不機嫌な人間は馬鹿にされる。
愛知在住の女性H様から「クリスマスコースを予約したのですが、ご一緒していただけたらなぁと思いご連絡しました🎄」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。道中、H様は「一応普通に働いているし毎月少なくない給料をもらっているのだが、散財しまくって一週間後にはすっからかんになる。実は今日のお金も危うくて、先日神様に祈りながら寝た。目覚めたら、メルカリに出していた商品が売れて、ことなきを得た」と言った。これを聞き、H様のことを好きになった。
クリスマスコースは、それはそれは見事なものだった。店にも料理にも細やかな心配りが行き届いており、極めて優雅な気持ちになった。あとは、店員の方々が知らぬ間にストレスを溜め込み、病気になってしまわないことを願うばかりである。H様は「左脳ばかり使って疲れる。左脳を使わない方法ってありますか?」と言った。給料を一週間で使い倒し、何に使ったのか記憶にも残っていないことからもわかるように、H様はそこはかとない虚しさを抱えているように見えた。情報はあるのだが、心がない。そのような印象を受けた。
私は、真っ向勝負で印象を伝えた。H様は、大前提として人間に興味がなく、人間の中には自分も含まれているように見える。モノやカネはたくさん与えられているのだが、一緒にいる時間が極端に少ない親に育てられたこどものように見える。色々なことをしてくれるんだけど、一緒にはいてくれないんだなという、人間に対する幻滅や諦めや倦怠を感じる。肝心な部分が欠けていて、それを「豪華な料理」とか「ワクワクする買い物」とか「目新しい情報」で埋めようとするのだが、ごまかすことはできても、満たすことはできない。正しさを求めるあまりに、心を込めることを忘れているように見える。そのようなことを言った。
自分のことばかりを考えてしまう人は、自分のことばかりを考えている割に、自分のことを見たくないのだと思う。自分のことを見たくないから、人のせいにしたり、言い訳をしたり、ごまかしたりするのだと思う。自分の心を、感じないようにしている。人のせいにしていれば、自分を見ないで済む。モノやカネは与えるのだけど、一緒にはいてくれない。育児放棄にも似た残酷な対応を、自分自身にしてしまっているのだと思う。自分を愛するとか、自分を大切にするとか言われるが、愛するとは「一緒にいる」ことである。愛がなくなった人は、わかりやすい行動を起こす。その人の目の前から消え去って、いなくなってしまう。
H様は「なぜだか涙が止まらない」と言った。そして「心を取り戻したい。どうしたら心を取り戻せますか?」と聞いた。私は「俺に聞くな」と思った。俺に聞くな。涙に聞け。そこに心がある。友達は、多いか少ないかではない。いるかいないかだ。一人でもいれば、友達はいる。心を許し合った友がいれば、誠実さの本当の意味がわかる。真の友には、安易に頼れない。セフティーネットなんて、ケチ臭い考え方は捨てな。友達がいないなら、それはチャンスだ。これから最高の瞬間に出会う。仲間を探すんじゃなくて、自分の力を信じることだ。そうすれば、出会う。うらめしや、うらめしやって、他人のことを妬んでばかりいるなよ。地縛霊になるなよ。これから福岡に行く。
今、お家に着きました。
今日は寒い中、遠いところまでお越しいただきありがとうございました。🙏✨✨✨
すごく自分にとっては痛いことを聴いたけれども楽しかった、という本当に不思議な気持ちでいっぱいです。
よい冬至の日をお迎えください。
暖かくなったら、熱海のお家にも遊びに行きますね〜
おおまかな予定
12月22日(日)福岡県福岡市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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