イエズス会書簡には日本人が黒人奴隷を購入した記録があるのか?ルシオ・デ・ソウザ氏の疑義のある言説
前回の記事では、トーマス・ロックリー氏の「黒人奴隷流行説」に影響を与えたかもしれない、ルシオ・デ・ソウザ氏の著作『Escravatura e diáspora Japonesa nos séculos XVI e XVII(2014, 以下ソウザ葡語版とする)』をご紹介しました。
ルシオ・デ・ソウザ氏の方が先?トーマス・ロックリー氏の「黒人奴隷流行説」について Part 2
以前、トーマス・ロックリー氏の「黒人奴隷流行説」の元ネタと思われる論文や著作を紹介しました。
今回、また新たに別の元ネタかもしれない記述を見つけたので、Part 2 としてまとめてみます。...
ソウザ氏が引用していたイエズス会書簡「BNM, Jesuitas, Legajo 21, fl. 48.」について、その内容については前回謎を残したままでした。
この間、東京外国語大学の学園祭に行ったついでに、再度ソウザ葡語版を確認してきました。
前回の外大図書館訪問では時間の都合上確認できなかったのですが、ソウザ葡語版の別の箇所に、そのイエズス会書簡の内容が引用されていました。
書簡の内容はおおむね前回の記事での見立て通りで、日本人の黒人奴隷所有とは関係ないのではないかと思われます。
ソウザ氏がどんな目的であのような引用をしたのか、ますます謎になりました。
ソウザ氏の主張を整理
まず、前回紹介したソウザ氏の主張をおさらいします。
*太字は筆者による
Existiam também escravos adquiridos por japoneses, os quais não eram para ser exportados, mas para servirem no Japão. Os japoneses, além de fornecerem aos portugueses escravos de origem chinesa, japonesa e coreana, tinham particular interesse em adquirir escravos africanos da região de Moçambique e da região do Malabar. Esta situação é perfeitamente identificável nos biombos nanbam, nos quais vemos inúmeros escravos e criados dos portugueses com fisionomias de diferentes regiões de África, Índia e Sudeste-asiático. Relativamente aos japoneses cristãos que compravam escravos, os jesuítas tinham instruções precisas para não questionarem a legitimidade do cativeiro destes escravos, para poderem continuar a ser favorecidos pelos japoneses 19. 19: BNM, Jesuitas, Legajo 21, fl. 48. 翻訳 (ChatGPTを使用): 日本人によって購入された奴隷も存在しており、これらは輸出用ではなく日本国内で仕えるためのものでした。日本人は、ポルトガル人に中国人、日本人、朝鮮人の奴隷を提供するだけでなく、モザンビーク地域やマラバール地方出身のアフリカ人奴隷を特に求めていました。この状況は南蛮屏風においても明確に見られ、多くの奴隷や召使いがポルトガル人に付き従い、アフリカ、インド、東南アジアのさまざまな地域の特徴的な顔立ちをしている様子が描かれています。奴隷を購入する日本のキリスト教徒に関しては、イエズス会が日本人からの好意を得続けるため、これらの奴隷の身分の正当性について問いたださないよう厳密な指示を受けていました 19。 引用: Lúcio de Sousa, Escravatura e diáspora Japonesa nos séculos XVI e XVII, NICPRI, 2014, p.220
ソウザ英語本(2018)にも同じような記述があります。
The Japanese also acquired many slaves whom they did not intend to export. In addition to providing the Portuguese with Chinese, Japanese, and Korean slaves, the Japanese had a particular interest in acquiring African slaves from Mozambique and Indians from the Malabar region. This is perfectly clear from the nanbam screens, on which numerous slaves and servants of the Portuguese with different African, Indian, and Southeast Asian physiognomies can be seen. In regard to Japanese Christians who bought slaves, the Jesuits had specific instructions to abstain from questioning the legitimacy of such slaves’ captivity, in order to continue being favored by the Japanese. 翻訳: 日本人もまた、輸出するつもりのない多くの奴隷を手に入れていた。ポルトガル人に対して中国人、日本人、朝鮮人の奴隷を提供したことに加え、日本人は特にモザンビーク出身のアフリカ人奴隷やマラバール地方出身のインド人奴隷を手に入れることに興味があった。このことは、アフリカ系、インド系、東南アジア系などの様々な顔立ちを持つ、多くのポルトガル人の奴隷や召使が描かれた南蛮屏風からも明らかである。奴隷を購入した日本人キリスト教徒に関しては、イエズス会士には日本人からの好意を得続けるために、これらの奴隷の拘束の正当性について疑問を呈さないようにという特別な指示があった。 引用: Lúcio de Sousa, The Portuguese Slave Trade in Early Modern Japan : merchants, Jesuits and Japanese, Chinese, and Korean slaves, Studies in Global Slavery, Vol.7, Brill, 2018, p,272
ソウザ氏のこれらの主張を整理すると以下のようになります:
- ①日本人はアフリカ人奴隷を手に入れることに特に関心を持っていた
- ②南蛮屏風を見ればそれは明らか
- ③奴隷を購入する日本のキリスト教徒に関しては、イエズス会士たちはその奴隷の束縛の正当性を問わないように言われていた
個人的には②に総ツッコミを入れたいところですが、今回は③についてです。
この文脈で③が挿入されたら、読み手は「日本人は黒人奴隷を所有したがっており、イエズス会士たちは(黒人)奴隷を購入する日本人キリスト教徒については、その奴隷の束縛の正当性を問わないように言われていた」のように捉えるかと思います。
ソウザ葡語版には引用元として「BNM, Jesuitas, Legajo 21, fl. 48.」とあります。なぜか後に出版されたソウザ英語本では引用元が示されていません。
この書簡には日本人がアフリカ人奴隷を購入し、イエズス会士たちがそれをしぶしぶ見逃したというような記録があるのでしょうか。
前回はこの書簡の内容を、ソウザ英語本の他の箇所から推測するという実にまどろっこしいことをしていました。
ソウザ葡語版を再度確認した結果、この書簡の内容がはっきりと記されていたので以下に紹介します。
イエズス会書簡「BNM, Jesuitas, Legajo 21, fl. 48.」の内容
ソウザ氏は同書簡の内容を引用する形でこのように書いていました。
O surpreendente acontece com a instrução, na qual os padres eram advertidos a não questionarem a legitimidade do cativeiro dos escravos pertencentes a cristãos japoneses: Se alguns moços se acolherem a nossas casas fugidos de seus senhores pretendendo não serem cativos, posto que tendo eles rezão devem ser ajudados com charidade, guardemse todavia de agravar aos amos, botense de fora quando se poderem, encomendando a alguns christãos que ponhão tudo em paz, e não queirão perder a amizade dos amos favorecendo os criados. E por esta mesma rezão se não metão a tratar com os christãos do cativeiro dos seus moços e moças pellos ditos, e rogos delles, mas botense de fora como cousa que nos não pertense, pois de ordinario os Senhores o sentem muito e não se fazem capazes dos conselhos do padre da mesma maneira se alguns que tem culpas, crimes se acolherem a nossas casas, ajamse de modo que os senhores não fiquem agravados e se os senhores forem gentios dem logo evasão aos culpados com todo o segredo e presteza 38. 38: BNM, Jesuitas, Legajo 21, fl. 48. 翻訳 (ChatGPTを使用): 驚くべきことに、以下の指示では、イエズス会士たちが日本人キリスト教徒の奴隷制の正当性について疑問を呈さないよう警告されている: 「もし若者が主人から逃れて私たちの家に避難し、自分たちは奴隷ではないと主張する場合、たとえ彼らに正当性があるとしても、慈悲を持って助けるべきだが、主人を怒らせないように気をつけなさい。彼らが外に出られるようにして、何人かのキリスト教徒に委ねてすべてを平和に解決させなさい。そして、使用人を擁護することで主人との友情を失わないようにしなさい。また、同じ理由で、キリスト教徒が所有する若者や娘たちの奴隷制について、それら本人たちの訴えや懇願によって関与しないようにしなさい。それは私たちには関係のないこととして外に送り出しなさい。なぜなら、通常、主人たちは非常に不快に感じ、司祭の助言を理解しようとしないからである。同じように、罪や犯罪を犯した者が私たちの家に避難してきた場合、主人を怒らせないように行動しなさい。そして、もし主人が異教徒である場合、秘密裏に、かつ迅速に罪人を脱出させなさい。38」 引用: Lúcio de Sousa, Escravatura e diáspora Japonesa nos séculos XVI e XVII, NICPRI, 2014, p.258
日本語訳の「」内の部分が書簡の内容で、やはり前回の記事で私が推測したように、逃亡奴隷に関する決まりのようです。
この記述のセクションでは、ソウザ英語本で同書簡が引用されていた部分と同じようなことが書かれています。
ここでの逃亡奴隷とはやはり、前回見ていったように文脈的に日本人奴隷のことではないかと推測します。
そうであれば、なぜソウザ氏は先ほど整理した葡語版 p.220 の記述にこの書簡を引用したのでしょうか。黒人奴隷とは関係のない話ではないでしょうか。
人を騙すつもりで本を書いたりする歴史学者はいない?
ところで、ソウザ氏の奥さんである岡美穂子氏は、つい最近このようなポストを投稿していました。
だからといって、人を騙すつもりで本を書いたりする歴史学者は、たぶんいないと思います。
私もそう信じたいです。
私に悪意がある?
また、前回の記事を投稿した後、岡氏は私に悪意があってソウザ氏の本を紹介していると決めつけていました。
それをあえて拾ってきて翻訳までして公開するというのは、あなたも悪意があるということですね。ブロックします。さようなら。
そんなことはありません。悪意がないことの具体的な例を挙げるならば、私はソウザ氏が「apparently(どうやら)」の意味を「apparent(明らかな)」と混同したのかもしれない、と翻訳ミスである可能性を提示しました。
実際には、ソウザ氏が悪意をもって意図的に「apparently」を落とし、日本人がアフリカ人奴隷を欲しがったのが歴史的事実であるかのように翻訳した可能性もあります。
しかし、私はそうは言いませんでした。ソウザ氏にわざわざ言い逃れるための口実を提示してあげたわけです。
それにも関わらず、岡氏が引用元すら見ずに私に悪意があると決めつけるというのは、おかしな話です。岡氏だけに。
※ソウザ氏の本への評価は私が拾って翻訳したのではなく、日本語版Wikipediaに載っていたものをそのまま引用しただけ。
日本人が黒人奴隷を欲しがっていたというソウザ氏の主張は擁護できない
そんな慈悲深く心優しい菩薩のような私でも、ソウザ葡語版 p.220 およびソウザ英語本 p.272 の以下の主張は擁護できそうにありません。
- ①日本人はアフリカ人奴隷を手に入れることに特に関心を持っていた
- ②南蛮屏風を見ればそれは明らか
- ③奴隷を購入する日本のキリスト教徒に関しては、イエズス会士たちはその奴隷の束縛の正当性を問わないように言われていた
①−②のロジックも、その後に黒人奴隷とは関係なさそうなイエズス会書簡の内容③を付け加えるのも、私には到底理解できません。
岡氏自身も、ソウザ氏のこれらの主張を擁護できそうにないから『大航海時代の日本人奴隷』にはこの主張を入れ込まなかったのではないでしょうか。
ソウザ氏のこの記述を読んだときに岡氏が何を思ったのか、非常に気になります。
悪意があるのはソウザ氏の方では?
この記述を読むと、非常に気味が悪いです。なぜソウザ氏はこんなにも日本人が黒人奴隷を欲しがっていたことにしたいのでしょうか。
日本の歴史をあまりよく知らない外国人の中には、
- ②を読んで、南蛮屏風には日本人が使役していた黒人奴隷がいたのかと勘違いする人が出てくるでしょう(実際にはポルトガル人が所有する黒人奴隷)。
- ③を読んで、日本人が黒人奴隷を購入し、イエズス会士たちがそれを見逃した記録があるのかと勘違いする人が出てくるでしょう(実際には逃亡奴隷に関するイエズス会の取り決めの記録)。
東大准教授の岡美穂子先生でも引用元を見ないのだから、多くの一般人だって引用元を見ないのではないでしょうか。
これらのソウザ氏の主張が無批判に引用され、孫引きされていけば、日本人がこぞって黒人奴隷を使役していたという偽史が海外で発展してしまいます。
これまで1995年の Leupp 論文に始まり、そこからの壮大な伝言ゲームによって「黒人奴隷流行説」が形成されつつあることを見てきました。
壮大な伝言ゲーム?トーマス・ロックリー氏の「黒人奴隷流行説」について
ロックリー論文(2016) の引用元を調べていくうちに、ロックリー氏の『信長と弥助』での記述:
*以下、太字は筆者による...
「坂上田村麻呂黒人説」を主張されても、日本人にとってはただのトンデモ言説でしかありません。しかし、実際に坂上田村麻呂黒人説を信じてしまっている外国人もいるわけです。
同じように、日本で黒人奴隷が流行っていたというのが海外での“常識”になってしまうのも、時間の問題だと思います。
それはまるで伝説の黒人侍・YASUKEのように、日本人が気づいたときにはすでに手遅れになっているかもしれません。
奴隷問題は非常にセンシティブで、国際問題に発展しかねません。このような伝言ゲームは即刻断ち切られるべきだと思います。
ソウザ氏はいったい何が目的であのような主張をしているのでしょうか。
岡氏は引用元を確認せずに私に悪意があると決めつけていましたが、ご主人であるソウザ氏には悪意がなかったと言い切れるでしょうか?
追記
どうやら今回紹介したイエズス会書簡の服務規定は、日本語でも紹介されているようです。
こちらを読んでも、黒人奴隷とは関係なさそうです。
また、今年10月に出版されたフランス語の弥助本『Yasuke, le samouraï africain』by Romain Mielcarek にも、ソウザ氏の主張と同じようなことが書かれているようです。
フランスの弥助本(10月発行)にはどこからの引用なのかは明記されていませんが、
「(日本人奴隷や中国人朝鮮人を売った)日本人はアフリカ人の獲得に興味を持っていた」と
ソウザ氏英語本と同じ内容が書かれていました
Quote
Naoto
@japanese_naoto
イエズス会書簡には日本人が黒人奴隷を購入した記録があるのか?ルシオ・デ・ソウザ氏の疑義のある言説
前回の記事では、トーマス・ロックリー氏の「黒人奴隷流行説」に影響を与えたかもしれない、ルシオ・デ・ソウザ氏の著作『Escravatura e diáspora Japonesa nos séculos XVI e XVII(2014,...
フランス語はアフリカでも広く使用されています。このまま孫引きや伝言ゲームが続いたら、取り返しのつかない事態になるのではないでしょうか。
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