Part 01: 梨花(高校生冬服): ……えっ?それじゃ沙都子、来週の買い出しは私と一緒に行く予定じゃなかったの……? 沙都子(高校生): ……ごめんなさいですわ、梨花。その日は会長さんと会う約束をしていたので、ひとりで現地へ向かうつもりでしたのよ。 梨花(高校生冬服): そう、……なんだ。 表情に出さないよう努めつつも、やはり落胆した想いは抑えきれなくて……私はそっと、沙都子から視線をそらす。 学園寮のクリスマスパーティーに向けて色々と買い出しを行う必要があり、私は寮長から外出許可を取ることにした。 そこで沙都子が、偶然にも私と同じタイミングで外出許可を取ったことを知り……てっきり一緒に行動してくれるものだと思っていたのだ。 沙都子(高校生): まさか梨花も、その日に外出許可を取っていたとは思っていませんでしたの。……ごめんなさいですわ。 梨花(高校生冬服): ううん……いいのよ。私の方こそ、あなたと一緒に行こうってちゃんと確認しておけばよかったんだし。 そう返しながらも、一緒に外出できるのでは、とお出かけ気分で浮かれて勝手に期待していたから落胆の思いは抑えられない。 梨花(高校生冬服): (沙都子は親友だけど、彼女にだって都合がある。個別の用事があっても不思議じゃない……けど) 頭ではわかっていても……どうしても割り切ることができないのは、私のわがままだろうか。 沙都子(高校生): あの……梨花?どうしてもと言うのでしたら、会長さんに相談してスケジュールの調整を致しますけど……。 梨花(高校生冬服): ううん、……そこまでしなくても、大丈夫よ。海外からの一時帰国だと、リスケをするのは大変でしょうしね。 そう、沙都子ではなくむしろ自分に対しての言い訳を口にしながら……ちくりと胸の奥に痛みを覚えてしまう。 いまだに沙都子は、卒業した秋武灯先輩のことを「会長さん」と呼んではばからない。彼女が生徒会長に就任した後も、ずっとだ。 それはすなわち、沙都子にとってあの人の存在が特別だという証でもあって……。 さすがに腹立たしさは抱かずとも、嫉妬にも似た羨ましさを感じずにはいられなかった。 魅音(大学生私服): で……その穴埋めに今日誘われた、と。ピンチヒッター要員に使われるなんて、私も安く見られたもんだねぇ~。 梨花(高校生私服): そ、そういうわけじゃないんだけど……せっかくだから私も誰かと会いたいと思って、それで連絡を……気を悪くさせちゃった? 魅音(大学生私服): あっはっはっはっ、今のは冗談だって!実は私も、梨花ちゃんたちはどうしているかなーってちょうど思っていたところだったからさ。 魅音(大学生私服): どう、そっちは?いよいよ大学受験だけど、覚悟はできた? 梨花(高校生私服): 覚悟まではいかないけど……準備はそれなりにね。滑り止めに私学の併願もさせてもらえるわけだし、なんとかやってみせるつもりよ。 魅音(大学生私服): うんうん、期待しているから♪……けど、梨花ちゃんと沙都子がもう大学受験か。つくづく月日が経つのは早いもんだね~。 梨花(高校生私服): 魅音……その発言はなんだかおばさん臭いわよ。それとも、あなたの場合は「おじさん」の方が良かったかしら? 魅音(大学生私服): ……さすがにもう、この歳で自分のことを「おじさん」なんて言ったりしないっての。梨花ちゃんも「ボク」を使わなくなったでしょ? 梨花(高校生私服): ボクはまだまだ、普通に使ってみても違和感はないのですよ。みー、にぱー♪ 魅音(大学生私服): ……。いや、ありまくりだね。昔だったらいざ知らず、今聞いたらちょっとだけモヤッとしたよ。 梨花(高校生私服): ……今後封印するわ。 確かに、久しぶりに以前の口調を使ってみて自分でも内心ぞわわっ……と寒気がした。周りの人に聞かれていないことを祈っておこう。 梨花(高校生私服): 魅音こそ、今日は大丈夫だったの?何か予定とか入っていたんだったら、むしろ申し訳ないんだけど。 魅音(大学生私服): いやいや、全っ然平気!クリスマス時期だってのに相も変わらず、フリーで気楽な身ってやつだよ。 梨花(高校生私服): フリー……気楽な身……? 魅音(大学生私服): いやー、大学だとサークルだのゼミだのでいろんな会合に誘われることが多くてねー。 魅音(大学生私服): まぁ、そのたびに色目使ってくる野郎どもが群がってくるんだよ。女子同士で集まっても、話題はそっち系の話ばっかりで……。 魅音(大学生私服): だから今は、ぼっち状態を満喫中。正直言って気のいい仲間とでもなきゃ、ただ面倒くさいだけだしねー。 梨花(高校生私服): ……なるほど。 #p雛見沢#sひなみざわ#rの頃は誰にでも話しかけていた魅音がここまで言うとは……何があったのだろうか、と少しだけ興味と不安がわいてくる。 と、同時に私は雛見沢で彼女と仲が良かった「あの2人」のことに思いを馳せた。 梨花(高校生私服): (確か、圭一とレナも大学生だったわね……。今はどうしているのかしら) おそらくレナは、魅音と同じように美人の大学生として人気者になっているのだろう。そして、圭一は……。 圭一: 『おぅ、梨花ちゃん!今日の部活は負けねぇぜー!』 快活な不敵の笑みを浮かべる圭一の表情が、脳裏に浮かんで……消える。 彼もまた持ち前の明るさと行動力、度胸できっと人気者になっているに違いない。 そう思って私は、魅音に彼のことを尋ねてみることにした。 梨花(高校生私服): それはそうと、魅音……圭一とは最近、会っていないの? Part 02: 圭一の話題を出した時の魅音の反応は、面白いほどにラブコメ的なものだった。 魅音(大学生私服): ぶほっっ? ど、どどど、どうしてここで圭ちゃんの名前が出てくるんだよー?! 飲みかけのドリンクを噴き出し、けほけほとむせ込みながら魅音は真っ赤な顔で声を荒げる。 予想以上の過剰な反応だったので、話を振った私の方がむしろ驚きを覚えていると……。 そばにいたウェイターがすぐさま飛んできて、彼女におしぼりを差し出してくれた。 魅音(大学生私服): あ……す、すみません……。 ウェイター: いえいえ。ごゆっくりお過ごしください。 そう言ってウェイターは一礼し、元の場所へと洗練された動きで戻っていく。 こういう場合、よくあるTVドラマなどでは非難するような表情で「……お静かに」と咎められることがほとんどなのだけど……。 やはりいいお店となると、お客の気分を最優先して動いてくれるのだろう。お店のスタッフの心遣いに、好感を抱いた。 魅音(大学生私服): まったくもう……からかわないでよね。梨花ちゃんのせいで、余計な恥をかいちゃったよ。 梨花(高校生私服): 別に、からかっているわけじゃないわ。魅音は圭一と仲が良かったんだし、この歳になれば付き合っていてもおかしくないでしょ? 魅音(大学生私服): ……つ、付き合うっ?いや、まぁ、……そうかもしれないけど……。 そう言って魅音は、赤い顔でテーブルクロスにのの字のような丸を指で描いている。 外見こそ大人っぽくなったが、どうにもこういうところが乙女チックというか……以前の初な少女のような雰囲気から脱していない。 #p雛見沢#sひなみざわ#r御三家の頭首代行として発言する時は、頼もしいほどの威厳を全身にまとっていたのに……さすがに口には出さないが、実におかしなものだ。 梨花(高校生私服): 圭一のことはさて置くとして……レナはどうなの?今は何をしているのかしら。 魅音(大学生私服): レナ……か。大学と学部は合格した時に聞いたけど、あの子とはそれっきりかなぁ。 梨花(高校生私服): えっ……会っていないの? 一度も? 魅音(大学生私服): うん。……私が大学に進学した頃くらいかな。圭ちゃんとレナ、こっちから連絡を取っても誘いに乗ってくることが減ってきてさ……。 魅音(大学生私服): 私も、一般教養から専門学科に移って以降は大学の講義だのゼミだので忙しくなって……最近は無沙汰が続いているんだよ。 梨花(高校生私服): そうなのね。……知らなかったわ。 付き合いの深さとしては圭一以上の、まさに親友の関係だったはずなのに……なんだか、違和感を覚える。 たとえ新生活で違う仲間を見つけたとしても、レナが旧来の友人のことを忘れるほど薄情な性格ではないと思うのだけど……。 やはり、それぞれの成長とともに付き合い方も変わってくるのか。……沙都子の件があっただけに、私は寂しさを覚えずにはいられなかった。 魅音(大学生私服): あー……圭ちゃんで思い出したんだけど、梨花ちゃんにぜひ聞いておきたいことがあるんだ。 梨花(高校生私服): 聞きたいこと……って、何かしら? 魅音(大学生私服): 10年前のクリスマスのこと、覚えている?私がみんなに無茶なバイトのお願いをして、なんとか乗り切った時のことなんだけど……。 梨花(高校生私服): ……んん……みー……。 ふと目が覚めた私は、周囲に目を向けて一瞬違和感を抱いたが……すぐに状況を思い出す。 ここは、営業を終了したエンジェルモートの店内。連日の修羅場を乗り切った私たち部活メンバーは、仕事を終えてそれぞれ帰宅しようとしたが……。 間際で吹雪になって車が動かせなくなったため、明日が休みなのをこれ幸いとして店内の控室で泊まらせてもらうことになったのだ。 起き上がって窓に近づき、外の様子を眺める。雪が降り積もって一面が白銀模様だったが、休む直前まで激しかった風雪は鳴りを潜めていた。 梨花(高校生私服): (……ようやく、天候も落ち着いたみたいね。これなら朝になれば、帰宅できそうだわ) 梨花(高校生私服): ……けほっ……。 安堵の息をつこうとした時、少し引っかかりを覚えて咳き込んでしまう。 店内の暖房のおかげでさほど寒くはなかったが、乾燥したのか喉の奥にいがらっぽさがあった。 梨花(高校生私服): 寝直す前に、水でももらおうかしら……あら? そう独りごちながら店内に目を向けると、隅の方に明かりがともっているのが見える。 梨花(高校生私服): (確か全員が寝る前に、詩音が消灯したはずなのに……) 不審な思いを抱いて私は、控え室から店内へと向かう。 もし泥棒の類いだったら、大声を上げてみんなを叩き起こそう……そう心を決め、わざと足音を立てながら近づくと――。 圭一(クリスマス): ふぅ……なんとか半分ほどは仕上がったな。さーて、あとひと頑張りっと……。 梨花(クリスマス): みー……まだ起きていたのですか、圭一? 圭一(クリスマス): おっ……梨花ちゃんじゃねぇか。こんな時間に、どうした? 梨花(クリスマス): ちょっと喉が渇いたので、起きてきたのです。……圭一は何をしているのですか? 圭一(クリスマス): 俺か?……へへっ、本当は内緒にするつもりだったんだが見られたんじゃ仕方ねぇよな。 そう言って圭一は、苦笑して頭をかいてみせる。……目をこらすと彼の周りには、大きさが違ったプレゼント仕様の箱がいくつもあった。 圭一(クリスマス): 梨花ちゃん。悪いけど、寝ている他の連中には黙っていてくれ。種明かしになると、興ざめになっちまうからさ。 梨花(クリスマス): わかりましたのですよ、みー。 圭一(クリスマス): 実は……ラッピングの紙も余っているし、みんなの分のクリスマスプレゼントを用意しようと思ったんだよ。 梨花(クリスマス): クリスマスプレゼント……なのですか? 圭一(クリスマス): あぁ。せっかくのクリスマスなんだし、サプライズってやつでな。 Part 03: 魅音(大学生私服): で、朝になってみんなが起きて……枕元にプレゼントが置かれていたから、ちょっとした騒ぎになったよね? 魅音(大学生私服): 誰がやってくれたのかは気になったけど、もしかしてサンタじゃないかーって美雪と詩音が冗談を言うから、結局有耶無耶になって……。 梨花(高校生私服): えぇ……覚えているわ。その方がロマンチックだし、仕掛け人の気持ちも考えてあげましょう、ってことにしたのよね。 魅音(大学生私服): たださ……今さら言うのもなんだけど、あれを用意したのって圭ちゃんだったんでしょ? 梨花(高校生私服): ……あら、どうしてわかったの? 少し意外な思いで、私はつい正直に応じてしまう。当時は圭一がうまくごましていたので、確か魅音はレナか菜央を疑っていたはずだが……? 魅音(大学生私服): あっはっはっはっ、やっぱり!何度問い詰めても圭ちゃんが否定するから、私もそれに合わせることにしたんだよ。 魅音(大学生私服): そっか……梨花ちゃんも気づいていたんだね。だとしたら美雪と詩音も誰なのかわかっていて、あぁいう冗談で気を遣ったってわけかー。 梨花(高校生私服): というより、私は圭一に口止めされていたのよ。偶然彼が準備している現場を目撃したんだけど、みんなには話さないでくれ、ってね。 魅音(大学生私服): くっくっくっ……なるほど。まぁ確かに、サプライズプレゼントってのは種明かしをされると魅力が半減だもんねー。 魅音(大学生私服): けど……さ、時々思うんだよ。圭ちゃんのノリに合わせるつもりであの時はすっとぼけたけど……。 魅音(大学生私服): これだけ長い間会えなくなるんだったら、せめて感謝の一言くらいは伝えておけば良かったかなー……なんてさ。 魅音(大学生私服): 親しい間柄でいた時はいつかネタにしよう、って思っていても、距離ができてからだとなんとなくそれが後悔に変わってくるっていうか……。 梨花(高校生私服): 魅音……。 魅音(大学生私服): あっ……ご、ごめんねっ?せっかくの再会祝いだってのに、なんかしんみりしちゃってさ。 魅音(大学生私服): とりあえず、盛大に飲んで食べよう!あぶれたもの同士でさっ。 梨花(高校生私服): えぇ……そうね。いただきましょう。 そして注文をするべくメニューを広げて、ウェイターを呼びながら……私はふと、思った。 梨花(高校生私服): (……私も、言えるべき時に言っておいたほうがいいのかしらね) 梨花(高校生私服): (将来、沙都子と疎遠になる可能性も全くのゼロではないんだから……) その後私は、魅音とひとしきり話をしてから買い物を終え……学園寮へと帰宅した。 そして夜になり、気持ちを整えた後で自分の思いを伝えようと沙都子の部屋を訪れた私は、そこで……。 梨花(高校生冬服): ……沙都子、これって……? 沙都子(高校生): 何も言わずに、受け取ってくださいまし。私からの、クリスマスプレゼント……そして、今までのお礼の代わりですわ。 沙都子(高校生): 海外でしか売っていない品だったので、会長さんに頼んで買ってきてもらいましたのよ。 梨花(高校生冬服): えっ……じゃ、じゃあ沙都子が秋武元会長と会う約束をしていたのは、これのために……? 沙都子(高校生): 梨花は会長さんのこと、お嫌いではなくとも少し苦手でしたわよね? なので受け渡しに同席しないほうがよいと思ったんですの。 梨花(高校生冬服): …………。 なんだ。沙都子が元会長と2人で会っていたのは、別に心が離れたというわけではなかったんだ。 妙な嫉妬心を抱いてしまったことが、今になって思い返すと恥ずかしいし……情けなくて、顔が火照ってくる。 沙都子の、私に対する思いは何も変わっていない。決して私の思い上がりではなく、いやそれ以上に彼女の愛情を感じて……嬉しくて仕方がなかった。 梨花(高校生冬服): けど、お礼って言われても……私、沙都子に感謝されるようなことは何も思いつかないんだけど……。 沙都子(高校生): そんなことありませんわ。私がこうして3年間、大学入試を受けるまで学園に居残ることができたのは……梨花のおかげ。 沙都子(高校生): そのことは、今の今まで忘れたことはありませんし……これからもずっと、大切にしていきたいと思っていましてよ。 梨花(高校生冬服): 沙都子……。 渡されたプレゼントの袋を胸に抱きながら……改めて、迷いかけていた自分を恥じる。 歳月の経過で変わっていくものは多いけれど、ずっと変わらないものだって……きっとあるはず。私はそう信じて、そして祈りたかった。 沙都子(高校生): あ……そういえば、梨花。あなたが寮にいない時に圭一さんからお電話をもらいましてね。 沙都子(高校生): 今度の年末年始に、当時の部活メンバーで集まるのはどうかってお誘いがありましたのよ。 梨花(高校生冬服): えっ、そうなの? 沙都子(高校生): えぇ。なんでも魅音さんを驚かせたいから、黙って#p雛見沢#sひなみざわ#rに集まるのはどうか……と。 沙都子(高校生): 魅音さんが雛見沢に帰省する日を、詩音さんにこっそり聞いて確かめたので……私たちも参加してほしいそうですわ。 沙都子(高校生): もちろん、レナさんも参加されると圭一さんは申していましたのよ~♪ 梨花(高校生冬服): …………。 梨花(クリスマス): 『……圭一。このプレゼントだけ他と比べても大きいように見えるのですが……誰に渡すつもりなのですか?』 圭一(クリスマス): 『あぁ、それは魅音へのプレゼントだ。中にはでっけぇぬいぐるみが入ってある』 圭一(クリスマス): 『おもちゃ屋でバイトを手伝った時に、少し汚れてあったのを格安で譲ってもらったんだ。綺麗に洗濯しておいたし、見栄えはいいと思うぜ』 梨花(クリスマス): 『みー。きっと魅ぃは大喜びすると思うのですよ。にぱー☆』 圭一(クリスマス): 『へへっ、そうだろ?……今回はあいつ、特に苦労が多かったみたいだからさ。これくらいの役得があっても、別に構わねぇよな!』 梨花(高校生冬服): (実際……魅音がそれを受け取っても、誰も異議を申し立てたりしなかった。まぁ本人だけは、申し訳なさそうにしていたけど) 梨花(高校生冬服): (ふふ……どうやらあなたも、私と同じように取り越し苦労だったようよ。よかったわね……魅音) 沙都子(高校生): ? なんで笑っているんですの、梨花?私がおかしな事でも申しまして? 梨花(高校生冬服): ううん、なんでもないわ。……で、沙都子の都合はつきそうなの? 沙都子(高校生): そんなの聞くまでもありませんのよ~!をーっほっほっほっ! 梨花(高校生冬服): くすくす……そうね。今からその日が来るのが、とっても楽しみだわ。