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芸術は漠然だ!~斉と公平太のムダに考えすぎ~

新説!珍説?美術の始まりは175万年前の「石器作り」?

2020年2月21日

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「アシュール石器文化の草創: エチオピア、コンソ」(諏訪元、ヨナス・ベイェネ、佐野勝宏、ブルハニ・アスファオ共著) 


◇美術と175万年前の石器


昨年末、大変お世話になっているK先生の研究室を訪問した。K先生は最近、石器に興味を持っていて、石器を作る動画をインターネットで見ているとおっしゃっていた。と言っても、K先生は考古学者ではなく脳の研究者である。

先生は、石器は美術の始まりとも深く関係があると言っていた。そして、上記画像の本を見せてくれた。「アシュール石器文化の草創: エチオピア、コンソ」という石器の写真集だ。表紙の石器は約175万年前のものと書いてある。僕もこの本を購入した。

このことがきっかけで「美術の始まりと石器の関係」について考えてみた。子供の頃、美術の始まりと言えば「ラスコーの洞窟壁画」と習っていたので、石器について考えたことはなかった。

ということで、今回は

◉「美術の始まりはいつか?」

◉「石器は美術なのか?」


というテーマで書いていきます。

もし石器が美術なら、美術の始まりは現在考えられている以上に時を遡ることになる。

まずは、美術史の本に書いてある「美術の始まり」と、美術史の本に石器は載っているのか?ということを見ていこう。

参考文献からの引用部分は著作権法第32条に基づいて引用していきます!

◇西洋美術史の本に石器は載っているのか?

『増補新装[カラー版]西洋美術史』 監修:高階秀爾(美術出版 2002)


僕の持っているこの「西洋美術史」(美術出版 2002年増補新装)という本。この本の美術の始まり、文章で初めに紹介されているのは「クニャック洞窟」の壁画である。原始美術として「クニャック洞窟」の壁画のほかにも「ラス・チメネアス洞窟」「アルタミラ洞窟」などの壁画が紹介されている。もちろん「ラスコーの同窟壁画」も紹介されている。

立体作品では、「ブラッサンプイ出土の女性頭部像」と「スティアトパイグス型女性石偶」(図版で掲載されているのはヴィレンドルフのヴィーナス)が紹介されている。いずれにしろ、絵や彫刻が紹介されていて「石器」は載っていない。

そして美術の始まりについて、
____
「今から約三万年前になると実生活において直接的な機能を持つとは考えられない。つまり美術的作品が現れるようになる」____


と書いてある。

_
「実生活において直接的な機能を持たない」_


これが、この本の美術的であることの定義だということが読み取れる。ゆえに石器は載っていないのだ。

「石器は美術じゃないよ!道具だから載ってるわけないよ!!」という声が聞こてきそうである。

「西洋美術史」(美術出版)の美術史的には

◉美術の始まりは約3万年前

◉石器は載っていない。

◉実生活において直接的な機能を持たないことが美術的なものの定義


ということになる。

◇石器は美術ではなくデザイン?


冒頭で紹介した本「アシュール石器文化の草創」の奥付には
___
『「最古の石器とハンドアックス デザインの始まり」の展示事業の一部として出版されたものである。』___


と書いてある。

「デザインの始まり」ということは、もしかしたらデザイン史の本には石器が掲載されているかもしれない!

ということで「世界デザイン史」(美術出版)という本を見てみたが、載っていない。

「[カラー版]世界デザイン史」監修:阿部公正(美術出版 1996)


『「石器がデザインの始まり」というのは「言葉の表現」、比喩として書いてるだけだろ』とか「他のデザイン史の本には載ってるかもよ」という声が聞こえてきそうであるが、とりあえず美術出版社の「世界デザイン史」に石器は載っていない。現在、デザインと呼ばれているものとの連続性を考えたら、まあそうなるだろう。

この「最古の石器とハンドアックス デザインの始まり」というタイトルの「デザイン」という部分が、「芸術」「美術」でないのは、やはり「実生活において直接的な機能を持たないことが美術の定義」と思ってのことだろう。

次に、雑誌Newtonを見てみよう!

◇『芸術の芽生えは、約7万年前』

Newton (2019年1月号)創刊450号 記念大特集「サピエンス」


Newton(2019年1月号)表紙には「サピエンスのすべて ヒトが人になるまで」という文字が!

『創刊450号 記念大特集「サピエンス」「人類・文明・科学はどのように誕生し,そして発展してきたのか』

この大特集の40pに、

____
「芸術の芽生えは、約7万年前までさかのぼる」___


という見出しで

__
「約7万年前の人類が石にきざんだ幾何学模様南アフリカにあるブロンボス洞窟で発見されました。」___


と紹介している。

他にも
__
ショーヴェの洞窟壁画(約3万7000年前)
フエンテ・デル・サリン洞窟の手形(2万2000年前)
立体作品では「約4万年前の最古の彫刻像ライオンマン」__

が掲載されている。

ここでは芸術の起源を7万年前までさかのぼっている。「石にきざんだ幾何学模様」も「実生活において直接的な機能を持たないことが美術の定義」にあてはまるだろう。

そして、やはり「石器」については芸術や美術だという記述はない。

Newton (2019年1月号)では、

◉芸術の始まりは約7万年前

◉「実生活において直接的な機能を持たないことが美術」という定義を採用しているように思われる。

◉石器について芸術や美術という記述はない。


ということです。

また、こんな記事をネットで見つけた。

7万年よりさらに遡って50万年前
___
<人類最古の「落書き」か:50万年前の貝殻にヒトが付けた「刻み模様」>
https://wired.jp/2014/12/14/ancient-doodle-hints-that-homo-erectus-was-smarter-than-we-thought/?site=pc___

結局、これも「実生活において直接的な機能を持たないことが美術の定義」ということにあてはめることができるだろう。

次に「ヒトはなぜ絵を描くのか」編著:中原佑介(2001) という本を見てみよう。

◇『最古のアート』は70万年前?

「ヒトはなぜ絵を描くのか」編著:中原佑介(2001)


この「ヒトはなぜ絵を描くのか」について少し説明すると、中原佑介さん(1931ー2011)という人は、美術やってる人で知らない人はまずいないのでは?と思うほどの有名な美術評論家である。

この本は、タイトルそのまま「ヒトはなぜ絵を描くのか」と帯文「洞窟画をめぐって、その壮大な謎に挑む、さまざまな分野からの横断的探求!」と書いてあるとおりの壮大な内容である。様々なジャンルの人(各分野の重鎮!)との対談と、中原佑介さんの考察が書いてあります。

この本の石器について書かれている箇所の一部を抜粋する、中原佑介氏との対談の中で形質人類学者片山一道氏が、イギリスで出土した石器について

___
『私は最古のアートだと思っているのですけど、五十万年から七十万年ぐらい前の石器、ハンドアックス(手斧)みたいなものに二枚貝の化石が付いているのです。』__『何らかの美的な感覚、審美的な感覚に突き動かされて作ったのではないか』___


と言っている部分がある。

これは石器そのものよりも、二枚貝の化石がついている石を選んで石器にしているところに着目しているので、石器そのものではない。石器についている化石、「実生活において直接的な機能を持たない」飾り部分が、「美術」だということだろう。

ここまで5冊紹介したが、石器そのものを美術だという記述の本はない。[実生活において直接的な機能を持たないことが美術]という定義が、「石器が美術である」ということを拒んでいる。

◇石器作りで『イメージの力が磨かれた』


で、次に紹介する本には芸術と石器の関係について大変気になる記述がある。

同じタイトルでややこしいのだが、

「ヒトはなぜ絵を描くのか」著:齋藤亜矢(2014)
(ちなみに、この本の参考文献のリストに「ヒトはなぜ絵を描くのか」編著:中原佑介がありました)

「ヒトはなぜ絵を描くのか」著:齋藤亜矢(2014)


正式なタイトルは「ヒトはなぜ絵を描くのか 芸術認知科学への招待」である。つまり科学的に芸術について考察した本である。この本の石器についての記述を引用すると
___
『__そうやって石器をつくるには、完成形のイメージを頭に保持しながら石を砕き、_ 』『そこでイメージの力が磨かれたという説もある。_』

『描いた壁画とともに洞窟から発見されたたくさんの石器は、まさに「用の美」__』『__均整のとれたなめらかなフォルムはまるで美術工芸品のようだ。』__


と書いてある。

恣意的に抜粋しているように感じるかもしれないが、まあ、石器についての部分を恣意的に抜粋しているのでしょうがない。

『美術工芸品のようだ。』というのを、「石器は美術だ。」と解釈するのは無理があるかもしれない。しかし、石器そのものの持つ美しさについて言及しているのは間違いない。ちなみに、引用の中で言及している石器は後期旧石器時代(約4万2千~1万3千年前)のものである。

それはともかく、この本を読んで石器を作るのには「イメージの力」が重要、ということが重要だと思ったわけである。重要が重複しているが許してほしい。

「アシュール石器文化の草創」の序文にも
__
「予め想定された形の石器を製作していたと考えられる」__


という一文がある。

後期旧石器時代(約4万2千~1万3千年前)の「イメージの力」の話を、175万年前のアシュール石器の「予め想定された形」に繋げるのは飛躍しすぎかもしれないが、僕はこの「予め想定された形」という言葉を、「イメージの力」と同じ意味だと解釈した。

だが、「イメージしたものを作る」という意味で、「石器」と「洞窟壁画」とはどう違うのか?美術とそうでないものを分けているものは何か?この僕の疑問の答えともいうべきものが、この本「ヒトはなぜ絵を描くのか」に見事にズバリ書いてあったのだ。
それは、

___
『__前者がその場所(モノ)の過去や未来のイメージであるに対して、
後者は、その場所(モノ)の過去や未来と全く関係のない、別のモノを見立てるという点だ。』
___


ここでいう前者は石器で、後者は洞窟壁画だ。『実生活において直接的な機能を持つとは考えられない。』とはまた別の観点からのジャンル分けで、この説明には感心した、「なるほど!!」と。

「結局石器は美術なの?さっきから本の引用ばっかりでさ、あんたの意見はどうなのよ?」という声が聞こえてきそうである。

はっきり言おう!僕の見解では石器は美術である!!

それはなぜか、「石器は美術館に展示されていたから美術だ!」

◇2015年森美術館に展示された石器

「シンプルなかたち 展」図録と「森美術館プログラムガイド」


TOKYO(東京)のギロッポン(六本木)にあるどデカいビル、六本木ヒルズ森タワー。その53階にある美術館、それが森美術館だ!!

2015年この森美術館で開催された「シンプルなかたち」という展覧会。これを僕は観たのだが、この企画展に石器が展示されていたのだ!![※注意:上記画像の図録の表紙は石器の写真ではなく、ブラッサイ(1899-1984)の彫刻作品「 鳥2」(1960)である。]

「おいふざけるな!美術館に展示されていたから美術だって!おめえは、権威主義者か!」

と怒られそうであるが、話を進める。

広報用の概要の一部を抜粋する。
___
『_本展は、このような古今東西の「シンプルなかたち」約130点を9つのセクションで構成します。古くは先史時代の石器から、現代アーティストによるダイナミックで先鋭的なインスタレーションまで、__」
(森美術館プログラムガイドより抜粋)__

展示されていた石器は
__
「ソリュートレ文化・月桂樹の葉、ヴォルグ、ソーヌ=エ=ローワル、フランス
ソリュートレ時代(およそ紀元前22000-紀元前17000)
火打石 所蔵:フランス国立考古学博物館」

「この道具の名前は、月桂樹の葉に似た薄く細長い左右対称の形状に由来している。」___


と図録に書いてある。

ということで、結論としては、『森美術館に展示されてたから、石器は美術や!芸術の起源は175万年前や!!それに「シンプルなかたち展 図録」と「アシュール石器文化の草創」を並べたらなんとなく似とるがや!』

「シンプルなかたち展」図録と「アシュール石器文化の草創」を並べてみた。


「おい待てよ!!それは違うだろ!非美術を美術的な観点で展示しただけだろ!それに展示されていた石器は175万年前と違うだろ!」と、またまた怒られそうである。

◇イメージを形にする本能


ここからは、あくまでも素人としての僕個人のありきたりな考えでありますが、「生きるためにイメージを形にする(石器を作る)」という行為が、次第に「生きるため」が切り離されて「イメージを形にすること自体」を欲するようになっていったのではないかというのが僕の推測である。

生きるために、繁殖するために、「食欲」や「性欲」がある。それと同じように「イメージ欲」というものがあるのかもしれない。あくまでも僕がぼんやり考えたことなので、なんの根拠もない話である。既に誰かが言っていることかもしれない。「このイメージを形にする欲求」という説明だけでは、作品を作ることや鑑賞については説明できないし、これをそのまま現代美術にあてはめることもできない。

しかし、「イメージを形にする」ということの原点として、石器を美術の始まりとして位置付けるという考え方は、できなくもないかもしれない。

今回のコラムタイトル「美術の始まりは175万年前の石器作り?」に対して、「世界最古のオルドワン石器は260万年前、ケニアのトゥルカナ湖西岸で発見された330万年前の石器もある、175万年前は間違いなのでは?」というツッコミがはいりそうなので、説明いたしますと「イメージを形にする」ような石器は、約175万年前のものが始まりだと思ったので、175万年前としました。

年表


美術や石器について考えることは、「人間とは何か」ということと繋がってくる。ホモ・サピエンスの出現が約20万年前らしいので、それ以前の旧人、原人、猿人を今の人類との連続性で語って良いのかという問題もあるだろう。そして、今回は絵画や彫刻より石器が先という前提で書いているが、それももしかしたら、今後新たな発見で覆されるかもしれない。

このことについては、引き続き考えていきたいと思っている。

◇映画「ハンテッド」石器のシーン


ここから本題とは関係ないおまけの話ですが、石器の出てくる映画について少し書きます。文中に入れると話が大幅にそれるので文末に持ってきました。

K先生から石器の話を聞いた時、即座に頭に浮かんだのが「ハンテッド」(2003)というアクション映画だ。

「ハンテッド」(2003)DVDを確認のため購入した


この映画の中で、トミー・リー・ジョーンズ演じる主人公が石器を作るシーンがある。森の中で、石で石を削ってナイフを作るのだ。石器時代の映画ではない。現代が舞台の映画だ。

僕は、この映画を2008年頃地上波で偶然観ていたのだ。だから積極的に観たいと思って観はじめたわけではない。こんな感じでテレビ放送でぼんやりと観た映画は、ほとんどが記憶に残らない。しかし、この「ハンテッド」と石器のシーンは記憶に残っていたのだ。

石器を作るシーンが何故こんなにも印象に残ったのか自分でも謎だったのだが、いま思うと、「モノを作るということの原初的なイメージ」に興奮したのかもしれない。そのシーンの映像が、感覚的にも精神的にも「くる」ものがあったのだ。

このコラム全体の内容としては、必要のない情報かもしれない。しかし、自分にとっては「石器を作るシーン」が理屈ではなく、無意識に記憶に引っかかっていたことが割と重要だったりするのだ。

___
参考文献一覧

◉「アシュール石器文化の草創: エチオピア、コンソ」
著者:諏訪 元、ヨナス・ベイェネ、佐野 勝宏、ブルハニ・アスファオ
製作・発行:東京大学総合研究博物館
発売:一般財団法人 東京大学出版会
発行日:2017年10月20日

◉ 「ハンテッド」(2003) アメリカ映画 監督ウィリアム・フリードキン
DVD 発売:日本ヘラルド映画株式会社 販売:ポニーキャニオン

◉『増補新装[カラー版]西洋美術史』
監修:高階秀爾
発行日: 1990年5月20日初版  2002年4月10日第37版 2002年12月10日増補新装初版 2004年9月20日増補新装第4版
発行所:株式会社美術出版社

◉[カラー版]世界デザイン史
監修:阿部公正
発行日:1995年2月10日初版  1996年2月25日第4版
発行所:株式会社美術出版社

◉ Newton(ニュートン) 2019年 01 月号 創刊450号 記念大特集 サピエンス (出版社:株式会社ニュートンプレス 2018/11/26)

◉「ヒトはなぜ絵を描くのか」
編著者:中原佑介
対談者
田淵安一(画家)、河合雅雄(サル学者)、橘秀樹(音響工学者)
中沢新一(宗教学者)、若林奮(彫刻家)、梅樟忠夫(民族学者)
岩田誠(脳神経学者)、片山一道(形質人類学者)、
前田常作(画家)、李禹煥(造形作家)、木村重信(美術史家)
発行日 2001年7月17日初版  2010年10月10日第3版
発行所 フィルムアート社
(隔月刊「草月」228号~243号 1996年10月~2000年4月を1冊にしたもの)

◉『ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待』 (岩波科学ライブラリー 221)
著者:齋藤 亜矢
発行所:株式会社 岩波書店
発行日 2014年2月4日 第1刷発行

◉ シンプルなかたち: 美はどこからくるのか  
(企画・発行:森美術館 制作:株式会社 :平凡社  2015年4月22日 初版第1刷発行 )

◉ 森美術館 東京シティビュー 森アーツセンターギャラリー PROGRAM GUID VOL.1 2015年4月-7月(発行 森美術館)
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参考、引用させて頂いた著作の著者の皆様に感謝と敬意を表します。

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