンの作品とされている。
この美術館では、マリー・ローランサンの油絵や水彩画など600点以上を所蔵している。
マリー・ローランサン美術館 吉澤公寿館長
この絵画については、歴代の所有者を記した来歴に不審点がないことや購入元が信頼できる画廊だったこと、さらにマリー・ローランサンの研究者として世界的な権威とされるフランス人の“お墨付き”もあったことから美術館では本物だと判断。

1989年、フランスの画廊から約3000万円で購入したという。

本当に贋作なのか?注目される“AI鑑定”

果たしてこの絵画の真贋はどうなのか。

NHKでは美術館の吉澤公寿館長の許可を得たうえで、独自に絵画の鑑定を試みた。
依頼したのは「Art Recognition」というAIを使った鑑定システムを独自に開発したスイスの会社だ。大量の絵画の画像データをAIに学習させて解析し、絵画の真贋を鑑定する。

大学の研究機関や個人所有者の依頼を受けこれまで500件以上を鑑定。最近ではスイスのオークションハウスで、専門家ではなくAIの鑑定を証明書として作品が出品されるなど、注目を集めているという。
鑑定にあたっては、マリー・ローランサンの絵画470点のほか、別の画家の作品など合わせて2695点をAIに学習させた。

そしてこの絵画について、色合いや筆づかい、構図などをAIが分析した結果、72.5%の確率で「本物ではない」という判断が出された。

この会社では、60%を超えると贋作の可能性が高いと判断しているという。

鑑定書には「ローランサンは繊細で流れるような筆づかいが特徴であるものの、この絵はよりスケッチに近い質感だ」と書かれていた。
「Art Recognition」 カリーナ・ポポヴィッチCEO
「非常に精巧に描かれた贋作と言えます。ただ、制作者は顔を中心に人物像を慎重に描いていましたが、背景についてはあまり注意しておらず、AIが強く反応して贋作だと判断しました」
この結果について美術館の館長に伝えると返ってきたのが次のような反応だった。
吉澤公寿館長
「AIの評価は受け止めますが、最終的に絵画の真贋を決めるのは人間だと信じています。真作だろうが贋作だろうが、この絵が美しい絵であることは変わりません。この『美』の感性はAIには判断できないでしょう」

私たちが芸術に求めているものとは

取材を進める中で、あらためて高知の美術館を訪れた人たちにも話を聞いた。その中で印象に残ったのが次のことばだった。

「いい意味でも悪い意味でもただ者ではない人物の絵だし、贋作だったとしても展示してもらい、贋作の力というものを見てみたい気がする」

ここであらためてベルトラッキ氏の発言を振り返りたい。

「たとえ贋作でも絵を見て感動したならそれでいいではないか」

そしてマリー・ローランサン美術館の館長のことば。

「真作だろうが贋作だろうが、この絵が美しい絵であることは変わりない」

それぞれの発言には多くの共通点があるように思う。そして、そこに今回の問題の“答え”があるのではないか。

芸術が本物かどうかを私たちが見極めることは極めて難しいことだ。では、何を持ってその作品の美しさは、価値は決まるのか。

それを考えるヒントになるようなことを、ドイツ最古の大学「ハイデルベルク大学」で長年、贋作を研究するヘンリ・キーゾル教授が語ってくれた。
ハイデルベルク大学 ヘンリ・キーゾル教授
「人が絵を観賞するとき、絵そのものよりも、絵にまつわる物語などに価値を求めて、より魅力的に思うことがある。芸術鑑賞を通して本当は何を求めているのかを自問することが大切だ」
ベルトラッキ氏の贋作によって、多くの人たちが翻弄され、莫大な被害が発生したのは間違いない。

そして今もどこかに彼が手がけた贋作が、そうとはわからず展示されている可能性もあり、彼の行った行為は深刻な影響を与え続けている。

ただ一方で、この問題は、絵画に、ひいては芸術に私たちが求めている“美しさ”とは何なのかという問いもまた突きつけている。

“絵にまつわる物語”を追い求め続けるかぎり、第2、第3のベルトラッキ氏がまた現れるかもしれない、そんな風に感じた。

(12月11日「クローズアップ現代」で放送)
徳島局記者
能智春花
2012年入局
大分局、長崎局、国際放送局、国際部を経て現所属
高知局記者
竹村知真
2018年入局
旭川局、札幌局を経て、2023年から高知局で県政や選挙取材を担当
松山局記者
伊藤憲哉
2019年入局
津局を経て、2024年から松山局で国際的なテーマを中心に取材
松山局ディレクター
御巫清英
2010年入局
2022年から松山局

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