昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝

井上陽水 「アンドレ・カンドレ」としてデビューも不発、本名で再出発後から知られるように ボブ・ディランから詞の世界に強い影響

さて本名の井上陽水(本名の読みはあきみ)としてポリドールから再デビュー。72年の「傘がない」あたりから知られるようになった。

陽水と小椋佳は同じレコード会社で驚異的なアルバムセールスを記録した。中でも陽水の歌唱は一語一語に説得力があり、声は力強く、どこか切ないのである。

小室等からボブ・ディランを薦められ、詞の世界に強い影響を受けたようだ。吉田拓郎もディランに影響を受けたが、それは詞よりも曲のほうに感じる。

拓郎と同じくアーティストへの楽曲提供も多い。後に夫人となる石川セリの「ダンスはうまく踊れない」(77年)や、中森明菜の10枚目のシングル「飾りじゃないのよ涙は」(84年)などがある。明菜のシングルは85年度の年間チャートで6位に輝くヒットとなった。 =おわり 【次週は「女優・小川眞由美 今、明かす私が歩んできた道」です】

■井上陽水(いのうえ・ようすい) 1948年8月30日生まれ、76歳。福岡県出身。2020年10月に公式ホームページにビデオメッセージを公開して以降、公の場での活動はしていない。

■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問、日本ゴスペル音楽協会顧問。1950年生まれ。東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)で制作ディレクターとして布施明、五木ひろしらを手がけ、椎名林檎らのデビューを仕掛けた。2010年に徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長に就任し、Perfumeらを輩出。17年に退職し現職。

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