信仰に共感してくれたのが嬉しくて…
3等海佐は逮捕後、息子の病気平癒を願って真如苑に入信したものの、吝嗇家の妻がお布施に反対していたため、食事代を削って寄付にまわしていたことを供述している。ボガチョンコフ大佐はそんな3等海佐の境遇を利用して、一緒に真如苑を訪問したり、仕事や家庭の悩みを聞いたりしながら、最終的には3等海佐に金銭を渡して、スパイに陥れていった。
この事件は新興宗教団体が意図して起こしたものではないが、真如苑への傾倒が3等海佐の弱みとなったことは否めないだろう。3等海佐の妻は公判で、「夫の入信に私は反対していました。ボガチョンコフ大佐が信仰に共感してくれたのが嬉しくて、夫は資料を渡してしまったようです。宗教が今回の事件の一番の理由だと思います」と、うなだれながら証言している。
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田母神俊雄航空幕僚長(当時)は2008年10月、ホテルチェーン「アパグループ」主催の第1回「真の近現代史観」懸賞論文に応募し、田母神氏が著した「日本は侵略国家であったのか」が最優秀賞を受賞した。
だが、田母神氏は喜びも束の間、論文の内容が政府見解と異なる主張であると問題視され、同日付で航空幕僚長を更迭されるに至る。
田母神論文の主旨は、日中戦争は侵略戦争ではなく、太平洋戦争はフランクリン・ルーズベルト米国大統領の陰謀であという歴史観を土台にして、日本は集団的自衛権を容認すべきというもの。
田母神論文の歴史観に賛同するか否かは個人的の考えによるだろうが、集団的自衛権については2014年に安倍政権が行使容認を閣議決定したように、職業軍人である田母神氏の慧眼を現実が後追いする形となった。
ある全国紙社会部記者は「豪放磊落な田母神氏にさまざまな団体が擦り寄り利用しようとしましたたが、その最右翼が幸福の科学でした」と語る。