遺言って…無いんです

テーマ:
昨夜アップしようと
思っていたブログです。



パパという人は


自分の寿命というものを
恐らく悟っていた、とは
思うのですが…

(本人が直接それを口にしては
いませんので、私達家族が勝手に
「こうだと思います!」とは
言ってははいけないかな?と
そう思うのです)

遺言的なことや
言い残す言葉とか

そういうことは
家族には誰にも
話しませんでした。


どうしてそうだったのか?


パパが旅立って
しばらくして
何となく分かる気がしました。

(それについてお話すると
長くなりそうですので
また改めます)


パパとの
日々の暮らしの中で
私も息子たちも

生きていく上で大切なこと

それは、いくつも
教えてくれていて

今もそれを道標に
私達は生きている


そう思っています。


どんなに辛いことが
あった時でも
どんなに悲しいことが
あった時でも
メシだけは食うんだよ!


祭が旅立ったその夜も

「さぁ!メシ食うぞ!
祭も食うんだぞ!」

私達家族は全員で
笑顔でごはんを
食べていました。


彼の言葉は、いつも
私達の想像を
超えていました。

スゴい人でした。


そんなパパの言葉を

皆様にも

お伝えしていきたいと

思っています。


彼の言葉には

教科者的なものとは違う

何か不思議な力があったと

思うからです。


少しずつ

しっかり思い出しながら。





お返事





chaponpurinさん


こんばんは。

私も時々思います!(笑)

本当にそう思うことがあります。

面倒臭いやつだなぁ、と

自分でも思うんです😅

いつもコメントを

ありがとうございます。






ポテサラさん


お若くして大切なご両親を

見送られ、大変な思いを

されたのですね。

主人も同じような経験をして

生きることにも死ぬことにも

冷静に向き合って生きてきた

のだと感じていました。

ポテサラさん、ご立派です。


そうですね。日本人は

日本という社会は

病や死に対して触れてはいけない

ものという感覚が強過ぎる、と

私も感じています。

誰にも必ずその時は訪れるのに。


私たち家族は、自然と

そういう話をしています。

それは悪いことではないと

思っています、命を考えること

ですから。

そういう形で、私のブログは

何かのお役に立てるのかな?

と、最近ようやく考えられる

ようになってきました。


大切なお話を

ありがとうございました。






ラマさん


自分の病気や闘病で

家族に負担をかけてしまう

それは大きな心の重しに

なりますね。私自身

子宮頚がんになった時は

自分のことよりも家族の心配

ばかりしていました。

皆、一生懸命。

其々が其々を思いやりながら

一生懸命生きていますね。

ならば、申し訳ないではなく

感謝して笑顔で共に生きて

いきたいものです。


自分にそう言い聞かせています(笑)


これからも、どうぞよろしく

お願いします。






ありりん。さん


はじめまして。

私も主人の気配は

全然感じないのです。

今でもまだ、ふっとどこからか

帰ってきてくれる気がして。

ですので…

それはきっと、今でもここに

居てくれているからなんだと

思うことにしました😅


会いたい!声が聞きたい!

毎日そう思わない日は

ないですが、寂しいですが…

心の中にずっと居てくれる

それは間違いありません。

ありりん。さんのお父様も

きっと同じだと思います。


コメント

ありがとうございました。

これからも、よろしく

お願いします。




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