「盲点」は「点」ではなく思っていたより「面」だった。
2024年4月10日
私、今年の某月某日、自然科学研究機構にある基礎生物学研究所・神経生理学研究室というところで、
「視覚における充填知覚時の脳波活動の解析」
という実験に被験者として参加してきました。
この実験を素人の私がなんと説明したら良いのかわかりません。
おそらく「盲点」という言葉を読者の皆さんもなんとなく聞いたことがあるかと思います。
「盲点」は日常生活の中では比喩として使われることが多いですが、実際に眼の中に「盲点」があることも聞いたことがあるのではないでしょうか。
「__視野の盲点と呼ばれる場所は、網膜から視神経が出ていく場所に対応していて、その場所には光を感じる細胞が存在しません。しかし、私たちは盲点に相当する穴が視野に開いているとは感じません。これは盲点の回りの色や模様が、脳内の働きで盲点の内部を埋めてくれている、つまり充填しているからです。___」
(『「視覚における充填知覚時の脳波活動の解析」説明文書 小松英彦』から引用 )
脳によって補完された画像を「見せられる」ことによって、「見えていない」ということが見えないということなのです。
この『充填知覚時』の脳波のデータをとる実験の被験者になってきたのです。
この実験は僕にとって非常に刺激的な経験となりました。頭の中で想像していた「盲点」に対する考えが実験を通して変わりました。
実験は頭を固定して、眼帯をして右目、左目、片方づつ行われます。
また、眼球を動かさ無いようにディスプレイ画面中心に表示される点(十字)を見るようにします。
(この眼球を動かさないというのが慣れるまでできなくて、右目は失敗してしまいました。)
はじめにディスプレイの画面上に点が位置を変えながら表示されるのを見て、盲点の範囲をマッピングしていきます。その後、マッピングされた位置に下のような四角の線に囲われた赤い楕円形の画像が表示されるのです。この赤丸が縦に長いのは、盲点は縦に長い傾向があるからだそうです。
上の画像の赤丸部分が盲点の範囲に表示されるので、下の画像のように赤丸が消失して白い四角だけに見えます。周辺の色に合わせて白色で充填されるからです。
この実験用の画像は実際に使用されたものではなく、僕が思い出して再現したものです。大きさや形は実際のものとは違います。
この実験を体験するまでは「盲点」は「点」だと思っていました。しかし、これは僕の個人的な感想ですが、見えない範囲が「点」ではなく「面」だというのが僕の実感です。しかも想像していた以上に視覚の中に占める割合が大きいと感じます。
ただ、これは片目づつ、頭を固定して眼球を動かさない、という条件付きです。
充填以外にも右目と左目が補完しあったり、首で頭を動かしたり眼球を動かすことで補っているのです。
しかし、普段は充填されている部分を自覚できないので、どれだけ充填されているかはわかりません。
絵を鑑賞している時も、その全体の何パーセントかは脳が充填した絵を見ているのかもしれません。
視覚における充填知覚を美術批評に反映させるべきか?
眼球の運動や、首による頭の動き、鑑賞者の移動は、作品制作や美術鑑賞において既に考慮されています。
しかし、充填知覚はどうなのか?
見ている絵の一部が鑑賞者が脳で補完している画像であるのなら?
「いや、それは難癖だろ!!」
と言われそうですが、この問題について今後も個人的に考えていこうと思っております。
今回私が参加した実験の被験者募集のリンクです。興味のある方は応募してみてください。
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心理物理実験と脳波計測実験の被験者を募集
https://eijwat.blogspot.com/2024/04/blog-post.html
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この「達人に訊け」のコーナーは「中日プラス会員」限定で質問を投稿できる機能があります。前回の永谷園のお茶づけのおまけのカードについて書いたコラム「私の美術の原体験、永谷園のお茶づけ」にも投稿が寄せられたのでご紹介させていただきます。
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『懐かしい話題ですね。ちなみに、私は本棚を整理していましたら、「民族と伝承 日本の祭」⑩が 見つかりました。』
2024年3月20日
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僕の周りでも結構このカードを集めていたという感想をいただきました。
あらためてこの永谷園のお茶づけカードの影響力の大きさを知ることができました。
コメントくださった方ありがとうございます。