第15話 襲撃

 秋田透あきたとおるは溟月島の中枢地で首都でもある神築城区かみつきくのカゲリエ街の牛丼チェーン店で、牛丼特盛六〇〇円に豚汁と温玉をつけ、トングで紅生姜を乗せた後七味唐辛子をバンバン、豚汁にも牛丼にもかけ、温玉を牛丼に落とすと少しかき混ぜてから割り箸でかき込んだ。

 時刻は十時半。遅めの朝食だ。昼飯も兼ねていると言っていい。

 その隣のカウンター席には二本角の鬼の女もいた。熊切童子くまきりどうじという秋田透の契約式神であり、金で雇われた便利屋みたいなものだ。

 彼らは呪術師であり、呪術師と組む契約式神は専門の「黒塚商会」という裏企業から斡旋される裏の仕事妖しごとにんである。金さえ払えばどんな仕事も引き受け、達成するプロの戦闘屋、殺し屋、壊し屋、逃し屋、情報屋などが揃っている。

 秋田自身もその裏稼業の人間であり、呪術師として長い。この仕事が専門だ。プロの呪術師である。


「俺らを嗅ぎ回っていた額田は始末した。だがあの鬼娘、まさか死後に保護の術をかけられるとはな」


 彼女らは美琴と同じ空間にいたはずなのに、彼女を認識できていなかった。それはひとえに額田光が美琴を守るために高度な認識阻害をかけたからであり、秋田たちはあの場に美琴がいたことを知らなかったのだ。わからなかった、と言い換えていい。よしんばクローゼットを開け放ったとしても、その姿を認識することは叶わなかっただろう。


「問題はあの鬼娘が生きていることだ。地上に出てきている」

「霊視ね。認識阻害が解けたのか、霊視が効くようになってよかった。居場所は割り出せた?」

「桜坂区南部の家だ。これがなかなか面白い」

「桜坂……あんな地方に?」

「侮るな。臥龍の家がある。鬼娘はその家に匿われている。昼間なら手薄だろう、手早く済ませるぞ。戦士らしく、な」


 秋田は呪術師にしてはやけに正々堂々としていた。熊切童子は「あの娘が持ち出した浄祓箱が漏れてなければいいけれど」といい、味噌汁を啜った。


×


 時刻は十三時を回っていた。健一郎はパスタの乾麺を茹でると湯ぎりし、切ったピーマンとウインナー、にんじんとあえてソースとケチャップで味付けしたナポリタンを作ると、それを麦茶と一緒に二時間前に起きて風呂を済ませていた美琴に振る舞った。

 彼女の着替えはさっき、禮子——暁人の師匠が買い揃え持ってきてくれていて、それを着ていた。冬服の薄桃色のモコモコのボアを着ており、下は袴風のロングスカートのモダン和装を合わせている。

 健一郎はいつも通り部屋着のスウェットの上下でいかにも中年の格好だが、臥龍健一郎という元々の素材がいいせいで妙に似合っている。


「あの、健一郎さん」

「うん?」


 健一郎はフォークでナポリタンを巻き取りながら話を促した。

 唐突に環境を変えられて食事が喉を通らない気持ちはわかる。無理に食べさせる気はなかった。健一郎は無理させないように細心の注意を払いつつ、静かに続きを待つ。


「私といると厄介ごとに巻き込まれます」

「厄介ごと、ね。……この歳になると厄介ごとなんて尽きないものでな。人並み以上に厄介ごととは付き合ってきたし、切り抜け方も心得ている。じゃなきゃ人の親の真似事なんてやってないよ」

「そういうことじゃないんです! 今にも呪術師が私の残滓を追ってくるかも知れなくて……」

「そうか。なら返り討ちにしよう。安心しろ、おじさんはこう見えても


 健一郎はナポリタンを頬張った。すると、玄関のドアホンが鳴った。

 美琴がびくりと飛び跳ね、フォークが転がり落ちる。


「俺の書斎にいなさい。俺が鍵を開けるまで内側から開けないように」


 彼女を有無を言わさず書斎に入れ、健一郎は封印の式符を貼った。

 そうして着替えの式符を胸に押し当ててスウェットの上下からすぐさま袴姿に着替え、伸びた髪を乱雑に後ろに結ぶ。無精髭のおっさん、という絵面が妙に様になる。まるで幕末の侍のような、妙な威厳がある。


 玄関を開けると、二人の男女がいた。

 そいつらは秋田透と熊切童子その人であり、「要件はわかっているはずだ」と秋田が言った。


「臥龍健一郎。お前らもまずは名乗ってくれ。それから、家を壊すとが困る。裏山に行くぞ」

「いいだろう。俺は秋田透」「熊切童子」


 健一郎はあえて堂々と歩き出した。裏の小さな山は臥龍家所有のものであり、暁人を鍛える際に使った。

 家の脇の畦道から川沿いに登っていき、山に入る。


「始めるぞ」


 健一郎は言って、龍の力を解放した。


現身解放げんしんかいほう


 現身——妖怪としての本来の姿を指す言葉。健一郎は龍人としての肉体を解放し、白龍の龍殻を全身に纏う。

 両腕両足が龍の手足に変わり、胸郭と腹筋が白銀の装殻に覆われる。全身が白色の龍殻に覆われ、左腕を籠手、右腕を剣に変えている。両足は逆関節気味に形成されており、肉体に重みが出る。

 最強の白龍故の研ぎ澄まされた戦闘のスタイル。白龍は近接戦闘向きの龍神であり、ブレスの類は持たないが、近接戦闘では最強と言える力量を兼ね備える。重量があるのに、速く、パワフルだ。


 二人の呪術師は妖力を解放、熊切童子は早速呪具——妖刀を抜き放ち切り掛かる。

 健一郎は妖刀の一太刀を右の剣で弾き飛ばし、凄まじい速度で蹴りを放った。

 屋台のスーパーボールのように吹っ飛んだ熊切童子を意に介さず秋田が接近。そして、奇妙な加速を見せた。

 拳が引き絞られたと認識した瞬間、それが振り抜かれている。加速と同時に打ち出された拳は砲弾めいた威力を発揮し、健一郎が咄嗟に盾にした左腕の籠手にヒビを入れた。


「!」

「俺の術式は単純明快、加速するだけだ。だが正確には加速ではない」

「……タネがあるな。あの妖刀も、腐れの妖刀か」


 白龍の剣がわずかに刃毀はこぼれしていた。おそらく、穢れの力が込められている。

 健一郎は龍殻を即座に再生させると数秒後再度繰り出された秋田の加速右拳を回避し、土を蹴り上げて視界を奪う。相手が咄嗟に腕を跳ね上げた隙に肩から突進し、大木に叩きつけた。

 龍殻の大質量と大木の間にプレスされた秋田が苦鳴をあげ、健一郎は相手の左フックを顔を反らせて回避。しかし背後から妖刀の斬撃が右腕の剣を切り落とし、龍殻剣が落下。神経が通っているゆえ、激痛と出血を伴う。


 健一郎は悲鳴を噛み殺し、剣を再生。白龍の金属は並大抵の腐食を遠ざけるが、溟人の穢れだけはどうしようもできない。

 多少の侵蝕は妖力で防げるが、完全な防御は無理だ。そしてその穢れの剣を振るうあの熊切童子はどういう精神力をしているのか、汚染に飲まれている気配はない。妖刀自体にカラクリがあるのだろう。


 熊切童子は妖刀を振るって接近、健一郎は直撃は妖力を込めて弾くに限った手を取り、反撃は妖刀を握る腕を避ける。

 相手の可動域をぬけるように蹴りを放つが見切られ、半身になって躱された。まずい、と思った健一郎の眼前では秋田が拳を振りかぶり、横からは熊切童子が剣を刺突の構えを取っている。


「〈操血術サングリアス〉・〈穿牙せんが〉」


 そこへ、血の矢が飛んできた。矢は熊切童子が屈んで避け、秋田が拳を振り払って加速を乗せたそれで弾き飛ばす。

 健一郎は今の術式の持ち主を知っていた。


「禮子さん、いたんですか」

「いましたよ。社長からの指示で」


 木陰から現れたのは銀髪に赤目の美しい吸血鬼。尖った耳を持ち、整った容姿、黒スーツという格好。

 これで二体二。健一郎はアイコンタクトで彼女に熊切童子を任せ、自分は秋田に集中。


 拳を構えた秋田の動きに合わせ左にダッキングし、全力の振り抜きを回避。拳が生んだ激しい衝撃波が弾け飛び、後方へぶっ飛んでいく。

 術式自体はおそらく、継続力がない。一発ごとに数秒のインターバルがあり、持続系の術ではないのだ。単発系、瞬発火力の術である。


(加速というよりは空間の圧縮か? 拳を打ち出す時に空間を圧縮して威力を底上げしているな。それが結果的に加速につながっているのか)


 健一郎は秋田の術をそう看破した。

 左の籠手を構え、あえて誘う。秋田はそれに乗ってきた。正々堂々家を訪ねてきたことといい、こいつは乗ってくるという確証があった。

 四秒後、拳を構えた秋田がそれを振るわんと力んだ直後、健一郎は妖力パリィを決めた。

 妖力パリィは功を奏し、拳が明後日の方向に向く。衝撃波が駆け巡って派手に木々を撒き散らし、健一郎は右の剣をあえて打撃特化のハンマーヘッドに変え、それで脇腹を殴りつけた。


「がっふ……ぁ……」


 秋田が悶絶し、健一郎は構えを解いた。


「退け。お前らと決着をつけるのは俺らの役割じゃない」

「……わかった、今は、退こう。十二月十三日の日曜日、午後八時カゲリエ展望台で待つ。あの鬼娘を連れてこい。そこで決着をつけよう。誰を遣すのかは知らんが」

「伝えておく。あの女にも伝えろ」


 秋田は指笛を鳴らした。

 遠方での戦闘音が止み、熊切童子がダメージを負いつつ戻ってきた。


「退くのね」

「ああ。二日後、カゲリエで決着をつける。それまでに傷を回復させるぞ」

「わかった。……強いわね、あなたたち」


 健一郎と、戻ってきた禮子にそう言った。健一郎は何発か貰っていたが、禮子は無傷だ。彼女は一等級であり、健一郎は二等級相当である。

 その力量には大きな差があり、そう易々と埋められるものではない。


 何はともあれ事態は終息した。去っていく二人を見遣り、健一郎は龍殻を解いた。

 切り落とされた龍殻剣を禮子が拾ってきて、「これはどうするんです?」と言った。


「どうにもならんでしょう。術の触媒くらいにはなりますし、譲りますよ」

「じゃあ、ありがたくただきます」


 禮子はそれを浄祓箱に入れ、ポケットに捩じ込んだ。

 健一郎は少し腕を惜しく思いながらも、まあいいか、と思って受け流すことにするのだった。

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