第12話 事件、単純明快ならずして、唯、鬼哭啾々

 地下街は、あちこちで闇市が開かれていた。

 座卓が設けたルールに、一つ、貧民窟の秩序を乱してはならないというものがある。

 一見、違法な取引を検挙することと矛盾するようだが、あくまで検挙は個人の陰陽師や妖怪、人間に適用されることであり、その際の責任追及が貧民窟に及ぶことはない。

 こうしたアウトサイダーがいることで厄介なギャング団などが抑止されているというのも事実として存在し、座卓は貧民窟の闇市や地下闘技を、必要悪と判断して、黙認していた。


 闇市の露店には、座卓陰陽師の二等級以上が格上の相手と戦う際に飲んで、短時間妖力の制限を解放する神酒・ソーマの模造品がずらりとならび、一本十万という値段で売られている。

 あるところでは兵糧丸という妖力の回復を手助けする丸薬が一包み五千円で売られ、兵糧丸自体は地上でも買えるし暁人たちも携帯しているが、薬だのみの回復は肉体に負担をかけるため、滅多に使わない。


 使用歴のない呪具、武具が売られ、賑わっている。中には海外の呪具やなんかも見られ、ああした呪具などは地下闘技で利用が認められ、戦って生計を立てる闘士たちが集い、吟味している。

 地上で使えばもちろんそれは、陰陽師としての仕事の範疇であればグレーで黙認されるだろうが、犯罪に用いれば呪術師認定され、陰陽師規定に則り罰則対象として捕縛、場合によっては即時抹殺の命令が降る。

 呪術師たちの手配書ビンゴブックは二ヶ月に一度更新され、首を取られた呪術師は即座にリストから消える。その首には懸賞金がかけられ、陰陽師の中には同業の恥を雪ぐ一環で呪術師狩り専門の連中もいる。


 中には覚醒剤の結晶や大麻の袋詰め、大麻ブロック、合成麻薬が売られ、こうも開けっぴろげに商売されると、暁人たちの価値観が狂いそうになる。

 明らかにラリっている女が全裸で路地裏に入っていき盛りのついた猫のような声で尻を叩き、男を誘う。それに、酔っ払った男がむしゃぶりつき、獣のような、セックスというよりは飢えたケダモノ同士の交尾が始まる。


「相変わらず凄いところね」

「来たことが?」

「野良時代、闘士だった。それでなんとか稼いでた。多いのよ、野良上がりの闘士って。仕事でも来たわね」

「ま、上でまともに働こうとしたら戸籍やらが必要で、それまで野良だった妖怪には難易度クソ高いもんな。ヤクザのフロント企業ならそういうマエは気にされねーが、とんでもねえブラックだし」


 ヤクザのフロント企業の仕事は主に砦の建設やダム建設と意外としっかりしているようで、死者が出まくる高所作業や重労働を二十連勤一休が当然に行われる。真っ当な人間や妖怪は、使い潰されおしまいだ。

 あるいは見た目が良ければ、現場監督やらのお気に入りに取り入れられるが、その扱いはペットであり、まともな権利などありはしない。

 そうしたものも必要悪、とされるのは、まだ高校生の暁人は許していない。焜は、「まあ社会なんてそんなもんでしょ」と受け入れているらしいが。


 闇市商店街から路地を一本入ると、オンボロアパートが並ぶ通りに出た。

 地下街に暮らす連中の家だ。昭和の売れない文豪や漫画家が暮らすような、廃屋に近いような傾いたアパートで、その中のグラントカワバタの二〇二号室が情報屋の家である当時に、店だった。

 暁人たちはボロボロ剥がれる漆喰には触らず、ギシギシ軋む階段を登っていく。


 二〇二号室の前に来て、呼び鈴を鳴らす。二回鳴らし、一泊おいて三連打。

 ガチャ、と控えめに空いたドアの隙間から、若い女の顔が見えた。暁人は情報量の二十万円をちらつかせると、女はチェーンを外して中に入れてくれた。


 室内は殺風景だった。唐突に情報屋は「地上に巣を構えることになってな。ここでの最後の商売だ」と呟く。

 暁人は「栄転か?」と冗談めかしていった。女はふっと笑って座布団の上に座り、「で、何を知りたい」と切り出した。


「額田光という呪術師について。この地下街に来ているところまでは掴んだがそこから先がわからない」

「特徴は?」

「鵺筋の狗神で虎の特徴がある女だ。中肉中背で、年齢は人間換算で二十代後半くらい。普段は男装してるのか知らんが性別を偽ってるみたいだ」


 情報屋が片目に手を添えて黙り込んだ。

 彼女が動物を使役する術士ということは知っている。使役対象はネズミ、蜘蛛、そして鴉。彼女は魔人という西洋妖怪であり、魔物使いという「ジョブ」だ。あっちでは陰陽師を運用する組織が座卓とかそういう呼び名ではなくギルドという組合であり、術式に応じて大雑把にジョブがある。

 情報屋が妖力を込め使役可能にした「魔物」——使い魔を、群れの長として認知させその他の手下動物を使役するネットワークを構築し、膨大な動物を操る。

 そして彼女はそうやって広がったネットワークの目を、鼻を、耳を借り受け、情報を集めるのだ。


 情報屋はしばらく無言で視界共有、聴覚共有をした末に口を開いた。


「三番街のアパートにいるみたいだな。他に一人、鬼妖怪の少女を連れている。おい、急いだほうがいいぞ。勘づかれた」

「仲間か……」

「お前たちがなんの目的であの女を追うかは知らんが訳ありらしい。一応話を聞く用意はしておくといいだろう」

「わかった。報酬だ」

「どうも。メゾントーノというアパートの四〇三号室にその女はいたぞ」

「メゾントーノ、四〇三だな」


 暁人は二十万円の入った封筒を渡した。情報屋はおとなしく受け取り和服の袂に入れ、「長居は無用だろう?」と言って退室を促した。「地上の店は禮子にだけ伝える。お前らはまだ信頼していない」と付け加えた。

 別に怪しい情報屋からの信頼なんて欲しくないし、暁人とて万人から無遠慮に愛されたり認められたりすることがないことは、すでに知っている。

 無論暁人たちとてのんびりしている暇はない。さっさとその部屋を出ていく。


「えーっと、ここが五番街だから三番街は……」


 焜が記憶を頼りに「あっちだ、あっち」と案内してくれる。


「どういう脈絡でここに来たんだ?」

「五年くらい前に、別の事務所にいて仕事で。まあポカやらかしてクビになったんだけどさ。地下闘技の代理で八百長ぶっ壊しちゃってね。地下闘技牛耳ってた悪党を検挙できたから座卓からは感謝されたけど、事務所はカンカンで」

「そりゃすげえ大ポカだな」


 三番街はベッドタウンらしき場所で、落ちぶれたアパートやあばら屋、バラック群が並んでいる。道というよりは隘路というか迷路で、ひどく血管のように入り組み、建築的に一見さんお断りという表情を見せている。言うなれば筋繊維のような理路整然とした筋道ではない。脈打つ、妙な細い道の枝分かれがずっと続いているのだ。


「どこがメゾントーノなんだ」

「オン・キリカク・ソワカ。〈白犬〉、私の嗅覚を頼りにさっきの情報屋の妖気臭を探って」

「なるほど、使い魔を探知するんだな」


 情報屋の妖気の匂いと使い魔の蜘蛛、ないしネズミの匂いは同一だろう。術式を介した妖力は紐付けされることは往々にしてあるので、匂いは同一である。それを犬に追わせれば、道順など関係ない。答えはもう見えている。

 地下で鴉を飛ばすことは現実的ではないし、こんな狭い場所に鴉を飛ばせば景色が膨大かつ密集しすぎ、ミクロな情報収集がままならない。


 焜に続いて〈白犬〉を追うと、入り組んだ道の果て、一棟の建物にたどり着いた。

 比較的大きいがオンボロで、しかし、溟月式の建材だろうから実際は頑丈であろうそれは、特に崩れる様子もなくそこにあった。

 四〇三号室。当然エレベーターなんてものはないから暁人たちは階段を登っていき、四階に上がる。

 このアパートはここらの住居の中では一番高く、情報収集に向く。

 暁人は微かに帯電しつつ四〇三号室をノックした。


「額田光。いるのはわかっている。開けろ」


 しばしの無言。暁人はドアノブに手を回した。すると鍵の抵抗はなく、ドアが開く。

 焜とアイコンタクトし、〈白犬〉を先頭に立たせ進んだ。


 あたりは荒れ果てていた。何か争った形跡があり、暁人は風呂場を確認。そこには血が飛散したタイルが見え、引きちぎられた髪の毛が排水溝に詰まっている。

 洗濯物がぶちまけられ、さらに寝室を改めるが何もない。リビングに行って、口元を覆った。


 女の死体が転がっている。これが急いだほうがいいという理由か。

 死んでまもないだろう。触れてみると死後硬直はまだで、体温も、微かに残っている。頭髪が引き抜かれた後が目立ち、指の血は全て剥がされ、口を見ると糸を引いて垂れる血を食い止める歯が、全て抜かれている。

 とどめとして決定的なのは心臓の切創で、何かで刺突されたのは間違いない。

 拷問の末の殺害——この事件はただの呪術師犯罪ではないぞ、と暁人は思っていた。

 ひとまず式符から防腐術が内側にかけられている死体袋を顕現し、額田光の死体を入れた。ジッパーを閉ざし、外部からの余計な侵食を防ぐ札を張る。


「何があったのよ、ここで」

「予想以上のクズが関わってることはわかった。あとは霊視だ。敵がそんな尻尾を掴ませるヘマはしないだろうが」


 霊視は現場に残る妖力の残滓を辿る行為である。それを残さず退散できる技量があるなら、皆そうするだろう。

 暁人は妖力の雫を垂らした。

 ぽちゃん、と落ちたそれは波紋を生み、あたりに数時間前の光景を投影する。


 額田光が「美琴みこと、お姉ちゃんもうすぐ嫌疑が晴れるからね。そしたら上で暮らそうね」と、人間換算で十七歳くらいの鬼娘に言っている。

 どうやら額田は数日でこのアパートを見つけ、隠れていたらしい。生活感があるのは、元はこの美琴という少女が住んでいたからだろう。

 そこに、突然轟音。ドアが無理やり開かれる。その人物像の姿は激しいノイズがかけられ、その後は断続的な拷問、悲鳴。鬼の少女を気絶させた、おそらく女と思しき影が刀を握り、情報屋の使い魔であるネズミを殺した。そしてリビングで額田光にとどめを刺す。


 そこで映像は終わった。


「整理しよう。額田光は十日前の十二月一日、仕事先で同業の陰陽師一名とその式神契約にあった妖巧人形あやくりにんぎょうを破壊して逃走。そのいざこざの原因は不明だが、金銭のゆすりが殺害された陰陽師にはあった。つまり額田はゆすられるのが嫌でカッと来て手を挙げたと座卓は考え、俺らに依頼を投げた」

「そうね。そうして額田は地上での捜査を振り切るためにわずか十日で地下街に逃げ込み、このアパートで美琴という鬼の少女と暮らしていた。地下に来て知り合ったのか、元々の知り合いだったのかは知らないけど、あの親しさならかなり仲は良かったはず」

「その美琴がどこにいるかだが……」

「〈白犬〉……?」


〈白犬〉がクローゼットに向け唸り声を上げていた。

 暁人は警戒しつつそのクローゼットを開けると、膝を抱え今にも叫び出さん表情の、黒髪の鬼の少女がいた。

 額から一本、月光を凝縮したような色の、金剛石のような角が生えている。


「安心しろ、敵じゃない。俺たちは陰陽師だ。額田光と同業の、陰陽——」


 次の瞬間、鬼の少女・美琴は暁人に抱きついて、泣きじゃくった。相当弱っていたのだろう、鬼としての膂力などかけらも感じられず、いたいけな少女がひたすらに苦しい記憶を洗い流さんとするように大泣きし、しゃくりあげ、声にならない声をあげていた。

 その時暁人は悪党が何者であれ、その時にはもう首を落としてでも許してなるものかと静かな怒りを確信していた。

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