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【腐向け】ナイス【蘭西】/Novel by 黒々

【腐向け】ナイス【蘭西】

9,720 character(s)19 mins

親分に「いいね!」ってさせたかっただけの話だった筈なんですが、最終的によくわかんない暗さになりました。凄く雰囲気です。適当に書き進めると本当これだからよくないですね。親分がなんか情緒不安定なめんどくさい奴みたくなってるのでお気をつけ下さい。お蘭もどのみち別の方向でめんどくさいんで結局どっちもめんどくさいです。読んでて「はよ寝ぇや!」ってイラッイラする系です。夏になると毎年こんなんばっか書いてて、本当私は夏大好きだなってげんなりします。

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蒸し暑い深夜3時に目を覚ましてみれば隣に居る筈の男が見当たらず、ぼんやりとした頭で俺は「またか」と呆れにも似た感想を抱いていた。
窓を覆うカーテンを開け、そこに車があるかどうかを確認すればいいんだろうが、どうせどんな光景が待っているのかは知っているからわざわざ見に行く気にもなれない。
あの男は今頃どこを走っているんだろうか。
起き上がり、口にしたタバコに火を着ければ暗がりのなか一点ポツリと孤独な灯りが明滅し、そうして燻っていく。ジリジリと周囲の空気まで焦がしているようなその音に、俺は自分の心臓を焼かれたがっている。
男のこの”夜の散歩”は毎回のことだった。気付いたのはもう随分と前の話だが、それ以来何度となく夜を供にしているというのに俺はこれをヤツに尋ねられずにいる。
どこへ行っているのだ、だとか、何をしているのだ、だとか、何故そんなことをするんだ、だとか、聞くべきことは無数にある筈なのに俺はといえばお決まりの沈黙を纏い、その薄い膜で己の身勝手な苛立ちを覆い隠すのに躍起になっている。おかしな話だ。俺の勝手なことなんぞ、アイツはそれこそ誰よりもよく知っている筈だろうに。
帰ってくるまで起きていることだって出来るだろうが、なんせ眠気がこの瞼に限度オーバーぎりぎりの荷重をかけてくる。このままこれに押し潰されるのを選んだって、別になんら間違ったことでもない。けれども俺はそこをグシャグシャと擦り、そのまっとうな眠気を乱暴に追い払おうとする。今夜こそ、だとかそういう風な決意に溢れていたわけではない。ただなんとなく今は、帰ってきた奴の顔というのを拝んでみたくなっていたのだ。
丁度その時、実にタイミングよく表の方で砂利が踏み締められる音がして、オレンジと黄色の中間みたいな光が濃い暗闇を切り裂くのをカーテン越しに俺は見る。
もう大分前にいなくなっていたということなんだろう。掌の下のシーツは、既にすっかり主の熱を忘れていたようでもあるし。
運転席のドアの閉まる音が、周りにろくろく民家もない、畑ばかりに囲まれたこの田舎の一軒家の壁越しに響いてくる。いつも通りの静かな夜だ。この場所には、安らぎが約束されている。
土を踏む音が規則正しく鳴るのすら聞きわけられるくらいに、ここの静寂というのは徹底的だ。それが玄関口に向かうのを聞きながら、俺は「さて」と、もう一度転がって寝ているフリをしようか、それともこのまま座っていようか、と考えるのだが、煙草はまだ半分以上白い部分が残っている。結局、勿体無さの方が勝って、寝室の扉を開けたソイツを俺は出迎えることとなる。
どんな態度をとるだろうか、と思っていたが、驚くというほどでもなく、僅かに「意外だ」というような表情を浮かべたその男は、寝ている筈だった俺が起きていることになんら追求も、言及もすることなく、さっさとベッドに倒れ込んでしまう。あんまりに俺のことを無視したその行動に、おい、と思わず溢してしまうが、返ってきたのは「おかえり、って言うてくれへんの?」という、枕に潰されてぺしゃんこになった言葉だけだった。
どうしようかちょっと黙った後、俺は「言うてほしいんけ?」と質問に質問で返すという、とても狡い手段を使う。しかしその男はたしなめるでもなく、「うん」と短く答えるだけだったので、その素直さが苦手な俺は結局渋々「おかえり」と口にして、その男は「ただいま」とだけ返すのだ。あとはもうそれっきり、一言も発しないその横になった後頭部を俺は振り返り眺めながら、何かがそこから溢れてくるのを見守っているのだが、やはり何一つ染んではこない。焦れたわけではないが、なんだか手持ち無沙汰な、なんとも言い様の無い気持ちに胸の内を独占されている俺は、その跳ね散らかっている焦げ茶の束の中にタバコを持っていない方の右手をそろそろと差し込み、そうして指先で一束一束詰まんで捻る、という戯れめいたことをやる。それにだって特に興味も、関心も無いんだろう。その男は肩を穏やかに上下させながら、今にも眠ってしまいそうに見える。俺は少しばかり、狂暴めいた自己を誘発されそうになって、そうして気を落ち着ける為に煙を深く深く吸い込んでいく。
静寂は今や、いつものあの濃密さを取り戻し、この部屋いっぱいに満ち満ちている。その濃度が少しばかり憎い、と思うのは俺の頭が寝起きで衰えてしまっているからだろう。機能が格段に働いていないから、こんな馬鹿馬鹿しい、意味の無い感情の席巻を許してしまうのだ。
なんでなんも言わへんの?と唐突にそこから漏れたその言葉には、色が着いていない。いっそ透明といっていいくらい、添加が圧倒的に不足している。
さぁ、と曖昧に濁す俺は、それほど透明に成りきれない。
そういったある種の無垢さや、無邪気さは、俺が持ち得ない類いの性質だからだ。無感動さや、無関心さならば違うのだが。純粋な質問というのを投げるには、俺には色々が付随しすぎてしまっている。
聞いてほしいんけ、と再びそんな風に質問返しをする俺は、今すぐその後頭部がくるんとこっちに回って、そうして怒りを湛えた瞳で俺を刺せばいいのに、という確かな期待を抱いていた。杜撰な手口だな、と自分でも思う。とんでもなく幼稚で、くだらない、とも。
しょうがない。俺はその男の怒った顔というのが、結構好きなんだから。それは中々拝むことの出来ない感情のひとつで、その珍しいものが俺に寄せられることに、ほんの僅か悦びすら覚えてしまうくらいには、俺はこの男にハマっている。今やもう認めざるを得ないことだ。

しかしその緑が俺を捉えることはなく、身動ぎすらしない男は、ただ一言「さぁ」と、先程俺がやったのとおんなじように返して、「どうやろね」と曖昧を口にしただけだった。不確定なものばかりが積み上がっていくこの空虚さは、しばしば俺とその男の間に生じるもので、それは俺を容易く無軌道な、やるせない心持ちにさせるものだった。今もそうで、さっきまであんな愛おしむようなニュアンス迄籠っていたこの右手は、その後頭部を思いっきり掴んで潰してしまいたくなる無粋な衝動を堪えている。
今すぐにでも押さえ付けて、そうして枕で窒息させてしまえたらな、と考えている俺は、こんな荒れたくった心模様なんぞまったく知らん顔で再びその髪を捻り、痛ませることに没頭していくフリをする。
何もかもがそうなんだとも。”フリ”でしかない。
この男を愛しているというそれですら、そういう模造に過ぎないのかもしれない。
こういう不安を、出来ればソイツに解消して貰いたい、と俺は常々、常々そう願っているが、しかしその男はそういった条理を余り解さない性質を持っていた。本当はひしひしと解っているだろうに、あっさりと無視をしてしまえるのだ。それは驚くことに、俺以外には余り働かないようなのに、どうしてだか俺に対しては例外であるようで、その歪な”特別視”はやはり俺を一定水準迄は満たしてくれはするが、しかしどうにも侘しいのもまた事実だった。
侘しい。寂しいと言ってもいいのかもしれない。或いは哀しいとすら。
俺は何もかもを把握して、出来うる限りに管理して、監督しておきたい、という様な性分を確かに持った男であったので、こういったことは憤りすら感じさせて然りのものだというのに、しかし俺が感じるのはそういった憤慨とは違う、ただただ空虚な気持ちなのだ。
こんなにも近いところに居て、どんな場所にだって触れて、手にしておくことを許されている筈なのに。探れば探るだけ深い部分から遠ざかっていってしまっている気がしてならない。躍起になって手を突っ込むたんびに、その虚がどんどん拡がっていっている気がしてならない。
本当はどんなものにだって、名前を書いておきたいような自分であるのだ。こんな不明瞭が我慢出来る筈もないのに。

「―――お前と寝るとな、俺は走り出してしまいたくなんねん」

唐突に語り出す男の声は、まるで暗闇のとっぷりと染みてしまったように静かで、ささやかなものだった。
深海を横切っていくみたいに発されたその温度は、冷たくも、熱くもない。放置された真水の温さで、滑るようにソイツは言葉を放っていく。

「お前の寝息の安らかなんとか、倦怠に浸かってもうちょっと小突いたくらいじゃ起きんのとか、髪の毛の崩れとるのに柔らかいとことか、そういうのを見たり、触ったり、触れへんかったりするとな、もう居ても立っても居られへんくなって、あかんねん。やから俺は思いっきりアクセル踏んでみる。別にどこに行きたくも無いんやけどな、とにかくひたすら踏んで、ぶっ飛ばして、そんで飽きたら帰んねん。どや? 安心した?」

そこで漸く俺の方へと寝返りを打ったソイツの緑が、午前3時の暗がりの中で冴えている。何の光源も無い筈なのに煌々と、淡々と燻るように燃えている。
そこがもしかすると、しとどに濡れているのかもしれないな、とさっきから僅かに危惧していた俺はハッキリと安堵する。もしそんなことになっていたら、俺はそれをどう扱っていいのやらとんと解らず、きっと途方に暮れていただろうから。
何に?とその唐突な問い掛けの、最後の部分に対する疑問を素直に尋ねれば、寝そべった体勢まんまゆっくりゆっくり呼吸していたその男は俺を見ながら、「帰ってくる気は、あんねん。ってこと」となんでもないことみたく、いっそつまらなそうとすら思える口振りで言って見せる。
それは俺をまたあのやるせない気持ちにさせるには充分だったが、しかしそんなことおくびにも出さずに「ほぉやの」と、その意味不明な”安心”とやらをまったく理解していないクセ、安易に肯定してみせる。俺は本当にどうしようもない男だ。
そぉやろ。とだけ返事をしたソイツは目をシーツの方に伏せるとしぱしぱ二・三度しばたかせ、そうしてその鉱物めいた色を俺の方へと向け、再び静かに喋り出す。

「でな、そうやってひたすら走っとる間、俺が何をしとるかっちゅうと、吠えてんねん」
「吠える?」

その言葉に些か驚いて聞き返してしまえば、男はまじまじとこちらを見返しながら「せや。吠えんねん」と微かに幾度か頷いたあと「怪獣みたいにな」と小さく付け加える。
しかし直ぐ様、「や、ちゃうな」と斜め下に視線を泳がせたかと思うと「怪物みたいに、やろか。獣でも、えぇんやろか」とポツポツ溢して。そうして結局上手いこと言い表す言葉を見つけられなかったみたいで、残念そうに溜め息を吐きながら「まぁなんかそういう、とんでもない生き物みたいにやるねん。俺は」と今にも寝入ってしまいそうな声で口ごもり、目を閉じてしまう。
デジタルの赤い点滅が、刻々と流れ行く時を表現している。その横で、俺は二本目のタバコに火を着け、そうしてアイツはひっそりと寝そべっている。まるで死んでしまったようだ、とその髪の毛をいましがた摘まんでいた指先を口許にやりながら、もう一度この水槽みたいな静寂の中に、微かでもいいから一滴の染みが落ちるのを、俺はぼんやり待っている。
待ち人は直ぐ横に居るっていうのに、しかしやはり死んだように横たわっている。もしかするともうこれ以上この話を続けるつもりが無いのかもしれないな、有り得ることだな、なんせコイツだから、と勝手に決めつけようとしていれば、漸くその一滴は垂れ落ちる。

「問題です。俺はなんで、こんな風なことをしなけりゃあならんのでしょうか?」

一滴というには随分とまぁ量の多かったそれは、瞬く間にこの寝室に広がって、たっぷりと満ちて、そうして飽和状態へと陥らせてしまう。エラの無い俺はそこから酸素だけを選り分ける機能を持っていない為、ニコチンとタールをうんと深く吸い込んで、そうして生き延びようと試みてみる。
知らんも、解らんも、質問返しもナシな。と俺から緩やかに退路を奪うソイツの視線とかち合わないように、壁紙ばかりを見つめながら「なんで?」と白々しくとぼけたフリで宣ってみせれば、「俺が嫌やから」と当然の如くにそう投げられる。「俺が嫌なんは、お前も嫌やろ?」とすら付け加えてくるソイツを俺は思わず見てしまって、それで結局その緑から離れられなくなる。
まぁ、確かにほぉやの。と口にする俺は、今夜珍しく素直であった。けれどいつもならそれを驚いてみせたり、或いはまったく不可解なことに喜んでみせたり、時には誉めそやしてみたりしてくれることもある目の前の男は何も言いやしない。難儀やのぉ、と思いながら俺は少し天井の方を見上げ、そうして考えているフリをする。
何故フリなのかというと、どうせどんなに頑張ったところで、俺にはソイツの頭ん中に至ることなんぞ出来ないからだ。絶対に無理なのだ。けれども「知らん」や「解らん」や質問に質問をぶつけて相殺するといった常套手段を封じられてしまった以上は、頑張ってみるフリを演じなければ。精一杯に。でないとコイツは夜の散歩に出掛けたっきり、もう戻ってきやしないかもしれないのだから。
そうやって真剣に考えたフリをしながら、俺は、本当は最初からあらかじめ用意してあったその答えを、そっと放ってみる。

「―――つまるところお前は、怖ろしくてしゃあないんやの」

解りやすい程息を詰めたソイツは、一言も発さない。言語も、音声すら忘却してしまったみたく黙っている。静寂は凛と張っている。心地よさと息苦しさとのなんともいえない中間地点に、絶妙な力加減で糸みたく引き結ばれている。もう大分終わりかけに近い夏の温度は、しかしそれでも確かにそこに在る。煙草はもう残り一本しかない。指先で摘まんだそれに俺は火を着け、そうしてソフトケースをくしゃりと柔く握り潰す。
「何が?」と大分沈黙を引き伸ばしたあとにそう溢したソイツの声は、クエスチョンのニュアンスを一応は表していたものの、しかしおざなりだった。本当は聞きたくなんて無いんだろう。どうしようかな、と少しばかり惑った俺は、けれども今更上手く誤魔化せる様な器用な男でも、優しくもなかった為、結局窓の方を見つめたまんま、ジリジリと紙巻きの先を焦がしながらこう返す。
「俺に、溺れてもぉとること」
それは口にすると実に陳腐で、馬鹿馬鹿しいことこの上なかったが、しょうのないことに事実だった。恐らくはきっと。俺がコイツにどうしようもなくハマってしまっているのとおんなじで、コイツだってきっと似たようなものだ。いったいどういうベクトルで、どういった深度を兼ね備えているのかは知らないが。それでも、きっと。

あんまし思い上がらんといたって、と叱責されるかなと期待していたのに、ソイツはふぅぅ、と静かにため息を吐いただけで。そうなんかな、と小さく問われたそれに俺は「ほぉなんやないけ」と相変わらず曖昧に濁らせた、無責任な言葉を返して。こういう風に自分勝手な投げ合いを繰り返しては、折角の平和な夜を無粋に掻き混ぜるのだ。そうやって出来上がった混沌を飲み込めもしないクセに、俺らというのは、まったく愚かしいことこの上なかった。違うか。俺と、この男は、か。(ついつい面倒くさがって、俺はこの様に安易に2を1にしてしまうのだ)
もくもくと有害な煙を量産していれば、「なぁ」とその指先がここにきて漸く俺の手―――ベッドに置いていたそのオブジェの、小指だけを引っ掻けてクイ、と軽く引っ張ってくる為、俺は意図的に反らし続けていた視線をぼぅっとそっちに向けてみて。
そうすれば、思ったよりずっと憔悴していたらしいソイツの瞳が、暗がりからこちらを刺しているものだから。俺は依存性の嗜癖とは恐らくまったく関係のないところで自分の頭が眩んでいるのを感じては、それが有害か無害かも計りもせずに、あっさり無視してみせて。そうやってその男が俺を焦がしてくれるのを、静かに黙って待っているのだ。

「怒らんで」

な、頼む。と小さく小さく、下手をしたら潰れて消えてしまいそうなその声が、鼓膜を通過して心臓の表面をザリ、と引っ掻いていく。その焦れるような痛みに、「何をほんな」と瞼の落ちてしまいそうになるのを誤魔化しては、何も感じてないみたくしぱしぱ瞬いてみせる俺は狡い。狡猾で、打算的で、ほとほと呆れた男だ。汚くって、醜くって、甘えたがりで、こんなにもお前を繋ぎたがっている。もっと致命的に、取り返しもつかないくらいバランスを崩せばいいな、と口には出さないまんま本当はそう願っている。そうして落下してしまうのをきちんと見届けて、あとでちゃんと全部拾って、組み立ててやるのにな、と夢想している。焦がれている。こんなにもだ。
お前は何も恐れることなく、成るように成ってしまえばそれでいいのに。俺とおんなじに。

小指を引っ掻けているその指先を、手の甲ごと緩く掴みながら「怒るもんか」と俺は胸中だけでそう優しく諭している。怒らないとも。怒る筈がない。お前がどこをどういう風に駆け回ろうとも、どんな咆哮を上げようとも、そうやって胸の内をどれ程無惨に引き摺り回し引っ掻き回しゴチャゴチャに乱そうとも、この場所の静寂と安寧は揺らがない。ここには安らぎが約束されている。お前はそこに帰ってくる。どれだけ制限速度ギリギリに飛ばそうとも、その車体は道路からはみ出さない。カーブをうっかり曲がり損ねもしない。わざと標識に突っ込んだり、崖から転落したりもしない。決して境界線を越えやしない。恐れていないわけではない。これは賭けの一種だ。俺はいついかなる時だって恐れている。あの車がもう二度と定位置に戻ってこないことを考えただけで、容易く気が触れそうになる。けれどもそうはならない。それは俺にとって、とても重要な証明だ。今夜それがハッキリした。きっとこれからだってお前のこの夜の散歩は続くだろうが、俺は以前程惑いもしないだろう。焦燥だって、不安だって軽減するに違いない。そもそもな話、お前と長いこと一緒に居て、俺は待たされるということに大分慣れてしまったのだ。今更たったの何時間かくらいで、何をどうこうする様な話じゃあないだろうとも。

フィルタ迄達しそうだった煙草を灰皿に押し付けると、俺はたった一言を告げる。愛しとる、というそれは余りに飛躍しすぎた返答で、「怒らんで」に対するものとしては甚だちぐはぐなものだったが、ソイツがそれでどうしようもなく安堵出来てしまうのは知っていた。寡黙さで武装する俺の弱さをよく知っているソイツにとって、こういった響きは泣くほどの柔らかさを呼び起こすものなのだ。いっそ切なくなるくらいに。
うん、と短く返事したソイツは、ついにポロポロ溢してしまうそれをシーツに吸い込ませながら、うん、うん、と繰り返していく。じんわり染んでいくそれは、死んでいく様でもあったので俺は堪らなくって指先で拭ってしまう。
泣くなま、とたしなめるのは簡単だったが、そんな否定はよっぽど哀しかったし、それに勝手にも程があった。俺が泣かせていることなど、解りきっているのだから。
弱々しいしゃくり声を上げるソイツが、なんともみっともなくて可愛らしいな、とやはり珍しく素直にそう思う俺はその気持ちのまんまにキスをする。唇でなく額に落としたそれは、「もう寝ろ」という強制に近かった。その身勝手さをもう咎めもしないソイツは、随分とまともな情緒の麻痺してしまっているようだったし、それにきっと疲れていた。俺が思うよりずっとそうだったんだろう。瞼を閉じたソイツの口から出た深い深い溜め息が、それを肯定していた。
掌と掌がくっつくように握り直された手を、俺はほどくこともないままぼんやり座っている。再び窓の外に視線を戻したっきり沈黙に勤しむ俺の背後で、ソイツが穏やかに呼吸している。
このまま眠ってしまうんだろうな、という予想に反し、「なぁ」ともう今夜は何回も聞いた呼び声が放られて、俺は「ん」と短く返す。まだ何か不安なことがあったんだろうか、と思っていれば、ソイツが静かにこう願う。

鍵をな、俺の知らんとこに隠したって。

僅かに振り向きかけた俺は、しかしそれを堪えて、「ん」と同じ様に短く応える。
お願いな、と確約を望むその言葉に、「解った」ともっと解りやすい了承を寄越す。
頼むから、俺に見つからんようなとこにしたってな、とふやふやと輪郭の曖昧な声で念を押すソイツに、「解ったさけ」と一言で言い聞かせる。
心配性なヤツめ、と俺は握られているその掌を組み返し、指と指の絡まるようにしてやる。たったそれだけの単純な形に、ソイツは心底安心したように長い息を吐いて、そうして「好きやで」と眠気混じりの掠れた声で言ってみせるのだ。簡単に放られたその安直な褒美に、解っとる、と応える俺もまた目を閉じる。微睡みが心地良い。何もかもが止まっている。限りなく静止に近い停滞は、呆気なく彼岸のイメージを連れてくる。何もかも全部死んでいる。安穏であれば安穏であるほど、その印象は強くなる。
たった今交わした約束を、俺はきっと守らないだろう。
忘れたフリで、反故にし続けるだろう。
車のキーはいつまでだって定位置に収まり続け、それはお前を夜へと誘うだろう。何もかもを持て余したお前はスピードを求め、そうして救われるか、或いは何一つ変わらないまま帰ってくるだろう。帰ってくるのだ、ここに。
俺はそれが欲しい。
何の制約も、契約も無いお前の選択が。純然たるその意思が欲しい。それが明確な形を成すのを見たい。確認したい。し続けていたい。
俺は臆病だな、と既にもう眠りに程近い地点にいるだろう背後のソイツに向け、無音で呟く。臆病で、小狡くって、ほとほと強欲だ。
もうあと何時間かすれば夜明けだろう。何度繰り返したって変わりはしない。太陽が昇る前に俺も眠ってしまいたかった。掌をほどこうか、やめようか一瞬躊躇して、結局そのまま身を横たえる。向かい合う様にして寝そべって、その信じられないほど安らかな顔をひとしきり観察してから瞼を閉じる。明日は何をしよう、と期待の方ではなく単なる仮想として走らせながら、意識を放る準備をする。毎晩この様にして穏やかに死んでいく。ここは平和だ。とても静かだ。夏が息を殺している。凜とした静寂が引き吊れている。噎せるような暑さが肌を湿らせている。
これもあと数日で終わってしまう。休暇の名目でぶんどった自由は期限付きだ。永遠にはどうやったって届かない。
終わりなんて来なければいいのにな。とそんな自分らしくないことを思ってしまえばどうやら口に出してしまっていたらしく、どうせ誰にも拾われやしない、と高をくくっていたのに浚われてしまう。
えぇな。と聞こえたその安価な同調は、もしかすると完全な寝言だったかもしれないし、俺の聞き違いだったかもしれないし、或いは本当には聞こえてなんかいなかったのかもしれない。既に意識は大分微睡みの方に引きずられている。どちらでもいい。起きてようが起きてまいが、幻聴だろうがそうでなかろうが、只の自分の願望だろうがなんだろうが。これだけ暑いのだ。何がどうおかしくなったって不思議ではない。
夜が細っていく。夏が燃え尽きていく。お前は駆け続ける。俺は黙って待ち続ける。安らぎは約束されている。永遠は無い。
何一つ、矛盾などしていない。
この夏、俺たちがここにいるなんぞ、誰一人として知らないことだった。










【ナイス】


その素敵な口先で、いつまでだって焦げ付かせてくれ。
夏が死んでも。


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