李 『ポラリスが降り注ぐ夜』もお読みくださったとのことでしたが、感想をうかがえますでしょうか。
中村 セクシュアルマイノリティの当事者でも、自分とは違う生き方をしているマイノリティに対して攻撃的になったり差別意識があったりするというところまで書かれていることがすごいと思いました。「LGBT」と一括りにするようなひとは、レズビアンやゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーがひとまとまりのものだと思っていると思うんですが、こんなにバラバラなんだよということが書かれているところが好きでした。
境遇の近い、「五つの災い」の主人公で「太陽花たちの旅」にも登場していた「さえ」の生き方を読んで、自分を省みたり気付くことがあって、物語ってまずフラットに読まないといけないと思いました。さえが自分の理想とする生き方のためにクリアしなければいけないことがあって、それを一つずつクリアしていった先にやっと就職のことが描かれていました。自分が就職して働くスタート地点に立つ前に明らかにしないといけないことがたくさんあり、その上でやっとスタート地点に辿り着いてる人がいる。このことをちゃんと受け取ってほしいと思いました。
就職と言えば、知り合いの派遣会社の面接に、トランスジェンダーの女性が来て、受け答えもしっかりしてたし仕事もできそうだったけど、採用しなかったという話を聞いたことがあります。「どうして?」って訊いたら、派遣先がどういう会社かわからないからという話でした。
李 そういう構造的な就職差別はよくある話です。日本だと差別が問題になるときに、もっと思いやりを持とうとか個人の意識に還元することがよく言われますけど、主に構造的な問題ですよね。個人が差別意識を持っていなくても、組織や社会の中の力学によって、結果的にマイノリティが不利になる決断をする状況が起こる。「五つの災い」でさえはIT関連の仕事をしているわけですが、これもやはりトランスジェンダーゆえの就職差別があるので、手に職をつける仕事を選んだんです。
中村 私がさえに共感したのは、自分のセクシュアリティがなにかに影響されず、人生を歩んでいるところなんです。私はセクシュアリティのことで悩んだから歌と出会ったわけじゃないし、自分が望んだもので生きている。そのことを私は誇りに思っていて、さえの生き方もそんな感じがしたんです。さえが仕事をすることと私が歌を歌うことはたぶん等しくて、それをしているとき自分が生きているということを感じられて、そこにセクシュアリティ云々は関係ないと思っているんです。
李 一口にマイノリティと言ってもいろんなあり方があるというのはまさに『ポラリスが降り注ぐ夜』のテーマで、ポラリスや北斗七星はただそこにあるだけで星座を形成しているということですね。個々のLGBT当事者が仲良くある必要はないんですけど、しかし、歴史的に何十年という尺度で振り返ったときに全体が星座として浮かび上がる、そういう書き方をしたかったんです。
一九九四年に第一回の東京プライドパレードが開催されて、喧嘩や分裂などで幾度かの中断を経て、現在に続いているんですけど、そういうことも『ポラリスが降り注ぐ夜』では書いています。コミュニティの中では諍いがあったとしても、大きな歴史の流れの中では、みんな同じところにいるということを描きたかったんです。
中村 それはマジョリティにもあてはまる話で、彼らも常に一致団結しているわけではないですよね。
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―― 最後にもう一度『言霊の幸う国で』について、お言葉をいただけますでしょうか。
中村 とにかくこの本を書いてくださった李琴峰さんを本当に尊敬します。正直、分量的にも読むのが大変だったし、なによりも読んでいていろんなことを思い出して進まなかったです。私の体験にあてはまらないところのほうが少なかったぐらいで、読みながら本当に苦しかった。でも、Lが各章の最後では、いまやらなければいけないことは何か、解決するためのピントを合わせてくる。その冷静さと知識が、読み手に安心感を与えてくれるんです。出来ることの中で最良の判断をしづつけるしかないよねと、気持ちをシンプルにしてくれるんです。つらいことが起こったときに、どうしようとわんわん泣いたりして、でもだんだん心を落ちつかせて、自分にいま出来ることを見つけたり、いったん寝て明日考えようとか、そういう人間の生きているリズムが詰まってると思いました。また各章の間に「厄払いの断章」があることでテンポ良く読めるんですよね。だからつらいけどとても楽しんで読めました。
李 楽しく読む物でもないと思いますけど(笑)、ありがとうございます。私も楽しんで書いたわけではないですけど、こうして書くことによって浄化される傷やトラウマはあると思うので、そういうプラスの方向に働くといいなと思います。
(2024年7月22日、9月19日、筑摩書房にて収録)
