この世的なものへの挑戦。
長崎在住の女性R様から「仕事に行きたくなくてたまらないから背中を押してほしい」と連絡が来た。私の正しい使い方である。どれくらい行きたくないのかを聞き、聞き、聞き、聞きまくった後に「最後だと思って行ってみよう」と言った。今日を最後に仕事をやめるつもりで行ってみようと言った。その日の夜、R様から「行ったらすごい楽しかった!仕事はこうでなくっちゃね!ありがとう!」と連絡が来た。ホッとひと安心である。
そんなR様から「いま忙しいですか?」と連絡が来た。私は「忙しかったことがない」と言った。R様は、心の余裕をはかる尺度の話をした。花が綺麗だと思えている間は大丈夫。お茶の味をしっかりと味わえている間は大丈夫。坂爪さんの家に来て、お茶を飲みながら涙を流される方々は、お茶の味をしっかりと味わうことができなくなっていた時なのだと思う。あたたかい飲み物に救われることって、人間にはあると思う。お茶が体に良いというよりは、お茶を味わう心の余裕が大事なのだと思う。R様は、そのようなことを言った。
R様は「いい年齢になったけど、何もしないまま生きてきてしまった」と言った。私は、そんなR様のことを大好きだと思ってしまった。私に会おうとしてくださる方々は、自分が普段属していないコミュニティの人間、もっと広く言えば「社会的ではない人間」の意見や空気感に触れたくて、私に連絡をしている気がする。社会の内側にいる人からは、社会的なこと(正論や一般論)を言われてしまう。社会の外側にいる人からの意見は、時に、社会的なしがらみにがんじがらめになっている人の心を溶かしたり、解放することがある。
最近は便利な時代だから、楽譜のデータをネットで買える。いちいち本を買わなくても、弾きたい曲を一曲五百円とかで買える。事業計画を立てることが得意な人は、楽譜の販売や個人指導の先生をしながら生計を立てる。だが、この世の中には事業計画を立てるのが苦手な人間、事業計画とは無縁の人間もいる。時折、楽譜を無料で公開している奇人がいる。奇人を見ると嬉しくなる。その姿から「明日死ぬかもしれないから、ありったけの自分をお見舞いする」的な心意気を感じる。そう言う人には、逆に一万円とか払いたくなる。売っている人には五百円を払うが、売らない人には一万円を払いたくなる。そんな心理作用がある。
脱社会の人間の役割は、社会の欺瞞を暴き、精神性を拡張することである。こうあるべきの外側を生きることで、はからずとも「この世的なものに挑戦する」ことである。そんなんじゃ生きていけないよと言われていることをやり、そんなんで生きてきてしまっていますと体現することである。人間界の摂理とは異なる、自然の摂理、宇宙の摂理を体現することである。人間を動かすのではなく、人間以外を動かすことである。横ではなく、縦と繋がることである。人間以外を動かせば、人間も勝手に動く。社会的な人から見たら自殺行為だと思われるようなことの中に、この世的な閉塞感や停滞感を吹き飛ばす爆薬が潜んでいるのである。だからこそ、事業計画を立てることが苦手な人は、全放出スタイルでやってみるのはいかがでしょうかと言いたい。これをやれば生きていけるということをやるのではなくて、これが最後だと思って生きてみるのはいかがでしょうかと言いたい。受け身で生きるには、人生は長い。ひとりはさみしいから誰かといたい的な他者の求め方とは違う、自分にとって「俺はこれを面白いと思っている」というものを、とんでもなく全開になって世界に放出する。あとは野となれ山となれ。最悪の場合は、本当に死んでしまうかもしれない。不安になった時は、私を見て欲しい。私は、かれこれ十年以上、このスタイルでやってきた。まだ、生きている。図太く、まだ生きているのである。
坂爪さんこんばんは!
GIさんの仰るように、THE PRESENTSの曲は、社会の異物であって欲しいです。
コマーシャルソングが氾濫する中を逆流するような、ロックンロールを響かせて下さい。
それは、進化していく時代の流れに生き埋めにされた、原初の光を取り戻しに行く行為なのかもしれませんね。
おおまかな予定
12月19日(木)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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