李 さっき、中さんの思い入れのある曲を訊きましたけど、私は「駆け足の生き様」が好きなんです。青春の焦燥感がうまく表現されている歌詞で「自分以外はみんな敵」というフレーズが大学生の私の心境に響くものがありました。
また、コロナ禍下で発表された「一杯の焼酎」の冒頭「街は今 霧の中」というフレーズがまさしくあのときの閉塞感を適切に表していて、非常に文学的でしたし、「裸電球」の虫と電球を擬人化した切ない恋愛模様もよかったです。どこからこんな発想が生まれるんでしょうか。
中村 「裸電球」はさっき思い入れのある曲を訊かれたとき、ちょっと頭をよぎりました。私の音楽作りの原動力は怒りです。怒りというのは祈りにも似ていて、「裸電球」ですら思うように生きられない怒りが根本にある気がします。
自分には諦めないと生きられないことがあるなぁと思いながら曲を書いていた時期の曲です。自分としては絶望しているのに、そんな私に悩み相談をしたいとか飲みに行きたいとか一人で過ごすのがさみしいから一緒に過ごしてほしいとか、そういう自分でも必要としてくるひとがいて、物好きだな、もっとリスクのないひとのところに行けばいいのにと思って、それが「飛んで火に入る夏の虫」と思えたんです。もっと楽なひとに行けばいいのに、わざわざ私みたいな人間のところに来るなんてという皮肉もありました。
李 そういう自分を卑下した視線から生まれていたんですね。
中村 そうです。でも、見方を変えると、そういう私でも必要としてくれるひとなら、私も無下にしないよという歌でもあります。私も必要としてもらいたいこともあるし、自分もひとに触れてもらえるって知って安心を覚えることもあるし、それが勇気になって生きられた時期に作ったんです。
李 それを裸電球と虫に喩えたのがやっぱりすごい(笑)。
中村 なんでそうしたんでしょうね(笑)。二〇〇六年に歌詞は書いた気がしますけど、そういう時期だったんですね。
李 「駆け足の生き様」はたしかに怒りを感じます。
中村 「自分以外はみんな敵」と書きましたけど、自分自身に一番苛立っていましたね。「初めて恋を失った 死んでもよかった だけどそれから 何度でも死にたくなるのを 覚えてしまった青年期」とか、自分のバカバカしさに苛立っている感があります。「駆け足の生き様」は一九歳で書きました。
李 一九歳で書かれたんですね。私は一九歳のとき聴きました。
中村 すごい偶然(笑)。当時は恋愛というものを知らなくて、どういう風にするんだろうと思ってました。好きなひとがいたんですけど、自分の想いを伝えることはぜんぜんイメージできなくて、ひとりでに好きになり、ひとりでに諦めて散ってゆくみたいな日々でした(笑)。
私は、自分が初めて好きになったひとが中学くらいでクラスの女子生徒とお付き合いを始めたということを知って、びっくりして嘔吐したことがあるくらい初心(うぶ)だったんです。失恋したショックと、やっぱり自分はみんなと違う世界にいるのかもしれないという二重のショックがあったと思います。そのときの感じも思い出したりしながら書きました。「もう死にたい」という気持ちだったんですけど、その後、恋愛以外でも死にたいことなんて次々と襲いかかってくるっていうのに、あんなことぐらいで死にたいと思ってた自分の情けなさへの怒りもありました。
でも「自分以外はみんな敵」という気持ちはいまでもあります。敵というよりみんな他人ということですね。
李 感情をストレートにぶつけていますよね。でも、そのむき出しの感情が、人生で死にたいと思ったことがあるひとにはむしろ刺さるんだと思います。
「友達の詩」もセクシュアルマイノリティや同性愛のひとにとっては、「大切な人は友達くらいでいい」という温度感が染みるものがあります。
中村 「友達の詩」は自分の支えになるようなものとして書いたんです。諦めなければ死しかないような気がして、自分は恋愛は諦めよう、そうじゃないことに喜びを見出そう、という意味での支えにしようという曲でした。
でも、いつまでも諦めないといけないのかという気持ちが二〇一〇年頃から湧いてきて、「友達の詩」をどういう気持ちで歌えばいいのか悩むようになったんです。セクシュアルマイノリティのひとたちが活躍するようになっていて、セクシュアルマイノリティであることをポジティブに思えるようになったというひとも出てきたときに、諦めなければいけないことがあると言ってるように聞こえる歌に思えて悩みました。
もっとアンセムになるような歌を作ってと言われることがあるんですけど、たぶんそう言ってくれるひとというのは、なにかを自分の中で克服したひとだと思うんです。でも、克服できていない人も、あるいは悩みと向き合う以前の段階のひともいて、「友達の詩」はそういう時に書いた歌だから、そういうひとがもしかしたら必要としてくれるかも知れないと思って最近は歌っています。
以前、コンサートに話はできるんだけど身体は動かせないというひとが来てくださって、終演後お会いしたんですけど、「友達の詩」が好きだと言うんですね。握手をしたんですけど、筋肉を自分でコントロールできないから、自分から離すことができない。彼は自分がこんなだから「友達でいい」どころか友達でいることすら危ういんだよと言うんです。だから、「友達の詩」には自分のことが書かれていると思うし、そんな自分のことを歌ってくれるひとがいることが嬉しいって言われて、衝撃を受けました。こういう届き方もあるんだと。セクシュアルマイノリティにとって、むしろ必要のなくなる歌なんじゃないかと考えていたときだったので、驚いたけれど、いまは、「友達の詩」はあのかたちだから受け取ってくれるひとがいると思い直しました。

李 琴峰『言霊の幸う国で』刊行記念対談として、シンガーソングライター・役者として活躍する中村 中さんとの対談を一挙掲載します。文学と音楽、フィールドこそ異なれど、表現者として生きること、自分の望むあり方を目指す覚悟が静かに熱く伝わってきます。ご覧下さい。