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大学を無償化してはいけない

 にわかに活発化している大学無償化論ですが...財源論とは無関係に大学を無償化してはいけません.大学進学への金銭的支援は奨学金制度の拡充と大学への委託によって行うべきです.

 高校の無償化とは訳が違うんです.

 本日はすでに多くの人が指摘している【逆再分配】,個人的にはより重要な問題である【規制強化】について説明したうえで,【大学収益率と生産性】【奨学金改革】についてお話しします.

逆再分配問題

 大学無償化への批判としてもっともメジャーなものは【逆再分配】でしょう.すでに多くの論説が指摘しているように,大学進学家計はその他の家計よりも所得が高い傾向があります.大学無償化は大学進学家計への支援ですから,相対的な高所得家計への再分配(逆再分配)になっています

 例えば,『学生生活調査』(日本学生支援機構・令和4年)によると大学学部学生(昼間部)の家庭の年間収入は平均853万円.『国民生活基礎調査』(厚生労働省・令和4年)での高齢者世帯以外の平均所得は665万円となっている.ちなみに短大学生の家庭の年間収入は平均638万円と全国平均に近い.ここは後で少々のポイントになる.

 直近の四年制大学進学率は四年制大学53.7%,短大4.4%,高専4年次0.9%(文部科学省・令和元年)です.進学しない4割,さらには23.8%にのぼる専門学校進学者と大学進学者で処遇を変えることが正当な再分配とは思われません.

大学の多様性は失われる

 逆再分配問題は所得への累進課税や資産税と組み合わせることで対応することもできる(政治的には難しいでしょうが).深刻な問題は学費無償化による大学での教育・研究への公的介入への強化です. 

 第一は価格シグナルの喪失です.仮に大学が完全無償化となったとき.大学への補助金支給の基準となる各大学学費はどのようにして決まるのでしょう.学費を1000万円/年にしても公費で補填される・・・というわけにはいきません.カリキュラムや教員組織に応じた「公定価格」を定める,または大学が提示する学費を文部科学省が「審査」することになります.

 高等学校授業料の無償化は――学習指導要領に基づく教育であること,都道府県ごとに行われること,公立高校の割合が高いことなどから「他県動向」「私立学費」といったベンチマークがあります.
 また,日本の大学入学者は18歳から20歳に集中しているため,学費無償化に年齢制限(30歳以下とするなど)を設けても「無償ではない学生の学費」という目安は存在しないに等しくなります.

 学費のベンチマークがなくなると,政府が人員配置や学習内容について「標準的な大学教育」を決めてコストから学費を算出する必要が生じます.このような大学教育「標準化」は大学の多様性とは大きく反するものでしょう.

制度ハックと規制強化

 文部省の監視が強化されるであろう理由は学費設定問題だけではありません.全員の学費が無料になり,学費相当分が政府から支給されることになると――大学側には「なんでもよいので学生を集めて補助金を受け取る」というインセンティブが生じます.
 思考実験としてこのような大学を想像してください.

・入学者には海外旅行や最新PC,TDLやUSJ年パスをプレゼント
・出席は不要!入学手続きだけでOK!卒業もしないでOK!
・講義はすべて大講義かリモート

・・・そんな滅茶苦茶な大学あるはずがないと思うかもしれません.しかし,定員超過入学問題や外国人出稼ぎ留学生問題など……過去にも「いくらなんでもそりゃあない」という制度ハックがありました.そして大学無償化は過去の補助金政策とは桁違いのビッグビジネス(?)です.制度ハックによる不誠実な収益化事案もまた桁違いの量になるでしょう.
 どのような形になるか予想もつかない制度ハックを事前の設置審査で縛ることは困難です.大学への継続的な管理・監視・監督が不可避となります.

※現行でも,補助金額が多く,教育内容の標準化を求められる医学部や獣医学部の設置審査が非常に厳しいことを想起ください.補助金額を増やすことはそれだけ政・官の介入が大きくなるということなのです.

有名大学のレジティマシー

 このように説明すると,かつて国によって運営されていた国立大学では教育・研究の自由があったじゃないか(そんなことないという話はさておき).ゆえに公的管理だからといって箸の上げ下げまで政府や官庁が管理監督するわけではない...と思われるかもしれません.

 確かに全面無償化になっても,国立大学や一部伝統私立の教学内容が政府・官庁によって大きく左右されることは(しばらくの間は)ないでしょう.

 それは,これらの大学には各々の学部構成・教員組織・カリキュラムを正当化する「歴史」があります.

 近年でも国立大学(だいたい京大^^)に警察官が立ち入ったことに対して賛否があがる.警官の立ち入り拒否を憲法23条(学問の自由)だけで正当化することは困難です.戦後の大学自治運動の蓄積,警察の立ち入りを拒否してきたという慣習が重なって「なんとなくよくないこと」という空気が醸成されてきたのです.
 いわゆる名門大学は開学以来の大学運営上の慣習,教授会の伝統,学部教育の理念があります.それゆえに理事会・教授会の意思決定に対して,文部科学省が外部から大きく介入する「正当性」を示すことはむつかしい.
 そして,管理・監督側がそもそもOB・OGであることも多い(旧帝大や各県国立大学など).この場合管理・監督の担当者自身が各大学の歴史・慣習により強い「正当性」を感じることも多いでしょう.

 要は伝統が口出ししにくい雰囲気を形成してくれている

 しかし,少なからぬ大学ではこのような蓄積は望めません.新設大学や新設学部での意思決定は政府・官庁の意向が強く反映されることになる.

 本筋とは外れますが,私は国立大学に限定しての学費無償化は一定の根拠がありうると考えています.完全な逆再分配ですが,私立大学というベンチマークを持ち,歴史・伝統という自治の正当性がある大学であれば無償化できなくもないからです.(まぁ近年の状況を聞くと国立大学でもなかなか厳しいかもなぁともゲフンゲフン)

 ヨーロッパにおける大学の学費無償化(実質無償化)も同様の観点から考える必要があります.なかには中世以来の伝統をもつ大学であるからこそ,その自治が正当化される.それでもなお国公立大学に限定している国(ドイツ・フランス)もありますし,人口規模が小さく大学と行政・社会の距離が近く,そもそも大学の数が少ない国(北欧諸国)が多い点にも注目しておきましょう.

ゲスの勘繰りですが...

 正直なところ,大学無償化論は

・無償化とは関係なしに大学に行く(相対的に高所得な)階層の我田引水
・政官の介入がいかに強くなろうが無償化による延命を求める大学
・ビジネスチャンスととらえる一部大学経営者
・権限拡大をもくろむ官僚
・自身が望む教育内容を大学に注入する機会をうかがう人々

の見解が「みんなに大学を」という聞こえの良いスローガンに集まっている話なのではないかと思います.しかし,大学進学率を上げることは本当に必要なことなのでしょうか.

大学進学の収益率

 まず,大学進学は個人的には比較的お得な投資です.だからこそ教育ローン(含奨学金という名のローン)を使ってでも進学する人がいるわけです.

 学費と4年間の機会費用とその後の所得上昇から計算される大学進学の収益率は7%前後とする研究が多い(経済に限らない包括的なサーベイとして 濱中・日下部2017).利回り7%の投資案件なぞまずないわけですから・・・これは公的に支援しなければという声も理解できなくはありません.
 しかし,これらの収益率は「平均」であることに注意.大学進学者にはいわゆる名門大学からそうではない大学まで多様な属性の人が含まれています.2010年入学の特定の地方私立大学文系学部卒業者に関する調査,2割の学生が大学進学の収益率がマイナスと予想されることが示されています(真鍋他 2020).

 また,少し古い調査ですが島(1999)では,小企業に就職した場合には大学進学の収益率はほぼ0であることをレポートしています.小企業に就職した大卒者1970年代には小企業でも2%台の収益率があったのですが,その効果は90年代には失われていったようです.

 専門学校・短大進学に注目した分析としては遠藤・島(2019)があげられます.専門学校進学率が23.8%,短大が4.4%(上述)なので,これは専門学校の収益率をはかったものといってよいでしょう.女性に注目した調査なのですが,継続的に働く(結婚・出産による中断がない)場合の大卒と短大・専門卒の収益率は0.4%しか差がありません.
 ちなみに濱中(2009)によると専門学校(正確には専修学校)進学が有意に所得を引き上げるのは女性に限られた現象のようです.2004年のデータによる分析ですが,90年代までの女子高等教育の状況を鑑みると示唆的です.女子の四年制大学進学率が低かった時代には専門学校進学が大学進学と同じ社会的認知をもたらしていたのではないでしょうか.

 女性では大卒と専門卒の収益率に差が小さいことは「進学の収益率」のかなりの部分がスクリーニング効果であることを予想させます.
 つまりは「大学で学んだこと」「専門学校で学んだこと」が当人の生産性向上を通じて生涯所得を引き上げるのではなく,進学が「大学に行くような真面目な子」「専門学校に行くような意欲がある子」の証明になることで好待遇の職に就く確率が上がるという理屈です.

 教育のスクリーニング収益に注目すると,高卒時に「真面目で意欲がある」ことに高校側がある種の「お墨付き」を与える学校推薦求人についてもその生涯所得への影響を調べる必要があるでしょう.専門外なので文献をあまり知らないので某分野に明るい方案内ください.

※大学院進学に関する調査では理系ではプラスの収益がある一方で文系にはそのような効果がみられないこと,技術職・専門職ではプラスの影響があるものの,事務職・営業職にはその効果はないとする研究が多いとのこと(濱中他前掲).

マクロの収益率について

 大学進学の収益が主にスクリーニングに基づくとするならば,大学進学への投資を政府の事業として行う根拠は薄くなります.リターンが私的なものだからです.

 家庭の事情で有利な投資案件にアクセスできないことは大きな不平等ですが,それは給付・貸与両面での奨学金拡充によって行うべきでしょう.

 一国全体での大学進学率上昇が経済成長を引き上げるか否かは国際比較データをみるとよいでしょう.2010年時点での日本の大学進学率(51%)はOECD平均の62%を下回っていますが,スイス(44%),ドイツ(42%),ベルギー(33%)よりも高い水準です.オーストラリア(96%),ポルトガル(89%),ポーランド(84%)のようにほとんどの人が大学に進学する国もあります(文部科学省資料).これらの進学率差と成長率の間に一貫した関係は見られません.

 この国際的な進学率の差は歴史的に形成されています.各国には各国なりの「大学卒業の意味」が形成されています.大学進学率が伝統的に高い国では「大学は言って当たり前のもの」として,比較的進学率が低い国では「学力や意欲の証明」として大卒が機能している.

 仮に人為的に大学進学率を引き上げてみたところで,社会における「大学を卒業したことの意味合い」が変わるだけのことでしょう.ほとんど全員が大学に行くという状況になると...何らかの理由で大学に行かなかったことのスティグマ性を強めるだけの結果になるのではないでしょうか.

必要な奨学金改革

 全員無償化は逆再分配であり,大学の自主性・多様性を損なう恐れがあります.そして大学進学の収益は私的なもの(社会ではなく当人にリターンがある)です.
 有益な投資対象に資金成約によってアクセスができないことによる問題に対処する方法は無償化ではなく奨学金の拡充でしょう.

 このように主張すると,給付型奨学金の拡大の話になると思われるかもしれません.しかし,私は現行の貸与奨学金(≒公的教育ローン)には大きな意味があると考えています.同じ財源で実施するならば給付型よりも貸与型の方が多くの学生が利用できます.
 「経済的理由による進学困難」は多種多様な理由によって生じます.これは自身の経験ですが...私の家は高3から大学2年にかけて急速に経済状況が悪化しました.その結果,前年実績だと公的扶助・大学の授業料減免の対象外になっちゃう(大学3年から免除うけた).それでも日本育英会は通ったんだよね.その他,家庭環境が複雑だったりすると画一的な基準で少数だけが選ばれる給付型を公的奨学金のメインにすることは問題がある.

 公的運営だからこそ統一的な基準が必要で,統一的な基準だと非典型的な困窮に対応できない.もともとプラスの収益率が期待できる大学への進学なのだから貸与型に広くアクセスできるようにすること,利子の抑制などをより広げていくことが重要になる.

 一方で,給付型の奨学金は大学に任せるとよいでしょう.財源の話は【参考】にゆずりますが無償化よりもはるかに少ない財源で達成可能な方法の一例が下記の通り.

各大学に
・入学者の5%の入学金・授業料免除枠
・入学者の5%の入学金・授業料免除プラス月4~8万円の給付型奨学金支給
を義務付ける.

※月4~8万円の給付型は日本学生支援機構の給付型奨学金額にあわせています(自宅生が3.83万円/自宅外が7.58万円)

 その選考方法は大学に任せる.単純に成績上位5%,10%で受給者を決める大学があってもよい.家計所得を限定しての奨学生推薦入試を行う大学があってもよい.その他大学の宣伝や将来に有益な学生を指定して給付するのでもよい.
 各大学がそれぞれの基準を設定し,条件を公開したうえで受験生は自身の状況にあった大学を選べばよいのです.各大学がさまざまな制度を設定することで,受験生は何らかの形で自身に会う授業料免除・奨学金のある大学を選べばよい.

 金銭的な理由で志望大学にいけなくなるのはかわいそう...とは私は思いません.それは大学教育の効果が偏差値順に並んでいるという幻想から生じる誤解です.
 もちろん難関大学卒業とそれとかけはなれた大学卒業では上述のスクリーニング効果が異なります.しかし,奨学金の都合で模試偏差値ランキングで少し下の大学に行くことになっても生涯所得はたいして変わりません(Dale and Kruger 2002, Nakamuro and Inui 2013).むしろ,その大学の期待の星として学生生活を送ることでポジティブな効果が得られることもあるでしょう.そして,奨学金が受けられることで進学先を変えるという行動が一般化すると,硬直化した大学序列を変える効果も期待できます.

※なお,この手の大学による給付奨学金の設定にはひとつの注意点があります.それは途中での停止をさせないことです.現在,多くの大学での授業料免除や給付奨学生には厳しい成績要件が課されています.ほとんど全優じゃないと給付を受け続けられないという大学もあるようです.これでは安心して大学生活を送ることはできない.せいぜい「留年しないならば4年間奨学金を受けられる」等の制度を義務付けるべきでしょう.

大学無償化は筋のよい政策ではありません.
より少ない財源で
より大学の多様性を保ち
逆再分配にならない
解決策がある.なぜ無償化にこだわる人がいるのか,私は謎でしかありません.

【参考】これまでの記事

 なお私はかなり強固な無償化反対論者です.ざっと検索しただけで本マガジン内で6回はこの話しています...本エントリよりも詳しい話,派生的な論点も出てくるのでご興味の方は購読してみてね.


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購入者のコメント

1
Tasty Groove
Tasty Groove

すでにご存知と承知しますが、こちらの奨学金制度(米国MIT)を紹介します。

https://sfs.mit.edu/undergraduate-students/the-cost-of-attendance/making-mit-affordable/

現在、学部生のみの制度ですが、かなりの学生サポート(金額と対象学生とも)となっていること、非米国人の入学比率が(11%程度)限定されていることが特徴的と思います。

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明治大学政治経済学部教授.経済政策・マクロ経済学の実証分析が元々の専攻のはず.最近は地域経済の問題に関心があります.
大学を無償化してはいけない|飯田泰之
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