ポスター裁判は石丸氏の勝ち
石丸伸二氏が敗訴となった例の選挙ポスター・ビラ裁判について書く。仮にだが、裁判を通じて目的を達成した側を「勝ち」、損した側を「負け」という見方をする場合、石丸氏が圧勝だよねという話。もちろん争点以外の「目的」を持って裁判をすることは、少なくとも行儀の良い行為ではない。だからなのだろう、彼はその「目的」について話すのをやめたようだ。市長時代には記者会見で語ってしまっていたのだが。
むしろ石丸氏のほうが怪しい
石丸氏を貶してカタルシスを得たい人々は、この裁判の結果から「石丸は金に意地汚く未練がましいと奴だ」と結論付けて喜んでいる。しかし石丸氏を知る側から見れば、それは奇妙な話だ。彼は銀行のアナリストという非常に「儲かる」地位を捨てて市長になった。金に意地汚い人物の行動ではない。また、議決や投票の結果に対する異様に淡白な彼の態度は、不気味で冷酷な印象を受けるほどで、むしろ少しは未練がましく振る舞ってくれたほうが周りが安心できるレベルだ。「金が欲しい」「負けたくない」は、石丸氏には不整合だ。
ポスター等の依頼案件について石丸氏は、業者とのメールのやり取りを公開していた。その文面から、石丸氏が予算の上限を公金の額であるとしたのに対し、業者側が金額を曖昧にしたままで進めようとする様子が読み取れる。税金とか競争的資金をもって業者と交渉しようとするときに、いかにもありがちなパターンだ。上手くやると超過分も公金から引き出すメソッドがあって業者はそれを知っている、依頼者も協力するならキックバックを渡せる、そんな匂いだ。依頼者にその気があるのか、それとなく探ろうとしている。そんな思惑が見え隠れするやり取りだ。とはいえこのメールのやり取りにおいても、怪しいのはむしろ石丸氏のほうだ。石丸氏が見積書もない状態で取引をするとは考えられない。
相手の善意や常識に期待した取引
中南米を自力で旅行すると、他人を無闇に信頼した取引がいかに危険か思い知らされる。民度の低い地域では、相手の善意や常識に期待して行動することは禁物だ。筆者もささやかながら海外出張の経験があるが、中米のとある国での強烈な経験でそのことを強く学んだ。石丸氏はニューヨーク駐在の期間、その大部分をアメリカ以外の国に出張していたと語っている。北中南米全体が彼の管轄だった。彼が最初のアメリカ駐在のアナリストだったため、雑用をサポートする部門もなく、従って出張の手続きは全て自分でやったと述べている。「日本のような民度が高い国が、いかに素晴らしいかを実感した」とも述べている。つまり裏を返せば、仕事で現地人の民度の低さを何度も体験したということだ。石丸氏はもともとあの性格だ。その上に銀行に就職して営業職の研修を受けた。更にその上にこの「アメリカ大陸での経験」が積み重なった人物だ。どう考えても、相手の善意や常識に期待した甘い取引をするような人物ではない。
本当の目的
石丸氏は市長時代の記者会見で、選挙関連の活動で税金が無駄遣いされている懸念を訴えていた。更に「中国新聞は以前まさにそのテーマで特集を組んだのに、なぜ今回は無視するのか」などと、マスコミに対して苦言を呈していた。「この裁判で選挙関連予算の使途に人々の目が向くようになればよい」とまで言ってしまっている。要するに最初からこれが目的だったのだ。そうだとするとすべての疑問が消える。政治経済の問題点を世間に知らしめることが大好きで、常に先を読みこっそり策を練る。それが楽しい。自分自身の評判や損得には執着しない。良くも悪くも、これが本来の石丸氏だ。現在の彼の行動原理はすべてこれに当てはまる。4年前から既にこうだったのだ。
石丸氏は商談の最初の段階、つまり例のメールで「この業者、なんだか怪しい」と感じた。さすがにおとり捜査のようなことはできないが、金額に曖昧な態度をとり続けると相手がどう出るのか、興味が湧いたのだろう。業者側からすると、石丸氏の曖昧な態度に「その気」があるのかないのか判断がつかなかった。とりあえず多めに請求し、苦情を言われたら「実はうまい方法があるんですよ」などと切り出そうと算段していた。ところが請求してみると石丸氏の態度は一変し、話は決裂し、訴訟になってしまった。恐らくそんな顛末だ。業者はドジを踏まなかったのでラクラク勝訴はできたが、はたして得たものはあったのだろうか。
で、どうなった?
判決が都知事選に重なったので、当初期待していたよりも遥かにこの裁判は注目を浴びることになった。悪口大好きアンチ石丸勢も、まんまと企みに乗せられている。この件でも石丸氏は「いいぞ、もっとやれ」状態だ。選挙関連の予算に注目が集まって、マスコミもさることながら、税金の使途の調査が大好きなネット民は、今後しばらく方方の選挙に目を光らせるだろう。これで少なくとも向こう十年は、関連案件を請け負う業者はいい加減な態度を取れなくなった。多めに請求してゴニョゴニョは不可能になった。石丸氏の当初の目的が、想像を上回る規模で達成された訳だ。もちろんこれが本当の目的だったとは絶対に語らないだろうが。
「自分にもミスがあった」と石丸氏は語っている。「予算を明確に示すべきだった」が建前だろうが、本心での「ミス」は何だったのか。「もっと上手く演技すれば、尻尾をつかめたかな」だろうか。「想定より影響が大きすぎた、業者には可哀想なことをした」だろうか。


コメント
1なるほど、その論法でいくと石丸氏は、ポスター業者に勤めていた妹さんを辞めさせて救い出すために訴えられて負けたのですね。
いや、これはものの例えですよ。