第11話 貧民窟地下街
スラム街は溟月島の各所に点在しており、それらは独自の草の根ネットワークを持つ。独自性の高い妖巧式サーバーを持ち、それによるローカルネットで彼らだけの特殊な情報網を形成しているのだ。
暁人たちのような一般人が立ち入ることがない——わけではない。中には非合法な品、例えば違法なドラッグや市井に出回ることのない座卓術師のみが使うドーピング剤「ソーマ」の違法取引、危険な呪具を買い求める者もおり、座卓はそうした者の検挙も行なっている。
溟月島の警察は基本的に汚職に塗れていると断定しても過言ではない。市井の味方は島の中央政府よりも力を持つ、島の真なる支配者たる座卓のみであった。
故に彼らはその独自性を揺るがぬものとし、その本拠地を明かさない。座卓の本拠地を知るのは座卓の座席に座る六名の幹部と座長の七名を守る
そしてこの島において誰がその御座七隊の隊士なのかは、一切不明だ。
封鎖区域のフェンスにまたがるツインタワービルがあった。中央の渡り廊下が検問所を兼ねており、そこにスラム街の門衛が二人、妖力式の機関拳銃を握って立っていた。
「何の用だ」
「稼ぎにきた。適当に仕事を受けたい」
「陰陽師がか?」
「悪いか? 言っとくが座卓じゃない。民間だ。ここへは、独断できている」
こういう時妙に肝の据わっている二人は、有利だ。変にキョドることも怖気付くこともない。暁人は禮子との修行の一環でこうしたスラムには何度も訪れており、空気感や検問の抜け方は心得ていた。
焜は焜で、「地下闘技場とかあるんでしょ。ファイトマネーの相場は一戦十万ってほんと?」なんて言っている。どこで仕入れた情報か、彼女も貧民窟に詳しいようだ。
「素人が地下闘技に出て十万ももらえるか。半分がいいとこだ」
「ちっ。でもいいや。入り用なんだよね」
「発信機や盗聴器の類はない。いいだろう、通れ。ただし何があっても自己責任だ。この法泉区の区警察はうちのボスと懇意だ」
「どこの区警察も悪党の親友さ」
暁人たちは渡り廊下を通った。見てくれはオンボロのビルだが、溟月島の建造物はハイパー鉄骨と特殊速乾コンクリート、対紫外線・耐寒耐熱噴霧剤で強化されている。加えて、妖力素——妖力を構成する元素だ——を注ぐことでほぼ自動的なメンテナンスが可能である。清掃は無論人力だが、建物自体は妖力が供給されていれば、まず自壊しない。
掃き清められた廊下の窓から外を見ると、ドラム缶で廃材の角材を燃やし暖を取る男女が見えた。こちらを睨み上げ、警戒している。
別にスラムの連中と仲良くする必要はない。彼らは金さえあれば、余所者に関することなら、平然と話す。呪術師が外から転がり込んできた厄介者である以上、彼らだって持て余しているはずだ。同じ貧民窟の仲間を守ろうというような仲間意識は持ち合わせていまい。
対岸のビルに渡り、階段室から一階に降りる。検問のゲートがあり、暁人たちはそこを通る。無論、盗聴器も発信機も仕込んでいない。検問は反応せず、脇のコンピューターに表示されたスキャン情報を見ていた女はジロリと睨み、顎をしゃくって「行け」と示した。
暁人は一歩近づいて、羽織風ジャケットの内ポケットから紙幣を一枚、ちらつかせる。
「二、三聞きたいことがある」
女は、わかりやすく媚びる目つきになった。
人狼系妖怪の彼女は尻尾を左右に振って、「なんだい、一晩体を売って欲しいなら三倍、生がいいなら五倍は出しなよ」とねっとり言う。
「違う。数日前に術師がここにこなかったか? 背格好は一七五センチ、中肉、種族は狗神筋と見られる、性別は偽っているか誤魔化していただろうが女だ。キメラ。鵺だ。心当たりは」
「検問が易々、情報を売れるかい。口の軽いやつは首を切られる」
「二倍出す」
「三倍だしな。持ってんだろ。そんなこと聞くってことは、正規の陰陽師だ。言いふらして欲しいなら、それでもいいけどね」
強かな女だ。暁人は五枚の紙幣を出した。言外に口止め料も払えと言われたのは事実であり、いずれも経費で落ちるとはいえ、なんだか負けた気分になる。
「そいつはやっぱり女だろ。男に取り繕おうが体格誤魔化そうが、骨盤の動き方でわかる。四本の尻尾には虎のような特徴があった。同業を殺した、匿って欲しいと言って地下街への切符を買う店を聞いてきた。そうだ、ローグ・ローズっていう香水の匂いがしてた。今もするかどうかは、知らないけど」
「ありがとう。あんたの独り言についてはすぐに忘れるよ」
暁人は紙幣を五枚置いた。女は手早く手繰り寄せてポケットに捩じ込むと、元の、無愛想な顔で検問の仕事に戻った。
焜を伴い、外に出ると、彼女が感心したように呟いた。
「慣れてんのね」
「禮子さんの真似だ。それに俺は中学時代荒れてて、こう言うところに出入りしてたから慣れてる。……輝子には言うなよ。あいつ、絶対鬼の形相で詰めてくる」
「犯罪者は平気なのに妹は怖いんだ、あんた」
「怖いつーか、心配させたくない。あいつにこういう世界を知る必要はねえんだ」
暁人たちは外に出た。十二月の寒風が吹きすさび、肌が擦り切れそうになる。巨岩から剥き出しになっている、大岩戸の外である法泉区は断熱性に乏しい。無論、大岩戸の内側も妖巧機構で充分な換気が取り行われ、熱がこもったり冷気が滞ることは滅多にないが、やはり外と中では寒さが段違いである。
溟月島は、宮城の東北東に位置する。地理的には東北と北海道の中間であり、寒くないわけがない。実際、すでに雪が舞っており、この様子では夜には数センチ、積もるだろう。
「地下街の切符って、どこで売ってんの」
「売人が売ってる。地下に行ける階段があるビルは、住民の共通の秘密だ。金のない部外者に漏らすことはない」
「不良ね、あんた。おぼっちゃま? ほんとに」
「どっちかってーと不良のが正しいだろ。陰陽師やってるやつにまともなのがいるかよ」
「言えてる」
暁人は中学生の頃、両親のいない鬱憤を喧嘩で晴らしていた。陰陽師の修行と言い張ってあちこちで喧嘩をしまくり、桜坂の龍と恐れられるほどになったのだ。今でも地元の半グレは、暁人の名を出すと怯えるほどである。
その、不良の嗅覚が売人を見つけ出した。路地の、目立つか目立たないかの位置に立っているジャンパーの薄汚れた小鬼の、小太りの中年男。
暁人たちは無言で近づいた。
男は、「二人なら十枚だ」と言った。
(足元見やがって)
思わず舌打ち。暁人はテーピングしてある十万円——日本円と溟月円は、実は別種である——を差し出した。
男は指に唾をつけ札を数え、地下街の切符を二枚と、切れっ端を渡してきた。
「言っとくが、下への行き方を他言したら命はないと思え」
「わかってる。あんたも虚偽掴ませたってわかったら干し首にして晒し上げてやる」
暁人はパッと見ただけでも龍人とわかる。小ぶりとはいえ角もあるし、尾も、この二週間で伸び、テールホールのあるズボンで外に露出している。
龍は極めて希少な妖怪であり、鬼に並ぶ苛烈さを持つと言われる。慈悲深く義理堅いが、逆鱗に触れれば神仏とて噛み喰らう、そう恐れられていた。
暁人の脅しに、小男の鬼は引き攣った、曖昧な笑みを浮かべた。
切れっ端に記された、旧自動車整備工場に入った。
そこに数人屯する種族も年齢もバラバラな男女妖怪がジロリと睨んできた。暁人は無言で切符を二枚、見せる。
するとまるでひらけ胡麻の呪文を唱えたように男女は左右に退き、奥の地下シェルターへの階段を示した。
溟月島は、冷戦時代に開拓が進められた歴史的背景がある。当時世界は核戦争に怯え、それは座卓とて同様だったらしく、広大な大深度地下シェルター開発計画を打ち立て、それを建造した。掘り出した土は沿岸部の埋め立てに使い、あるいは人工の山を形成した。
現在は増加する島民対策の一環として居住施設、あるいは商業施設のペイロードとして再利用しているが、中には独自にコンクリで壁を建てて独立させたシェルターもあった。
スラムの地下街はまさにそれだ。外界と物理的に遮断し、独自性を保っている。
暁人たちは長い階段を降りた先の、貨物エレベーターに乗った。耐荷重二五〇〇キロ。フォークリフトの重さも混みならば、実際は三トン近い重量を運べるだろう。
暁人はスイッチを押し込んだ。
頑丈なワイヤーロープが懸架するエレベーターが降っていく。
「座卓って臆病だったのね」
「臆病だったから、マイノリティの王国を作ろうって思ったんじゃないのか? 陰陽師や妖怪は一般社会じゃ爪弾きの日陰者だからな」
「でも、現状日本を宗主国とした自治区でしょ? 日本の傀儡王国じゃない」
「だがこっちには化け物としか言えない大妖怪が複数。よしんば日本が自衛隊送り込んだって、返り討ちだ。妖怪に現代兵器がほとんど効果ないのは、大勢が知ってることだ」
妖力を纏うものは、それを纏わないものを弾く。
溟人に通常兵器が効かないのも、瘴気と妖力の二重の防御があるからだ。妖怪は瘴気など纏わないが、その力量によって加速度的に普段から纏う妖力の密度が変わる。
それこそ、猫又のような一見小柄な猫が車にはねられても平然と歩いていたり、鬼が電車に轢かれた直後ケロッとした顔で立ち上がるのも、これが理由だ。車も電車も妖力なんて纏っていないから、妖怪を損傷するに至らないのである。もちろん妖巧ハイブリッドエンジンの場合わずかに妖力を纏うから危険であり、妖怪も最近は車を恐れるが。
それこそ焜だって四尾であるから、対物ライフルが直撃したって、せいぜい陰陽師が加減してビンタしたくらいの衝撃にしかならない。
妖怪は、決して侵略はしない。それは、己にその必要がない強者である自覚と自負があらばこそであり、しかし侵略に対しては、時に敵を味方にしてでも、決死の反撃を行う。
陰陽師もどちらかと言えば妖怪寄りの連中だから、陰陽師組織の座卓も無論溟月島が万が一にでも外部の侵略を受ければ、徹底抗戦、そして二度と歯向かえないよう、徹底的に鼻っ柱を粉砕するまで報復するだろう。
それこそ禁呪大量破壊妖術——〈
エレベーターが止まった。
頑丈な鉄扉が待ち受けるが、暁人は切符のパンチリーダーを読み込ませ、それを開けた。
耐術・対物理攻撃隔壁だ。対艦ミサイルの嵐が降り注いでも傷一つつかぬ扉が、圧搾空気を吐き出して、開く。
如何な魔窟かと思えば、地下街は地上の繁華街のような賑わいを見せる、しかし猥雑で、少し汚れの目立つ裏路地めいた装いの土地だった。
暁人と焜が扉を潜ると、門番がすぐにドアを閉ざした。
恐らくはいざという時即座に地上に出る手段もあるのだろうが、これで敵も暁人たちも退路を断たれた形になる。
「情報屋がいるらしい。そいつのとこに行こう」
「そうね。禮子さんの知り合いらしいけど……あの人どんな人脈してんのかしら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます