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狸伝八百八奇譚

第三章

二段目 盗人にも三分の理・陸

「さ、流石、隠神様。凄まじい成果でございますね」


と八◯八団団室のソファーに腰掛け、驚嘆の表情を浮かべるは瑠璃でございます。

その視線の先には、チョコレートの山。綺麗に梱包され、彩豊にして煌びやかなチョコレートの山が、団長席の机の上に一つ二つと聳え立っているのでございます。

で、その山の間を覗きましたならば、やけに辟易とした古狸の面が一つ。


「ふぅむぅ、参ったのぅ。饅頭なら山程食えるが、チョコレートのような飛び切り甘い菓子はきつい。もう既に十数箱程食って、口も臓腑も甘ったるくて仕方がないわい。こりゃ明日目が覚めた時には、身体中に蟻が集っているやも知れんな」


と隠神言いまして、口をだらし無く開けてげっぷ一つ。腹そこから込み上げてくる甘ったるい匂いに、さらに辟易とした面を浮かべてしまいます。

時は件の大捕物から移ろいまして、バレンタインデー当日。その日の夕方、放課後でございます。
でまぁそんな時分でございますから、隠神の前に詰まれているチョコレートの山は、全てバレンタインチョコレートでな訳でございまして----え?何々?爺の癖に随分とモテてるみたいだな?ですって?

ま、それは確かにそうなのでございます。しかしこの場合“隠神では無く、隠神むじな”でございまして。


「さ、流石、絶世の美女。白山高校のアイドル隠神むじな。友チョコだけで、これ程の量を得られるとは。隠神様の変化は、圧巻の一言でございます」


と言って、隠神を賞賛する瑠璃。
すると隠神、

「まぁ友チョコだけでなく、幾つか本命も混じっておるがなぁ」

と何やら引っかかるような事を、ボソリと呟き、

「しかしこのチョコレートの山々は、一重に隠神むじなによるものではない。乙女達の依頼を果たした、この隠神刑部狸への感謝の意も含まれているのじゃよ」

と続けて言います。


さて乙女達の依頼と言われましたならば、少しばかり時を戻して昨日。大捕物が一件落着した辺りに事でございます。


四百二十五番を捕らえ、無事障りを取る事は出来ましたが、しかし盗まれたもの----特にバレンタインチョコレートはまだ持ち主の元に戻っておりません。

そもそも四百二十五番捕縛に乗り出したのも、純情可憐な乙女達が、バレンタインチョコレート取り返してくれと涙ながらに依頼してきたからでございます。

これをどうにかしない限りは、めでたしめでたしとは行きません。
そして朝日はすっかり登ってしまっていますので、バレンタインまで残すは一日でございます。
そして手癖の悪い四百二十五番の事でございますから、真神の障りも手伝って、それはもう大量のチョコレートを盗んでいるのでございます。

飛脚百人集めたって、たった一日で全てを持ち主に返すのは無理な話。
しかし返さねば乙女達の怒りと失望を買い、隠神刑部狸の評判はガタ落ち。
さぁさ困った困った、ほほほいほい。えらいこっちゃ、えらいこっちゃのヨヨヨイヨイ。

尻に火がついたように騒ぎ出し、小躍りするように慌てふためく人間少年少女二人。
しかしそれはどうも要らぬ心配のようでございまして。


反省の意を込めて、夕方までチョコレートを全て返してこい----と四百二十五番に軽く命じるは隠神でございます。

何て無茶な、と思うのも束の間。それを二つ返事で了承する四百二十五番。
四百二十五番は我楽多の中からチョコレートを全て見つけ出し、袋の中へ入れ込みます。
そして韋駄天の如く街中を駆け回り、目にも留まらぬ早業でチョコレートを返し回ります。

そしてそして夕方と言わず、おやつ時には全て返し終えてしまい、その道中に盗みを働いてた事を、隠神に叱責される始末でございます。

まさに妖怪変化の為せる妙技。怪力乱神の絶技。

人間少年少女は、改めて四百二十五番の力に圧巻されたのでございますが----まぁそれは良いとして。


兎も角チョコレートが手元に戻った事により、無事バレンタインデーを迎えられると嬉々として喜ぶ乙女達。
そして当日、チョコレートと共に意中の相手に思いの丈を伝え、淡い青春の一時を送る事が出来ました。

それも全てチョコレートを取り返してくれた隠神刑部狸様のお陰。
八◯八団の仕来りに従い、隠神刑部狸様に捧げ物を送らねば。

とまぁそんな塩梅で乙女達は、バレンタインのついでと隠神刑部狸にチョコレート捧げたのでございます。
そしてむじなの分と、隠神への捧げ物が合わさってチョコレートの山々が築かれ、そして隠神の辟易面へと繋がる訳でございます。

「そ、その、心中お察し致します」

とチョコレートの山を改めて見て、顔を少し痙攣らせる瑠璃。
そして、

「しかしそのチョコレートの山は、謂わば人間達の隠神様への信仰心の現れ。隠神様がこれ程までに信仰されている事は、化け狸にとって大変喜ばしい事でございます」

と続けていいます。

すると隠神は頬杖を付き、瑠璃をジト目で見据えまして、

「そうじゃ。これはまさしく人間達の信仰心そのものじゃ。そして此度は人間達に中々良く霊験を示せた故、得られた信仰心も実に多大じゃ」

それをチョコレートで例えるなら、目の前ある山があと二つ三つ立つ程じゃぞぉ----と倦み疲れたようにそう言い、甘ったるいげっぷをまた一つ。

甘いチョコレートを目にしてるのに、それはもう辛い物を食べたような面を浮かべる瑠璃。


そして二、三の間を置きまして、


「わ、私もその、チョ、チョコレートを食べるの、お手伝いします」


と気まずさに耐えかえ、思わずそう言ってしまいます。

「ふん、別に構わん。無理に食わせて、お主に虫歯でも作らせようものなら、あのハゲが煩いからな」

隠神、背凭れに深く身を傾け、天井仰いでげっぷのぷ。


「では、お捨てになられるのですか?」

「戯け。塵を食い物にする事はあっても、食い物を塵にするような真似はせんぞ、儂は」

「し、しかし、そうは仰られても」

「あぁ、分かっておる。粗末にはしたくは無いが、儂の舌は甘味に次ぐ甘味で、すっかりヘソを曲げてしまっておる。かと言って、チョコレートは日持ちせんから、悠長に食っておっては結局粗末にしてしまう。いやはや難儀難儀。果たしてどうしたものか----」


おぉ、そうじゃ!----と声上げ、ポンと手を打つ隠神。


「山本にやろう!此度の件で、奴の配下の百々目鬼に多大な迷惑を掛けたからなぁ!その詫びとしてチョコレートをどっさり押し付け----いや、渡す!ふむ、中々良い案じゃ!お主もそう思うじゃろう、瑠璃?」

「い、いやぁ」

「何じゃ。お主あろうものが、よもや山本が可愛そうとでも言うのか?ならば心配無用。彼奴はあんな見てくれの癖して、アイスパンケーキなる甘ったるい洋菓子をペロリと食う甘味好き。それに彼奴の正体は山程大きいそうじゃから、チョコレートの山など軽く平らげる事じゃろう」

「い、いえ、違います、隠神様。その魔王山本自身も、隠神様にチョコレートを渡そうとしているのです。配下の百々目鬼が散々息巻いた挙句、全く役に立たなかった事への詫びと、日頃の感謝の意を込めて、山本魔王軍婦女子会が作ったチョコレートを進呈すると聞きました」

「なな、何ぃ!?それでは儂がチョコレートを押し----いや渡しても、山本の分で帳消し!否、下手したら山がまた一つ増えるではないか!お、おのれぇ、あの芋煮お化けめぇ!余計な気を回し追ってぇ!!」


では、証和!あの腹太鼓じゃ!----と口角泡飛ばして、机を叩く隠神。


「彼奴め!大捕物が終わるや否や、そそくさと帰りおって!一番の功労者だと言うのに、録に礼をする事が出来んかったわぃ!じゃがチョコレートを押し----いや、渡すことでそれを果たせよう!それと八百八狸の障りを解くのに、再び力を貸して欲しいから、それでチョコレートを押し----渡すのも良い!どうじゃ!これなら問題あるまい!」

「そ、それもどうかと」


何故じゃぁ!?----団室内に轟く隠神の怒号。崩れるチョコレートの山。竦みあがる瑠璃の体。

瑠璃はこくりと小さく喉を鳴らし、そして恐る恐る口を開きまして、

「か、かずさ御前様が、私の夢枕にお立ちになられたのです」

とポツリ。

「かずさ御前?証和の妹ではないか。この話の流れで、かずさの名が出るとは実に不穏。かずさは夢枕に立って、一体何を伝えてきたのじゃ?」

「えぇ、まず証和様の事ですが、どうやらあの後寝込まれてしまったそうです。何でもお腹にある古傷が痛み出したとかで」

「ほぅ、そうか。儂が気に掛けた時は、てめぇの三味なんざ屁でもねぇ、と言っておったのにのぅ。やはり強がっておったか」

「三味?どういう事です?」

「何じゃ瑠璃。屋島狸だというのに證誠寺の狸囃子を知らんのか?證誠寺の住職と、証和様率いる鈴森の化け狸達の囃子合戦を」

「そ、それは勿論存じ上げております!しかし、それと証和様の古傷は関係ありませんでしょう。何せあの古傷は、凶悪な化け狐を退治した時に出来た物でございますから」

「おっと!そう言えば、そういう事にしてあったな。儂とした事が、うっかり口を滑らせてしまったわい」

と言って、気まずそうに口を噤み、瑠璃から視線を逸らす隠神。

瑠璃、怪訝に片眉をあげます。

隠神は低い唸り声を上げ、そしてはぁーと溜息を吐きますと、

「う、うむ。まぁ、お主になら話して置いても問題ないか」

と言って、瑠璃に向き直ります。

「良いか、瑠璃。証和の腹の古傷は、化け狐によって出来た物ではない。證誠寺の囃子合戦の際に出来たものじゃ。住職の匠な三味の音に負けじと、証和は腹を張りに張って腹鼓を打ち続けた。しかし囃子合戦の四日目の夜に限界を迎え、証和の腹はついに破けてしまったのじゃ。証和は瀕死の重症を負い、囃子合戦は住職の勝ち。住職はそんな証和を不憫に思い、また囃子合戦の奮闘を讃え、境内に祠を建て、証和を大明神として祭り上げた」


人間に自慢の腹鼓を破られ----。

囃子合戦にも負け----。

おまけに同情されて、大明神に祭り上げられてしまった----。


「彼奴にとってあの古傷は、まさに不名誉の象徴そのものなのじゃよ」

としんみりとした趣で、最後にそう結ぶ隠神。
しかし口角は少々上がり気味で、その隙間からはクスクスと息が漏れております。


「な、成る程。ではきっと他言無用と思われますので----一先ず聞かなかったことに致します」

頭痛持ちのように片手を頭に添え、少し項垂れて一息吐く瑠璃。

「それで証和様は古傷が障って寝込んでおります故、八百八狸捜索への参加は暫しご遠慮したいと、かずさ御前様は仰っておりました」

「ふむ、そうか。証和の腹鼓は気分が高まる故、もっと居て欲しかったがのぅ。まぁ仕方があるまい」

「それとこの季節柄、隠神様はお礼としてチョコレートを贈ろうとお考えやも知れませんが、それもご遠慮して頂きたいとも仰っておりました。証和様自身お歳でありますし、加えて今の状態でございます。チョコレートのような過度な甘味は、お体に毒となりましょう」

「むむむ、そうか。そう来たか。兄思いの妹と取るか、兄妹揃って儂の目論見を読んだと取るか。まぁそれは良いとして。話はそれで終わりか、瑠璃?」

「い、いえ、その。かずさ御前様は続けて、床に伏せた兄に変わり、隠神様に助力出来ない非礼をお詫び申し上げたい、とは仰っておりました。そして今後のご活躍を祈り、そして季節柄に沿って----」

「ま、まさか」

冷や汗ぶわりと滲ませる隠神に、はい、そのまさかです----と返す瑠璃。

「かずさ御前様が理事を為されている“月華の会”。そこがつい先日作ったバレンタインチョコを、隠神様へ贈らせて頂くと仰ってました。月華の会は、百余の雌化け狸からなる会。故にそのチョコの数は大量と思われますので、きっと山が3つほど増えるかと----」

瑠璃はそこで言葉を止め、気まずさの余り口を一文字に結びます。そして隠神とチョコレートの山から、思わず視線を逸らしてしまいます。

ついに数週間前までは、バレンタインで成果を得て、隠神刑部狸の威光を示すと張り切っておりましたがね。
それが万事順調に成った所為で、よもやチョコレートの山々の処分に頭悩ますとは、流石の隠神も予想外。


「流石、景教(キリスト教)の祭り事。仏教と結びつきの強い化け狸に、こうも仇なしてくるか」

と力無く抑揚無くそう良い、糸が切れたように机に突っ伏す隠神でございます。


ひゅうひゅるりら、ひゅう。
窓の外で甲高い風の音が鳴ります。
ひんやり肌寒い風が、校庭を吹き抜けているのでございましょう。
しかしその校庭を見れば、数組の若い男女が屯しております。そしてチョコレートを渡し、受け取り、甘くも愛おしいやり取りを繰り広げております。
外の空気は肌寒いどころか、きっとあっつあつのほっかほかに暖まっていることかと。


「源の奴は、どうだったんじゃろうなぁ?」

隠神は身を起こし、徐に椅子を回し窓の外を見ます。

瑠璃は逸らした視線を再び前に向け、

「どうと言いますと、佐藤のチョコの数ですか?」

と隠神の大きな背に向け、そう問います。

「あぁ。儂は今日一日中チョコレートを配り周り、そして受け取り回っておったからな。源がどうなっておるか、気にかける暇など無かったわい」

「まぁ、そうでございましょう。隠神様の周りは常に人集りが出来ていましたし、故に私もチョコを渡す機を----」

「ん?何?今、何か言ったか?」

「え!?い、いえ!!何も!!」

「そうか。まぁ儂に気を遣って無駄にするくらいなら、源にでもくれてやれ。お主の鞄に隠した、儂へのチョコレートをな」

「か、鞄?なな、何のことです?」

「恍けるな。お主が団室に入り、このチョコレートの山を見るや否や、手に持っていたチョコレートを咄嗟に隠したことなどお見通しじゃ。そして儂の心中を察すると言いつつ、さてこのチョコレートをどう始末しようか、と思案しておったのもお見通しじゃ」

「さ、流石です。お見それしました」

「ま、そのチョコレートとお主が情けで用意していた義理チョコレートで、まずは二つ。源の母親からのチョコレートが一つ、そして忘れてはならない真理殿からのチョコレートが一つ。合計四つのチョコレートを得られるのは確実じゃ。後は儂が作ったチョコレートと、このチョコレートを山を押し付けるかどうかじゃが----」


まぁ、源の事じゃ、爺のチョコレートは要らぬと強がることじゃろう----と最後に結び、窓の外の景色を眺めながら、ふふっと小さく笑う隠神でございます。


瑠璃は、傍に置いた鞄の中に、そっと手を入れます。
純白の絹布で包み込んだチョコレート。市販の包装のままで、乱雑に袋に入ったチョコレート。

その二つを撫でるように触れ、瑠璃はふっと口角を上げますと、

「失くして見て、その大切さを改めて知る」

とポツリ。


隠神は耳をピクリと動かし、椅子を回して瑠璃に向き直ります。
そして、四百二十五番の言葉じゃな----と言い、片眉上げて怪訝な表情を浮かべます。

「これはどうか内緒にして頂きたいのですが」

口元に指を当て、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべる瑠璃。

「実は私、稲生のチョコを見てしまったのです。四百二十五番に盗まれた狐祓を探している際、我楽多の山に埋もれていたのを見つけまして」

「むむ」

「丸くて可愛らしいチョコ。それが二個花柄の布袋に入っていて、ピンクのリボンで口が縛ってある。私は稲生と一緒にチョコ作っていた故、それを知っていたのですが----しかしその袋十数個程に混じって、装飾の入ったリボンで口を縛った、無地ながらも肌触りの良い紺の布袋が一つ」

「ほぅ」

「おまけにチョコレートの数は3つ。砕いたナッツが練り込まれ、ホワイトチョコのチョコペンで飾り付けまでされておりました」

「何と!いや、その前にお主、中身見たのか?」

「え、えぇ、まぁ気になったもので、つい。しかし元通りに包装し直しましたので、バレてはいない筈です」

「う、うむ。お主も意外と隅に置けんのぅ。まぁそれは兎も角、その如何にも特別なチョコレートは、もしや」

「はい。佐藤に渡す物で間違い無いかと。花柄の袋と一緒に紺の袋も見つけた事を、わざと大きい声で言いましたら、それはもう酷く慌てておりましたので」

「そうか!そうかそうか!真里殿が源にチョコレートを渡すとは思っておった!しかし良くも悪くも誰にでも平等に接する娘故、源だけ特別なんて真似はせんと思っておった!しかし!他の連中と違う包み方で!チョコレートは一つ多く!そしてとびきりの飾り付けときた!いやはや、なんとも!喜ばしい事ではないか!」

鬱屈に染まった面が一変、浮かぶ満面の笑み。彩られるは明るい喜色。

隠神は大手を振って、かんらかんらと高笑いを致します。
ここに酒があれば、チョコレートを摘みに盛り上がれよう、といった趣きで喜びます。

しかし瑠璃は、

「隠神様、この話はこれで終わりではありません」

と言います。

隠神は高笑いを止め、怪訝な表情を浮かべます。
チョコレートの山が崩れる程に身を乗り出し、瑠璃の言葉に耳を傾けます。


「“失くして見て、その大切さを改めて知る”」

瑠璃は、再び四百二十五番の言葉を言います。

そして、稲生がチョコを見つけた際、私に語ってくれました----と続けまして、


「チョコを盗まれたと知った時、今までにない程に落ち込んだ。渡したい人に渡せないと思った時に、胸の奥が締め付けられる程に苦しくなった。伝えたい思いを伝えられない。届けたい思いを届けられない。それ程辛く無念な事は、この世に然々とない感じた。その時に出来た心の傷の深さが、そのままその人への思いの深さだと感じた。今回の怪盗事件は、それを身に染みて学ぶ良い機会だった。そして感じた思いの深さと、今手元にあるチョコは釣り合っていないと気付く良い切掛だった」

だから、このチョコを作り直すことにする----。

あと一日しかないけど、大丈夫。その一日で思いの全てを込めて見せる----。


「ご先祖様を見習って、私は私が満足出来る形で、この思いに応えたい。稲生は最後にそう言い、晴れやかな笑みを浮かべました。そしてその笑みは目の前の私を過ぎ、無様に蹌踉めく佐藤の背に向けられていました。まぁ多少物申したい事はありますが、余計な口出しは野暮というものでしょう」


四百二十五番の出鱈目も、強ち馬鹿に出来ませんね----と結び、口角を上げて微笑みます。


隠神は顎髭をつるりと撫で、徐に天井を仰ぎます。

大手を振る事もなし。高笑いを上げる事もなし、酒気を帯びたが如き、盛り上がりを見せる事もなし。
しかしその顔は、先程のものが憂いに見える程に、暖かく鮮やかな喜色に彩られておりまして、


「ふむ、そうか。ならば源のチョコレートは、その一つで十分じゃろう。瑠璃のチョコレートも儂のチョコレートも、真里殿のチョコレートの前では無味乾燥であるからな」

と言い、静かに瞳を閉じ、穏やかな笑みを浮かべる隠神でございます。

「そうそう。今の話で思い出したのですが、隠神様に一つお聞きしたい事が」

「何じゃ?」

「隠神様が苦心の末に見事作り上げた、手作りバレンタインチョコ。その造形は可愛らしく簡略化されていると雖も、とても手作りとは思えぬ程に精巧緻密に作られた狸型。一口食べれば広がる芳醇な香り、心地よい舌触り、うっとりする程の甘味。ありとあらゆるチョコで、比肩しうるものは決してない。誰が食べても今迄で一番美味しいと言い、その味の感想を問えば十人十色。食べた者が一番美味しいと感じる味に、“化けている”と思えてしまう程の至高無上の一品。皆は口々にそう賞賛し、大変な人気を博しているのですが----」


あのバレンタインチョコ、本当に手作りなのですか----?


瑠璃は隠神の隈で隠れた目を、射竦めるようにじぃっと見据えます。
隠神の微かな仕草も見逃すまいと、瞬き一つする事なく見据え続けます。

暫しの沈黙、水を打ったような静寂。

隠神は口を真一文字に結び、眉間に皺寄せ、耳をピクピク、お鼻フスフス。

そしてゆっくりと席を立ち上がり、ゴッホンと咳払いを致しましたならば、


「御免」


と一言言い、ボフンと白煙。
チョコレートの山と共に、すっかり姿を消してしまいます。

開いた口が塞がらないまま、団室に一匹取り残されて瑠璃。


しかし知らぬが仏と悟り、脇に置いた鞄に手を入れまして----。



隠神と小源太に渡す予定だったチョコレートを手に取り、ぱくぱくっと頬張ってしまいます。
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プロフィール

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ニックネーム
ポン介
性別
野郎
血液型
内緒
生年月日
内緒
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そこらへん
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エンジニア
自己紹介
小説書いたり、絵を描いたりしてします。
毎日更新を心がけております。

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