私の美術の原体験、永谷園のお茶づけ
2024年3月16日
今僕は、51歳なのですが、いまだに子供の頃の経験が現在の自分に大きな影響を与えているという気がします。作品鑑賞や制作にもそれが強く反映されています。
ある時期まで僕は「美術」は感覚的に、フィーリングで観賞するものだと思っておりました。実はそれは大きな勘違い間違いで、自分が感覚的だと思っていたものが、外部から教育されたもの、学習されていたものだということに気がつきました。それが良いとか悪いとかの話ではなく、事実がそうだということです。
極端な例ですが、たとえば、生涯に映画100本観た人のベスト10と、生涯に映画1本しか観てない人のベスト10では違うわけです。いや、その両方のベスト1が同じ可能性も十分ありますし、多く見た人が偉いとか優れているというわけでもないのですが、ただ何らかの違いはあると思います。
今回は僕個人が何に影響を受けてきたのか、何に学習されてきたのかを考えてみます。
個人が美術作品に出会う順番というのが、美術史の時系列どおりに出合うわけはないですし、自分は1972年に生まれてから現在までに見た順番というものがありますが、これは当然、美術史とは違います。また美術史が本当に重要なのかどうかということもあります。
当然ながら、はじめに出合うビジュアル作品という意味では「美術」より先に
「漫画」「TVアニメ」「特撮」「おもちゃ」「イラスト」
があるわけです。これらを美術だと考えても今の僕は全然問題ないのですが、今から50年くらい前はこれらのジャンルは今よりもっと「美術」とは、別のジャンルとしてハッキリ区別されているように僕には感じられました。
「漫画やTVアニメなんてけしからん!!」
という風潮、社会の空気がありました。
現在公共の場でTVアニメや漫画の様式の絵が溢れている状況から考えると想像できないかもしれませんが、1970年代はそういう感じがありました。
自分にとっては漫画やTVアニメの影響はもちろん絶大なのでありますが、僕の子供時代は「美術」とは区別されて刷り込まれているわけです。これも良い悪いではなく、ただそうだったというだけです。その当時もそれらを「美術」として解釈する回路はあったとは思うのですが、それは現在の、それそのものを「美術」として受けとめるということとは違う、ジャンルの外にあるものを再解釈するというようなニュアンスのものだったと思います。
じゃあジャンルとしてのそのように区別された「美術」と僕とのファーストコンタクトは何だったのか?
それは永谷園のお茶づけに同梱されている「東西名画選カード」なのです。
下の画像は今回のコラムのためにヤフオクで落札した「東西名画選カード」です。
永谷園のお茶づけのパッケージに1965年ー1997年の間、名画のカードが同梱されていたのです。 ネットの情報によると2016年にまた復活したようです。
今回のコラムのトップ画像に使用している浮世絵のカードが同梱されていた「さけ茶漬け」は今月購入したものです。現在は歌川広重の東海道五拾三次が入っているようです。
詳しくは下のリンクを見てください。
>>参考リンク ORICON NEWS 2020-12-15
『 “希少”じゃないことに価値がある… 配布開始から55年、永谷園「名画カード」に込めた想い』
https://www.oricon.co.jp/special/55583/
『“希少”じゃないことに価値がある〜』ものすごい名言だと思います。
僕はこの永谷園の東西名画選カードの「印象派」「ルノワール」「ゴッホ」「浮世絵」、そしてそれら全体が醸し出す雰囲気を「美術」だと刷り込まれたわけです。
これがどう考えても、今の僕にものすごい影響を与えているのです。
1970年代に特に美術に興味がない家庭で名画に触れることができるのは新聞や雑誌ですが、小さい時は新聞や雑誌は読みませんし、仮に見たとしても記事や報道写真と並列して載ってるので、作品が独立したカードの状態になっているのとでは受けとめ方が違います。
小学校の図画工作の教科書に美術作品が載るのは高学年であり、本当に自分が子供の頃に初めて出会った「美術」というのは、このお茶漬けの名画カードなのです。
母親がこのカードについて台所で「この絵はいいね」と好意的なこと言っていたことが記憶の中にハッキリと残っております。ちなみにこの商品を頻繁に買っていたわけではなく本当に、たまーに買っていたような感じです。
この「東西名画選カード」という「西洋の名画」と日本の「浮世絵」が入っているというチョイスやカードのサイズ、お茶づけのおまけのカードであるという点、食パンやお菓子のおまけではないということも含めて影響を受けていると思います。