画像生成AI、もし北斎がジャクソン・ポロックの抽象画を描いたら?
2022年10月7日
上記画像は
LINEの画像生成AI「お絵描きばりぐっどくん 」(Stable Diffusion)に
「葛飾北斎の描いたジャクソン・ポロックのオールオーバー」
と入力して生成された画像です。
どことなく北斎の「富嶽三十六景の神奈川沖浪裏」を思わせるような感じがしないでもないです。また浮世絵の多色刷り版画の色の重なり、その質感が画像上に再現されてるようにも見えます。
さて「画像生成AIの中の北斎」に描かせようとした「ジャクソン・ポロック」とは、どんな美術作家なのかと言いますと、
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『__ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock、1912ー1956)は第二次世界大戦後、床に広げたキャンバス一面に塗料を撒き散らす独創的なスタイルとテクニックによって、絵画の概念を大きく変えました。___』
<「生誕100年ジャクソン・ポロック展図録」より引用>
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上記画像の図録の表紙のような作品を作っている美術作家で、けっこうな巨匠なのですが、
「こんなの俺でも描けるわ!」
(注意:僕が言ってるわけじゃないです、僕はそうは思ってません)
ということを言われがちな作家でもあります。現代美術に対してよく言われる批判ではありますが、しかし、
「他者による再現が不可能であることの価値」
という評価基準が、そもそも現代美術にあんまりないので、そこで判断されてもな〜という思いもありますが、それとは別に、実際に美術館でジャクソン・ポロックの作品の実物を見ると
「これ、他者による再現は不可能だろ!」
ということも思ったりするのです。
似たようなものは作れるが、ポロックのようには描けないと思っております。ただ、その再現不可能な部分の差異を認識し判断できるのか?どうか?ということです。(正直、僕には無理です)
そこで、今、僕は画像生成AIにどハマり中なんで、
「〇〇〇が描いたジャクソン・ポロックの抽象絵画」
の、「〇〇〇」部分に、いろんな美術作家の名前を入れて試してみました。
「抽象絵画」という言葉だと生成されないことがあり、その時は「オールオーバー」とか「アブストラクト」に替えて試したりしました。生成されない詳しい理由はわかりませんが、下の画像のように「不適切な画像が生成されちゃった」と返ってきます。
ということで、今回のコラムは
「〇〇〇が描いたジャクソン・ポロックの抽象絵画」
という入力文で生成した画像を紹介していきます!
まずはピカソ!
「ピカソが描いたジャクソン・ポロックの抽象絵画」
なんとなくピカソっぽい作風になっていると僕は感じましたが、どうでしょうか?
今回のコラムのトップの画像「北斎+ポロック風」は「お絵描きばりぐっどくん」 を使っているのですが、この「ピカソ+ポロック風」は「誰でも絵師 」を使用してます。
本当は実験としては同じ条件、どっちか片方だけでやったほうが良いのですが、1日に生成する限度枚数にすぐ達してしまうので、この2つを使用しています。ちなみに「お絵描きばりぐっどくん 」は、最近1日の限度枚数の上限がアップされたみたいです。2つともStable Diffusionを使用しているようです。ということで、実験として考えるとあんまり厳密ではないので、その点はご了承ください。
次は
「エゴン・シーレの描いたジャクソン・ポロックのオールオーバー」
これもエゴン・シーレの色の感じが出ています。
次は
「シャガールが描いたジャクソン・ポロックのオールオーバー」
これもシャガール風になってます。人の形のようなものが描かれていて、それゆえにポロック感が少ないかなと思いきや、遠目で見るとポロックっぽくも見えます。
その美術作家の作品から部分を抽出して、ランダムにちりばめるような方法で生成しているのかな?と思っていたのですが、この絵を見る限りでは、そんな単純な話ではないと思いました。どのような仕組みでこうなっているのかは、僕にはわかりません。
次は
「ヒロニムス・ボスの描いたジャクソン・ポロックの描いた抽象画」
これもギリギリ、色と形がなんとなくヒロニムス・ボスっぽさを感じます。
そして次は、
「イヴ・クラインの描いたジャクソン・ポロックの抽象画」
これは、やる前から絶対青色になるだろうな、と思っていたので予想通りでした。
他にも色々試しました。
上の4枚は、ポロックらしさが足りないです。というか、その作家の作品そのままな感じです。
下記の12枚の絵は作家の作風が反映されているのがわかりにくいものや、反映されてないのでは?というものもあります。とは言え、やはり一枚一枚なにかしらの特徴があります。
他にも、まだまだ、色々やってみたのですが、きりがないので紹介するのはこの辺でやめておきます。
結局、何が言いたかったかというと
「作風って何?」
ということです。
自分は作品のどの部分を見て、その作家の作風と認識しているのか?まだ、僕の中で結論は出てませんが、今後も考えていきたいと思っております。