本文へ移動
芸術は漠然だ!~斉と公平太のムダに考えすぎ~

私の夏の読書感想文 小林秀雄の「ゴッホの手紙」

2023年8月26日

400

「ゴッホの手紙」著者:小林秀雄 新潮文庫


はじめに断っておきますが、このコラムはマジメな内容ではないです。

お盆に母の墓参りをするために実家に帰省した時に、父が「俺は最近、小林秀雄にはまっていて小林秀雄の本を色々読んでいる」と言って、「ゴッホの手紙」という本の素晴らしさについて熱弁してきたので、気になって僕も購入して読んでみました。

「批評家 小林秀雄(1902〜1983)」は国語の教科書に載ってたので名前は知っていたのですが、ちゃんと読んだことはなかったのです。大学入試の現代文の問題にもよく出題されてるそうです。

「ゴッホの手紙」著者:小林秀雄  新潮社

この購入した文庫の奥付を見たら

令和2年9月1日発行  令和5年6月20日3刷

となってました(令和2年=2020年 令和5年=2023年)。この本の初出一覧によれば、古いものは1948年(昭和23年)に書かれたものです。戦争が終わったのが1945年 1948ー1945=3、終戦の年から3年。2023ー1948=75、75年前に書かれたのにも関わらず令和になっても刷られている、時代を超えて需要のある本だと言えるでしょう。 

この本が良いとか悪いとかというようなことは書きません!そんなこと書ける身分じゃないですよ、僕は。ただ、僕は『1948年にビッグな批評家が有名な画家ゴッホについて書いた本』というカギカッコつきでしか読むことができません。小林秀雄も有名ですが、ゴッホ(1853〜1890)も有名な画家です。

バブル時代の1987年、ゴッホの「ひまわり」を53億円で安田火災が落札したというニュースが記憶に残っている人もいるのではないでしょうか。(2023ー1987=36、36年前)

53億円がどれくらいの金額か説明の図


僕の予想では日本国内でアンケートをとったらゴッホの認知度はかなり高いと思います。まあ実際にアンケートをとったわけではないので正確なことはわかりません。

しかし、お笑い芸人・永野さんの歌「ゴッホより普通にラッセンが好き〜」というのがありますが、これはゴッホが有名だから成立していると思うのです。これが仮に「エリザベス・ペイトンよりカレン・キリムニックが好き〜」と言っても一般には通じないのです。

「53億円がどうとか、有名かどうかとか、お金や知名度は真の芸術の価値とは無関係だろ!コラ!」

と怒る方もいると思います。僕もその意見に賛成なのですが、ある程度、有名でないとその美術作家や、その作品について情報を知ることができないのも事実です。(現在はインターネットがあるので、ゴッホの時代と条件が違いますが)

この本、冒頭、1947年に美術館でゴッホの複製画(「烏のいる麦畑」1890)を観て衝撃を受けた、というキッカケで始まります。

で、この複製画、当然「複製画かよ!」というツッコミが入ることを予想しての予防線というわけではないと思いますが、こう書いてあります。
以下引用
____

___文学は翻訳で読み、音楽はレコードで聞き、絵は複製で見る。誰も彼もが、そうして来たのだ、____(略)
___翻訳文化という軽蔑的な言葉が屢々人の口に上がる。尤もな言い分であるが、尤も過ぎれば嘘になる。近代の日本文化が翻訳文化であるという事と、僕等の喜びも悲しみもその中にしかあり得なかったし、現在も未だないという事とは違うのである。______


(ゴッホの手紙 小林秀雄 11pより引用)___

と書いてありました。「複製」「翻訳文化」これらを小林秀雄は「悪条件」と呼んでいます。そして「悪条件」であることを理由に「感動」を否定することはできないという意味だと私は解釈しました。これには「結構はっきり書くな~」と僕は感心しました。

この「悪条件」という言い方は自分に否がない、選べないという感じに受け取れますし事実そうでしょう。この「悪条件」という言葉で思い出したのが、美術評論家椹木野衣の「悪い場所」という言葉です、「悪い条件」と「悪い場所」は、意味が違いますが、なんとなく思い出したので書いてみました。

話は戻って、この「複製」「翻訳文化」云々については、「普通のことじゃん」「特に新しい意見じゃないじゃん」という人もいるかもしれませんし、「今の時代はもう悪条件じゃないよ!」という人もいるかもしれません。現代は別の意味で「複製」された画像をインターネットを含め大量に受け取っている時代なので、「複製」ということがまた別の意味を持ってきてるかもしれません。

この文章はわりと冒頭の部分なので、これを書いてからじゃないと語れないというのがあったと思います。それは複製画だからだというだけではなく、やはり日本という場所で美術を批評するうえで、前提としてこれを書かないといかん、と思ってのことだと思います。

で、矛盾と言っていいかはわかりませんが、ゴッホは日本の浮世絵の影響を受けています。それはこの本にも紹介されているゴッホの手紙の中にも出てきます。
しかし、それは
__
__其処には日本人に関するゴッホの勝手な夢想があって_____
(ゴッホの手紙 小林秀雄 引用p85)____


と、小林秀雄も指摘しているように誤解を含んだものでもあります。ゴッホにはゴッホの「悪条件」があるのです。また1948年も現在も「翻訳文化」と「浮世絵」との間には連続性の中で語ることができない断絶があるように思います。

この辺は、本全体の趣旨としてはさして重要な部分ではないですが僕が個人的に気になってピックアップしました。

「小林秀雄先生をバカにしてるんじゃないのか!?」

と誤解されるといけないので書きますが、断じてそんなことはないです。自分が関心のある「作家と作品の関係とその解釈」を考えるうえでもいろいろ参考になることがたくさん書いてありました(この場合小林秀雄の解釈)。内容については、あまり詳しく書くと、ネタバレもしくは著作権違反になるので興味ある方は読んでみてください!ゴッホ作品のカラー図版も収録されているのでオススメです。

もし、僕が学生でこんな感想文を書いて提出したら落第でしょう。

あと、本当に全く本の内容と関係ないのですが、この文庫の帯の裏側の広告に

「新潮文庫で読むアート小説」

というキャッチコピーがついてました。
下の画像参照

帯の広告


「アート小説」というジャンルがあるのでしょうか?「アート」を取り扱っている小説なのか、アートっぽい小説ということなのかどっちなのでしょうか?「この帯に書いてある本を読んだらわかるんじゃないかな?」とも思いますが、タイトルから推測するに「アート」を取り扱っている小説ということだと思います。

おすすめ情報