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芸術は漠然だ!~斉と公平太のムダに考えすぎ~

「ミツバチにモネとピカソの絵画を学習させる実験」について!

2024年5月17日

「教養としての脳」 編:坂上雅道 小松英彦 武藤ゆみ子 2024年


先日、ご恵贈していただいた「教養としての脳」という本をパラパラと読んでおりましたら、その中に衝撃的なことが書いてありました。
それは
「ミツバチにモネとピカソの絵画を学習させる実験」です。

以下引用しますと、
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「__Wuらは、ミツバチがモネとピカソの絵画を識別できるかどうか試すという興味深い実験を行なった(Wu et al.,2013)。___(略)__

__箱の入り口から100cmのところにモネとピカソの1組の絵画を並べて、それぞれの絵の下側にさらに奥に向かう入り口を開けて、一方の後ろだけに砂糖水を置いた。ミツバチを箱に入れて、20分間箱の中を探索させるという操作を何度か繰り返すと、ミツバチはどちらの絵画の後ろに砂糖水があるかを学習して、絵画の左右を入れ替えても報酬を得られる絵を選ぶようになる。____」
___
引用文献
Wu, W., Moreno,A. M., Tangen,J. M., Reinhard,J.(2013) Honeybess can discriminate between Monet and Picasso paintings.Journal of Comparative Physiology A ,199, 45–55.
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(『「教養としての脳」の第15章社会性昆虫の学習能力と意思決定 佐々木哲彦』より引用)___________
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鳩(ハト)が学習によってモネとピカソを識別できるということはわりと知られていると思うのですが、昆虫であるミツバチの実験は完全にノーマークでした。

「ピカソを見わけるハト ヒトの認知、動物の認知 」 著者:渡辺 茂 1995年


この上記の本「ピカソを見わけるハト ヒトの認知、動物の認知 」にハトが学習によってモネとピカソを識別できるというようなことが載っております。
以下、引用しますと

「___ハトは訓練に使わなかった、はじめて見る絵を見せられた場合でも、それがモネの絵であるかピカソの絵であるかを区別したのである。__(略)
___もちろん、このハトの区別は画廊の主人の鑑定とは違う。実験ではたとえば、ピカソの「青の時代」(素人目にはピカソらしくない絵を描いていた時代)の絵はまったく使ってない。___」__
(「ピカソを見わけるハト」 著:渡辺 茂より引用)__

ミツバチの方は学習に使用していない絵の識別についての記述はないので、ハトとミツバチの識別は違うのかもしれません。
これらの実験の「学習」「識別できる」という書き方を大げさに感じる人もいるかもしれません。しかし、人間もモネとピカソを学習によって識別するということを考えるとそんなに構造としては変わらないのではないかと思ったりもします。

ミツバチが、モネとピカソを識別することと人間が作品を鑑賞するということは違うかもしれませんが、この辺のことが非常に気になっております。
人間以外の存在にとっての美術について考えるときの例としてサルとか鳥とかAIなどを想定していたのですが、ミツバチというのも今後考えに含めていきたいと思っております。

僕は専門家ではないので、正確な情報を知りたい人は「教養としての脳」「ピカソを見わけるハト」を読んでみてください!

そして毎度のことながら、ここから書くことはボンクラである僕の妄想で学術的に全く意味のないことです。そこんとこヨロシク。

このミツバチの実験で個人的に思い出したのが、2003年くらいでしょうか、私、東京(本当は埼玉)での貧乏生活の中、いろいろな美術コンペに出して落選が続き、かなり精神的に追い詰められていたことが原因なのか、何を考えていたのか今となっては謎ですが、ある時
「ゴキブリに絵を描かせて、ゴキブリに応募させよう!」
と本気で考えました、ふざけているわけでなく、その当時は真剣でした。しかし、ゴキブリが応募書類を書くことができず、自分が代わりに書くことになること、どこまでいっても人間がやっていることから抜け出せないということ、描きたくもない絵をゴキブリに無理やりか描かせるのは動物虐待になってしまう、と考え断念しました。

ゴキブリが絵を描いている図


上記画像はゴキブリの足に絵の具をつけて絵を描かせている様子の予想図です。

あと、思ったのが、ミツバチに
『ピカソの絵』『マイク・ビドロの「これはピカソではない」』
を識別できるか?ということです。(ちなみにマイク・ビドロの「これはピカソではない」は、どんな作品かと言いますと大雑把にいうならピカソの絵のサイン以外を模写した作品です。)
もしかしたら識別できるかも知れません。

「んなわけねーだろ!」

と反論されそうですが、。まあ、確かに識別は無理でしょう。(もしかしたらサインの有無を識別する可能性があるかもしれませんが、)

マイク・ビドロが表紙の「美術手帖] 1990年3月号


識別は無理として、ミツバチにこの批評性が理解できるかどうかは、もしかしたら学習させれば可能なのではないかと考えたりもしますが、現実的に、やはり無理でしょう。
人間も表面上は学習させれば、そのような批評性を理解できるかも知れませんが、それを理解できることになんの意味があるのか、自分自身最近わからなくなってきております。

もはや価値基準は現代美術以前に戻っていて、表面上現代美術的なものも内容的には現代美術以前のような気がします、僕個人の印象ですが。

「そんな議論とっくの昔、80年代より前に散々言われててもう終わった話だろ!」

とも言われそうですが、まあそれもそうなのですが、現在はそれがもっとうやむやになりマーケットが主な基準になっているような気がしないでもないです。引用の批評性さえマーケットでの方便になってきているのではないかとも思えます。ピカソを引用しているという意味はなくなって単にピカソの絵として受けとられそうです。

個人的にはマイク・ビドロを評価しておりますし、考え方としては好きな作家ではあります。まあ、自分が学生の時に美術手帖の表紙になっているので、単なるミーハーで世代的なものかもしれません。ただ、いまの時代には意味が通じないのではないかという話です。

「こざかしい考えはやめて、純粋な気持ちで描かれた絵を見て素直に感動すれば良いじゃん」

という、意見も当然あるわけで、まあ、その通りなんですが、じゃあ完全に描かれた絵から得られる情報のみで鑑賞することが可能なのかといえば、それは無理なんじゃないのかという気になってくるわけで、それについては自分の中で未だ結論が出ない問題なのです。

人間はハトやミツバチのように絵を見れないということです。


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引用文献
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●「教養としての脳」
文中引用部分
(第15章社会性昆虫の学習能力と意思決定 佐々木哲彦)
編:坂上雅道 小松英彦 武藤ゆみ子
発行:共立出版
発行日:2024年4月1日 初版第1刷発行

●『ピカソを見わけるハト ―ヒトの認知、動物の認知 』
著者:渡辺 茂
発行 : ‎ 日本放送出版協会
発行日: 1995年9月25日 第1刷発行

●美術手帖 1990年3月号
「特集サンプリング・アート」
発行日: 1990年3月1日
美術出版社

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