続幕 五の章 俺は法の番人ではないが

第16話 追跡の原因

 暁人たちは焜の運転で在川区の天城民間陰陽師事務所に向かった。助手席には美琴が座っており、途中のコンビニで買ったカフェオレを飲んでいる。後部座席には暁人と健一郎が座り、彼らは先日の出来事を禮子づてで天城に伝えており、その上で改めてきてほしいと言われていた。

 健一郎は久々の戦闘の疲れが出ており、現在後部座席で眠っている。暁人も今朝の眠気が取れず寝かかっていたが、女性陣の会話が気になって寝れなかった。

 美琴は健一郎のことを色々讃えており、かっこいいとか、渋いとか、褒めそやしている。決してストックホルムとは違うのだろうが、それに近い状態であろうか。危機的な状況にあったからそこから救ってくれた彼を高く買っているらしい。吊り橋効果の一環だろうかと、暁人は妙に冷めた感覚をもって思った。


 暁人は聞いていて悪い気はせず、しかし叔父がロリコンの気などこれっぽっちもないからあの恋心はから振るんだろうな、と思うとなんだか不憫に思えた。妖怪との年齢には明確な制限はない。妖怪が相手であれば、例えば有力な家庭なら児童婚も認められているのが溟月島だ。どこぞの暴漢に傷物にされる前に、親が内々に嫁がせてしまうのである。


 座卓のスタンスは人間には人間の法を、妖怪には妖怪の掟を遵守させており、そしてこの島の法とは日本国とは少し異なる。

 例で言えば銃刀法の基準が緩く、成人の基準が十五からで、酒もタバコも十五から可能である。中学生でも普通にバイトをし、とにかく人間も妖怪も早熟なきらいがあった。

 余計なお世話かもしれないが、叔父はそもそも恋愛感情とか性欲というものが決定的に欠如している男性性らしく、実家でも精通が遅いことを心配して病院に連れて行かれたらしい。


 ちなみに健一郎の精通は二十一歳と七ヶ月で、一族では歴代でも一、二を争うほど遅い方らしい。人間としても極めて遅い。実際暁人は十一歳で精通したし。さらに言えば健一郎は精通がこなかったことを焦っていなかったことだ。子供が成せない病気なら実家の政略結婚にも巻き込まれないくらいに、気楽に構えていたのである。

 とにかく彼は性欲が薄く、若い頃文芸サロンの誘いでストリップバーに行った際も女性から散々誘われたのに、勃起すらせずインポテンツ! と罵倒されたことがある——と酔ったはずみで笑いながら喋っていた。


 その癖小説は妙なエロスが描かれており、鬼気迫る死生観と不気味な描写と相まって、熱狂的なファンの心を掴み続けている。

 現在三本目の長編原稿を執筆中であり、初稿は通ったとのことだ。ここから修正作業だが、むしろそれが大変らしい。

「いい助手が欲しい」とよく言うのは口癖のようなもので、実際、健一郎は家政婦を雇ったことがあるが、結局家に他人がいる感覚が気持ち悪く半月で帰ってもらっていた。


 車は大通りを外れ、沿岸沿いのビル街に入った。

 雑居ビルが並ぶエリアで、暁人たちの事務所は比較的新しいラッキービルディングで、ぱっと見は綺麗だ。実際は居酒屋にコンカフェ、四階は闇金疑惑のある消費者金融だが。

 暁人たちは駐車場に車を停めて、叔父を起こした。

 寝起きのいい彼は「ついたか」と言って、今朝「ヒリヒリする」と言いながら剃った顎をさすった。格好はスーツ姿で、目上の、暁人たちの上司に会う手前しっかり名刺も用意している。


 ビルを登っていくと、二階の廊下にいたコンカフェ嬢のメイドさんが踊り場でタバコを吸っていた。


「よう若旦那。お客人が来てたよ」

「加藤さん、どうも。休憩とはいえタバコはまずいんじゃないんすか?」

「いいさ、別に。それも含め店だから」


 加藤、というこのコンカフェ嬢は西洋妖怪のブラウン・ダークエルフであり、褐色肌に金色の髪をしている。美人だがどこか他人を寄せ付けない雰囲気で、暁人たちのことを若旦那、姉御、なんて呼んで尊敬しつつ揶揄っているような、そんな女だった。

 健一郎はその加藤を一瞥し、「子供が世話になってます」と一礼した。加藤は微笑んで「陰陽師が上にいるから心強いよ、こっちも」と笑った。


 三階の事務所のドアを開けると、相変わらずコーヒーの匂いがした。焜は慣れているとはいえ、普通の妖狐は気分を悪くする匂いだ。大抵の獣妖怪にとってコーヒーは毒である。慣れる慣れない以前に命の危機を感じるものだからそう思うのだろうが、人間で言うタバコの匂いに近い。平気な奴は平気だが、嫌う奴は徹底的に嫌うあれ。

 暁人は先頭に立って、「天城さん、いますか」と聞いた。天城は応接ソファで男と対面していた。

 あの男は——一本角、鬼の風貌の体格の良さに、微かにあからんだ皮膚。雅堂元二郎がどうげんじろうという座卓の職員で、天城と親交がある男だ。


「雅堂さん、いらしたんですか」

「ああ。額田光の調査を急ピッチで進めろと言われてな。俺が部下と担当して、割り出したことを伝えにきた」

「座りなさい」


 暁人たちはソファの空いたスペースに座った。健一郎は座る場所がないので立っていた。その状態で立ち上がった元二郎と名刺交換している。

「ほう、石塊の花の先生ですか。読みましたよ、妻がファンです」と言った。健一郎は「お世話になっています」と返すにとどめ、それから天城を見て、


「健一郎……? 久しいな」

「天城って、やっぱり天城本子だったんだな。文芸サロンで君は経済学の本を書いていただろ。確か君は当時大学生だった。今とずいぶん違っていたよな。苦学生で、本も生活費の足しにしようとしていた」

「若い頃の話はやめたまえよ。若かったんだ、あの頃は色々と」


 意外な繋がりに、暁人は驚いた。それから雅堂が咳払いし、居住まいを正す。


「君たちは黒塚商会というものを知っているか?」

「黒塚商会、ですか? いえ、俺は知りません」

「私は噂だけなら。呪術師専門の斡旋企業とかなんとか」


 焜が答えると、雅堂は頷いた。


「品川事務所の連中が天城の尋問でゲロったらしい。奴らの職員の一人が黒塚商会から裏金を受け取り事務所の情報を流していたそうだ。額田光はそれを突き止め追及し、証拠を掴んだがそこで黒塚商会の邪魔が入り、逃走。事務所は殺人事件の汚名を着せ、この事務所に捕縛命令の仕事を出した」

「他事務所の下請け自体は珍しい話ではないとはいえ、危うく犯罪の片棒を担ぐところだったんだ、私たちは」と天城。それから美琴を見て、「不透明なのは君と額田の繋がりだ。どういう縁があった?」


 話を振られた美琴は、恐る恐る話し始めた。


「私はもともと地下街で暮らしていたんですが、半年ほど前に仕事でやってきた光に救われた縁があったんです。暴漢に襲われてたところをあの人が妖術で追い払ってくれて、お礼をしようとしたら笑顔でいらないよ、って。だから逃げ込んできたところを見つけた時は今度は私が助けなきゃって……」

「なるほどね。……そして君たちは地上での生活をかけ、何かを座卓に提出しようとしていたね。うちのものが霊視で見ている」元二郎が優しく聞いた。

 美琴は意を決したように、ポケットから浄祓箱を一個、取り出す。


「光が証拠と呼んでいたものです。中身は知りません。開けられませんから」

「受け取らせてもらっても?」

「どうぞ」


 美琴は元二郎に浄祓箱を渡した。天城は「元二郎、私たちには間違ってもその証拠を見せるなよ。黒塚商会と喧嘩なんてする気はないんだからな」と言った。

 けれどそこで健一郎が口を挟む。


「だが俺と禮子さんを襲った連中は間違いなくプロだった。あれは黒塚の刺客じゃないのか? 明日の夜、暁人と焜を指名してきたのも連中だ」

「個人の殺し合いに会社が首を突っ込むことは流石にないから心配していない。むしろ二等級相当の二人と暁人君、焜ちゃんをあてる方が心配だ」


 十二月十三日の午後八時、カゲリエにて待つ。

 十中八九夜の決闘だ。神築城区の中心にあるカゲリエ街のど真ん中に建つ、三十四階建ての高層複合ビルであり、東京渋谷のヒカリエのパクリのようなものだが、溟月島のシンボルでもある。

 巨岩・大岩戸の天井の広大な巨大穴から夜空が覗く屋上からの景色は絶景であり、そこはデートスポットでもあった。

 溟月島の中枢たるカゲリエ街は、溟月島を企業的に牛耳るOST——オルテンシア・システム・テクノロジー社という妖巧開発企業の巨大ビル・OSTピラーやら、霧が原ビルという省庁ビルなどが密集したまさしく頭脳と心臓を兼ね備えた土地だ。


「人払いは座卓で済ませている。緊急のメンテナンス工事といって三十三階より上は一般人は入らんよ」

「済まないね元二郎、無理させただろう」

「気にするな。実績さえできればそれでいい。黒塚商会と座卓は事実上の黙認関係とはいえ、上の連中は呪術師をよく思っていない。特に二座の臥龍家が空いて座席が繰り上がった今、今は勢力争いで功績を急ぐ上層部が多い」


 座席とは、座卓の六座と呼ばれる六人の幹部が座する席である。その六座と座長の七人からなるのが、座卓上層部であり、それを守護する御座七隊という組織だった。あの稲原穂波が所属すると噂されている忌兵隊は、その御座七隊の一隊とされる。

 元二郎はその御座七隊の迅翔隊副長であると噂され、同時に上昇志向があり、六座の座席を、あるいは迅翔隊総長の座を狙っているとも言われているが、詳細は本人しか知らない。


「美琴君も連れていくんだろう?」

「俺がそのように指定を受けました。大丈夫です、禮子さんが護衛につくそうなので」

「いいかね、美琴君」元二郎が聞いた。美琴は力強く頷いた。

「構いません。決着を見届けさせてください」


 暁人は逸る鼓動を抑えた。

 明日、決闘だ。

 許せぬ悪を断罪する夜が、ついに来るのである——。

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