第17話 カゲリエに龍と狐が舞う

 カゲリエ三十四階のテラス——半ば外に設えられた展望台は欄干と落下防止柵の二重のガード越しに、夜景を眺める望遠鏡がところどころ設置されていた。

 中のカフェで買ってきた軽食を食べるためのテーブルとパラソルが設置され、ベンチの角にはイチョウの木が植えられている。遺伝子改良を施されたイチョウはこの時期も黄色く紅葉し、特徴的な形の葉を実らせていた。


 秋田透と熊切童子が来ていた。彼らはすでに戦闘体制にあり、秋田透はクマジャンにジーンズという装いで、熊切童子は熊の毛皮を纏いその下に着流しを着込んでいる。緋色の袴が風に揺れていた。


「来たな」


 秋田が言った。

 やってきたのは紫色の小袖に黒い袴、紺色の羽織ジャケットを着込んだ臥龍暁人と、藍色の袴に水色の小袖、黒い羽織ジャケットの千穂川焜である。焜はすでに龍骸刀を顕現し、鞘込めした状態で腰に差している。脇差もセットであり、本気だ。

 いずれも正装。殺し合いの場に相応しい、勝負服。


 その背後には禮子が美琴を寄り添って立っており、血のファンネルを展開して警戒にあたっている。ファンネルは合計六つ、そのいずれもが三等級相当の力を持ち、禮子の思考パターンを学習した擬似霊魂を刻んで独立して動く攻撃・防御ユニットだ。

 禮子の一等級たる所以は、あの血のファンネルにあり、攻撃と防御を両立する六つの結界を突破せねば、禮子にダメージは通らない。そして当然、ファンネルが自律する以上禮子は己自身で戦闘に参加できるのだ。つまり彼女一人を相手にするだけで実質的には三等級六名と一等級一名を相手取る羽目になるわけである。


 秋田と熊切童子はあの女を敵に回すのは現実的でないことをすでに学習している。今回の勝利条件は互いに互いの抹殺であり、秋田たちには黒塚商会から、暁人たちには座卓から報奨金が約束されている。

 だが——。


「なんで額田光をあんな残酷な方法で殺した……!」


 暁人の烈火の如き怒りが、燃え上がった。

 秋田はあくまで冷徹に「そういう仕事だからだ。与えられた仕事に対して感情的になる方がおかしい」と鼻で笑う。


「そうかよ。——覚えておけ、俺は臥龍暁人。お前の首を刎ねる処刑者だ」

「千穂川焜。私はあくまで淡々と貴様らを殺す」


「黒塚商会、秋田透!」

「同じく黒塚商会、熊切童子!」


 互いに退かぬ名乗り上げ。覚悟の表明。

 火蓋が、切って落とされる。


「〈拡縮操術ストライド〉・解放!」


 秋田が術式を発動。拳が、気づけば目の前にあった。

 暁人は咄嗟に白龍の龍殻で覆った左腕を跳ね上げてガード。後ろに吹っ飛ばされ、空中プールに突っ込む。水柱が連続して上がり、舞い上がった水滴が雨のように舞った。


「暁人!」

「お前の相手は私だ、野狐!」


 熊切童子が穢れ刀を抜き放ち、焜は龍骸刀を抜いた。

 剣と剣がぶつかり合い、焜の龍骸刀が喰らいきれぬ穢れが流され、押される。いや喰らいきれぬのではない——その穢れはどこか異質なのだ。

 龍骸刀の捕食率はあくまで使い手の妖力に依存する。焜の力量では、穢れ刀を御しきれないのだ。

 焜は素早く「オン・キリカク・ソワカ」と唱えて炎を纏うシンリンオオカミ〈赤狼〉を三体召喚。〈飯綱操術いづなそうじゅつ〉の発動と同時に、熊切童子が素早く居合の構えをとる。


(ただの居合じゃない)


 焜は直感で悟った。まず、二体の〈赤狼〉に時間差で突進させる。すると一定の距離に入った〈赤狼〉が一瞬にして斬撃で切り飛ばされ、霧散。時間差で突っ込んだ二体目もありえない反射速度で切り飛ばされ、霧散する。


 ——範囲指定型の自動迎撃抜刀術。一種の結界術を組み込んだ、陰陽流剣術の一つだ。

 指定範囲を絞れば絞るほど反射速度は上がっていき、彼女の指定範囲はおそらく半径二メートルほど。あの刃圏はけんに踏み込めば、瞬く間に斬られる。

 焜はあえて、数で攻めることにした。


「〈桜鳥〉」


 直後、無数の文鳥が顕現。それが一塊になって、熊切童子に突っ込んだ。あの数を捌き切ることは如何なる結界居合術でも不可能だ。

 事実熊切童子は舌打ちして居合の構えを解き、一羽一羽さしたる力を持たない文鳥を穢れの波で焼き払い、その隙に焜は残していた〈赤狼〉を文鳥の影に潜ませて突っ込ませた。


オン


 爆裂。ただし、〈桜鳥〉との併用であるため威力は落ちる。グレネード並みの威力に落ちたそれだが、ひと一人殺すには十分な威力だ。

 だが熊切童子は火煙を浴びながらも咄嗟に妖力で体を守っていた。だが、右腕の熊毛皮と小袖がちぎり飛び、その「肉」が露出していた。

 その腕は、血肉でも、骨でも腱でもない、機械でできていた。


妖巧義手あやくりぎしゅ……なるほど、それで穢れの侵蝕を防いでいたのか」

「私は肉体の半分近くが妖巧でな。鬼としての力は落ちたが、代わりに穢れを纏い振るう肉体を手に入れたのだ」


 機械の体なら確かに穢れの影響は受けづらい。だが受けづらいだけで受けないわけではない。だが機械なら取り替えが可能であり、ある程度汚染が進んだ場合さっさとパーツを換装して切り捨てることもできるだろう。

 焜は再び、今度は二体の霊獣を呼んだ。


「〈金心こんしん〉」


 顕現したのはハクビシン獣人の帯電した雷獣の霊獣だ。機械には電気という単純さがどこまで通じるかはわからないが、ひとまずはこれで様子を見る。機械の体は突き詰めれば泥人形。良くて地属性と金属性の融合体としても比率は地属性が勝る。木属性のハクビシン獣人〈金心〉は、効くはずだ。

 霊獣はある程度焜と思考を共有しており、これまで見聞きしたものを学習している。焜の経験値が霊獣の経験値なのだ。




 一方プールに突っ込んだ暁人はすぐに這い上がり、肺の中に入り込んだ水を吐き出していた。気持ち悪くて、吐き気がする。

 そこへ秋田の容赦のない蹴りが繰り出された。暁人は瞬時に腹に妖力を集中してガードし、相手に拳を振るう。だが、拳が当たる直前で見えない空間に阻まれたような感触がして、威力が大きく落ちた。

 白銀色の龍殻に覆われた拳がこつ、と秋田の額にぶつかり、奴はニヤリと笑っていた。


(空間を圧縮するだけじゃない、拡張もできるんだ。直撃の瞬間空間を引き延ばして威力を潰したに違いない)


拡縮操術ストライド〉。言い得て妙な術式だ。

 暁人は〈雅龍淟星がりょうてんせい〉を青龍に切り替え、帯電と防風を纏う。奥義書には祖父が得意とした絶対防御も記されており、暁人は両腕——左腕に暴風と、右腕に雷撃を纏った。

 暁人は左腕を地面に向けて風を噴射、相手を吹っ飛ばしつつ上空に上がり、屋上まで登る。焜と混戦になるのはまずい。

 すぐさま秋田は壁面を蹴飛ばして強引なショートカットをし、屋上に上がってきた。屋上はハイスカイロビーと呼ばれるエリアであり、洒落たカフェテリアのテラス席やらが設置されている。


 暁人は空中でバランスを崩しつつ転がって、テラス席を巻き込んで止まる。

 這い上がってきた秋田が拳を構えた。来るとわかっていれば、回避も容易だ。

 振り抜かれた拳が凄まじい速度で擦過、激しい衝撃波が発生し床面を抉った。直撃を貰えば暁人では無事では済まない。

 圧倒的な破壊力を生む〈拡縮操術ストライド〉の空間圧縮能力に驚きつつ、叔父から聞いていたインターバルを逃すつもりはなかった。


 すぐさま右の雷槍を振るい、攻め立てる。秋田は妖力を込めた拳で雷を絶縁しつつ防ぎ、インターバルを潰すつもりらしい。

 暁人はすかさず左の暴風弾を放ち、秋田を吹っ飛ばした。

 木製のテーブルや椅子が粉々に砕け散り、派手に散っていく。暁人は落雷の追撃を浴びせるが、その時には秋田の術式が回復。

 急接近を許し、彼が仕込んでいたサバイバルナイフが閃いた。踏み込みの空間を縮めたのだ。

 左腕の防風を纏う緑の龍殻腕で弾き、右の雷槍で刺突。秋田は半身になって避け、回転しつつ右拳の〈拡縮操術ストライド〉を放つ。


 だが、そこに暁人はいなかった。


 吹き抜ける風、衝撃波の爆発。

 暁人は——上。読んでいた、その反撃は。

 暴風をジェット噴射のように扱い、その反作用で加速。右の雷光を纏う右拳を、振りかぶった。


「ぶっ飛べ!」


 龍殻雷槍の術——そこに龍殻暴風の術を重ねがけした、合わせ技である。

 秋田は咄嗟に全妖力を結界に回しガード。直後、凄まじい激震が駆け抜け、爆裂音がカゲリエの空に轟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る