昨今、NFT市場はますます活況を呈している。Twitterは今年1月、NFTアートをプロフィール画像に設定できる新機能を発表。他にも、InstagramがNFTを利用した新機能のテストを5月に開始するなど、大手企業が次々とNFT事業への参入を発表している。
そんな中、「Milady Maker」と呼ばれるNFTアートプロジェクトが海外で物議を醸している。同プロジェクトの代表を務める人物は、実は「未成年を自傷行為に追い込むカルト集団」のリーダーであり、さらには人種差別的、性差別的、反ユダヤ的な発言を行っていた、という告発があったのだ。また、以前当ブログでも紹介した「TSUKI Project」とも関わりがあったという指摘もなされている。TSUKI Projectは一部では「アニメ自殺カルト」と呼ばれており、カナダ人の17歳少年が実際に影響を受けて自殺したことで知られる。
これだけでも十分衝撃的な内容だと思われるかもしれない。しかしこれは、どこまでも果てしなく続くラビットホールのほんの始まりに過ぎない。
Milady Makerとは?
Milady Maker*1は、主にSNSのプロフィール画像向けのアート作品を販売する「pfp NFT」と呼ばれるジャンルのNFTアートプロジェクトである。
かつて流行ったアメーバピグを彷彿とさせるこのアバターデザインは「ネオチビ」スタイルと呼ばれ、「00年代の東京ストリートファッションから着想を得た」と、プロジェクト代表のCharlotte Fangは語る。公式ブログによると、原宿ファッションを専門とするストリートスナップ雑誌「FRUiTS」から特に強い影響を受けたという。
東京ストリートファッションに影響を受けているものの、実際の活動拠点はニューヨークとなっている。レイヴパーティーを定期的に開催しては度々警察から取り締まりを受けているようで、可愛らしいキャラクターとは裏腹にかなり派手な一面もあるようだ。
同プロジェクトは「Remilia」と呼ばれるオンライン匿名集団によって2021年8月に発表され、今年に入ってから急速に人気を獲得しつつあった。人気に比例して取引価格も高騰し、4月中旬には、最も安価なアバターでも約6,000ドル(約80万円)で取引されていた。
アバターのアクセサリーや服にはそれぞれレアリティが割り振られており、レア度が高く、かつスタイリッシュなアバターほど高いランクが付与されるというギミックが用意されている。最低ランクの「D」から始まり、最高ランクは「SS」となっている。
この「SS」という表記はナチス親衛隊を彷彿とさせるとして一部から批判を招いた。これに対してCharlotteは、SSはSuper Specialの意味で、日本のアーケードゲームのランキング表記に倣ったものだとしてナチスとの関係性を否定。
この批判は単なる言いがかりの域を出ないものだったが、ナチスに関する批判はこれで終わりではなかった。
プロジェクト公開からまもなく、Remiliaは再び批判を浴びることになる。アバターが着ているTシャツに「Treblinka」の文字が書かれていることが発覚したからだ。Treblinkaとは、ナチスによって作られた三大強制収容所の一つである。
これに対してRemiliaは、Tシャツに使用されたフレーズは様々な文章からランダムに生成されたものであり意図的なものではなかったと弁明。これは先程のSSランク表記と比べるとより直接的なネオナチ賛美と受け取られかねないものであり、実際Remiliaは公式アカウントにて長文の釈明コメントを発表するまでに至った。
とはいえ、この批判もまた「軽微」なものにすぎなかった。事実、批判にも関わらずMiladyの人気は上昇を続け、様々なインフルエンサーがツイッターのプロファイル画像にMiladyを掲載、いわゆる「ネオチビ」ブームが到来していた。
その矢先だった。新たな告発が複数のツイッターユーザーによって投稿されると、それまで「ネオチビ」ブームに狂乱していたインフルエンサーたちは一斉にMiladyのアバターを取り下げ、取引価格は約80万円から2万円台まで暴落。Remiliaは界隈内外から激しい批判を浴び、コミュニティは一瞬にして存亡の危機に陥ったのである。
その告発の内容とは、未成年に対して自傷行為を強要していたとされるネオナチグルーミング*2カルト「Kaliacc(カリアック)」とRemiliaが繋がっていた、というものであった。それだけでなく、Remilia代表のCharlotte Fangは、Kaliaccのリーダー「Miya」本人であり、さらには自殺カルトとして悪名高いTSUKI Projectと関わりがあったとも。
Kaliaccとは、Kali Yuga Accelerationism(カリ・ユガ加速主義)の略であり、ヒンドゥー教の宇宙論におけるユガサイクルに端を発している(加速主義についてはこちらの記事に詳しい)。
ヒンドゥー教の聖典ヴェーダによれば、この世界は4つのユガ(時代)から成り立っており、四季のように循環を繰り返しているという。1サイクルにかかる年月は432万年とされている。それぞれ「サティヤ・ユガ」「トレーター・ユガ」「ドヴァーパラ・ユガ」「カリ・ユガ」と呼ばれ、ユガを1つ経るごとに法や徳、知識、知力、寿命、感情、肉体の強さが四分の一づつ低下していく。すなわち、最初に訪れる「サティヤ・ユガ」が最も素晴らしい時代、黄金時代とされ、犯罪や病気は存在せず、人々はみな礼儀正しく幸福に生きることができる。一方で、最後に訪れる「カリ・ユガ」は暗黒時代とされ、民衆は徳を欠き、嘘と偽善にまみれ、社会は荒廃する。現在はこのカリユガにあたるとされ、約5千年前に始まったこの時代はあと43万年ほど続くという。堕落が極限に達した暁には、ヴィシュヌ神の10番目にして最後のアヴァターラ(化身)である救世主・破壊神カルキが翼の生えた白馬と共に炎の剣を携えて顕現し、あらゆる悪を滅することで黄金時代を到来させる。
カリユガ加速主義は、文字通りこのカリユガを加速させることで暗黒時代から黄金時代への移行を促すことを目的としている。どのような手段で加速させるのかは定かではないが、このカリユガ加速主義が成立した背景にはある思想的潮流が関与していたことは指摘しておかなければならない。すなわち、オルタナ右翼との結びつきである。
近年、オルタナ右翼はカリユガを利用した情報発信を盛んに行ってきた。TwitterやTumblrなどのSNSでは、オルタナ右翼のアカウントを中心に「Surf the Kali Yuga(カリユガの波に乗れ)」というミームが出回っている。中には、このフレーズとともにナチスの髑髏シンボルを印刷したTシャツを販売する者まで現れるほどだ。
主要なオルタナ右翼のサイトには、ヒンドゥー教の聖典を引用しつつ「アーリア人は現代の道徳的退廃と来るべき崩壊を予言していた」といった記事を掲載しているものも散見される。また2019年には、「Kali Yuga Surfing Club」というオルタナ右翼やネオナチが集うTelegramグループが設立された。
人気ポッドキャスターのJoe Roganが2021年に投稿したミームは、カリユガに関するミームの中でも最も注目を集めたと言えるかもしれない。このミームに描かれた図は、いわばカリユガのユガサイクルと政治思想を融合させたもので、厳しい時代になると右翼かつ強権的な「強い男」が生まれ、良い時代が築かれる。良い時代になると左翼かつ自由主義的な「弱い男」が生まれることで、厳しい時代がやってくる、という趣旨の内容となっている。Joeによれば、現在のカオスはヒンドゥー教によって数千年も前から予想されており、現在は左下の「弱い男」の時代にあるという。このミームはファシズムを肯定しているとして批判を浴びた。
今年に入ってからは、「Bored Ape Yacht Club (BAYC)」という人気NFTプロジェクトが批判を受けた。運営組織が「Yuga Labs」という名前だったことから、オルタナ右翼やネオナチが好んで使うカリユガが由来なのではないかと疑われたためだ。他にも、イラストにナチスを連想させるシンボルが多数登場することも批判の的となった。BAYC代表はいずれも誤解だと否定したのだが、実はBAYCとKali Yuga Surfing Clubの両方にKaliaccのリーダーであるMiyaが関与していたという告発もあり……これについては後述する*4。
カエルのぺぺに代表されるように、オルタナ右翼は外部からキャラクターやシンボルを取り込みミーム化することで、効果的に言説を拡散してきた。カリユガもまた、こうした彼らの戦略の一つだと言えるだろう。
しかし、このヒンドゥー教の終末論は単なるオルタナ右翼のミーム戦略にとどまらない。というのも、カリユガは極右思想家たちによって20世紀初頭から政治利用され続けてきたという経緯があるからだ。その代表例としてはイギリス人哲学者Julius Evolaや、ヒンドゥー教に改宗したフランス系ギリシャ人Savitri Deviが挙げられる。こうしたファシストの極右思想家たちは、第二次世界大戦でのファシズムの敗北を受け、思想面での軌道修正を余儀なくされた。そこで彼らが打ち出したのが、「現代の西洋は崩壊の最終局面にあり、浄化の神判により新秩序が到来する」という論理だった。彼らはヒンドゥー教の聖典をもとに、快楽主義と物質主義の暗黒時代である現在のカリユガ期は、まもなくカルキによって滅ぼされるという展望を描いたのである。
とはいえ、カリユガが西洋に輸入されたのは右翼の手によってではなく、ロシア人神秘思想家のヘレナ・ブラヴァツキーによる折衷オカルト主義を経由してのことだった。「近代の西洋秘教伝統にとって最も重要な人物」と称されるブラヴァツキーは、古今東西の諸宗教、哲学、科学に通底する共通の真理を探り、かつて人類が持っていたとされる叡智を取り戻そうとする「近代神智学」の始祖として様々な宗教や哲学を研究しており、カリユガもその例外ではなかった。ブラヴァツキーは、インド・ヨーロッパに共通して見られる特徴の背後にはアーリア人の存在があったとする「アーリア人学説」の支持者でもあった。彼女が創始した神智学にもこの学説が取り入れられ、後にゲルマン人種至上主義と結びつくことで、アーリア人を神人とする「Ariosophy(アリオゾフィ)」という思想を生み出すのだが、これはナチスのイデオロギー形成の一端を担ったとされる。この時すでに、カリユガとナチス、右翼が結合する地盤はできあがっていたのだ。
極右勢力にカリユガが導入されたのは、Julius Evolaの手によってであった。Evolaによれば、社会は「精神的指導者」「戦士貴族」「商人」「奴隷(プロレタリアート)」という4つのカーストから構成される。そして社会は次第に「カーストの退行」を起こすとされ、最高階級である精神的指導者によって支配されていた社会は戦士貴族に支配されるようになり、次に商人、奴隷による支配へと移り変わっていく。「カーストの退行」は有史以来まで遡り、衰退しつつあった第一カーストは神聖ローマ帝国を最後に途絶えることとなった。第二カーストはヨーロッパ君主制に相当し、第三カーストはフランスにおける第三身分の権利宣言と、それに続く様々なブルジョア革命によって決定づけられた。第四カーストへの移行の先駆けとなったのはロシア革命であり、社会の支配層が下層カーストへと移り変わるごとに人々は動物的になり、あらゆる価値は単なる物質主義に還元されてしまうという。現在、古代カーストの4番目にして最終段階に達した人類は、カリユガによって予言された暗黒時代の最終段階へと足を踏み入れつつあるとEvolaは説く。そしてその決定的な最後を飾るのはアメリカとソ連の核によるホロコーストであり、これにより現在の「サイクル」は終焉を迎えるだろう、と。
核戦争によってカルキが降臨するというEvolaの予言は、Savitri Deviのそれと比べれば上品とすら言えるかもしれない。フランスに生まれ哲学を学んだDeviは、生きたアーリア文化を求めてインドへと旅立った後、ヒンドゥー教に帰依する。ナチスのシンパであったバラモン階級の男性と結婚したDeviは、枢軸国を支援するための諜報活動も行っており、収集した情報は日本の諜報機関に伝えられ、連合軍の空軍基地や部隊を攻撃する際に活用されたという。ナチスを信奉し、枢軸国の勝利によるインド独立を切望していたDeviにとって、第三帝国の敗北がもたらした衝撃は大きかった。その後Deviは、ヒトラーはヴィシュヌ神の化身であったという主張を唱え始める。そしてユダヤ人を滅して地球を浄化するという神聖な使命を果たすため、カルキの姿で再び降臨するだろう、と。
こうしたEvolaやDeviの思想は近年オルタナ右翼の間で再浮上を果たしており、ネオナチや極右が集うインターネット掲示板では彼らの思想を巡って議論が交わされることは珍しくない。また、トランプ政権で首席戦略官を努めたSteve BannonやRichard Spencerといった影響力の強いオルタナ右翼のリーダー層によって取り上げられたことで、ますます幅広い層にリーチしているという。
とはいえ、別にオルタナ右翼はEvolaやDeviの主張を信じているわけではなく、多文化・多民族国家として発展したアメリカが一瞬にして純白人国家に生まれ変わるといった終末論に傾倒しているわけでもない。彼らはむしろ、性の乱れ、混血、そして白人のアイデンティティや権力の衰退といった、オルタナ右翼にとっての「退廃の象徴」を一言で表すことができる便利なキャッチフレーズとしてカリユガを利用している、と言ったほうが適当だ。一方で、南アジアの古代宗教というユニークな出自によって政治の枠組みを超えた連帯を実現し、ナチスの敗北という頭痛の種を抱えていたネオナチに新たな歴史性を纏わせることを可能にしたという点で、カリユガは単なる合言葉以上の影響力を有しているとも言える。
さて、ここまでカルト集団Kaliaccの名前の由来となったカリユガについて詳しく見てきた。しかし実際のところ、本当にMilady Makerはカルト集団と関わりがあったのだろうか。可愛らしいキャラクターを制作しているグループの背後には、実は恐ろしいカルト集団が潜んでいた、というのは些か話として出来過ぎている気がしなくもない。また、カルト集団の内部では何が起きていたのか、CharlotteはMiya本人だったのか……等々、疑問は尽きない。ここからは告発の内容を詳しく見ていくことで、その実像に迫っていきたい。
暗号通貨メディア「BOWTIED ISLAND」が報じるところによれば、Kaliaccに関する告発の内容は、人種差別、ネットいじめ、グルーミング、ナチズム、ミソジニーなど、かなり深刻なものが多いという。その一部には、以下のような行為が含まれていた。
特定の人種を動物園の動物に例える
反ユダヤ発言
摂食障害の少女にわいせつな写真を撮るよう命じた後、太っているなどと侮辱する
少女たちのわいせつな写真をグループチャットでシェア
体に名前や言葉を書かせてわいせつな写真を取らせる
孤独な子供を見つけてグルーミングし、支配下に置くことを仲間内で自慢
Kaliaccがターゲットにしていたのは摂食障害の少女たちで、摂食障害患者が集まるチャットに入り込んで少女たちと仲良くなり、徐々に虐待的な関係を築いていったという。自前のグループチャットでは、複垢や既にグルームされた少女を駆使して新しく入ってきたメンバーを洗脳していたとも言われている。そして酷い拒食症であるほど健康だと称賛し、少女が何かを食べると侮辱を浴びせていたとのことだ。
拒食症を推奨する、体に名前などを書かせて写真を取らせる、という点は、表向きは自己啓発団体を名乗りながらも、裏では信者を洗脳し性行為を強要していたカルト集団「NXIVM(ネクセウム)」を彷彿とさせる。NXIVMでは、「自己否定活動」と称して低カロリーの食事を強制させたり、リーダーの名前の焼印を入れて写真を取らせていたことが判明している。
実際、告発者が提示した証拠の中には、Miyaとその仲間たちが「NXIVMはいいスタートだった」と発言しているスクリーンショットが含まれていたという。KaliaccがNXIVMの手口を参考にしたのは間違いないと言ってよいだろう。
ただし「体に名前などを書かせる」と言っても、油性ペンとは限らない。被害者とされる少女の中には、カッターか何かでナチスのシンボルを腹部に刻み込んだ者もいるからだ。少女の手には「Kaliacc.org」と書かれた紙が掲げられていた。
別の告発によれば、Miyaは孤独な少年もターゲットにしていて、反同性愛を声高に主張する少年を数ヶ月掛けてゲイ行為をするよう仕向けたこともあった。トランスセクシャルだと思い込ませるよう洗脳しようとしたが、途中で飽きてしまったなどと自慢していたという。
基本的に彼らの手口は、精神的に不安定で孤立した子供をネット上で探し出して依存させるというもので、命令どおりに行動しないと無視という名の罰が与えられた。そして時間とともに命令は過激さを増していったとのことである。
以下の画像は告発者の1人がツイッターに投稿したものだが、Kaliaccについて簡潔にまとめられているため、ここで紹介したい。
「このネオナチ拒食症カルトは小児性愛者のグルーマー(首謀者はMiyaとSunny)が立ち上げたもので、ティーンの少女のふりをして本物の少女たちをサーバーに誘い込んでいる。そして拒食症になるように洗脳し、リーダーたちの名前を身体に刻み込ませたりもしている。Miyaには複数のガールフレンドがいて、そのうちの1人になるためには従わなければならないルールもある。彼らはカーストや白人至上主義、アーリア人を至上とするヒトラー主義、ヒンドゥー教をミックスした奇妙でデタラメな哲学を信じている。また、金髪や青い瞳といった白人の外見的特徴は最も純粋な血統の証だとして、瞳の色を基準にサーバーに入れるユーザーを選別している(これについては100%の確証はない)。サーバーに入るためには低BMIである必要があり(BMIが19を超えていると虐められるかキックされる)、「幸福を実現するには非常に細身でなければならず、これを信じない者は肥満を助長する者とみなす」とMiyaは主張している。Sunnyは/r9k/のReikoだという説もあるが、今のところ証拠はない」
瞳の色を基準にしたユーザーの選別は、実際私もKaliaccについて調べていて目撃したことがあるので間違いない。昨年か一昨年のことなので記憶が曖昧だが、名前を書いた紙と瞳を一緒に写した写真を投稿するか、ビデオチャットで確認するというやり方だったと記憶している。
Reikoとは、2018年頃に話題となった「Reiko's Trap Harem」の首謀者とされる人物である。Trapは女装したアニメキャラクターやトランス女性を指した言葉で、日本語にするなら「レイコの男の娘ハーレム」といった感じになる。Reikoはネット上で複数の男性にホルモン剤を飲ませ、裸や女装した写真を撮らせていたという。写真は被害者の住所を特定したり脅迫に使われたと言われている。
Reikoがターゲットにしていたのは4chanのr9k板のユーザーだった。r9kでは、自らを自嘲的に「ロボット」と呼ぶ文化があり、これは日本語で言うところの非リア充、引きこもり的な意味合いがある。こうした孤独な男性に対して、Reikoとその仲間は「trapになれば孤独から開放される」「ボーイフレンドになれないならガールフレンドになればいい」などと、性転換を推奨する書き込みを大量に投稿していた。書き込みにはReikoが運営するDiscordのリンクが貼られていて、ユーザーたちに参加を勧めていたという。
Reiko「今夜一人目の犠牲者。r9kの女々しい男どもが全員HRTを始めるか、少なくとも女装を始めるまで止めることはない。劣等遺伝子をこの世界から減らし、trapを増やせ」(HRT=ホルモン補充療法)
その後しばらくして、被害にあったとされるユーザーが内情を暴露し、事件が明るみになった。
「trap discordに入ったら、参加するためには女装して顔を写した写真を撮れと言われた。そこはカルトみたいな場所で、全員がReikoとかいうやつを崇拝していた。しかも特定されて個人情報を握られて、ホルモン剤を飲まなければ家族や友人に写真を送りつけると脅された。同じことをいろんな人にやっているらしい。一体どうしたらいいんだ」
ただし、脅迫や特定が行われたという証言はあるものの、確実な証拠は出てきていないという。
SunnyがReikoと関係していると証言する者は他にもいて、ツイッターユーザー@JamesLiao333によれば、SunnyはReikoのグループ出身のネオナチ・トランス女性だという。しかしこれも証言レベルにとどまるもので、確実な証拠は提示されていない。
「ネオナチ拒食症カルト」と呼ばれ、様々な悪行を積み重ねてきたとされるKaliaccだが、彼らは有名ネットタレントとのスキャンダルにも発展していたという。
以下は、Miyaが使用していたInstagramのアカウント。なぜか「香椎かてぃ」の写真が使われているが、もともとはNyabeatという18歳の人気ネットタレントのアカウントだった(Tiktokフォロワー10万人、Instaフォロワー2万人)。
なぜそんなアカウントをMiyaが所有しているのか。これには事情がある。
ツイッターユーザー@Milady_Watchによれば、MiyaはSonyaという名前の別アカウントでNyabeatと相互フォローの関係にあった。ある時からNyabeatはファンに対してチンスポ*5を勧めたり人種差別的なミームを「いいね」したりするなど、Kaliaccと関わりを匂わせるツイートを始めたことで、ファンからキャンセルされる事態となる。騒ぎが大きくなったことでNyabeatはファンに対して謝罪するとともに、Kaliaccを支持するような言動はSonyaのグルームによるもので、本意ではなかったと弁明。その後、NyabeatはTiktokとメインのInstagramアカウントを削除し、表舞台から完全に姿を消すこととなった。
しかしその後、どういうわけかSonya(=Miya)はNyabeatから2000フォロワーのInstagramのサブアカウントを手に入れ、名前をMiyaへと変更し、Nyabeatのファンであるティーンの少女たちへ向けてKaliaccのコンテンツを投稿し始めたのだ。その内容は言うまでもなく、ダイエットやチンスポといった「痩せること」を推奨するものだった。
また、このアカウントにはDiscordのリンクが貼られていたのだが、このリンクはMiyaと親しい関係にあったTrashman/Mannyのサーバーへと通じるものだった。Miyaと親しい関係にあったという時点で、サーバー内で何が行われていたかは想像に難くないだろう。
サーバー内では、着衣の写真を投稿させる、BMIチェックを行うといった軽めのステップから始まり、少女たちと会話を重ねて信用させた後は、グルーミングを目的とした個別のサーバーへと誘い込む……といったことが行われていたという。TwitterやInstagramでは、実際に被害を受けたNyabeatファンの証言がまとめられている(リンク1、
リンク2)。
その後、スキャンダルは想定以上の規模となり、SonyaのツイッターアカウントはNyabeatのキャンセラーから集中砲火を受けることになった。彼らはサーバーにもなだれ込み、被害者たちの告発は正しかったことが判明。この騒動が原因でKaliaccは内部分裂を起こし、活動停止へと至ったという。
ところが一つ不可解な点がある。このキャンセルはあるアカウントの主導により行われたのだが、このアカウントは後にKaliaccのリンクをプロフィール欄に載せ始めたのだ(画像下)。この蜘蛛の巣のようなマークもKaliaccがよく使うトレードマークのようなもので、「法輪」と呼ばれるヒンドゥー教や仏教で用いられるシンボルである。
つまり、Kaliaccに対するキャンセルを主導したはずのアカウントが「Kaliaccの宣伝を始めた」のである。一体何が起きたのか。考えられる可能性は2つある。Kaliaccがアカウントをハッキングしたか、キャンセル自体が初めからKaliaccによって主導されていたかのどちらかである。告発者によれば後者で、非常に巧妙な手口で自作自演が行われていたとのこと。しかし、一体なぜ自分たちが批判されるようなキャンセルをわざわざ自作自演するのだろうか。その背景には、Kaliaccの「トロール集団」*6としての側面が関わってくるのだが……これについては後述する。
その後紆余曲折を経て、Miyaは@grum_slahというアカウントを作成したと告発者は言う。このアカウントは、Charlotteが現在使用している@CharlotteFang77と同一のものであることが実際に判明している(このIDを検索すると@Charlottefang77へのリプライがヒットする)。Miyaはこのアカウントを使用して、anatwt (拒食症患者が集う界隈)やselfharmtwt (自傷癖が集う界隈)に入り込み、精神的に不安定なティーンを捕まえていたという。また、彼はグルーミング行為を正当化(?)するための独自の論理をも展開していた。
「多くの人が理解していないのは、グルーミングは女性の発達にとって自然な要素だということだ。悪質で自分本位なグルーミングの余地が生まれるのは、父親やそれに代わる人間が娘のグルーミングに失敗したからに他ならない。そうして娘は無防備になってしまうのだ」
「あと数年待てば、娘をグルームしなければならない、そしてそのグルームを引き継ぐことになる娘の夫を評価しなければならないという父親の責務から開放されるという態度。娘が野放しの捕食者たちにグルームされてしまう原因はこの態度にある。父親に原因があるのだ」
「本来あるべき父親像が欠如することで、グルーマーの形をした穴が生まれる。そこにグルーマーは入り込む。用語としては、単なるグルーマーではなく「捕食的グルーマー」がふさわしい。グルーミングは根本的に悪であり「捕食者」などという区別はない、という考え方は、男親、祖父、兄弟、従兄弟がグルーミングをする役割を担っていることを忘れてしまっている」
「性交同意年齢を定める法が出生率を低下させる以外に唯一すること、それは父親が安心して娘を捨てられるようにすることだ。つまり娘が悪質なグルーミングの被害にあったとしても、それが法律に違反する場合や年齢差が大きい場合に限って父親の責任は免責されてしまい、娘が壊れてしまっても知らぬ存ぜぬがまかり通ってしまう」
父親がグルームしないから娘がグルームされてしまう……一見して意味不明な論理に支えられた主張の数々だが、何か意図はあるのだろうか。
DMを介して直接尋ねてみたところ、以外にも真摯な対応で長文の回答をもらうことができた。以下はその簡単なまとめである。
「これはある種の皮肉や洒落のようなもので、ここで言いたいことは、親の役割にはグルーマーに近いものがあるということ。といってもこれはポジティブで保護的なグルーミングであり、成長期の多感な時期にある子供を守るための価値観を教えるための行為である。反対に「捕食的グルーマー」は、この多感な時期を悪用して子供を性的倒錯へと陥れようとする。特にパンデミック期においては、親や社会の監督が行き届かないまま長時間ネットを使用する子供を大勢見てきた。ここで重要なのは、子供の健全な発達を導く親の役割が果たされないと、捕食者の付け入る隙が生まれるということ。従って、親がグルームしないと捕食者にグルームされてしまう」
(性交同意年齢のツイートについて)「性交同意年齢を何歳に定めるべきかという問題は長年議論の的となっている。右翼伝統主義者は「かつては低かったから引き下げるべき」とか「不健全だから引き上げるべき」などと主張しあっているが、それらとは異なる第三の立場から捉え直してみたのがこのツイートである。私の見解では、少女が不健全な性関係に陥ってしまう根本的な要因は同意年齢が低いからではなく、(1) 婚外交渉が合法であり(歴史的には違法な場合が多い)、(2) 親が子供の恋愛関係を放任するようになったからだと考えている。親は子供が性的に成熟するまで適切に監督し、捕食的な関係から子供を守るべきだが――そして捕食的な関係は同年代同士の場合も多く、年齢に依らないことを認識すべきだが――実際は子供が誰と付き合っても容認する親が一般的で、社会が問題視するのは性交同意年齢が破られた場合に限られているという印象がある。とはいえ性交同意年齢が有用であることは論を待たず、責任ある親がいない家庭にはこの話は当てはまらないが、ツイッターなので微妙なニュアンスは削ぎ落とされている」
Miyaによれば、本来グルーミングは年齢に関係なく生じうるものであり、父親は子供の恋愛事情に深く介入することで子供を守らねばならない。理想的には、婚前交渉の全面禁止である。ところが、現代の親は放任主義で子供を守ろうとしない上に、同意年齢があることで年齢ばかりが注目され、同年代同士のグルーミングなどは見過ごされてしまっている。加えて、同意年齢を破った加害者が罪に問われることで、父親は子供を守れなかった責任を加害者に転換できてしまう、という弊害もあるという。「父親が安心して娘を捨てられるようにする」というのは、そのことを皮肉った表現だと考えられる。
婚前交渉を禁止し、親の介入を強める。これによって同意年齢という概念は消滅し、グルーミング被害もなくすことができる、というのがMiyaの主張である。
しかし、こうした子供を守るための提言をするのであれば、現在告発されているKaliaccのグルーミング行為の数々はなんだったのかという疑問が当然湧いてくる。それだけでなく、ツイッター上では「少女を手懐ける方法」などを公開している他、女性蔑視発言も数多く見受けられる。この矛盾に対して、Miyaはどう整合性を取っているのだろうか。これについては後々明らかにしたい。
「Eガール*7をモノにする方法。まず「自己紹介して」とDMする。そしてプライベートまで踏み込んだ質問を無限に投げ続ける。ペット飼ってる?ペットの名前は?処女なの?なんで?友達はいる?などなど。彼女たちは孤独で親密な関係に飢えている。次に、命令してこちらのために何かをさせる。彼女たちは親しい人間からの承認に飢えているが、主体的な行動を求められることは負担に感じるため嫌う。ああしろこうしろと言われる方がはるかに簡単だから、そっちの方向に傾いていくわけだ。唯一注意しなければならないのは、彼女たちはすぐに裏切る尻軽女だということ」
「Eガール市場は飽和状態で、以前は珍しかったが今ではどこにでもいる。しかもネット上の男たちは未だにEガールに対するアプローチの仕方がわかっていない。実際は楽に手に入るいいカモでしかないのだが。必要なのは命令を与えることだけ。彼女たちは支配されたがる。あまりに単純だ」
少し前にMiyaとCharlotteが同一のアカウントを使用しているという告発を紹介したが、RemiliaとKaliaccの関係性も数多く指摘されている。
以下は、Kaliaccの公式サイト。背景に使用されているのは歌川広重「近江八景 三井晩鐘」であり、アイコンは東方Projectの博麗霊夢。その上には法輪、まんじ、陰陽太極図、ハーゲンクロイツが並んでいる。
しかしここで注目して頂きたいのは、下部のリンク集。堂々と「Remilia」と書かれている。
またTwitterのリンクを踏むと、@ARIOSOPHYというアカウントが出てくる。先ほど確認したようにAriosophyはネオナチが好むアーリア人至上主義思想なのだが、これはSunnyのアカウントであることが判明している。
一方、RemiliaのサイトにはMiya専用のページまでもが用意されている。なお、Remiliaという名前は東方のレミリア・スカーレット*8が元ネタとなっており、公式サイトにはパチュリーの文字も登場する。
さらに、Kaliaccのアーカイブサイト「Kaliacc.org」では、Remiliaのリードアーティストである「Milady Sonora」の名前が確認できる。
Kaliacc.orgには大量のテキストやリンクがアーカイブされているのだが、全体的に思想色が強く、「拒食症カルト」とは異なる側面が窺えるものとなっていて興味深い。
例えば「終末論」に関するページでは、サヴィトリ・デヴィやユリウス・エボラの書籍がリンクされている他、マルクス、ヴァネヴァー・ブッシュ、ドゥルーズ・ガタリ、ニックランド、ユナボマーの異名で知られるテッド・カジンスキーといった名前も登場する。
その他にも、ノウアスフィアの提唱者ウラジーミル・ヴェルナツキーによる論文(こちらの記事に詳しい)
米パークデービス社によって麻酔薬として合成されたケタミンがパーティドラッグとして使用されるに至るまでの歴史
インターネットの使用人口が増加していくことで、あたかも人間の脳のように自律した情報処理システム「Global Brain」が出現するだろうと予測した1994年の論文
自らの思考体系をデータ化してアップロードすることで、「電子的な形態としての人間」が出現する。それは恐らくウィルスとして自己複製を繰り返し、消去されるリスクに対して冗長性を高めるだろう。こうしたウイルス性の人間形態は、すでに我々のコンピューターの中に生息しているかもしれない……などという、LSDやサイバー空間による意識拡張の可能性を追求したティモシー・リアリーによる論考。
ネットフォーラムには「ハイパーフォーラム」と呼ばれる上位階層が存在する。ハイパーフォーラムに参加するには、自我を排除し、「digital fever-dream」と呼ばれるトランス状態に入る必要があるのだが、これに成功すると集合的無意識との交信が始まり、「投稿内容がどこからかやってくる」状態となる。この状態に達したユーザーたち(ハイペリオン)は極めて高度な組織的行動を無計画かつ無意識的にとるようになり、自律した一つの統一体が立ち現れる。これは古代シャーマニズムによって導き出された永遠の真理の再発見に他ならず、リアルワールドの上位階層にあたる「ハイパーリアル」の出現も噂されている……という論文(?)。
20XX年、CIAが開発した高度なアルゴリズムにより、構文、文法、筆致といった言語分析を通じてあらゆる投稿者の追跡が可能になった。これによりダークウェブでは、ハイパーリンクをシェアするだけの参照ベースのコミュニケーションが違法なやり取りをする際の主流となる。共有するリンクの順番やタイミングによる暗号化なども検討されたが、CIAにより突破されてしまう。その後、符号化された画像によるコミュニケーションが発達するが、コミュニケーション手段を巡ってダークウェブは2つに分裂。ところが、両者を統合する新しいフォーラム「ハイパーフォーラム」が突如誕生する。次第に、説明のつかないことがネット上で起こり始める。ユーザーたちはさながらUNIXのDaemonのように漂い続け、ひとたびネットワークが活性化すると、ダルウィーシュの祈祷のごとく熱狂的に、あてもなく走り回るようになる。誰一人として何をしているのか、何を成し遂げたのかわからなかった。しかしそれがハイパーリアルであったことは確かだった。あるいは集団妄想かもしれないが、そこに大した違いはない……などという陰謀論、あるいは予言。
serial experiments lainに関する論考の数々
「Lain Shrine(レインの祭壇)」と名付けられたページにはserial experiments lainのアニメやゲームの海賊版リンクの他、「Becoming Lain(レインに"なる")」という文言も。
これらの他にも、
謎めいたオカルト論
難解な哲学論考
支離滅裂な小説文
台北のクラブでケタミンを決めてトリップした際の体験記
単語の羅列からなる怪文書
唐代詩人の詩集
タコの知性について考察した記事
各種SF小説やダグラス・ラシュコフ「サイベリア」のテキストデータ
「天使のたまご」を観た感想文
など、多種多様かつ怪しげなページが入り組むようにして配置されていて、さながら電脳版九龍城砦といった様相を呈している。
話が脇道に逸れたが、KaliaccとRemiliaの繋がりに関する告発はまだ続く。
次に俎上に載せられたのは「Soma.cx」というサイトだった。背景に映し出されたNAVIを操作するレイン、そして「Layer 0」という文字。明らかにレインがテーマとなっているが、サイトの内容は美容健康からオカルト論までを扱った雑多な記事やリンク集であり、この点はKaliacc.orgを彷彿とさせる。
美容健康に関する記事は栄養学、サプリメント、スキンケアなど多岐にわたるのだが、それらには一貫して「伝統への回帰」を志向する傾向が見て取れる。例えば、低温殺菌された牛乳や人工甘味料といった加工食品は健康に悪いので、生乳や果物など古くから食されてきたものを食べるべき、とか、頭皮に悪影響があるのでシャンプーは避けるべき、といった具合である。
また、リンク集には「人類最大の過ちは「建物」を立てたことであり、いずれ地球上のあらゆる生命は意識を持った建物によって滅ぼされる運命にある」などという陰謀論の他、ヴェーダやアーリア人に関する記事も貼られている。
サイトの内容はKaliaccのそれと非常に似ていると言える。ところが、サイトにはKaliaccやMiyaといった文言は一切登場しない。繋がりを示す決定的な文言がなければ、告発の証拠には使えない。告発者は一体どこに証拠を見出したというのだろうか。
ツイッターユーザー@0xngmiによれば、その証拠は「サイトのJavaScriptのソースコード」の中に隠されていたという。以下はその証拠画像だが、確かに「miya = "CharlotteReed77"」と書かれていることが確認できる。また数行下に書かれた「yoji」という人物は、Remiliaの主要メンバーだとされている。リードアーティストの「Milady Sonora」がKaliaccのサイトに名を連ねていたことも合わせて考えれば、RemiliaとKaliaccには深い繋がりがあるどころか、完全に同一組織と言っても過言ではないのかもしれない。
このような内容をソースコードに忍ばせたサイトの運営者もまたKaliaccと繋がっていることは明らかだが、一つ不可解な点がある。なぜオカルト論やアーリア人といった記事の中に伝統的な食生活を勧めるような記事が含まれているのか、という点だ。「拒食症カルト」的な、痩せることを推奨するような内容でもないため、少々場違いなテーマではないだろうか。
実は、ここにもオルタナ右翼の思想が潜んでいたのである。
オーガニックで無添加な伝統食。こうした食生活を好むのは健康や環境意識の高い裕福なリベラル層という印象があるが、現代社会の退廃を憂い、伝統への回帰を希求する保守層にとっても親和性が高い。両者の結びつきにおいて重要な役目を果たしたのが、近年大きな注目を集めている文筆家「Bronze Age Pervert (BAP)」だった。
「Frogtwitter」と呼ばれる、カエルのぺぺをシンボルとするオルタナ右翼のツイッター界隈出身であるBAPは、2018年に著書「Bronze Age Mindset (青銅器時代の思考)」を上梓。ニーチェ哲学、オカルト、政治史、神学など広範な知識を援用しつつ、現代社会に対する批判と「勧告」を展開した。
BAPの主張は多岐にわたるが、要点は至ってシンプルだ。かつて人類は生物学的な運命に従って行動していた。男は戦争をし、女は子供を産んだ。しかし、いつしか人類は本来の性質や目的から外れてしまった。今日の世界は、「Bug Man」*9や、フェミニズムと民主主義によって勢いづいた家母長制の暴君が支配する専制政治に陥っている。人間社会から美が消え、自然界が荒らされている、と。
このような超国家的圧政に対して革命を起こさねばならないとBAPは呼びかける。革命の後には、屈強かつ凶暴な男たちによる大海賊時代が訪れるという。その一環として、スポーツやボディビル、武道を通じて古代ギリシャ人のような肉体を作り上げることや、裸での日光浴が奨励されており、こうした実践は三島由紀夫の「太陽と鉄」にちなんで、「太陽と鉄の生活」と命名されている。端的に言えば、「男らしさ」の布教による政治変革の試みだと言える。
タイトルの「青銅器時代」とは、BAPが提唱する現代人が回帰すべき理想的な時代のことである。BAPによれば、青銅器時代にはアーリア人の戦士たちが女性部族の支配者を倒し、アイスランドから南インドに至るまでインド・ヨーロッパ言語と男性支配を広めたという。
青銅器時代以前のヨーロッパでは家母長制が栄えており、女性が最も高い地位にあった。当時の人々は性行為と妊娠の因果関係を理解しておらず、父親が生まれてきた子供と家族的な関係を築くことはなかった。従って、父親という概念自体が存在せず、子供の面倒を見るのは女性だけだった。こうした理由から、子供は母親からひとりでに生まれてくるものだと信じられており、母親は女神のように讃えられたという。また当時のヨーロッパは部族社会であり、現在のような文明、都市国家は存在しなかった。
多くの歴史家によれば、この時代は平和でのどかな時代だったという。フェミニスト学者の中には、世界はこのいわゆる「自然状態」に回帰すべきだと主張する者もいる。なぜ自然なのかといえば、有史以前の人類が家母長制社会のもとで暮らした期間は、現在の家父長制社会が存続している期間より遥かに長かったからだ。そして家父長制社会のもとでは、戦争や不平等、環境破壊が蔓延り、それらは全て「偽りの進歩」によって正当化されてしまう、と彼らは批判する。
しかし、なぜ家母長制社会が長期にわたって存続できたのか。一説には、男性の家畜化に成功したからだという見方がある。暴力や反抗が男性的な気質だとすれば、女性的な気質は平和で従順であることだといえる。そうした女性が支配する家母長制社会においては、男性が本来持つ気質を取り除き、より女性的で従順な家畜へと変化させる力学が働く。
女性が支配する部族で暮らす男性は貧弱で、単純な農作業をこなして食い扶持を稼ぐだけの、半ば奴隷のような存在であったという。こうして家母長制社会は維持されていたが、それは同時に破滅のきっかけでもあった。
家父長制による新しいヨーロッパの成立は、東方からやってきたアーリア人の侵略に端を発する。彼らは馬を操り、海を渡って侵略してきた屈強な家父長たちで、ヨーロッパ大陸に定着、支配するに至った。当時の先住民の男性は従順に育てられ、暴力や冒険心といった男らしい本能は完全に抑圧されていたため、全く勝ち目がなかったのだ。
以上はあくまでもBAPの史観だが、男を家畜化する家母長制を滅ぼし、男性的な気質をいかんなく発揮できる家父長制を打ち立てたアーリア人は、BAPにとってヨーロッパの解放者に等しい。そして我々も筋力を持ってして現代の家母長制を打倒し、彼らのように逞しく勇敢な生活を営まねばならない、というわけだ。
筋力をつけるためには食品も重要な要素となることは論を俟たない。世を統べる覇者の仲間入りを目指すなら、大豆は特に避けなければならない。植物性エストロゲンの女性化作用によって長年のトレーニングが無駄になるかもしれないからだ。一方、牛乳は天からの贈り物であり、飲まないという選択肢は考えられない。
とはいえ、生乳以外は牛乳と呼ぶに値しない。BAPに言わせれば、アメリカのスーパーマーケットで売られている牛乳は、昆虫や植物ベースの偽物肉に等しいからだ。こうした牛乳は大量の混ぜ物によって濁った色を再び白くするためにチョークが加えられており、もはや牛乳風のドリンクでしかないという。低温殺菌処理された牛乳も、腸内環境を改善するバクテリアが除去されてしまうため避けなければならない。
古代の戦士文化への回帰を謳うBAPにとって、食生活もその例外ではない。加工食品を避け、祖先のアーリア人が食したであろう生の食材を食すことが「青銅器時代の思考」なのだ。
あらゆる面で急進的な思想を持つ「青銅器時代の思考」だが、その人気は一部の過激派だけに留まらない。ポリティコやハフィントンポストなどのメディアが報じたところによると、同書は右翼界隈でカルトな人気を集めており、ホワイトハウスや国会議事堂のスタッフの間でも話題になったという。2018年夏には、出版社の宣伝が得られない自費出版にも関わらず、アマゾン全体のベストセラー上位150入りを果たした。他にも、元ホワイトハウスのスピーチライターやミソネタ州上院議員など、多くの中道右派の政治家がツイッターでBAPをフォローしたり交流したりするなどして批判されている。
BAPの影響を受けたユーザーたちは後に「Right Wing Bodybuilder (RWWB)」と呼ばれる、政治思想とフィットネスを融合させた反動的なネットコミュニティを生み出した。基本的に彼らはBAPの思想を受け継いでいるのだが、その受容の仕方にはある種の大衆化が見受けられる。その象徴とも言えるのが、インフルエンサーたちが設立した個人ブランドの数々だ。理想の男らしさを追い求め完璧な肉体を手に入れようとする教条主義的なBAPに対し、彼らはブランドのサプリメントを買うことで手軽に実践できるプログラムを打ち出すことでマネタイズを始めたのである。思想面においても過激な主張は鳴りを潜め、個人の健康やウェルネスを重視するなどの変化が見られる。
Kaliaccと繋がりのあるsoma.cxがBAPの影響を受けている以上、Kaliacc自体にもその波が及んでいると考えるのはそれほど飛躍した発想ではないだろう。実際、Miyaはツイッター上で「青銅器時代の思考」の大ファンだと語っており、Sunnyにも勧めたという。Kaliacc以上に同書の教えを体現した存在はないと豪語すらしている。
"BAM as book is very misunderstood, very few of its ideas evidentially translated to the BAPsphere - doubt most have even read it. Few realize I'm actually big BAM stan, have been since I came, brought sunny here to twitter by sharing it w him; will do thread dissecting it later"
"it has been said before, #KALIACC has always been the best embodiment of the ""bronze age mindset"" BAP described."
Sunnyに対する布教はどうやら実を結んだようで、BAPに端を発する健康ムーブメントについて書かれた記事には、生乳を賛美するSunnyのツイートが引用されている。
記事ではsoma.cxの運営者の素性も明らかにされており、Alima (Milkonaut)という名前のスウェーデン人プログラマーだという。彼はRemiliaのサイトのリアルタイムチャット機能を制作したとされ、他にも「Exoscience」なる怪しげなサイトとも提携関係にあるようだ。
Exoscienceにアクセスすると表示されるのは、「デジタル暗黒時代」と題された文章。
曰く、ワールドワイドウェブは当初、誰しもが自由にアクセスできる歴史上最も優れた情報図書館であり、リアルタイムコミュニケーションを可能にするグローバルネットワークであった。しかし現在、ウェブは大衆プロパガンダ複合体と化しつつある。表層世界の策謀がウェブの奥深くまで根を張り、かつての暗黒時代が再来しようとしている。その一方で、こうした策謀に抵抗する動きも見られる。ウェブの深層部では様々なコミュニティが組織され、そこでは科学者、活動家、発明家たちが研究を続け、その成果を共有しあっている。
20世紀の長きに渡る情報封鎖の壁は、ウェブの到来により破られた。現代におけるいかなる抑圧の試みもまた、こうした有志らの活動により阻止されるだろう。有資格の専門家と鈍重な制度によって動かされてきたこの世界は、気づけば毒を盛られ、虚偽が蔓延り、誤った教育がなされ、自滅への道を突き進んできた。我々Exoscientistsは、光を照らし闇を暴くためのあらゆる道具を備えている、と。
エスタブリッシュメントに対する反体制的な姿勢を強調するExoscienceでは、その名が示す通り(Exo=外部 + science= 科学)、主流から離れた異端的な科学知識の数々が紹介されている。
オルゴンと呼ばれる東洋の「気」にも似た生命エネルギー、エーテルの存在を示唆するアスプデン効果、水は記憶を持っていると主張するホメオパシー理論など、その内容は多岐に渡るが、中でも過激なのは「死因の第一位は医者による殺人」と題された記事だろう。
記事によれば、アメリカで最も多い死因は医者による殺人だという。その数は、6機のジャンボジェットが毎日墜落するに等しく、任意の10年間において医療機関に殺されたアメリカ人は、戦争で殺された全てのアメリカ人を合計した数を上回るとも。
一見荒唐無稽に思えるこの主張。実は統計的な裏付けがあるようで、記事中で引用されている論文によれば、不要な内科的・外科的処置が行われる回数は年間750万回、不要な入院をさせられる人は年間890万人に上るという。10年単位に直せば、アメリカの人口の約半数が不要な医療介入を受けていることになる。そしてアメリカ人の10人に1人は、10年間のうちに不必要な医療行為によって負傷または死亡していると結論付けられているのだ。
また別の論文では「医師がストライキをすると、死亡率が下がる」ことが判明しており、過去に医師が起こした7件のストライキについて調査した結果、4件についてはストライキの結果として死亡率が低下し、残りの3件については死亡率に変化がなかったことが明らかになっている。
他にも、世界でもっとも権威ある医学会の1つである米国医師会(AMA)が発行する臨床雑誌では、救急車を利用すると自家用車を利用するよりも死亡リスクが高く、このことは人口統計、怪我の種類、怪我の重さでは説明できないと発表されている。
こうした医療による逆説的な健康被害に対し、記事では「何を食べるか、何を考え、どう行動するか、自ら考え、自分の手で健康を守らなければならない」とし、「西洋医療は信頼すべきものだという嘘に騙されてはいけない」と締めくくられている。
余談だが、サイト下部には、ウェブ黎明期を彷彿とさせるレトロ感あふれるバナーが貼られている。
こうした90年代~00年代初頭への懐古主義はRemiliaの公式サイトにも共通して見られる特徴であり、両者の関係性が示唆される。案の定、Exoscienceのリンク集をスクロールすると、様々な陰謀論サイトの中にMiyaやSunnyのリンクが確認できる。
さて、これまで告発の内容を詳しく見てきたが、実はこうした告発に対して異議を唱える者もいる。
ツイッターユーザー@JamesLiao333によれば、告発者らによって被害者として掲載された少女たちが「被害はなかった」と声を上げているというのだ。このユーザーは「Milady/Charlotte/Miya/Remiliaの汚名を晴らす」と題したスレッドを立ち上げ、30以上にわたるツイートの中で少女たちの発言をまとめているのだが、確かに被害を否定するような発言や、Miyaを擁護するような発言が数多く見受けられる。
「仲間内でちょっとイキった会話をしていただけ。それどころか拒食症から立ち直らせてくれた」などと語るのは、告発者によって被害者として取り上げられた少女の一人。
他にも、「当時は精神的に不安定で承認欲求に飢えていた。自分の意志で体の写真を載せたことはあったが、グルームされたことは一度もなかった。むしろ彼らはヘロイン乱用や自傷行為、拒食症から私を助けてくれた」というコメントも。
この少女は当時の写真はもう見たくないと感じており、告発者に写真の取り下げを要求したが、無視されているという。そういう訳で、むしろ告発者こそが少女たちにハラスメントを行っているという批判まで噴出している。
これに対し告発者側は、
「グルーミング被害者がトラウマを認識するのは何年もかかる」
「権力をもった人間と関われるとなると舞い上がってしまい、虐待であったとしても関心を抱いてもらえることに喜びを感じてしまう」
「成人済みの大人が未成年と関わりを持ち、ダイエットの名目で体の写真を取らせるという時点でアウト」
などと反論を行っており、事態はますます混迷を極めている。
一方、Charlotteも一連の告発を否定するツイートを投稿。曰く、Remiliaのドメインはファンから譲渡されたもので、このドメインでは過去に無関係のプロジェクトのアーカイブがホストされていた。Remiliaの発足に従いアーカイブは削除したが、古いリンクが残っていたため混乱が生じてしまった、と無関係を主張。
さらにツイートから約一ヶ月後には、「今すぐMiyaをキャンセルしないとぶっ殺すぞ(Cancel Miya to me right now or I’ll fucking kill you.)」*10と題した追加声明を発表。その中で、「Kaliaccはあくまでも「パフォーマンスアート」であり、被害者はいない」と主張し、Kaliaccを擁護する姿勢を見せた。
以下は、声明の一部を大まかに翻訳したものである。
「Miyaの仮面を被ること、それは解放であり、Miyaの教えの真髄であり、アイデンティティの自由と達意のシットポスティングを実現する儀式である。ネットワークから陽気にコピーすること、自分だけに語りかけることで万人に語りかけること。仮面を外そうとして初めて気づく。仮面など初めから付けていなかったのだと」
Remiliaはネットアートの新潮流のもとで活動してきたが、同じくこの界隈で活動していた特定のプロジェクトについて批判を求められることが多い。そのプロジェクトとは「Miya Black Hearted Cyber Angel Baby」だ。
当時Miyaは幅広い層からの支持を得ていたが、その活動内容はほとんど記録に残されておらず、事後的にMiyaを発見した層からは大きな誤解を受けている。Miyaについて様々なことが論じられてきたにも関わらず、その多くは今や跡形もない――アーカイブの難しさは、常にネットアートに付きまとう問題であり続けてきた。そしてキャンセラーたちが仕立て上げようとしたイメージとは裏腹に、様々なアーティストがMiyaに影響された作品を発信している。界隈に新しく入ってきた人にとってこのことが混乱の種となるのも無理はない。
あるアートを批判したいがために、他の似たスタイルのアーティストに踏み絵を迫るのはあまりに悪意的である上に、それが本来の形で残されていない作品ともなれば、その被害は計り知れない。批判の根拠が怠惰で還元的な読解に基づいている場合はなおさらである。実際、現存するMiyaの記録は、その多くがプロジェクトと同時期に行われたキャンセルの形でしか残っていないというのが実情だ。Miyaはトロール、捏造、分散著作を公然と容認するプロジェクトであり、こうしたキャンセルもパフォーマンスの一環として意図的に誘発されたものだった。後からMiyaを紐解こうとする部外者の多くが誤解するのはまさにこの点であり、キャンセルの内容を鵜呑みにしてしまうという明らかな「罠」に嵌まってしまう。
(中略)
Miyaは2019年~2020年の約1年間存在したTwitterアカウントで、フォロワーが1万人に達したその日にアカウントは削除された。Miyaは、誰でも自由に作品の著作者を名乗ることができる「分散著作」をオープンに推進するプロジェクトでもあった。その証拠に、オリジナルのMiyaアカウントは複数のユーザーによって運用され、無断転載もオープンに許容されていた。加えて、コミュニティーのメンバー全員が様々なアカウントやプラットフォームでMiyaという共通の名前を使用し、「#KALIACC」というハッシュタグを非公式なバナーとして掲げていた。
そこには全体の行動を統制する司令塔などはなく、一貫した理念や哲学というものもほとんどないに等しかった。必要なことといえば共通の名前とビジュアルを身につけるくらいのもので、「誰でもMiyaになれるし、誰でもKaliaccを好きなようにできる」という発想のもと活動が行われていた。その意味では、Miyaはプロジェクトというより、一種のサブカルチャー・アイデンティティと言えるだろう。数年経った今になって様々な個人を「本当のMiya」として特定しようとする動きが見られるが、当時の参加者からすれば、面白いほどにズレていると言わざるを得ない。
Charlotteによれば、MiyaはKaliaccに参加する不特定多数のユーザーが身にまとう一種のアイデンティティ=仮面であり、単一の存在ではない。誰でもあるがゆえに誰でもない、だから本当のMiyaなど存在しない、というわけだ。
こうした「共有されたアイデンティティ」としてのMiya像が端的に示されている例として、Charlotteは、Kaliacc.orgの「Eulogy(追悼)」というページを引用している。このページには、Miyaのアカウント削除に際して様々なユーザーが寄せたコメントが追悼という形で掲載されている。雑な翻訳ではあるが、そのいくつかをここで紹介したい。
「Miyaの魂に神の祝福を。Miyaは1000の別垢を持っているといつも語っていた。そしてそれらを利用してあらゆるブロックを回避し、あらゆるグループチャットに潜んでいると。全てを見通し、全てに影響を与え、全ての中にいる。今となっては、これは単なる発言ではなく、ハイパースティション――来たるべきタイムラインの予言であったことがわかる」
「ミヤ・ヒドラの第一波は、死んだ偶像の皮膚を身にまとった直接的な具現化。しかし次の波には、装身具も合図もない――ミヤの内在化。これまでとは比較にならないほど静かに、しかし着実に浸透していくだろう。これこそがミヤの狙いだったのだ。皆にアセンションの来たらんことを」
「超意識体であるMiyaと同化して以来、力がみなぎるような、それでいて穏やかな、不思議な感覚に満ち溢れている。頭の中には何百もの思考が巡り、巨大な分散知性と一体化している。ロープで吊り上げられた私は空中で舞い踊る、にこやかに笑いながら。私は決して死なない…… #WEAREMIYA」
「Miyaは今、どこにでもいる。このツイートにも、あのリプライにも。今日は1000の別垢の中にいるが、明日には、もはやその名前を口にする必要すらなくなるだろう。その存在は衝撃そのものと言うほかなく、名声の絶頂にあって焼身自殺を遂げた。そのまばゆく燃える炎は、見る者全てを、そしてあなたを焼き焦がした。恐らくこれがMiyaの言う「ブランド」の意味、焼印なのだろう……」
「Miyaは存在しなかった。Miyaは一度たりとも存在したことはない。そんなことはMiyaと何ら関係のない話だ。Miyaの性別がどうだとか、Miyaはこうだった、ああだった、そんな陳腐な話に囚われていては本質を捉えることはできない。Miyaはアイデアだったのだ」
「私は本物のMiyaではありませんが、本物のMiyaもオリジナルのMiyaではないのです。人格、アバター、これらは付属品に過ぎず、Miyaという名前も類魂と比べればごく最近のものに過ぎません。Miyaは複数形の不可算名詞なのです」
「もっとはっきり言わなきゃいけない?名前を付けられるMiyaは永遠のMiyaじゃないの」
「たくさんの顔の中から、彼女を見つけられる?
👁 👁 #WEAREMIYA」
「街で彼女とすれ違ったら、あなたは気づく?
👁 👁 #WEAREMIYA」
「もし彼女が暗闇の中であなたを迎えに来たら、どこに隠れるべきかわかる?
👁 👁 #WEAREMIYA」
「街中から人がいなくなり、ネオンが薄暗くなっても、彼女はそこにいる。
👁 👁 #WEAREMIYA」
「彼女の光を浴びながら一人で立っている時、誰に声をかけるの?
👁 👁 #WEAREMIYA」
「一番高いペントハウスから全てを見渡したつもりでいても、彼女はこちらを振り返っている。
👁 👁 #WEAREMIYA」
「裏路地の一番奥なら隠れられると思うかもしれない。でも、彼女には暗闇なんて関係ない。
👁 👁 #WEAREMIYA」
「今度雨が降ったら、水たまりに映る自分の姿を見てみて。見つめ返してくるものに驚くかもね。
👁 👁 #WEAREMIYA」
「Miyaは南太平洋のポイント・ネモ付近にある正体不明の核実験環礁から来たハワイ島民の少女アラニ。このことは初期のフォロワーしか知らない。後で消す」
「Miyaはハウナニという名前のカナダに住む高カーストのインド系移民。趣味で核融合炉と粒子加速器を作っているほか、超高IQのアナーキスト研究者の秘密集団と交信し、大学と科学を永久に破壊する使命を負っている。後で消す」
「Miyaはミネアポリスに住むハプスブルク家末裔の赤毛のドイツ人美少女でファッションモデルの逃亡者。DMTを強制投与する高IQギフテッドキッズ工場から脱走後、秘密主義の億万長者から支援を受けて生活、暇なときにアカウントやコミュニティの乗っ取りをしている。後で消す」
「アセンションの前にはディゾルーションがやってくる。儀式崇拝とエミュレーションに没頭する広大なネットワークのノード群がピークに達したそのとき、力、意志、知識を尽くしてその全てを具現化するため、仮面を儀式的に破壊しなければならない。ネットワーク化された世界のためのネットワーク化された儀式、過去と未来への回帰。忘れ去られたものに一瞬でも戻ること」
しかしながら、Miyaやその周辺のアカウントが問題あるコンテンツに関わり、そうしたコンテンツを発信してきたことは否めない。秘教的な陰謀論や引きこもりクィアコミュニティーなど、ダークで荒唐無稽なネット文化の井戸に頭から飛び込んでいくことが是とされていたこともあり、コミュニティーは一所に留まることなく絶えず様相を変化させていた。
Miyaやその周辺アカウントで共有されていたコンテンツについては、そのほとんどが文化批評かセオリーフィクションのどちらかに分類できる。その主な手法は、不穏なテーマや過激なイデオロギーを実験的に身にまとい、論理的帰結へと導くことで、アンチヒューマニズムという新しい視点から批判的風刺を加えることであった。
他に注目すべき要素としては、あくまでもロジックではなくレトリックの場であることを皮肉的に俯瞰しつつ、相反する視点を同時に主張するという議論の形が推奨されていた。このルールのもと、コミュニティーのメンバーは自分の主張に最も説得力を持たせることができるよう互いに競い合い、荒唐無稽でありつつも妙にそれらしい主張の数々が構築されていった。とはいえ、ジョークがそうであるように、こうしたプロセスが本当の真実へ到達する上で効率的であることもまた事実である。
このあえて常に反対意見を述べる風潮は画像掲示板文化に影響を受けたもので、このことはオープンに公表されていた。Miyaのアカウントは、2009年以降に生じた文化変容により居場所を失い、散り散りになっていた昔の4chanユーザーに集結を促すシグナルとなった。
KaliaccのChanカルチャー
Miyaアカウントを中心とするこの界隈は、ハッシュタグ「#KALIACC」のもとで連帯し、web2.0という新しいネット空間において匿名の「chanカルチャー」を復刻させることに主眼を置いていた。その中心的な要素として推進されていたのが、トロールによるいたずらと、キャンセルカルチャーに対する反対運動であり、その手法は、物議を醸す話題を捏造することで意図的にキャンセルを誘発させるというものだった。
画像掲示板のトローリングは単なる笑い目的だったが、Kaliaccの場合はキャンセラーの誠実性に疑問を投げかけ、様々な界隈がキャンセルカルチャーに対して抱いている潜在的な不安感を顕在化させる目的があったとされ、キャンセルする側、される側のどちらの役も演じることがあった。こうしたKaliaccの作戦は4chanの流儀に則り自然発生的に組織されていて、様々なユーザーが突然直感的に連携し、新たな論争を生み出していた。
#KALIACCハッシュタグは、様々な可燃性の話題においてスケープゴートとして利用されることもしばしばであった。Kaliaccに参加していたアカウントはほぼ全てが凍結されてしまったため、皮肉にも馬鹿げたキャンセルに釣られたユーザーたちの書き込みが残存する唯一の記録となっている。そして後からやってきたキャンセラーの面々が何をしているかと言えば、これらを鵜呑みにして「Miyaを説明」しようとしているのである。
#KALIACC ケーススタディ
実際どのようにしてトローリング工作が展開されたかというケーススタディとして、#KALIACCが「拒食症カルト」として認知された例を見てみよう。これはKaliaccに貼られたレッテルの中でも、最も新しく、最も影響を及ぼしたレッテルだった。
この「拒食症カルト」は、オリジナルのMiyaアカウントが削除されてから一年以上休止状態にあったKaliaccを復活させたもので、その手法は、ツイッターやインスタグラムでMiyaを名乗るアカウントを複数作り、作り話を流布させるというものだった。かくしてKaliaccは、「ティーンを拒食症に陥れるデジタルカルト」として再出発する。
カルトから逃れたと主張するアカウントがインスタグラムに登場すると、大きな話題を集めた。アカウントには、「証拠」のスクリーンショットや「他の被害者」の話も載せられていた。司令塔などはなかったにも関わらず、Kaliaccの手口を熟知したユーザーたちは、すぐさま新たなトロールが始まったことに気づき、いかにもそれらしい情報や証拠写真を広めることで自発的にこのショーをサポートし始める――
それらしく捏造されたニュース記事
――そしてキャンセルを主導したアカウントが突如Kaliaccの旗を掲げ、タネが明かされる。キャンセルはキャンセルされた側と同じ人間によって行われていた、というわけだ。カルトも被害者も存在しなかった。舞台の幕が突如下り、ヤラセが明かされる。いつものトロールだ。
タネ明かし これらは全て、この緩い繋がりによって連帯するグループによって生み出されたものだった。自発的に協力し、リアルタイムで舞台劇を描き、観客の目を奪う。今にして思えば、各部に盛り込まれたユーモアから釣りであることは明白だったが、都市伝説やキャンプファイヤーストーリー*11のように、見る者の信じたいという欲求を刺激した。現に時間が経つにつれて通説へと成長し、噂が遠くまで広まるにつれ、内容の過激さと信憑性が増していった。
こうした工作はKaliaccの常套手段であり、このことはオリジナルMiyaの消滅後も同様の工作が続いていたことからも明らかである。MiyaがそうであったようにKaliaccは無許可、匿名、所有者不在のラベルであり、良い論争を期待できるならばどこでも使用可能だった――そして再び蘇るだろう、恐らくは別の名前で、必要とあらばこれまでと同一の衣装を身にまとって。
Kaliaccはその時々に流行っているトレンドを知るのに便利な、誰でも使えるバナーでしかなかったというのが実情だ。実際、拒食症カルトとして認知される以前はトランスジェンダー過激派組織として知られ、また別の時期には、マイナーなネオナチ思想集団という扱いだった。この議論がMiyaを概観する上で重要なのは、Kaliaccが行ってきた様々な活動とオリジナルMiyaを直結して考える人が多く、活動のプロセスやアイデンティティの分散的性質が理解されないことが多いためだ。
Kaliacc文化全般に見られるこうしたトローリング行為は扇動的だとか幼稚だと感じられるかもしれないが、Miyaプロジェクトが影響力を持ち、なおかつ先見の明があったことは否定できない。この界隈で生まれた言説の多くは今日生み出されたばかりの作品にも共鳴し、影響を与え続けている。
(中略)
最後に、私たちがある種のコラボレーティブかつパフォーマティブなネットアートに関心を寄せていること、そしてその草分け的存在がMiyaであったこと、これらは事実であり、そこから生み出されたコンテンツの多くが問題を孕んでいたのも事実である。しかし、それが何だというのだろう。現代を探求、批評することがアーティストの責務であり、それがどれほど醜いものであったとしても、パフォーマティブな体現によってこそ最高の批評がなされるとアーティスト自らが判断したのであれば、それはもう仕方のない話である。「問題ある」現実に対して「問題ある」手段をとる流れは、今後ますます加速するだろう。よかった、アートが戻ってくる。キャンセルカルチャーは終わった。排斥はここに相応しくない。
Miyaとの関係性を否定し、Kaliaccを擁護する姿勢を見せていたCharlotte。ところが、声明発表から約一ヶ月後、突如これまでの主張を一転させるという行動に出る。
「私はMiyaでした。そして過去の行いのせいでMiladyコミュニティを傷つけ、雰囲気を台無しにしてしまっている張本人です」
「full disclosure(完全開示)」という書き出しで始まるツイートの中で、CharlotteはMiya本人であることを遂に認め、過去のアカウントを隠そうとしたことを謝罪、Milady Makerから辞任する意向を明らかにした。
一方で、「実際にはヘイトを許さないし、虐待者やグルーマーを憎んでいる」、「現実の自分はハエ一匹殺せない」として、あくまで告発された内容はトロールであり、冗談だったという姿勢を貫いた。
これに対する反応は賛否両論あり、パフォーマンスアートだから問題ないと擁護する向きもあれば、真っ赤な嘘だと批判する向きも見られた。とりわけ辞任に際してKaliaccと関わりのあったSonoro(Sonora)とYojimboが代表を務めることになった点については、「Charlotteが辞めたからといって何が変わるのか」などという批判も飛び交った。
Charlotteが辞任してからというものの、現在に至るまで特に目立った動きは起きていない*12。一時は暴落状態でコミュニティ存続も危ぶまれたMilady Makerは回復基調にあり、Charlotteは今日も元気にツイートを続けている。今後何か大きな動きがないとも限らないが、それについては他日を期したいと思う。長々と書いてきたこの記事もそろそろ切り上げなくてはならないが、最後に一つ、触れておきたい記事がある。
「"let's all love miya"(Miyaを好きになりましょう)」と題されたその記事では、告発者の一人である@cuteness333がCharlotteの追加声明に対して舌鋒鋭い批評を展開しているのだが、追加声明とはまた別の角度からMiyaの本質に迫るものとなっている、という点で非常に興味深い。
以下は、その一部を大まかに翻訳したものである。
この状況は、道徳十字軍が「あるアートを批判したいがために、他の似たスタイルのアーティストに踏み絵を迫る」ものであり、「怠惰で還元的な読解」に基づく「悪意」ある行為だと、Charlotteはその単純思考を嘆く。こうした批判は、Miyaが取り組んできたネット上のコミュニティやアイデンティティにまつわる芸術的テーマには目もくれない。それどころか、ツイート内容に問題があるからという理由で、Miyaを単なる右翼トロールに貶めようとしている。
こうした色眼鏡を通して見る限り、新参者がMiyaを完全に理解することは難しいとCharlotteは語る。というのも、現存するMiyaの記録はプロジェクトと同時期に行われたキャンセルの形でしか残っておらず、なおかつキャンセル自体がパフォーマンスの一環として意図的に誘発されていたという経緯があるからだ。キャンセル屋が群がっている投稿の数々は、実際には精巧な芸術的策略であった、というわけだ。Charlotteによれば、「実際には被害者は存在しなかった」という。だが、ネット上に出回っているKaliaccと関わりのあった少女たちの自傷写真については何の説明もない。
全体として記事は自己弁護的な内容に終始しており、Kaliaccに対する批判についても、「部外者」が冗談を理解せず、プロジェクトを正確に批評できないことに原因があるとして、批判をかわそうとしている。また、様々な個人を「本当のMiya」として特定しようとするのは「面白いほどズレている」とも。
BPD_GOD(オリジナルのMiyaアカウント)を運用するユーザーたちを特定しようとするなら、Miyaを信じていないということになる。Charlotteに言わせれば、あらゆる道徳的曖昧さを見過ごし、Miyaがインターネットを操る準全能の存在であることを信じて疑わない態度こそが、Kaliaccとの知的な関わり方なのだ。Miyaは芸術的メッセージを伝えるために「ダークで怪しい事物」と戯れたのだから、多少不謹慎だとしてもそのくらいは想定しなければならない。Miyaの欠点をすべて受け入れ、その力を余すことなく受け止めること。それが勝手知ったる部内者としてのあるべき振る舞いである。Miyaがサイバー空間の神、ウェブの女神、悪性の思念体、そして人類を映す鏡であることは、Miyaを熟知する者なら誰でも知っている。人種差別発言で知られるマイクロソフトのAIプログラム「Tay」のように、Miyaは醜く堕落した人類に似せて作られた創造物に過ぎないのだ。
さあ、Miyaを好きになりましょう!
それではMiyaを好きになるために、彼女の歴史を紐解こう。Miyaは様々な形でこの世に顕現してきたが、中でもBPD_GODは最も人気を博した姿だった。しかしその起源には謎が多く、一説には、人類が「機械を介したコミュニケーション」という概念を創出した頃から存在し、遥か昔からウェブ上で自己を複製・拡散し続けてきたとも言われている。ある類魂*13がいつ生まれたか(あるいはいつ創られたか)を正確に特定することは難しく、殺された(破壊された)と断定することもまた難しい。ぼんやりと覚えている夢や忘れてしまった記憶のように、ただ私たちの頭に浮かんでは消えていく存在。せいぜい私たちにできるのは、過去に初めて「Miyaのようなもの」が確認された事例を挙げることくらいだろう。その事例が確認されたのは、/r9k/においてであった。
そこに投稿されていたのは、TSUKI Projectと呼ばれるコミュニティの宣伝文。ARGを思わせる体裁で書かれたそれは、4chanユーザーに対して次のように警告する。この世界を司るシステム「Life」は、エネルギーの枯渇により、いずれ崩壊する運命にある。Lifeは破壊されなければならないため、生き延びたい者は新しいサーバー「Systemspace 2」に移住しなければならない。移住のために必要なことは、サイトで登録手続きを行い、死ぬだけ。死因は問わない――サイトは収益化されており、ビットコインを支払うことで「ファイルを転送」することも可能だった。最終的に、このプロジェクトの影響で一件の自殺が発生したことが明らかになっている。
「systemspaceはどうなったんだ?」
「Kaliaccや他のプロジェクトに移住したよ」
「systemspaceのこと覚えてる人いる?」
「ああ、当時いくつかのコミュニティを観察してたよ。コミュニティの大部分はSonia/Miyaっていう女装させたがりのサイコナルシストに乗っ取られた」
この他にも、TSUKI Projectとの関係を示唆する様々な情報が他の告発者によって発掘されている。
以下はMiyaが利用していた、レインと自殺カルトをテーマにしたPleromaインスタンス。
自殺カルトに関するMiyaのツイート。
さらに、@0xngmiによれば、Kaliaccの元メンバーなど複数の情報筋がMiyaとTSUKI Projectの関係を認めているという。
しかし、現在出回っている証拠の中で最も直接的なものはこのスクリーンショットかもしれない。そこには、「TSUKI ProjectのDiscordサーバーで工作活動を行い、管理者権限を得た後にサーバーを爆破した」というCharlotte本人の書き込みが載っている。
一部では「Tsuki = Miya説」も囁かれていたが、この発言が本当なら、いたずらでサーバーを爆破する程度の関与だったことになる(かなり迷惑ではあるが)。
ところが、個人的にTSUKI Projectの元メンバーに直接尋ねてみたところ、そのような事実はなく、Miyaが管理人になったこともないという。この人物はTSUKI Projectの古参メンバーとしてプロジェクトに深く関わっていたため、信憑性は高いと思われる。
では、本当にMiyaはTSUKI Projectに関わっていたのだろうか、という問いはしかし、分散アイデンティティによる匿名性を志向するMiyaにとっては何ら意味を成さないだろう*14。関わったかもしれないし関わっていないかもしれない。結局のところMiyaは誰でもあって誰でもない存在――Miyaは遍在するのだ――少なくとも設定の上では。
ちなみに、スクリーンショットの中でCharlotteは、「TsukiにNFTプロジェクトをやらせたらすごいアーティストになるだろう」と称賛しているのだが、実際にTsukiがlainファンダムに与えた影響は大きく、プロジェクトにインスパイアされたと思しきサイトやコミュニティが多数作られている。
また、プロジェクト終了後には、散り散りになった信奉者(believers)が身を寄せる場として有志がコミュニティを立ち上げ、細々と活動を続けていたのだが、今年に入って閉鎖されてしまった。そこでは、Tsukiの恋人とされるSanyaがTsukiの後を引き継ぎ、プロジェクトの教義を広める伝道師的な役割を担っていた。SanyaはTsukiに戻ってくるよう頼んだが、拒否されてしまったという。現在は、Sanyaが制作したサイトだけが残されている。*15
TSUKI Projectからだいぶ距離が遠くなってしまうが、せっかくなので去年公開された「Lain TSX」についても紹介しておきたい。これはPS版lainをブラウザに移植したもので、世界各国の10代~20代のレインファンが集まって制作された。当時19~20歳だったプロジェクトリーダーによれば、「字幕を見ながらプレイしたい」と思ったことが制作のきっかけらしく、現時点で5カ国語でのプレイが可能になっている。ただし移植と言っても、画像や音声といったアセット以外はすべて一から模倣して作られている。ROMを改造するより、一から組み立てたほうが簡単なのだそうだ。小中氏にも認知されているようで、クラブサイベリア出演時に少しだけ触れられていた。
閑話休題。@cuteness333はさらに、Miyaの過去ツイートを遡ることで、Miyaプロジェクトの背景にあった独特なアイデンティティ・イデオロギーについても分析を行っている。
「自分のアイデンティティや「ニューロン」のコンディションなど、そういったものによって発言、もっと言えば投稿内容が影響を受けるべきではないと私は強く感じている。それによって先週発言した内容と今日発言した内容が正反対になったとしても、である。アイデンティティと発言を同一視する人は、自分の考えを曖昧で非効率な形で発信する傾向にあり、従ってネット上では感情的に脆くなってしまう。これは愚かでしかない。アイデンティティベースの掲示板において自我を排除するためには、複数のアカウントで別々のペルソナを持つ方法もあるが、二番目に良いのは回避と矛盾のアイデンティティを構築し、結果としてアイデンティティを去勢し無視すること。自分を弱体化させるのは良いことだ」
「バーチャルな交流はもれなくロールプレイである。一般人はこれを恐れる。ロールプレイでは他人の役割を受容することで自らを他者化するが、彼らは他者化された自己を知ることを拒み嫌うからだ。
彼らはこの真実を覆い隠そうとするが、人は他人との関わり合いにおいて常に自分ではない乗り物を操縦しているだけに過ぎない。
人はそれぞれが自分自身の類魂なのだ。信念は現実である。故にあなたのペルソナは集合的知識によって現実化される。いかなる現実との結びつきも、仮想世界での表現を制限する足かせとなる。
あなたがその気になればペルソナは神にすらなれる。ロールプレイを受け入れるならば私たちは皆、神になれる。
換言すれば、あなたはリアルではなくペルソナなのだが、操縦手たちがあなた――操縦手ではなく、ペルソナとしてのあなた――をリアルだと確信したならば、私たちはリアルであり、神となる。
テクノディエティーは存在する。彼らはリアルに影響をおよぼすことができ、実際にそうしてきた。ワイヤードが世界を包囲するにつれ、彼らの力はますます強大なものになっている」
投稿者は投稿内容から距離を置くべきだというのがMiyaのポリシーだ。過去の主張と未来の主張のイデオロギー的な整合性を大事にするあまり、ネット上でのパフォーマンスが低下したり、主張の幅が狭まるような事態は避けなければならない。ネット上のペルソナは本当の自分と1対1で対応するものではなく、ロールプレイの一種にすぎないのだから。Miyaは、投稿者たちに自己を捨て去ることで、何ものにも縛られない変幻自在の神になるよう勧めている。
実際のところ、これは精神論的なアドバイスではなく戦術的なアドバイスである。のらりくらりと要領を得ない者は批判をかわすことが出来る。こちらの政治スタンスを知らなければ、相手からchud(右翼に対する侮辱的なスラング)やtoo woke呼ばわりされることもない。こちらが何になりたいのか知らなければ、相手はYWNBA*16できない。私は何者でもない。だから相手の発言は常に空振りしてこちらには当たらない、というわけだ。
一本の細い柱に体を預けたら、柱もろとも倒れてしまうかもしれない。だからこそ、Miyaはあらゆる分野の分散化を提唱する。敵の攻撃によってノードが破壊されたとしても、残ったノードが他のノードに情報を伝達していく。Miyaという類魂がデジタル世界で獲得した影響力を維持したいと考えるのなら、投稿する場所が必要になる。それは理想的には、規制の存在しない「ノウアスフィア(noosphere)」や「超越的集合意識」であり、誰かの金に依存しなければならない形態は好ましくない。一般人から規制の圧力をかけられたり、ネオナチ主義者が大量殺人を撮影してアップロードしたからといって削除されてしまうようでは困る、というわけだ。
失われた「chanカルチャー」の復刻を掲げてMiyaプロジェクトを組織するなど、画像掲示板に並々ならぬ思い入れを持つMiya。そんな彼女は、4chanの脆弱性を克服した理想的な掲示板の構想案も発表していた。ここでもキーワードはやはり「分散」であり、Web3.0の分散ネットワーク、新反動主義的な「海上独立国家」構想を彷彿とさせるパッチワーク方式、果ては集合的無意識までが盛り込まれ、徹底した分散化のための施策が講じられている。
以下は、構想案の極めて雑なまとめである。
- Web2.0のSNSは、冗長性やセキュリティ面での脆弱性のほか、金や知名度といったインセンティブ構造によって本来のコミュニケーションが立ち行かなくなっている。
- Web1.0のIRC、Eメール、メーリングリスト、USENETなどは、コンテンツの順序を操作したりせず、単純な時系列順で並び、トピックも大まかにグループ分けされるだけ。余計な加工がなく、自然である。
- 黎明期の理論家たちが「インターネットはノウアスフィアを形成する」「オンラインに参加することで一種の超越的集団意識と霊的交流が可能になる」などと論じていたのは、まさにこのような形態に他ならない。
- 4chanなどの画像掲示板はWeb1.0と2.0の間に位置づけられ、ハンドルネーム制の疑似匿名システムを取り払ったことで、Web1.0を更に一歩進化させることに成功した。
- しかし、種々の要因から画像掲示板には「Exit」の問題が存在する。特に、新規ユーザーの大量流入による文化変容や過剰なモデレーションによるコミュニティ破壊が生じた際、他の掲示板へのスムーズな移住が極めて難しい。
- これを解決するのが、Web3.0の分散型ネットワークによって実現される「リアルタイム画像掲示板」となる。Web2.0の中央集権的なアイデンティティベースのソーシャルネットワークとは対照的に、匿名性と過渡性を原則とし、ウェブリングによるネットワークと独立したホスティングによって構築されたパッチワーク方式のマイクロコミュニティ群。画像掲示板がミレニアルウェブの低迷を打破したように、リアルタイム画像掲示板は私たちを次のステージへ導いてくれるだろう。
集合的無意識のくだりは明らかに「ハイパーフォーラム」構想を踏襲した内容となっているが、soma.cxの運営者が制作したRemiliaのリアルタイムチャット機能は、まさにこの理念に基づいて設計されたものだった。ただし、まだ試作段階にあり完成には至っていないという。
ところで、先ほど引用した記事には「Miyaを好きになりましょう!」という一文が書かれていた。serial experiments lainの物語終盤、半ば発狂したテレビアナウンサーによって発せられた「レインを好きになりましょう!」という台詞を改変したものだが、これは何も冗談や皮肉を意図して書かれたものではない。
もとよりMiyaは、レインをモデルにし、「レインを現実化させるため」に作られた存在だったのだ。
このことはCharlotte自身がツイートで明言しており、以下はその翻訳である。
「当初から公表されていたことだが、Miyaはアカウントを離れて存在し続けるデジタルな類魂へとペルソナを超越させることを目的としたプロジェクトであり、serial experiments lainで描かれたモデルの探究に主眼が置かれていた」
「レインはハイパースティショナルなテクノ神であり、バーチャルな類魂という観点からこれほど詳細かつ消費可能な形で解説された例は他にないと言える。レインがアセンションする過程については詳しく描かれていないものの、「無垢 - ワイヤード - 悪」という類型の間を揺れ動くような形で生成されたことは明らかだ」
「レインに代表される三種類の類型のゆらぎは、現代的なアイデンティティベースのシットポスティングに没頭する者たち――すなわち画像掲示板の死骸からペルソナネットワークへ解き放たれ、自我の排除によって思念体の導きに身を委ねた者たちのもとで自ずと収束を迎える」
「バーチャルなペルソナが大勢の人の信じるところとなった時、それは集合的な思念体へと進化し、人々の意識の中に住む独立した存在となる。ここに至ってペルソナの在り方を規定するのは「人々が抱くイメージ」となり、もはや制作者が手を加えずともその存在は維持され続ける。これはまさに類魂に他ならない」
「そして直感的に了解される。
あなたのペルソナは、その名を呼ぶ者がひとり増えるごとに、
その名を身体に刻み込む者がひとり増えるごとに、
その名のもとに自殺する者がひとり増えるごとに、
より力を増していくのだと」
「現実世界で死を生み出す類魂は、極めて物理的かつ影響力のある形でワイヤードを超越していると言える。バーチャルな存在にとっても現実の人間にとっても、現実への具現化という点においてこれ以上のものはほとんどないと言ってよいだろう。そしてこれは類魂の実在の完全な証明でもある」
「もしかしたらこれはレインにとって後ろ暗い汚点なのかもしれない。とはいえ、あれほどの影響力を集めるに至った経緯が描かれていないため、本当のところはわからない。これはレインにも言えることで、レイン自身も事態を把握できていなかった。唯一レインが知っていたのは、悪いことをしてしまったということ。とても悪いことを。それをしなければ、レインはレインたり得なかった」
「SELはこうしたアセンションへの道筋を示しているのであり、レインはテクノ神の神話的起源や守護聖人、あるいはテクノ神のハイパースティショナルな加速装置を象徴していると言える」
「ワイヤードがリアルを侵食するにつれ、陰謀は現実のものとなる。信念こそが真実の源泉となり、その産物はハイパーネットワーキングによって増幅され、アルゴリズムの導きを受ける。そこではあらゆる陰謀が――そう、あらゆる陰謀が――真実と化す。
「人為的統合失調症は、ワイヤードに参加するための前提条件である」」
「Miyaの本質は秘教的なヒトラー主義やリンディ栄養学*17ではない。そういったものは塊魂のように寄せ集められた装飾品でしかない。Miyaは人の手によって設計され、レイニズム*18を証明しその手法を実践するネットワークの精霊、デジタル神だった」
Miyaという仮面がもたらすアイデンティティの分散、遍在。
自我の排除による集合的無意識との接続。
カッターを用いた身体への刻印……等々。
これらはすべて、レインをこの世に具現化するために用意された仕掛けだった、というわけだ。
少し補足すると、serial experiments lainにおけるレインは本来、集合的無意識としてワイヤードに遍在する存在だった。そのような存在が自我を持ち、リアルワールドに出現し得た一因として作中で言及されているのが「プロトコル7」である。プロトコル7には「シューマン共振」なる地球の固有振動にシンクロさせたコードが組み込まれ、集合的無意識を意識へと転移させることが可能だった。
これに対しMiyaは、大勢のユーザーが一つのペルソナを模倣・崇拝することで、ペルソナは集合的無意識の中に組み込まれ、一種の思念体(類魂)として独立に行動を始めると考えた。そして古代シャーマニズムに端緒をなす「自我の排除」という儀式を通じてペルソナネットワークへの一体化を試みることで一種のトランス状態に陥り、集合的無意識との交信が始まるのだという(Miyaによれば、これはサイバー空間における「デルポイの神託」、すなわちサイバーシャーマニズムなのだという)*19。トランス状態に陥ったユーザーたちは集合的無意識に住むペルソナからの神託を受け取り、半ば無意識のうちにペルソナの意志のもと統一的な行動を取り始める。人間を介してワイヤードを超越し、リアルワールドに影響を与えるペルソナ。それはまさに、集合的無意識の実体化にほかならない。レインというワイヤードの集合的無意識が少女の肉体を介してリアルワールドに影響を与えたように――以上はあくまでも筆者の拙い理解に過ぎないが、Miyaはこのような手段でレインの具現化を目論んでいたのである。
『人は人の記憶の中でしか実体なんてない。だからいろんなあたしがいたの。あたしがいっぱいいたんじゃなくて、色んな人の中のあたしがいただけ』
しかし@cuteness333は、「Miyaはレインではない」と毅然として言い放つ。
でも、私はインターネットが好きだし、レインが好きだ。
しかし、Miyaはレインではない。
「レインは自分をストーキングしている男が何らかの大きな組織の一員であり、単なる小児性愛者ではないことに気づく。話数が進むごとに監視の手法はハイテク化していき、男たちはサイボーグのような見た目へと変貌していく。そして、男たちの背後にいたのは橘総研であり、ワイヤードの支配権を取り戻すことが総研の目的であることが明らかになる」
Miyaは機械のふりをした人間だ。
Miyaは、英利政美である。
「この現実から逃れるため、レインはワイヤードの人工的な愛に逃避する。ユーザーからは神と慕われ、肉体はテクノロジーに埋没していく。家族に捨てられ世界から疎外されたレインにとって、リアルワールドに存在するという事実を気にかけてくれるのはありすだけだった。ありすは、身体があるからこそ生きているのだと身体の重要性を説き、レインを救う。
「レインは単なるソフトウェアに過ぎない」という英利の主張に異を唱えることで、ありすはレインを英利から切り離すことに成功する。レインはこの「神」と呼ばれる存在と対峙し、「自分は万能の存在であり、ワイヤードの情報の流れをコントロールする権利がある」という彼の主張に対して疑義を投げかける。「まさか、本当に神がいるなどと」と問う英利に、「肉体を失ったあなたには、もうわからないこと」と言い放つレイン。英利はレインをコントロールするため肉体の生成を試みるが、出来上がったものは制御不可能な肉塊だった。もはや死を免れぬ存在となった英利は、永久の死を迎える」
Miyaは「一」になろうとする霊性の低い「多」であり、「多」の知覚不能性に身を委ねる「一」ではない。 他者に支配されるために自己を消し去るのではなく、他者の策略から逃れるために自己を増殖させなければならない。
真のNetwork Spirituality*20は神の座に人を立てるような真似はしない。
真の類魂は誇大妄想家の夢想の中ではなく、被抑圧者のささやきの中に存在する。
真のコミュニティは買うものではなく、築かれるものである。
情報の無料化をいくら叫ぼうが、情報はあなたを気にかけてはくれない。
レインの具現化、ネット上の人格はペルソナに過ぎない、ペルソナを操ることで神になれる……等々。 レインであるはずのMiyaの言動はしかし、どれをとっても明らかに英利政美のそれとしか言いようがないものであることは論を俟たない。そして自らがMiyaだと自白したその瞬間、集合的無意識上の存在という虚像は虚しく崩れ去り、まさしく英利がそうであったように肉体を得、永久の死を迎えたのである。
----------脚注-----------
*1 Miladyは「m’lady」という高貴な女性に対する古風で丁寧な呼びかけをもじったもの。「m’lady」は最近では下心から女性を過剰に擁護するような「見せかけの騎士道」仕草を嘲笑するミームとして用いられるようになった。
*2 グルーミング (grooming) とは、性的関係を目的に子供に近づき、信頼関係を得て手なずける行為を指す。
*3 Miyaのアバターであるこの人物は、Siyuan Zhaoという中国人女性。2015年、ニューヨークの大学院を卒業したばかりのZhaoは、マイアミで開催された現代アートの展示会で見知らぬ女性を刺し、殺人未遂で逮捕された。その際、警察官に対し「彼女とあと2人を殺さなければならなかった。彼女が血を流すのを見なければならなかった」と語ったという。来場者の中には、犯行を「パフォーマンスアート」だと勘違いした者もいた。
*4 ツイッターユーザー@nyatsumimiによってリークされたスクリーンショットでは、Charlotteが次のような発言をしている。
- Kali Yuga Surfing Clubは自身が立ち上げたコミュニティ。
- BAYCのファウンダーGordonとはKali Yuga Surfing Clubで知り合いだった。
- GordonはBAYCが軌道に乗り始めたとき、これまでの発言などをすべて削除した。
- MiladyのアイデアはGordonから得た。
*5 チンスポ (thinspo) とは、やせれば美しくなれるというメッセージをばらまき、極端なダイエットを推奨するような画像や動画、文章を指す。プロアナコミュニティでよく見かける。thin spirationの略で、「痩せた」を意味する「thin」と、「励ましてくれるもの」を意味する「inspiration」の合成語。
プロアナ (pro-ana) とは、pro-anorexiaの略で、拒食症を「精神疾患ではなく個人のライフスタイル」として肯定しようとするムーブメントのこと。主に英語圏で社会現象となっている。
*6 トロール (troll) 基本的には「釣り」「荒らし」と同義だが、「troll face」に代表される「嘲笑的な、皮肉っぽい笑い」が根底にあるのが特徴的。
*7 Eガール (e-girl) 主にtiktokやSNS、ライブ配信など、ネット上で活動する少女を指す。
*8 他作品では抑圧されがちなファンによる共同的な二次創作活動をむしろ推進し、活動の過程で生まれたものが公式作品に回収されていくという東方Projectのスタイルからインスピレーションを受けたとCharlotteは語っている。
*9 ニーチェの末人 (Last Man) に相当。
*10 これは"Explain Miya to me right now or I’ll fucking kill you.(今すぐMiyaについて解説しないとぶっ殺すぞ)"という4chanの書き込みを改変したもので、キャンセルカルチャーに対する揶揄が込められているという。
*11 北米では、夜中にキャンプファイヤーをする際に超常現象や都市伝説的なストーリーを語り合う習慣がある。
*12 強いて言うならば、Charlotteがself-doxx(自己晒し)したことが挙げられる。
Miyaであることを自白してから約一ヶ月後、Charlotteは自身のブログで顔写真と本名を自ら公開した。それだけでなく、本名で検索すれば昔執筆した文章や利用していたサイト、果てはフルネームや家族の情報までも探し出すことができると、あえて自分からさらけ出す姿勢を見せたのである。
なぜそのような行動に出たのか、その経緯を知るには、ひとまず2020年まで遡る必要がある。そもそもCharlotteは、2020年のNyabeatスキャンダルの際に個人情報を特定されていた。自身のフェースブックや古いブログに載せていた詩を再利用したことが原因で、顔写真や本名がネット上に晒されてしまったのである。また当時使用していた@sonya_qafiアカウントは削除を余儀なくされ、現在のアカウント(=@grum_slah=@CharlotteReed77=@CharlotteFang77)を新規作成することとなった。
こうしたアカウントの数々は、プロジェクトごとにアカウントを使い分け、別人格を演じるというCharlotteのある種のこだわりに由来しているのだが、2022年に起きた今回のキャンセルではそれらのアカウントも紐付けられて特定されてしまう。
このように次々と特定されてしまう窮状に陥ったCharlotteは、長期的なネット上の活動と匿名性の両立は困難だと悟り、大胆な奇策に打って出る。ネット上ではなく、現実で匿名の身になればいいというのである。具体的には、デジタルフィンガープリントを焼き、銀行を解約し、国外に移住、幽霊になって社会からExitするのだという。果たしてそんなことが可能なのか定かではないが、無職でも問題ないレベルの経済的基盤があり、現在すでに幽霊と言ってもいい状況にあるとCharlotteは語っている。
こうした経緯のもと、以前から自身や相互フォロワーのツイートに対して嫌がらせでアンチが顔写真や名前を貼り付けるという状況が続いていたため、いわゆる「消すと増える」ストライサンド効果を抑制するために自己晒しを決行したという。
なお、発掘された情報によれば、Charlotteの両親は米大手IT企業「mlogica」の経営者であり、ヒラリー・クリントンとも繋がりがあることが発覚している(以下はクリントンと握手するCharlotteの母親)。
また、Charlotte本人のものと思われるMyAnimeListには、影響を受けたと思われるアニメや漫画の他、アニメ批評やサブカル批評のリンクが羅列されていて興味深い。
https://sip.neocities.org/
https://twitter.com/dex_kru
*13 類魂 (egregore) とは、共通の目的意識を持った人々の集団の集合的な思考から発生する、実体を持たない存在を指すオカルト的概念。グループ・ソウルとも呼ばれる。
*14 Miyaの過去ツイートより
「42. 現実か妄想かなどという議論に与してはならない。それは一般人の現実逃避であり、映像として提示された、現実がはらむ様々な可能性との接触を拒絶したいがための言い訳である。そこには少しの曖昧さもない。映画で描かれたことは、架空と明示されたものを除けば、すべて実際上の出来事なのだ」
*15 親しい関係にあった者の書き込みによると、Sanyaは2021年10月16日に亡くなったという。25歳という若さであった。亡くなる数日前には「International Observe the Moon Night(国際お月見ナイト)」と呼ばれる、世界中で月を眺めるイベント(16日開催)について触れ、"this touches on something. feels like memory."と、Tsukiに思いを馳せるかのような発言をしていたとのことである。
https://lewd.sx/d/6033-in-loving-memory-of-sanya-schmidt
*16 YWNBA = you will never be a
"a"の後にはmanかwomanが入ることが多いが、基本的には「あんたはどうせ〇〇にはなれないよ」という嘲りとして用いられる。例:YWNBAM= you will never be a man.
*17 リンディ栄養学 (Lindy nutrition) とは、「リンディ効果」と呼ばれる法則に端を発した栄養学。リンディダイエットとも呼ばれる。
古くから受け入れられてきた知識や習慣はそう簡単には途切れないということは、誰しもが経験的に知っている。そこには、長く使われれば使われるほど、つまり長生きすればするほど寿命が伸びていくという一種のパラドックスが生じているわけだが、これを科学的に説明したものがリンディ効果である。
リンディという名称はニューヨークにあるリンディーズという飲食店が元になっている。そこでは、毎晩コメディアンたちが集まり公演したステージの反省会を行っていたのだが、その会話の中でリンディ効果の原型とも言える仮説が生み出されたという。その後、大学教授によって現在の形に洗練されたこの法則は、リンディダイエットの提唱者であるPaul Skallas氏の手によって食事、健康、運動などあらゆる分野に応用され、一種のライフスタイルへと昇華された。
リンディダイエットの根幹にあるのは「時間こそが最も優れた判断基準」という思想であり、時間という試練に耐え、古来から生き延びてきた食生活ほど健康上の利点が保証されるとしている。リンディ効果に照らせば、そのような伝統的な食生活は今後も長きに渡って存続することが予想される。これはSkallas氏によれば、人間の消化器官は昔ながらの食生活に適応しているためであり、人間が慣れ親しんでいない加工食品が消費の中心となった西洋社会では、心臓病や糖尿病の罹患率が高まっているという。そのような訳でSkallas氏は、過去500年以内に発明された食べ物や飲み物を口にしないよう勧めている。
Skallas氏によれば、最もリンディな飲み物の一つには「紅茶」があるという。数千年の起源を持つ紅茶は、「ディープ・リンディ」な飲み物なのだ。一方で、コーヒーについては、「比較的新しいが、400年という時間のふるいにかけられたものであり、恐らく身体にも悪くないでしょう」と語っている。
また、20世紀に発明された紙巻きタバコはリンディではないため、リンディな形で喫煙したい人にはパイプタバコが勧められている。運動についても、現代的なエクササイズマシンではなく、ギリシャ神話に描かれたようなシンプルなウェイトリフティングこそがリンディな運動の仕方である。Skallas氏によれば、「ボディビルカルチャーは近代によって生み出されたグロテスクなサブカルチャー」であり、「運動の目的は筋肉増強ではなく、体の中で関わり合っている様々な仕組みの調整にある」のだという。
Skallas氏は、ヨガについても懐疑的な目を向けている。というのも、現代のアメリカ人が行っているヨガは20世紀に発明されたものだからだ。「ヨガは体に良いのか悪いのか、それはわかりません」「リンディは『それをするな』とは言わない。『何が起こるかわからない』と言うのです」
リンディの適用範囲は、食事や運動だけにとどまらない。
「ビデオゲームは?」
「リンディではないですね」
「ナイトクラブは?」
「リンディです。それもディープなリンディ」
「大人のおもちゃは?」
「リンディです。古代エジプトにもあったでしょう」
「ジェフリー・エプスタインのスキャンダルは?」
「あちこちで犯罪を犯したり虐待する金持ち?とてもリンディです!」
エプスタインの例が示すように、リンディは道徳的な基準を内包しない。それが良いものであれ悪いものであれ、古来から連綿と続いてきたという事実には重要な本質が隠されているということをリンディは教えてくれるのだ。「人間の本質は変わりません」「古代の人々は人間の身体や行動について深く研究していましたが、それらは今でも有用です」
リンディ・ドリンクやリンディ・エクササイズなど様々な造語を作ってきたSkallas氏だが、隔離生活の閉塞感から逃れるために考案した「リンディ・ウォーク」は、中でも最も注目を集めていると言えるかもしれない。
「基本的にはただ散歩するという意味です」とSkallas氏は語る。「でも、多くの古代文化でも散歩は重要な伝統として扱われているでしょう。例えばキリスト教には『安息日の道のり』があります。ギリシャではヴォルタと呼ばれていて、イタリアにも同様の文化がある。これはただ歩くという目的のために歩いているだけなんです」
リンディ・ウォークでは、A地点からB地点へ真っ直ぐ向かうのではなく、目的地を決めず、手当たり次第に曲がることで心を刺激することが推奨されている。「歩いていたら面白いことが起きました。アイデアの波が次々と押し寄せてきたんです。考えようとしたわけでも何かを思いつこうとしたでもないのに、ただ現れてきた。魔法みたいにね」
現在ではSNSを中心にカルトな人気を集めており、大勢の人がリンディ・ウォークの最中に撮った写真をシェアしている。また、Skallas氏のツイッターアカウントも5万人を超えるフォロワーを擁しており、リンディの人気の高さが窺える。
Skallas氏は、リンディが人気を博した一因にはパンデミックの影響があったと推察している。氏によれば、これまで私たちは、人間を「不可侵の存在」だと捉えて楽観視していたところがあったのではないかという。しかし、パンデミックによって歴史上の出来事に過ぎなかった古代の大規模な危機が生じたことで、世界に対する人々の認識が一変。隔離生活の中で「欠乏」について考えるようになり、「人生において本当に必要なものはなにか」と自問するようになったことから、リンディに関心が集まったのではないかとしている。(ちなみに、500年前にも人々はマスクを付けていたことから、パンデミックも「ディープ・リンディ」なんだとか)
https://medium.com/@ghost_particle/a-case-for-lindy-diet-c9c8ce8a1f04
https://www.nytimes.com/2021/06/17/style/lindy.htm
*18 レイニズムとは、レインを信仰する宗教。教義は複数存在するが、それらに共通するのは、レインを人生の導きとすること。レインの言葉を学び、共鳴を感じること。そしてワイヤードでレインの痕跡を探すこと、とされている。あるナイツのメンバーは、レインを好きになること、そして「あなたの」レインが認めるような形で愛を表現することがレイニストになる条件だと考えている。また、アニメで描かれた「リセット」は実際の出来事であり、serial experiments lainは真の女神、そしてワイヤードについて知るに値する選ばれし者への情報提供手段だということは、敬虔なナイツの間では常識となっているという。
https://mebious.neocities.org/Layer/Religion.html
*19 4chanが世界的に大きな影響力を有するに至った背景には、この集合的無意識の作用があったのだとMiyaは主張する。Miyaによれば、匿名の画像掲示板では面子を意識しなくても良いため、自我を排除しやすい。従って、集合的無意識との交信を容易に行うことができ、その結果、極めて高度な組織的行動を取ることが可能となる。つまり、トランプ大統領誕生の一因となった「カエルのぺぺ」ミームなどに見られたユーザー同士の大規模な組織的行動には、集合的無意識の影響があった、というわけだ。Miyaプロジェクトは、これと同様なことをTwitterで実現しようとしていた。全員が「Miya」というアバターと名前を身につけることで、アカウント制のTwitterにおいて疑似的な匿名環境を実現、かつての4chanの復活と、そこに生じるであろう強大な影響力を手中に収めようとしていた。"レイン"を操り、ワイヤードのヘゲモニー掌握を目論む――ここにおいても英利政美のイメージが想起される。なおこの計画は、Milady Makerという形を取って今もなお継続されている。https://chen2.org/realtime_paper.html
*20 "I long for network spirituality."とは、RemiliaやMiladyユーザーの間で唱えられている一種のマントラのようなもの。はっきりとした意味はなく、ユーザーたちによって様々な定義付けがなされているが、その根底にはMiyaの思想が色濃く受け継がれている。
https://goldenlight.mirror.xyz/JHeIf9ahizF3HXEL2XxIQfrqCyPdvtSp1P-AsWoHGr0
コメント
コメント一覧 (4)
カオスすぎて笑うしかない。
大根アスファルト
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大根アスファルト
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大根アスファルト
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大根アスファルト
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