エヌビディアのジェンスン・フアンCEOについて知っておくべきこと

エヌビディアCEO、ジェンスン・フアン。

エヌビディアCEO、ジェンスン・フアン。

REUTERS/Ann Wang

  • エヌビディアの共同創業者でCEOのジェンスン・フアンの資産が急増した。
  • エヌビディア株が驚異的な上昇を見せ、一時1兆ドルの大台を超えたためた。
  • 台湾生まれ、アメリカ育ちというフアンの物語は、移民のサクセス・ストーリーだ。

エヌビディア(Nvidia)が時価総額1兆ドルを超え、共同創業者でCEOのジェンスン・フアンの資産も急増した

ジェンスン・フアンの純資産がこのほど、エヌビディアの株価上昇を受け急増した。

ジェンスン・フアンの純資産がこのほど、エヌビディアの株価上昇を受け急増した。

REUTERS/Ann Wang

AI(人工知能)フィーバーは一部の仕事を危険にさらす可能性があるが、これが追い風となる事業もある。例えばAIチップの製造を行う、エヌビディア(Nvidia)がそうだ。

同社の市場評価額は5月30日に、雲の上とも言える1兆ドル(約140兆1300億円)を突破した。これは、AIブームにより、同社が第1四半期に大成功を収めた結果だ。

フアンが保有するのは8690万株で、同社の2023年の年次報告書によると、これはエヌビディア株の約3.5%に相当する。

ジェンスン・フアンについて、さらに詳しくみていこう。


幼少期にアメリカへ渡り、初期は矯正院で過ごした

ジェンスン・フアン

ケンタッキー州にあるオネイダ・バプテスト・インスティテュートでの日々から大出世を遂げたフアン。

Kim Kulish/Corbis/Getty Images

フアンは1963年、台北で生まれ、幼少期の一部を台湾とタイで過ごしたとブルームバーグは伝えている。

1973年、両親は東南アジアの社会不安のため、子どもたちをアメリカの親戚のもとへ預け、後に自分たちも移住した。

ワシントン州に移住したばかりのころ、おじとおばは誤って、ジェンスンと兄弟をオネイダ・バプテスト・インスティテュート(Oneida Baptist Institute)に入れてしまう。そこは学校ではなく、更生するための矯正院だったと思われると2002年のワイアード(Wired)のインタビューには記されている。

「本当に大変だった」とフアンは2012年のインタビューで、NPRに語った。「全員がポケットにナイフを持っていた。喧嘩なんて可愛いもんじゃない。怪我をする」

仕事もしなければならなかった。フアンの担当はトイレ掃除だった。

「今思えば、あの頃は楽しかった」とフアンはNPRに語った。

「仕事は本当に頑張った。勉強も頑張ったし、みんな本当にタフだった」

2019年には、フアンと妻のロリが、その施設に女子寮と教室を作る費用として200万ドル(約2億8000万円)を寄付したことが施設のウェブサイトに記載されている。


コンピューター・ゲームが大好きで、オレゴン州立大学では電気工学を専攻

ジェンスン・フアン

フアンはオレゴン州立大学で学んだ。

AP Photo / Paul Sakuma

フアンと兄弟は最終的にオレゴンへ越し、家族と合流した。ビーバートンで暮らした高校時代は、卓球で全国大会に出場しジュニア・チャンピオンになったと通っていたオレゴン州立大(OSU)のウェブサイトには記載されている。

彼はスタンフォード大でも、電気工学の修士号を取得している。

研究室でロリ・ミルズ(Lori Mills)と出会ったのは大学1年の時で、その5年後にロリは彼の妻になった。子どもは2人いる。

「コンピューターは好きだったが、OSUがその奥にある魔法に気付かせてくれた」とフアンは話している。

卒業は1984年で「卒業するにはパーフェクトな年だった」と国立台湾大学の卒業式でのスピーチでフアンは述べたとフォーチュン(Fortune)は伝えている。その年にMacintoshの最初のモデルが発売され、パーソナル・コンピューティングに新時代をもたらした。

エヌビディアのウェブサイトの略歴によると、彼はOSUを卒業した後、チップ製造会社のLSIロジック(LSI Logic)とアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(Advanced Micro Devices)でさまざまな職務に就いた。

LSIロジックを辞めた後、1993年にエヌビディアを創業した。


デニーズで食事をしながら、エヌビディアを創業

デニーズ

Shutterstock

ウォル・ストリート・ジャーナルの2020年9月の記事によると、エヌビディアは1993年、2人の友人、クリス・マラコウスキー(Chris Malachowsky)とカーティス・プリエム(Curtis Priem)とデニーズ(Denny's)で食事をしている時に誕生した。

友人2人は当時仕事に就いていたが、3人で「グラフィックスの会社を始めるのが良いアイデアなのかどうかを考えた」と2010年のスタンフォード大工学部のインタビューでフアンは語っている。

「どんな会社にするか、どんな風に世界の役に立てるか、意見を出し合い、思い描いた。楽しかった」

ニューヨーク・タイムズの2010年のインタビューによると、デニーズはフアンが学生時代にアルバイトをしていた場所でもある。そこでフアンが学んだのは、社交的になる方法だった。

「優秀だったし、集中力もやる気もあった。ただ、非常に内向的だった。信じられないほどシャイだった」と彼はニューヨーク・タイムズに語っている。

「そんな自分の殻を破ることができたのは、デニーズでウェイターを経験したから。人と話さなくてはならないことは怖かった」

フアンは今年60歳だ。ビル・ゲイツ(Bill Gates)やジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)が仕事から離れた年齢がそれぞれ52歳と57歳だったのに比べると年を取っている。だが、彼が減速する気配はない。

「ここにいる仲間と、一世代に一度の会社を作ること以上に楽しいことはない」とフアンは2021年4月、Insiderに語っていた。

「それ以外のことをすることは、想像もできない」

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