続幕 六の章 クリスマス・イン・ザ・ダーク

第19話 クリスマスパーティー

 私立星䨩桜坂高等学校の冬休みは比較的長い。それは溟月島が極寒の土地に面しているからというのもあるが、同時に学校自体が日本の教育制度から分離されており、独自のカリキュラムで動いているからというのがあった。

 実を言えば普通科高校でもそのカリキュラムは四年制であり、日本より一年、余裕がある。

 故に冬休みは十二月二十三日から翌年一月二十一日までの三十日間、およそ一ヶ月が冬休みだ。

 暁人は二十四日の午前中、学友の梶原瑛二と、女友達で豆狸の少女・井上千代いのうえちよと買い出しに来ていた。


「いやー、俺らは平凡なのに暁人はどんどん陰陽師らしくなっていくなあ」


 スーパーマーケットで買い物を済ませた彼らは、帰路、梶原の何気ない一言で会話を始めた。

 井上は「平凡って、どんなやねん」と聞く。彼女は二十五歳で妖怪として自意識を確立し、それから十五年、大阪で暮らしていたので、多少関西弁を喋るが、本場の人間からすると怪しいという感じの方言だと自分で言っていた。エセ関西弁やで、とあっけらかんと笑っている。


「いや、俺らはこう……凡夫じみてるって言うか。日々に刺激がねえなってさ」

「感性の磨き方が足らんのとちゃう? 日常の刺激なんて感じ方ひとつやろ。十のことでキャパが溢れる人、百溜め込んでも平気な人おるように、感動の振れ幅も人それぞれであって、別に暁人やからってそれが特別鋭敏なわけとちゃうやろ」

「あー……そっか。感じ方ひとつ、か。確かに俺は最近他人と比較すること増えたなあ」


 自分軸で生きると言うのは難しい。ましてや昨今、SNSをひらけばインフルエンサーのキラキラした日常が流れてきて目に毒だ。溟月島ではあえて情報統制してそうした過度な「鼻につく自慢」を妖巧コンピューターの擬似霊魂「天全てんぜん」が弾いて検閲していたが、当初それは自由の規制だと喚かれこそすれ、限定的なソーシャルネットワークメディアの利用に限ったアカウント運用は、結果的に島民の幸福度を上げることに貢献した。

 実際ある国ではSNSの使用を数ヶ月停止したところ、国民の多くが実生活の充実を報告している。


 それに暁人は明確にインフルエンサーという人種が嫌いだと断言できた。

 軽薄で、責任感がなく、その癖自己顕示欲と承認欲求が肥大した、受肉した溟人のような歪なそれが、見ていて気色悪いと。そう感じる。

 有名税を払えというわけではない。だが、相応の責任感を伴う行動を徹底してほしいと思う。それに暁人は、プライベートを魚の切り身のようにして売り買いさせる彼らの生き方が、純粋に疑問だった。肉体と魂を安売りして、いつかそこに付加価値を揺るがす者が現れた時、彼らは数字のために平然と犯罪を、犯罪まがいを犯すのではと思ってしまうのだ。


 彼らが夢と希望と呼ぶものは才覚と生まれ持ったものの歴然とした超えられない差であり、それを素直に夢や希望と受け取れるのはある程度自己が完成したものか、完成し切る前の曖昧な世代だけだ。

 己に思い悩み苦悩を抱える人生の大半のその世代にとってインフルエンサーはまさしくこの世に顕現した地獄であり、己の不幸せと世界の不平等を嘆くための写し鏡にしかなり得ない。

 だからそういう意味では、座卓のソーシャルネット管理システムは完成されたものだと、導入から数年した現在、評価を受けている。

 どうしてもそうした刺激が欲しいなら島を出ればいい。座卓は決して、島民をここに閉じ込めているわけではないのだ。嫌なら出て行け、自由にしろ。それが座卓のスタンスだ。


「暁人はどうなん? 自分の人生、どう思う?」

「悪くないと思ってるよ。でも他人に勧めるかって言ったら、そうでもない」

「どうしてだよ。失敗もまた財産って、いうだろ?」

「その失敗一つで人生が終わることだって、世の中にはあるんだ。特に陰陽師はな」


 暁人はそう断言した。

 梶原は考え込むようにエコバッグを背負い直し、「そっか、一度の失敗が人生を左右することだってありうるのか」と呟く。


「失敗は成功のもととかほざくようなやつがやってんのは、失敗ちゃうねん。失敗ってのは、取り返しつかへんねん。リカバリーできるようなことは失敗とは、言わん」井上が言い切った。

「なら、なんて言うんだ?」梶原が聞く。

「強いて言えば、躓きや。躓いたにすぎひん。本当の失敗は、ガードレール突き破って崖下の海まで転落することや。暁人が言いたいのは、そういうことちゃう?」


 暁人は曖昧に頷いた。


×


 臥龍家の家に着くと、既に輝子と焜と美琴が飾り付けを終えていた。先に来ていた天城と禮子は健一郎と料理を作っており、暁人たちのオードブル待ちだった。

 基本、男の自炊しかできない健一郎はグリルの前で七面鳥が焼けるのを見守る係で、天城と禮子が楽しそうにパンプキン・ポタージュを作っている。


「こんなちゃんとしたクリスマスパーティなんていつぶりだろうな」


 健一郎がオーブングリルから七面鳥を取り出しながら言う。テーブルは一個じゃ足りないからとキャンプに使うようなものまで引っ張り出してきており、物置部屋で埃をかぶっていたクリスマスツリーには飾りと電飾が付けられ、光り輝いている。

 暁人たちは手際良くオードブルを並べた。玉ねぎやカフェインの類は含まない食べ物と飲み物に徹底し、健一郎たちは酒を持って席に並べる。

 学生の身分とはいえ溟月島では十五歳以上から飲酒喫煙が許される。今日は無礼講ということで暁人も酒を入れる予定だった。


 集まった面々は暁人と輝子、焜、美琴、そして梶原と井上、家主の健一郎と職場の上司である天城、そして禮子だ。

 準備を整えると、健一郎がシャンパンのボトルを開けた。パァン、と弾ける音がしてコルク栓が抜け飛んでいき、それがどこにいったかを見る前にグラスに注ぎ始める。

 黄金色のそれをグラスに注いでいき、彼らは声を合わせて「乾杯」と言ってグラスを掲げた。


 暁人は早速七面鳥を切り分けにかかった。大きな丸鳥を切り分けるのには専用のフォークとナイフを使い、肉を切り分けると肉汁がじゅわっと溢れる。

 香辛料の香りがたちのぼり、暁人は取り皿に自分の肉を乗せると、次に輝子にフォークとナイフを渡し、自分のフォークで肉を刺してかぶりついた。

 肉は弾力があるのにふわふわで、とてつもなくジューシーだった。肉汁の甘い香りが鼻腔をつき、香辛料の控えめな風味がちょうどいいアクセントになっている。


「美味っ」


 暁人は夢中で七面鳥を食べた。シャンパンは最初の二口だけで止まっており、あとはひたすら肉である。健一郎は若いってのはいいことだ、と思いながら天城や禮子と大人特有の、なんでもないような冗談を言い合う。


「この歳になるとフライドチキンのバーレルさえきついんだよね」


 天城が言った。健一郎が頷く。


「一切れくらいなら平気なんだがな。若い頃みたいに、全部食うなんて無茶は無理だ。地獄を見る」

「中年サラリーマンの悲哀みたいになってますよ」禮子がトマトスカッシュを飲みながら笑った。


 クリスマスパーティーは実質食事会だったが、それでも会話は盛り上がった。

 高校でのこと、機密に触れない程度の職場でのこと、健一郎の過去の失敗談や天城の経営破綻を繰り返していた頃の教訓話。

 一昔前の高校生ならパシャパシャ写真を撮っていただろうが今はそんなこともなく、平穏に時間が流れていく。

 やがて食事会がお開きになると、彼らはクリスマス飾りをバックにカメラを向け、写真を数枚、チェキフレームで撮った。


 それを人数分、三脚に乗せて時間差撮影し、配る。

 健一郎が持ってきたフィルターに入れてやると、彼らは大事そうに鞄なりにしまい、礼を言った。


 楽しい時間はあっという間である。妙な郷愁を感じる頃、午後八時半にお開きとなり、客人たちは帰っていった。

 暁人たちは後片付けを始め、残ったものをラップして冷蔵庫に入れる。捨てるともったいないお化けが出ると言うのは妖怪や陰陽師の間では有名な話であり、付喪神も原点はそこにある。

 だから、食べられるなら後日食べるべきという考えが島にはあった。


 やがて片付けに目処が立つと、健一郎が「先風呂入ってこい」と言った。暁人は先んじて入ろうとしたが、焜がそれを制する。というか。


「お前、なにしれっと引っ越してきてんだよ」

「いいじゃん、健一郎さんに家賃入れてんだし。私も可愛い女の子と暮らさせなさいよ」


 そう、焜が暁人の家に引っ越してきたのだ。健一郎は「同棲かあ。若いうちに経験しといたほうがいいぞぉ」となぜかノリノリで、輝子は職場での兄の様子を聞けると意気込んでおり、美琴は恩人がそばにいることに安心感を覚えているようだった。


「じゃ、先にお風呂いただきまーす」


 そう言って焜は我先にと風呂に入って行った。暁人は呆れて黙りこくり、ポリポリ頭を掻いた。

 もしかしたら焜も寂しかったのかもしれないな、と、そう思った。


 焜は着替えを持って臥龍家の風呂場に向かう。彼の実父は陰陽師として相当に稼いでいたらしい。準特等級の父と二等級の母ともなれば当然か。術師の年収相場は二等級で手取り八〇〇万と言われ、一等級になれば一四〇〇万を余裕で超える。

 通常等級は一等級で打ち止めだが、実はそこから斜めに外れた等級が存在する。

 それが上等級、準特等級、特等級だ。


 特等級陰陽師は合計五人、特等級溟人は登録済みのそれで十八体いるとされ、現在もどこかで息を潜めている。魍魎は等級が上がれば上がるほど知恵をつけ、人間と遜色ない思考をするようになる。あるいは中には、生活の安定のために人間に協力を申し出る準特等などまで存在するのだ。


 準特等陰陽師ともなれば年収は億を超えるだろう。裏山を買い取り、これだけ立派な一戸建てを建て、暁人たちに膨大な資産を残すこともあるいは可能だったのかもしれない。

 そして焜はそんな彼らの父、臥龍暁久が龍に変じた際の黒い骨から削り出した刀を握っている。これは全くの偶然だが、それを聞いた時の暁人の顔は、なんとも言えないものだった。


 龍の肉体が強力な呪具の素材になることは、彼だって知っている。であればヤマタノオロチ化した父がどこかで呪具になっていることも想像していたのだろうが、実物を見るのは初めてだったのだろう。明らかに動揺していた。


 焜はシャワーの蛇口を捻って頭から湯を浴びた。

 四十二度のお湯を頭から浴び、体を泡立てて洗うと頭をシャンプーし、尻尾を持ち込んだテールソープで洗う。テールソープは尻尾を持つ獣妖怪特有の洗剤であり、尻尾の汚れとモフモフを保つ大切なものだ。


 獣妖怪のモテは尻尾のモフからと言われるほどであり、どんなに見目麗しい妖狐でも尻尾が見窄らしかったり臭いと一気に幻滅される。

 いや、別に焜にモテたいという欲求はないのだが、女の嗜みとして身につけるべき習慣だった。清潔感とは他人のためだけでなく、己の美意識や自意識にも作用する。

 うつ病になると見た目に頓着しなくなるというが、まさにそれだ。逆説的に、見た目に気を遣っていれば、気分を落とす暇なんてなくなる。コスメや服を揃える資金を稼ぐために、前向きに頑張れるからだ。


 湯船に浸かると、全身の疲れが滲み出ていくようだった。一応、屑浚いネットの術式は仕込んである。屑浚いネットとは風呂場に浮かぶ汚れや毛などを掬い取ってまとめてくれる妖力式の網のことで、獣妖怪など尻尾の抜け毛、鳥妖怪などの抜け羽がある妖怪が風呂に入る際必須のものだった。

 この家にいると妙に暖かい気持ちになれた。凍てついた自分の心が溶けていくような感覚がする。それは長らく感じていなかった他人との温度で、暁人が大切にするのもわかるものだった。


 焜は浴槽に身を沈め、顔まで浸かって考える。思い出す。


 自分は二年前の冬、天城本子に拾われた。

 血みどろの、打ち捨てられた野良狐をあの人は拾ってくださったのだ——。

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