続幕 四の章 護衛任務と偽って
第13話 社員としてではなく、一人の陰陽師として
暁人たちは地上に戻ってきていた。時刻はすでに午後九時。疲れた体で、天城民間陰陽師事務所がある在川区の沿岸部に向かった。移動はタクシー。運賃は経費で落とす。
美琴は泣き疲れてすっかり眠りに落ち、暁人は彼女を突っぱねる気になれず、後部座席で一緒にいる。助手席には「妹が増えたみたいね」などと冗談を言う焜がいるが、美琴はぱっと見暁人と同い年か少し上くらいに見え、妹というには大きいだろ、と変に真面目に思っていた。
法泉区のスラムから在川区の事務所前までで三〇八〇円。一応暁人が立て替え、領収書をもらってタクシーから降りた。死体袋は浄祓箱に入れているが、いつまでも仏をこんな扱いにしていいわけがないと、わかっている。だが死体をスラムから持ち出しタクシーに乗せるにはこれしか手がなかった。誰だって死体をタクシーに乗せたいとは思わないし、周りの目もある。
暁人は両腕にそれぞれ顕現した死体袋と美琴を担いで、事務所の階段を上がった。事務所はラッキービルディングの三階にあり、一階は居酒屋、二階は対面式のコンカフェで、四階は闇金と噂されるような消費者金融である。はちゃめちゃなラッキーを振り撒くビルだ。
事務所のドアを開けると、コーヒー豆の匂いがした。所長は基本ここで住み込みであり、借りているアパートには滅多に帰らない。
「天城社長。今回の依頼、厄介ですよ」
暁人はソファに美琴を、絨毯の床に死体袋を置いて、窓際に立って夜の街を眺める天城社長——
天城は振り返って栗色のロングボブの髪を揺らし、三十四歳というには若々しすぎる、大人びた大学生でも通りそうなくらいの美貌に微笑みを浮かべた。
経済学部を出て企業し、多くを経営破綻で失敗、多額の負債を背負ったが、この陰陽師事務所という商売で成功し、副業で数千万を稼ぐやり手の実業家でもある。
湯気を立てるコーヒーを啜り、頷く。
「先方から連絡があった。迷惑料込みで報酬を払うから引き下がっていいとね。お疲れ様」
「は……?」
「額田光の事務所からの連絡だよ。品川民間陰陽師事務所から、この件から手を引いて構わないとね。どうやら厄介な呪術師が絡んでいるらしく、これ以上関わるとそちらもタダでは済まないと脅された」
「屈したんですか」
「リスクは犯せない。私には社員の生活がかかっている」
天城には、暁人が手を退く気がないことが手に取るようにわかるのだろう。実際彼の青い目には炎が燃え、退く意志、なんてものは微塵も感じさせていない。
「これ以上関われば君の命を保障してあげられないし、よしんばけじめをつけられたとしてそれに関する報酬だって出す気はない。いいのかい」
「覚悟の上です。この悪党は、許せない。俺は自分の鼓動に嘘をつきたくない」
「焜はどうする? 君は別の仕事を割り振っていいけど」
焜は美琴を見ていた。泣き腫らしている目元は痛々しく、どれほどの悲しみを背負ったかわからない。あるいは彼女は、気絶している間も拷問中の壮絶な悲鳴を聞いていたかもしれないのだ。
そして恐らくはあの怯えよう——とどめの瞬間を、見ている。
許すか許さないかなど、聞かれるまでもなかった。胸を焼くこの火は、暁人と同じ熱量で燃え盛り、彼女の怒りに油を注ぎ、燃え上がらせている。
「私は悪党なら斬れる。溟人と悪党を斬るためにこの仕事をしてる。ここで引いたら、自分がブレる。それに暁人はほっとくと何しでかすかわかんないし」
「……わかった。なら、一時的に君たちに休暇を出す。期限は十二月二十三日までだ。それまでに決着をつけること。休暇明けには容赦なく仕事を振る。こなせなければクビだ。私は仕事をしない甘い社員を置いておく気はない」
「わかりました」
暁人は頷いた。
「ただ、個人的にはこの一件は非常にきな臭いと思っていてね。天城本子個人としては協力しよう。ひとまず額田光……だよな、その仏さんは。それはこっちで座卓に調べさせるとして、品川事務所にもう一度探りを入れてみるよ」
「助かります、社ちょ——天城さん」
「その鬼の子は暁人君の家で預かりたまえよ。健一郎さんも事情を知れば嫌とは言わないだろうし、それにあの人は白龍の達人。護衛として最適の人選だ」
「叔父さんが実戦してるとこはみたことないっすけどね。でも強いのは立ち姿でわかりますよ」
「焜、君はしばらく暁人君といるように。今バラバラで行動するのは非常にまずい」
「わかった」
暁人は、ん? と思った。
「まてよ焜、うちに来るのか?」
「悪い? 輝子ちゃんにも会いたかったしいいでしょ。あんたんち広いんだから寝床くらいありそうだし」
「冗談だろ、高校で変な噂が出たらどうすんだ」
「噂なんか所詮噂でしょ。気にすることなんかないわよ」
焜ははっきりとそう言い切った。
そうして彼らは焜が運転するワゴン車で、桜坂区の暁人の家に向かうことにするのだった。
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