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芸術は漠然だ!~斉と公平太のムダに考えすぎ~

閃光のNew鏡餅!新年特大号!!3話一挙公開!

2022年1月2日

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切り餅を使用したNew鏡餅 25個の四角い切り餅を積み上げた図


ビバ!2022年!


昨年12月、新年一発目のコラムは「お正月」をテーマに書いて欲しいというメールが中日新聞担当者から送られてきました。

「お!俺にこんな依頼がくるなんて、なんか大御所になったみたいな気分だお!」
と、勘違いしながら承諾しましたので、今回は正月をテーマに新年特大号!!3話一挙公開です!

まず正月をテーマに、で頭に浮かんだのは、

『鏡餅』『除夜の鐘』『1月1日の朝』



この3つについて書いていきます。

「除夜の鐘は正月じゃねーだろ!!おおみそかだろ!怒!」

という意見もあると思いますが、大雑把に正月というカテゴリーに入れておきます。


(その1)閃光のNew鏡餅!



鏡餅の由来や、本当の意味は知らないです。それは知っている人は知っている、知らない人は調べてください!しかし、ワタクシ、それよりずっと気になっていたことがあるのです。それはこれです。

切りもち入り鏡餅


切りもち入り鏡餅のパッケージの中身


切りもち入り鏡餅の中の切り餅3個


この、鏡餅を模したものの中に切り餅が入ってる商品です!

この形式がいつ頃から普及したものなのか、僕はよく知らないのですが、店頭で見かけては、この餅は一体なにでできているかな?というのが気になっていました。噂では上の画像のような商品だとは聞いていたのですが、確認するために数年前、勇気を出して買ってみたら、噂の通り、鏡餅を模したものの中に切り餅が入ったものでした。上記画像の商品は、今回コラムの画像のためにスーパーで買ってきたものです。

これ、容器が使い捨てなので、容器を取っておいて、中の餅だけ詰め替えられるような商品があれば、売れるんじゃないか?と思ったりしたのですが、もう既に存在してました。

中日新聞担当者から「ガラスでできた鏡餅の置物がある」というようなことを教えてもらいまして、ネットで調べてみたら、繰り返し使える陶器製の鏡餅の形の容器がありました。他にも、ひのきでできた木製の鏡餅や鏡餅の形をしたケーキ、鏡餅の肉まんがありました。

先ほど、僕は鏡餅を模した容器と表現しましたが、実はこれが正確な表現なのか迷うところがあります。なぜなら、ガラスの鏡餅も木の鏡餅も陶器の鏡餅もケーキの鏡餅も、本当に鏡餅の役割を担っているからです。だから、これらは餅でできていないけれど、鏡餅なのです。本来の意味から形だけが残っていくということだと思いますが、これが良いことなのか悪いことなのか、わかりません。

今回購入したような鏡餅に関していえば

「もともとは餅で作られた造形物を餠以外の材料で模したもの、その中に本当の餅が入っている、そしてそれが本来の鏡餅と同じ役割を担っている」

という構造に、そそられます。そういった例が他にないか考えてみましたが、思いつきませんでした。単に、鏡餅の形をした置物を鏡餅の代わりに使用するのではなく、その中に餅が入っているというところがポイントだと思います。これは形だけではなく、中身が餅という点では、鏡餅の餅であるということです。この鏡餅がこの先、どのように変化していくのか気になります。

そこで、私は新たな鏡餅を提案したいのです!それがトップ画像にも使用した。
これです!!

切り餅を使用したNew鏡餅の図 


わかりづらいといけないので解説すると、下の図の赤い色の破線で囲った部分が丸い鏡餅を表現しております。切り餅を使って鏡餅の形を表現しています。この図は25個の切り餅を使っている図です。

切り餅を使用したNew鏡餅の解説の図


この鏡餅なら、1つの鏡餅で多くの切り餅を販売することができ、餅の消費量が伸びて商売的に良いはずです。さらに鏡餅としての付加価値もつけることができます。

餅製造販売メーカーの皆さん!このコラムを読んでおりましたら、ぜひこの商品を僕と共同開発しましょう!お金は入りません!いや、やっぱりお金ください!僕と一緒に鏡餅史(←鏡餅の歴史のこと)に名前を刻み込もうではありませんか!連絡お待ちしております!斉と公平太のFBページにDMください!イタズラはやめてください。本気の人だけお待ちしております!
(注意※タイトルの[閃光]に意味はありません、ギャグとして誤用しております)

(その2)「除夜の鐘はテレビの音だと思っていたの会」発足か!??



僕が子供の頃の話です。12月31日の午後11時40分すぎから、テレビでは、NHKの「ゆくとしくるとし」で除夜の鐘をついているところが中継されます。そして、家の外にでると、鐘の音が聞こえてきます。

これは、

『この住宅街に住む人みんながテレビで「ゆくとしくるとし」を見ているから、その音の集合が外に漏れ出しているのだ』

と思っていました。ということを、中日新聞担当者に話したところ、ぬわんと!

「私もそう思っていました」

と言うではないですか!つまり、たぶん、このように思っている人がこの世に大勢いるのではないのかい!ということです。ですので、この件は誰かが既に言及している可能性もあり、そうすると、このネタもパクリだ!と言われるとまずいのですが、これはぜひ街頭アンケートで、そのように勘違いしている人がどれくらいいるのか、調べてほしいです。

僕の予想では100万人くらいいそうです。

もし、読んでいる人の中で「私もそう思ってました」という人がおりましたら、ぜひSNS等でこのコラムのリンクを貼って、「私も除夜の鐘はテレビの音だと思っていた」と告白してください!同志のみなさん!「除夜の鐘はテレビの音だと思っていたの会」を発足しようじゃありませんか!

ちなみに、なぜ僕はみんなが見てるテレビの音だと思っていたのかというと、除夜の鐘は「除夜の鐘」という名前の特別な鐘で世界に1つしかなく、それを中継していると思っていたからです。「世界にひとつだけの花」ならぬ「世界にひとつだけの鐘」。

本当は、僕が聞いたのは町内のお寺の除夜の鐘の音なのですが、結局、それがどのお寺の鐘だったのかわかりませんし、いまだに目にしたことはありません。機会があれば、実家の方に行き、確かめたいです。

(3)1月1日の朝の不思議な気持ちについて



ある時期まで、僕にとって1月1日は特別な日でした。朝、目が覚めるとなんとも言えない、言葉で言い表せないような崇高なものに出会ったような気持ちになるのです。かといって、その日何か特別なことが起きるわけでもない、普通の元旦元日正月なのです。
実家にいた頃は、大晦日は大晦日らしい儀式や、年が明ければ、それなりに正月らしいことをしたりするので、そのせいかなと思っていました。

しかしです、

大学を卒業して、実家を出て埼玉でバイト生活をしていた頃、12月31日も1月1日も正月も、休みなく働いていたことが数年ありました。テレビもなく、食べるものもおせちとかじゃなくて、24時間年中無休の牛丼屋で「店員さん、キミも正月休みなしか。僕もだよ」と心の中でつぶやきながら、牛丼を食べたりしてました。全く大晦日や正月らしいことは、一切なしです。気持ち的にも、何もそこに思い入れもないし、そんなもん関係ないぜ、と思っていました。

にもかかわらず、なのに、なのに、

やはり1月1日の朝、目をあけると、なんとも不思議な崇高なものに出会ったような気持ちなったのです。

こうなると、その時の状況がそうさせているのではなく、もっと小さい頃から何年もかけて刷り込まれてきた何かが、心の奥底に入り込んで、そうさせていると考えるしかないのです。

『おせちもいいけどカレーもね』というCMの有名なキャッチコピーがあります。これは実際、僕も本当に元日にカレーを食べたことがあるのですが、それでも、気持ちは元日なのです。カレーを食べても、気持ちは正月なのです。逆に、カレーがおせち料理に思えてくるぐらいです。慣習というものが、どのように無意識に入り込んでいるのかわかりませんが、正月にカレーを食ったぐらいでは揺るがないのです。

それが良いこと悪いことなのかわかりません。正月とかなら別に問題ないのですが、何か差別的な慣習が無意識に刷り込まれ、それを払拭するのが難しいのなら、問題です。

現在は、僕は冒頭に書いたように、1月1日が崇高な気持ちになるということは、ある時期からなくなりました。いつ頃からなくなったのかは、思い出せません。むしろ、ここ数年の方が、正月らしい儀式をしたり、正月らしい料理を食べたり、神社にお参りしているのに、あの1月1日の朝の不思議な気持ちはなくなってしまったのです。朝目が覚めても、いつもの朝と同じ普通の気持ちです。

その原因について色々考えたのですが、わかりませんでした。単純に年をとったことが原因かもしれません。もう、あの1月1日の不思議な気持ち、その感覚は戻ってこないのですが、それはそれで良いかなと思っております。

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これで、正月をテーマにしたコラムは終わりです!最後までお読みくださり、ありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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