娘が実名告発した父からの性虐待 初公判「時計の針が動き出した」

編集委員・大久保真紀 佐藤美千代

 当時16歳だった実の娘に性的暴行を加えたとして、準強姦(ごうかん)の罪に問われた無職、大門広治被告(53)の初公判が16日、富山地裁(梅沢利昭裁判長)であった。大門被告は性交渉をしたことは認めたが、「私に逆らえない状態ではなかった」と起訴内容を否認し、無罪を主張した。

 この事件は、娘の福山里帆さん(24)が今年3月に実名で記者会見し、被害を公表していた。

 検察側は冒頭陳述で、大門被告は、福山さんが中学生だった2013年ごろから、口止めするなどして繰り返し性交したと指摘。福山さんは嫌悪感を抱いていたが、被告からの暴行・暴言による恐怖心などから求めに応じた、と主張した。

記事の後半では、被害者の福山里帆さんが実名告発するまでの経緯や思いを語っています。

 起訴状によると、大門被告は16年8月、富山県黒部市の自宅で、中学生ごろからの性虐待によって抵抗することが著しく難しい状態だった福山さんと性交したとされる。

 弁護側は、被告が手を上げたのはしつけの範囲で、拒否された際は性交していないと反論。被害を誇張している、などと主張した。

なかなか打ち明けられなかった被害

 富山県内の自宅で10代の実の娘に性交を強いたとして準強姦(ごうかん)の罪に問われた大門広治被告(53)に対する刑事裁判が16日に始まった。3月に富山市内で実名で記者会見した被害者の福山里帆さん(24)=東京都在住=に、思いを聞いた。

 「家の中に居場所はなく、生まれた意味もわからなかった。死にたくてしょうがなかった」。福山さんは朝日新聞の取材にそう語った。

 福山さんによると、実父である被告に性交されるようになったのは中学2年のとき。母が外出しているときに寝室に呼ばれた。体が固まり抵抗することはできなかった。被害は高校2年まで続いたという。

 友人や家族に被害を伝えたが、「話さない方がいい」などと否定的な反応が返ってきた。中学の先生にも相談しようと思ったが、親身になってもらえず、打ち明けられなかった。

 勉強や好きなピアノに集中できなくなり、「ピリピリして周囲の人にやさしく接することができなくなった」。高校2年のとき、体調を崩して足を運んでいた保健室の先生がやさしかった。この先生ならわかってもらえると思え、被害を打ち明けた。

 すぐに児童相談所に一時保護された。物理的な安全は確保されたが、不安でパニックになった。「これからどうなるのか」「学校には通えなくなるのか」「家族はどう思うのか。うそつきはいらないと言われて捨てられてしまうのでは」……。さまざまな思いが去来した。

大学進学のために、のみこんだ気持ち

 3日後に一時保護を解除され、自宅に戻った。その後は、性被害を受けることはなかったが、すぐ近くのアパートに移った被告が自宅にたびたび立ち寄ることもあり、「怖かった」と福山さんは振り返る。

 高校卒業後、東京の大学に進学した。費用を被告に出してもらわなくてはならず、自分の気持ちを押し込めるしかなかった。しかし、夜は眠れず、フラッシュバックを起こした。

 なぜ被告は自分に性交を強いたのか。その理由を知りたい――。被告に謝ってほしいという気持ちも強くなった。大学時代に知り合った夫の支援を受け、2022年には被告に対峙(たいじ)したが、納得できる答えは返ってこなかった。

 その後、身内からも、「なかったことにできないか」「我慢してほしい。みなが不幸になる」「お金がほしいのか」などと言われ、苦悩した。「自分がいなくなれば平和になるのか」と考え、自殺を図ったこともある。

身内との決別をも覚悟しての告発

 「自分が家族になる」。夫のその言葉に後押しされ、結婚した直後の昨年6月に刑事告訴に踏み切った。精神的に不安定な状態は続いているが、その後、被告が逮捕、起訴され、少し落ち着いたという。

 「警察や検察という公権力が父を逮捕、起訴してくれたのは大きい」と福山さんは語る。「父には犯した罪を見つめ直し、悔い改めてもらいたい」

 家庭内での性虐待は、被害を訴えること自体が難しいが、被害者が実名で告発するのは、さらに困難だ。多くの場合は家族や親族らとの決別を覚悟しなければならない。

 それでも福山さんは、実名と顔を明かしての告発を決めた。「同じような被害を受けている子どもたちのためになれば」。自身は中学のときにインターネットなどで調べたものの、家庭内の性虐待については参考になる情報がなかったという。「私が伝えることで社会が変わってほしい」と訴える。

 いまも精神的、体調的な不調は続いている。苦しいけれど、夫と二人三脚で過去の自分を救う作業を続ける。裁判が始まり、「中学2年から私の中の時計の針は止まったままだった。時計の針がようやく少しずつ動き始めた」。

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この記事を書いた人
大久保真紀
編集委員
専門・関心分野
子ども虐待、性暴力、戦争と平和など